「…俺が悪いんです」
しばらくして、大野先生が重い声で そう言った。
「俺が、この学校に戻って来たせいで、二宮に余計な記憶を思い出させて、苦しめてる」
「余計?」
「…先生、俺、慎太郎は律がいなくなった後、そりゃ暫くは苦しんだかも知れないけど、きっと忘れて、他の誰かと幸せな人生を送ってくれたんじゃないかって…そう思ってて」
「…うん」
「だから、俺と同じように慎太郎も生まれ変わっていたとして、律のことなんて思い出したりしないだろうって」
そこまで話すと大野先生は一旦黙り、一呼吸置いてから、
「それなら俺が会いに行っても大丈夫だろうって… どんな人なのか、会ってみたいって思った。この学校に戻れば、それが叶うって予感があった」
何かを必死抑えているような声で続けた。
「そう…」
「一目会えたらそれで良かったんだ。慎太郎は俺にとっても初恋…だったから。遠くから、少しだけなら、許されるんじゃないかって… そんな風に、俺が思ってしまったから…」
大野先生の声が しやくり上げるようなものに変わり、俺は胸が痛くなって布団を強く握りしめた。
「二宮くんが律さんの事を思い出したのは、大野くんにとって誤算だったんだね… その上 彼は前世とリンクして大野くんに恋してしまった」
「俺にはそんな… 価値なんてないのに」
「価値…?」
「…とにかく俺は、二宮の気持ちを受け入れてやれない。なのに、」
「それは、結婚を決めた彼女がいるから?」
小林先生の問いに大野先生は黙り、答えない。
俺は布団を握りしめたまま息を詰めた。
「…大野くんが何を抱え込んでんのか知らないけどさ… 大野くんにとって二宮くんは、会いたいと願って やっと会えた相手なんでしょ? せっかく会えたんだもん、もっと大事にしたら? 自分の気持ち」
何も言わない大野先生に小林先生がなだめるように言い、
「じゃあ教頭のところに行って来るから、少しの間 二宮くんのことお願い。じきに親御さんが迎えに来るはずだから」
続けてそう言うと足音が遠ざかりドアが開閉する音がした。
…小林先生 行っちゃった
大野先生はどうするだろう…
息を潜めて様子を伺っていると、ゆっくりと大野先生の靴音が近づいて来るのが分かった。
俺は固く目を瞑り、このまま寝たフリを通す事にした。今更起き上がって、何を話していいのか分からないから。
靴音がベッドのすぐ傍で止まる。
カーテンが少し動く音。
大野先生の気配が隣にあるのが分かり、それだけで不思議な温かみを肌に感じた。
「…二宮」
微かな声がして、ふわりと前髪を撫でられる感触があった。
その手は優しく何度も俺の髪を撫で、
「ごめんな…」
泣きたくなるような切ない声が掠れて届く。
…なんで謝るの…?
どうして…
「二宮と… そんな資格、俺にはないんだ…」
言葉の意味が分からず、ただひたすらに切ない その響に胸がギリっと痛んだ。
長い沈黙のあと、おもむろに、温かくて柔らかいモノが 唇に押し当てられた。
それは一瞬のような長い時間のような、確かな感触と吐息を残して俺から離れて行った。
つづく