それからの俺は、なんだかんだと理由をつけて大野先生に“構って”攻撃を仕掛け続けた。
どうにもならないって事は分かっているから、それ以上は望まないから、せめて学校にいる間だけでも俺のことを見て欲しい。
せめて あと少し。
せめて俺が生徒である間は。
そんな想いでチョッカイを出し続けていた10月。
中間テストが終わって慌ただしく体育祭の準備が始まったその日、グラウンドのライン引きをしていた俺に、花火大会の日、俺に気があるっぽい雰囲気を醸していた彼女が声をかけて来た。
「ライン引き、ひとりで大丈夫?」
彼女はジャージの裾を掴んでモジモジしながら言った。
「…平気だよ、こう言うの得意なんだ」
笑って答えると、
「そっか、二宮くん、器用だもんね」
そう言って益々モジモジしてしまう。
「こっちは大丈夫だから、高橋はゼッケン数えるの手伝ってやってよ。数が多いから大変みたいだよ」
本部席を設置している隣に大量の積まれた段ボールと格闘している数名のクラスメイトたちを指さして告げると、
「うん…分かった。あ、あのね、二宮くん」
高橋は言いかけたクセに、俺が顔を向けると真っ赤になって俯いた。
「なに?」
「う、うん、あのね、花火大会の時、先に帰っちゃった穴埋め、するって言ってたよね」
「あ… あー、うん、言ったね…」
すっかり忘れてた、そう言いそうになるのを飲み込む。
「でね、まだ、穴埋め、してもらってないなって」
「…うん、ごめん」
「あっ、別に謝って欲しいとかじゃなくてね、あの、体育祭終わったら、一緒に、」
「悪い、今月は ちょっと予定が詰まってて。また今度、絶対埋め合わせするから! じゃあ、ゼッケンよろしくね」
彼女の話を遮って、俺は軽く手を振ってからラインを引きながら走り出した。
面倒になって切り上げちゃったけど、感じ悪かったかな…
立ち止まって そっと振り返ると、本部席に向かって とぼとぼ歩いている小さな背 中が見えた。少し茶色い肩までの髪が右に左に揺れて、西陽を受けて煌めく。
いつも彼女と一緒にいる友達2人が駆け寄って来て、何か話したあと彼女の肩を抱いてまた歩き出した。
悪い奴じゃないし嫌いじゃない。
むしろ可愛いとさえ思う。
だけど、今は自分の事で頭がいっぱいで、他の事は考えたくなかった。
それにまだ告白されたわけじゃない。
なのに妙な罪悪感が湧き出して俺を締め上げる。
深くため息を吐いた時、いきなり頭に激しい衝撃を感じた その途端、訳も分からないまま視界が真っ暗になり、俺は意識を失った。
☆
「……せい… きょ……が呼ん…よ」
遠くで声が聞こえ、俺はぼんやりと目を覚ました。
薄眼をあけると徐々に焦点が合い、見覚えのある天井から ここが保健室だと分かった。
ベッドの上の電気は消されていて、小林先生の机の明かりだけが部屋を照らしているようで、壁にカーテンの影が淡く貼りついている。窓の外は既に暗くなりかけていた。
「わざわざ呼びに来てくれたの?」
小林先生の声。
「先生、ケータイにかけても出ないんだもん。教頭がちょっと来て欲しいって」
その声は大野先生の声だった。
俺は どきりとして ほんの少しだけ頭を上げた。けれど頭を動かすと鈍い痛みが走り再び枕に沈む。
…痛て… 俺、どうしたんだっけ…
考えを巡らせながら、それでも視線は声の方へ向けると、カーテンの隙間から机の前で向かい合う大野先生と小林先生が見えた。
「ごめんごめん。さっきアップデートして一旦電源切ったの忘れてた」
小林先生の軽い口調の後、
「内線にも かけたのに出ないし。 …てかなんで この部屋こんな暗いの?」
大野先生が呆れたような声で言った。
「あぁ、さっきね、生徒がひとり担ぎ込まれてバタバタしてたの。体育祭の準備中にボールが頭に直撃したらしくてね、そこで寝てるから」
そう言って小林先生がこっちを指さしたから俺は思わず目を閉じて寝ているフリをした。
「え、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。軽い脳しんとう。テストの後だし寝不足もあるかもね。今回も張り切ってたから、二宮くん」
「二宮…?」
大野先生の息を飲むような声が聞こえ、
「そ、2年の二宮くん。今はぐっすり寝てるよ」
小林先生がそれに気づかないフリで明るく応えた。
「の、脳しんとうって、本当に大丈夫?」
「大丈夫だってば。ボールが頭に直撃したって言っても、バレーボールだから」
「でも、」
「まあ痛かったとは思うけどね。ほら、ボール発射するマシーンあるでしょ? 毎年障害物競走で平均台の上の生徒をガンガン落とすヤツ。アレで誤射された球に当たってるから」
んふふって笑う小林先生の説明で、俺はようやく自分がどうなったのか理解した。
にしてもなんで笑ってんの先生…
もっと心配してよね…
寝たフリしながら口を尖らせていると、
「あんなの頭に受けてホントに大丈夫なの?!」
大野先生の驚いた声が部屋に響いた。
「大丈夫だってば。そんなに心配なら、診ててあげてよ」
「いや、え、でも、」
「私、教頭のとこ行かなきゃいけないし」
「いや…でも」
「にしてもさ、グラウンドの真ん中にいて飛んで来るボールに気づかないなんて、二宮くんも案外 鈍臭いよね」
んふふふふって小林先生がまた笑うから、俺は後で絶対仕返ししてやるってベッドの中で口元をヒクつかせた。
「…二宮、って、先生に話して…るんですか」
そんな小林先生の高いテンションとは裏腹に大野先生の声が低く響いた。
「何を?」
「その、色々… 俺の事とか」
「うん。聴いてるよ」
大野先生の問いに、小林先生がやっぱり軽い口調で返す。
「前世の…とかも?」
「うん」
「全部?」
「それは分かんないけど」
「二宮は、俺のこと、どんな風に、」
「どんなって言われても困るけど… フラれたって言ってたね」
そう答えて小林先生は また「んふふふふ」って笑った。
…だからなんで笑うの…
そう思いながらも、俺は息を飲んで大野先生の次の言葉に耳を澄また。
「フラれ… いや、だって」
「別に大野くんを責めてはいないよ」
「そりゃ… だって、彼は生徒だし、男だし」
「そうだね」
「なのに、無理だって話したのに、前よりずっと俺のとこに来るようになってて」
そこまで言うと、大野先生は戸惑っているように声を詰まらせた。
「二宮くんも色々考えて、自分がどうしたいのかを模索してんじゃないかな」
「模索したって…」
「今、大野くんから離れたら、二宮くんは自分が壊れてしまうのが分かってるんだよ」
「…壊れる?」
「だって前世からの恋心だよ? 無理って言われたからって何もせずに引き下がったら、心に空いた穴が大き過ぎて自分を保っていられなくなると思わない?」
小林先生の言葉のあと、キュッと短く靴音がして、そこから長い沈黙が続いた。
つづく
今週も読んでくれてありがとな!
来週も絶対、見てくれよな!
٩( ᐛ )و
30話だから一応コメ欄開けてるぜ!
(変なテンションでゴメンクダサイ…)