ムーンワーカーズ -21ページ目

ムーンワーカーズ

一人ひとりの人生があり、仕事がある。
自分というものをもっと知ろう。
個性は十人十色、作業も十人十色。
仲間の数だけ楽しさは増え苦しみは減る。
人に迷惑かけたら人の迷惑もらおう。
それがどうした? そんなもんでしょ。
地域と仲良く家族を信じ自分を大切に。

ムーンワーカーズ作業所の開所以来、
皆様にご案内させて頂いておりました
ホームページURLとメールアドレス ですが

10月16日頃からサーバーのトラブル等により、
ホームページが閲覧できなくなっていたり、
メールが届かないという状態になっておりましたが、
10月22日より変更させていただき、
以下のようになりました。

Homepage http://moonworkers.net

blog    :http://ameblo.jp/moon-worker/

mailto   info@moonworkers.net


ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

よろしくお願いいたします。

9月18日、岡崎市にある「カクキュー八丁味噌の郷」へ車三台に分乗して社会見学に行きました。出発するのが予定より40分以上遅れてしまい、途中でコンビニの駐車場での昼食兼トイレ休憩となってしまいました。それでも何とか見学の予約時間には間に合いました。受け付けを済ませ建物に移動です。小さな庭園を通り抜け、昭和36年3月に作られたという地蔵菩薩像を見たりしながら進んでいくと、大正時代に建てられたという黒光りした立派な建物がそそり立っていました。

    

岡部さんというお姉さんの案内で中に入り見学コースを進みます。当時の金庫やラジオや大福帳、そして朝の連続ドラマ「純情きらり」のパンフレットや宮崎あおいさんのサイン色紙が展示されていました。二階には米麹や酵母菌による発酵のための作業部屋があることを知りました。そこから一旦外へ出て、お地蔵様に手を合わせ次のルートへ。いよいよ巨大な樽のある味噌蔵へ入りました。独特の臭いにやられながら進むと、樽の中に大きな石が積み上げてありました。

     

お姉さんの説明では、地震が来ても崩れないように、一つ一つ丁寧に計算しながら積み上げてあるということでした。その後で、「純情きらり」のロケ地に使われた話や、テレビで見たことあるかという話で盛り上がりました。見学コースの最後の角を曲がると、その先には売店と味噌汁の試飲室があり、僕はまず試飲をしました。赤味噌と八丁味噌のあわせで、出汁が効いていてとても美味しかったです。売店へ行くと、オカザえもんストラップや日本手ぬぐい、味噌饅頭や味噌せんべい、えびせんべいやラーメン、うどん等のお土産物があり、どれを買おうか迷ってしまいました。結局僕は何も買わずに帰りましたが、いろいろと見学できて楽しかったし、お土産の味噌をいただいて、嬉し・楽し・満足~な1日でした。

     

福祉と医療、足して二で割ればちょうどいいと思う時がある。介護報酬欲しさにか福祉業界は利用者に媚びへつらう←利用者はお客様ではない!その反対に、思いのままに報酬を得られる医療業界は、平気で患者を足蹴扱いする←患者は医者の奴隷ではない!全てではないが、真正面から向き合っていないという意味で、当たらずしも遠からじ。

 福祉業界では何かにつけ医師の診断書が必要となる。

しかし、とりわけ精神科医の診断書をめぐり、しばしばこんなことがある。同じ患者に対して複数の医師が診察している場合、それぞれの診断書の内容が違うのである。そして、患者やその家族はどちらか信用した方の医師にかかり続ける。

福祉施設の担当者は、利用者として少なくとも医師よりも長く本人と関わってきたはずなのに、仮に医師の見解に疑問を持ったとしても、決して反論することはない。信じるものは救われる?馬鹿げている、医療は宗教ではない。

外に表れる現象には、必ず何らかの原因がある。精神患者が外に表す臨床事例は数多くストックされているが、一人の患者に対して単に統計的フィルターで病名をつけているとしたら…、処方される薬の量が多く、いつの間にか医者の実験台になっているとしたら…。常にそんな不安がぬぐいきれない。

医師の資格さえあれば診断書などどうとでも書ける。目に見えない世界だから、外からは、たぶん内からも誰にも見えないから、フロイトもアドラーもユングも本当は解っちゃいない。

この不条理に対して誰も異論を唱えない業界は、まったくもってどうかしている。             

ムーンワーカーズ作業所では、毎月1回(第2木曜)尾張旭市役所にてロビー販売を行っています。

Cafe Moonのお弁当、ポンデケージョ、ワッフルなどをはじめ、作業所利用者の手作り品などを販売させていただいております。

最近、手作り品の中で特に好評なのがポーチです。利用者のご家族から作り方を指導してもらい、皆で作っています。

手作りのため大量には作れないのですが、毎回早々に完売しています。前回のロビー販売時には「海外からのお客様のおみやげにしたいから和風柄のポーチを」ということで、十数個のご注文までいただきました。ありがとうございます。

また機会がありましたら、ロビー販売時にどうぞお立ち寄り下さい。ポンデケージョなどの試食もできますよ。

7月12日(土)、春日台特別支援学校においてはるひまつりが開催されました。

ムーンワーカーズ作業所には、現在この学校の卒業生が6名います。その卒業生を中心としたメンバーで、はるひまつりに出店・参加してきました。

     

久し振りに母校を訪問する利用者達も、いろいろなことを思い出して懐かしんでいるようでした。

この日は、おなじみとなったポンデケージョをはじめ、パウンドケーキ、クッキー、オリジナル手作り品などを販売し、多くのお客さまに来ていただくことが出来ました。

まつりの後半の時間は、瀬戸市のご当地ヒーロー「陶神オリバー」ショーや、撮影会、大抽選会などがあり大いに盛り上がり、十分楽しんで帰って来ました。

     

サッカーワールドカップも終盤戦。予想通りヨーロッパおよび中南米勢がしのぎを削り合っている。日本のサッカーファンには悪いが、彼らと日本勢との段違いの実力差は否めない。

「組織力」とか「協調性」とかの理屈ではなく、ズバリ、個人力の差ではないか。個人力の平均値をチーム力とすれば、この先数十年、いや、ひょっとしたら永久にその差は縮まらないのかも知れない。

 なぜなら、人間の能力の大半はDNAが決めているからである。例えば、世界の頂点に君臨してきた陸上選手のほとんどが黒人選手であることからそれが解る。何千年も前から獲物を追って走り続けてきた民族の歴史が「走りのDNA」を育んできたのだから、昨日、今日で走り込んだ民族に勝ち目はない。DNAには、個人の能力だけでなく民族の歴史も一緒に刻まれているわけである。

 一方、日本人が世界に誇れるDNAがある。それは、四季折々の食材に培われた繊細かつ順応性の高い「味覚」である。日本人シェフがパリの名店で活躍したり、反対にフランスの味を日本に持ち込んだり、そして、寿司やラーメンなど世界至る所で日本食がブームになっていることがその証である。ここで一言発したい。「フランスのタイヤ会社に何がわかる?生魚を食ったこともない民族が鮨屋の良し悪しを語るんじゃない!」とね。

       

 ところで、春にオープンしたCafé Moonでは、中南米のソウルフード“ポンデケージョ”&“エンパナーダ”をメニューに加えることになった。ブラジル人 パトリシア とペルー人 カテリーナ の発案を月乃料理人カトウがアレンジした、言わば異民族DNAのコラボレーションだ。ワールドカップが終わっても、ここしばらく中南米ブームは終わらない。


 
ムーンワーカーズの 2014年度 第2四半期 行事予定です。


市役所ロビー販売とは、 尾張旭市役所1Fロビー での
お弁当、作業所オリジナル商品等 の販売をします。
 

 

 私は、スマホという響きがアホっぽくて嫌いなので省略のセオリーに従い「スマフォ」と呼んでいる。そんなオヤジ族が、この先の人生でスマフォを使うことはないだろう。

 時代をさかのぼること四半世紀、自動車電話から派生した携帯電話は国語辞典ほど重く大きかった。しかも、ショルダー掛けで携行したバッテリーの重さは広辞苑なみで、維持費も重く月10万円以上、ビジネスマンのハイエンドステイタスだった。それからわずか数年、超小型化と低価格化により携帯電話はビジネスマンの必需品となっていった。

ところが、それから約10年、電話ならぬmailという余計な機能が進化したせいで、主婦や若者の間に爆発的な普及をみせ、気がつけば女子高生たちにその主導権の座を奪われてしまっていた。さらに10年、インターネット接続を利用したtwitterLINE、ゲームといった不必要な機能がどんどん追加され、昨今のiPhoneやスマフォの登場により、高性能カメラやメディアプレーヤー、モバイルバンキングやお財布機能、GPSと連動したナビゲーションシステム、そして音声入出力による通訳機能まで搭載するようになった。もはや携帯電話は電話ではない。

 かたや、中途半端なオマケ機能で携帯会社の策略に踊らされることを拒んだオヤジ族は、あえて利便性を捨て、単一高性能を求めた。例えば、mailは指10本で叩けるコンピュータを使い、SkypeがあればLINEは要らないし、カメラはデジタル一眼レフが常識、音楽はアナログ音源をJBLクラスのスピーカーで聞かないと耳が満足しない。

 したがって、携帯電話は電話機能だけあればそれでいい。我々オヤジ族は、間違っても女子高生と同じツールを使ってはいけないのである。

「因果応報」とは、元来、仏教の教えである。今起きている現象<結果>には必ず過去の理由<原因>が存在する。大根の種を蒔けば必ず大根が実るのであって、偶然にスイカが実ることはない。よって、仏教では善因善果悪因悪果といい、善い種を蒔けば良い実りがあり、悪い種を蒔けば不毛の結果を招くと教えている。さらに善因楽果悪因苦果といい、善い行いをすれば心は満足感で晴れ渡り、悪い行いをすれば心の呵責に苦しめられるといった具合に、たとえ表面上に現れなくとも行いの結果は心に現れるとしている。ここまでは哲学や物理でいう「因果律」と同じ道理である。

しかし、超複雑化した現代社会においては「何の因果でこんなことに…」と事象の因果関係を特定できないことが多い。とりわけ、地震や干ばつなどの天災、いわゆる不可抗力をどう説明するのか。諸説あるも仏教では「前世の業」の「因縁」による宿命と説くのが主流のようだ。「業」とは行いのこと、因縁の「因」は直接要因で「縁」は間接要因(条件)と解釈できる。もっとも「前世」が存在すればの話だが。ちなみに、キリスト教圏では「不可抗力」のことを“act of God”(神の行い)と表現する。洋の東西を問わず、科学で証明できないことは神仏が解決してくれることになっている訳だ。

さて、何の因果かわからぬが、この度広大な農地を借りることになった。善因善果とすべく善い種まきをしたいと思っている。とりあえずは枝豆ですか?  (とりあえず生中のSakai

    「掃除の目的は汚れを除去することである。掃除機や雑巾の使い方を100回教えても、汚れとは何かを教えなければ目的は達成しない!」とまるで鬼軍曹のように職員を叱咤する。ムーンワーカーズの日課になっている朝の掃除であるが、いつの間にか形骸化していたからだ。手段が目的化することで肝心の中身を見落としてしまうことを「お役所仕事」という。

    「職員が洗ってはいかん!」とまるで小姑のようにぼやいたりもする。利用者が作業で使った軍手やエプロンを職員が洗濯したのでは訓練にならないからだ。もっとも日頃から「自分が汚したものは自分で綺麗にしなさい。」と職員は利用者を指導しているが、店がオープンしてから私は言い方を変えた。「人(お客さん)が汚したものを洗ったり掃除するのが君らの仕事だ!」

    「利用者みんなで同じ作業をさせるな!」としばしば言う。利用者によってその能力や特性がバラバラだからだ。それが障害者というものだ。「ひとりだけ違う作業だと仲間はずれになるから。」と反論もある。「なら、一人ひとり違う作業をさせればいい。」と返すと「それでは職員が足りません。」といつもの口論が始まる。昨今、個別指導の重要性が高まってきた。どこかの養護学校や職業訓練校のように集団指導を続けるから落ちこぼれが生まれる。そんな施設や学校は、そのうち時代から落ちこぼれてなくなるだろうが。

    「やってみせ、言って聞かせて、やらせてみせて、褒めてやらねば人は動かじ」という格言があるが、その全てをやっても思い通り動かない(動けない)のが障害者である。そんな時気の短い私は「早めに見切りつけて別の所に・・・」と言うや否や「何てこと言うんですか!この子は時間がかかるんです!」とやり込められてしまうも、あえてもう反論はしない。これがムーンワーカーズ作業所の特性なのでしょう。  (Sakai)