ヘッドホンから流れる音階よりもっと立体的で臨場感が豊かで、高いスピーカーもここまでくると全然レベルが違います。
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翌日。新花巻から臨時便の新幹線に乗って、上野に帰っています。
海沿いの景観↓
山側の景観↓
(遠くの建物の1Fに津波の跡)
『NEWSWEEK』に載っていた一枚の写真。三年の時を経て、粉雪の中、膝を折る女性。2011年3月11日、その日、僕は振替休日をとっていて、リアルタイムで被害の実況中継を見ていました。。。
それは想像を絶する光景で、衝撃的というよりむしろ、ただ呆然としていました。3年を経過した今日、あの日テレビ中継されていた地域の一つ一つをBRTや三陸鉄道は通り抜けて行きます。平地になった大地と山間のコントラストになんとなく見覚えがあるように感じるのは、あの日呆然と見た記憶のせいかもしれません。
僕は『NEWSWEEK』の写真に心動かされ、陸前高田に来ました。悲しみの雪は三年後も解けず。その雪は春になった今も地中深く、湾の奥底を凍らせていて、美しい海岸線を、ただ美しいと感じられない心境を残念に思いました。
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この一人旅で僕は、遠い昔にみたアニメ『銀河鉄道999』をぼんやり想い出しながら、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読みつつ、車窓を眺めていました。
大人になった今見てもハッとするような台詞が多いことに気付きます。
ゴミの山を作れる所は
とてもしあわせな所よ……
とてもしあわせな所よ……
確かに三陸の被災地の一部は今も荒廃していて、ゴミの山すら作らない。
女というものは一番美しい時の自分を心の支えにして生きていくものなのよ……
に至っては松本零士さんが、どのようにその台詞を考えたのか不思議なくらい。
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帰りの新幹線の車窓に夜の東京を見たとき、その明るさに不思議と銀河鉄道がオーバーラップした。夕闇に浮かび上がる明かりの一つ一つは人々の営みや生活の証明で、それは夜空に浮かぶ星の一つ一つと重なるような気がした。
『なにがしあわせかわからないのです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。』
~宮沢賢治 『銀河鉄道の夜』より~
確かに人は幸福を見失う。人はその幸福に順応し、それを標準と考えるようになるからだ。しかし、人は悲しみや苦しみを忘れない。その傷は忘れた頃にあっても、ふとズキズキ痛む。人の生存本能には危険から身を護るため、学習本能があるからだ。
あの悲しみの平原にTDRと同規模の『ジブリの森』をつくれたらと思う。そこには『風の谷のナウシカ』のアトラクションがあり、『天空の城ラピュタ』があり、『となりのトトロ』の世界がある。そして、その made in JAPAN の遊園地には世界中の観光客が訪れ、笑顔と歓声に溢れる。そして『奇跡の一本松』は復興と教訓の象徴になる。僕たちは忘れない。でも、前に進んで行くんだ。
どこかにカジノを作るより、ずっと夢があって楽しいと考えるのは僕だけだろうか。。。ラスベガスもいいけど、オーランドを作ろうという議論だって、あっていいんじゃないか、そう感じた一日だったのでした。
LET IT BE ☆彡









