毛糸の手袋 | ダンス・ダンス・ダンス

ダンス・ダンス・ダンス

『音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ』

〜村上春樹〜『ダンス・ダンス・ダンス』より

木梨サイクルの二階にある『なごみ堂』で屋根の上に積もった雪が解けるのを見ています。昨日までの雪は、嘘のように解けはじめていて、今日は平和そのものの日曜日です。

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木梨憲武さんの叔父さんがいれた珈琲は、決して美味しくはないけど、ここはスペースの半分は雑貨屋さんになっていて、ちょうどいいインターバルで訪れるお客さん達は、みんな感じ良くお喋りしていて、とても居心地がいいです♫
珈琲一杯で読書したり、ブログを書いたりと、かれこれ一時間くらい居たりして、、、^^;

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浅草周辺に住んでるのに、最近、祖師ヶ谷大蔵にくる機会が多いのは、お目当ての店が二軒、ここにあるからです。一つは『食べログ』東京地区のパン部門1位『ラトリエ ドゥ プレジール』↓

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と同じくカレー部門1位『馬来西亜カレー』↓の2つ♫

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カレーとかパンが、好きな人だったら、たまに来そうな街が祖師ヶ谷大蔵です。正直、カレーだと押上の『スパイスカフェ』の方が美味しいと思うんだけど、そっちのマスターはしばらくイギリスに行ってて、3月頃じゃないと帰らないそうです。めちゃくちゃ待ち遠しい!!
『ラトリエ ドゥ プレジール』はハード系のパンが美味しくて、こちらは自分ランキングでもNo.1☆彡
お店のブログをチェックして、予約して買いに行くんですが、食べたパンは、いつか様々な種類をブログにまとめようと思っています (^_^)v
ノート代わりって、いうかなんていうか、そういう意味も込めて。。。^^;

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家に帰ってきて、いつものコースをジョギングして、お風呂に入って、布団の中でゴロゴロしてます♫
いつも、かじかむのに何となく手袋が買えない話を。

僕は津軽地方の大鰐温泉にある産婦人科で産まれ、小学一年生まで大鰐小学校に通っていました。そこは川沿いに数件の温泉宿があって、冬にスキー場がオープンして、という本当に小さな観光地でした。

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(借りてきた画像↑)

スキー場があるので、冬はみんなスキーをするんですが、当時、仲の良かった友人と三人でスキーに行こう!という話になりました。見た目が『渡る世間』のエナリ君に似た渡辺くんと、松山ケンイチ君に似た山田くんと僕の三人です。
で、父や母にスキーウェアを一揃え買ってもらったんですが、手袋だけは母が自分で手編みするから、と言って聞きませんでした。子供ゴコロに雪山は寒いから、毛糸の手袋だと駄目だよ、と言ったんですが、母は大丈夫だから、と言って聞いてくれません。子供の僕が言うのも何なんですが、母はお嬢様育ち(祖父が存命の頃、母の実家には住み込みのお手伝いさんがいました。僕はかなり大きくなるまで、親戚の誰かだと思ってましたが、いつだったか姉が教えてくれたのを覚えています)のせいか、世間知らずで頑固なところがあります。正直、料理も得意とは言えないところがあって、子供の頃、母の手料理ではマルシンハンバーグが一番好きでした  笑!

僕と渡辺くん、山田くんの、三人はとりあえず、初級者コースを滑ることにしました。はじめて乗るリフト、降りる時、緊張したことを覚えています。とりあえず、学校のスキー教室で教わったボーゲンで滑ったんですが、その日は雪が降っていて、しかも僕は何回か転んでいました。コースの中間地点を過ぎた頃には、僕の毛糸の手袋にはダマになった雪がこれでもかとくっついていて、とれなくなっていました。手はずっと雪の中に入れているみたいに冷たくて、僕は手袋を脱いで、たまらず冷たくなった手をお腹に入れました。
僕が滑れなくなって、山の中腹で佇んでいる姿を見た渡辺くんが僕のところに来てくれました。

渡辺くん『どーしたの?』
僕『手が冷たくて滑れないんだ。先に行ってて。もう少し手を温めたら、追いかけるから』
渡辺くん『僕の手袋を貸すよ。一緒に滑ろう』
僕『そんな事したら、渡辺くんが冷たくて滑れなくなるよ』
渡辺くん『じゃあ、右手の手袋を貸すよ。途中で冷たくなったら、左手と交換しようよ』
僕『、、、ありがとう』

僕は、その手袋の温かさを今でも忘れる事が出来ません。もう片方の手は相変わらず冷たいはずなのに、そんな事はどうでも良くなっていました。僕と渡辺くんは、途中、何回か手袋を交換して、ロッジまで降りてきた。その時、これが友情なんだ、そう思った。

家に帰って、雪だらけになった手袋を母に見せて、やっぱりダメだったと伝えた。そして渡辺くんと手袋を交互に交換して、滑ったことも。母は僕に『ごめん』と言って、悲しそうな顔をした。母は料理は苦手だったけど、編み物と華道は得意だった。悪気はなかった事を知っていたし、それは母の愛情だったことも気付いていたから、僕自身も悲しい気分になった。

それから渡辺くんはパリに引っ越していった。しばらくして、セーヌ川の畔に住んでいる事やエッフェル塔にはじめて登ったことを書いた手紙をもらった。

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(借りてきた画像↑)

それを読んで、僕はパリに行ってみたいと思った。大鰐温泉には、町の中心を小さな川が流れていて、冬になると白鳥が数羽集まる。

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(借りてきた画像↑)

学校帰りに、よく食パンの耳を白鳥に与えてる人を見た。白鳥は初冬にやって来て、春が近ずくと何処かに旅立っていった。そして僕は渡り鳥には国境はないんだと感じた。やがて、中学受験をする頃になると、国境の関係のない仕事をしたいと思った。父に、その話をしたら、商社マンがいいんじゃないか、と言われた。その頃は、ソ連とアメリカの冷戦時代でベルリンの壁がなくなるなんて、想像が出来なかった頃だ。渡辺くんのお父さんのように、日本という概念に囚われない人生が自分の目標になった。

中学になると、それなりに好きな女性も出来た。中学三年のバレンタイン・デーに僕は、チャコレートと一緒に手編みの手袋をもらった。僕の手を想像しながら、お母さんと一緒に編んだと彼女は言った。でも、早速してみたところ、手袋は入らなかった。。。^^;
彼女は悲しそうな顔をした。僕は手袋に関して、こんな気持ちになるのは懲り懲りだと思った。。。

それ以来、僕は手袋には縁がない。プチトラウマなのか、買う気になれない。手袋で思い出すのは、いつも渡辺くんの事だ。もう連絡をしなくなって、何十年も経つけど、いつか一緒に晩ごはんが食べれたら、そう思っている。解けていく雪に、ジョギングする時の手のかじかみを重ね合わせて、そんな事をぼんやり考えていました♫

Let it be ☆彡