月白の水平線 遺物の語ること4 | *Aurora Luce**

月白の水平線 遺物の語ること4

それから夕刻まで、私とアリスさんは作業しながら様々なことを話した。
アリスさんが話してくれた新聞社に入るまでの紆余曲折や、
新聞社の人々と伯爵の面白エピソード、
取材中の珍体験はとても興味深く楽しくて、
先刻聞いた話の衝撃からかなり立ち直ることができた。

話の流れから、アリスさんも王立女子学院に通っていたことが判明し、
女子学院あるある話にも花が咲いた。

それにしても、
よくもまあ初対面の人と二人きりだというのに、
これほど喋れるようになったものだ、と自分でも感心した。

マキ人と極悪組織の件がなかったら、ここまで親しく話せなかっただろうし、
アリスさんが親しみやすいながらも、適度な距離感を保ってくれていることにも、
大いに助けられたのだと思う。



明日は……というものの、既に今日になっているのだが、

午後から王都に来て初めての外出が待っている。


今は私の頭を離れ、のんびりしているかつらのサシャータも、
直射日光を浴びるのを楽しみにしているだろう。

だが私は楽しみでもあり不安でもある。
マキ人の末裔の方に会って話を聞けるのはとても楽しみだが、
やはり初対面の人に会うのは緊張する。
万が一私の素性が知れてしまったらという心配もある。
そうならないよう、ドナーク島で施したよりも強めの変装をしていくつもりだ。

今の時刻は、先程時計の短針が真上を過ぎたところ。
伯爵はご宣言通りまだ帰ってきていない。

私はといえば、夕食と湯浴み、そしてサシャータの手入れを済ませ、
ハーブティー片手にゆったりと伯爵との打ち合わせの準備をしている。
つまり、伯爵との打ち合わせが終わったら、
すぐ寝られる状態にしてあるということだ。

今日は領主会談の中で最も辛いであろう産業別会談が行われている。
伯爵は軍事担当の二十数名の中で最年少だが、
実戦経験は他のどの貴族よりも積んでいる。
発言権は小さくないはずなのに、
年齢と軍事力の力関係で言うことは聞いてもらえない、
その上いらぬ口出しをされるとなれば、

伯爵のストレスも溜まりに溜まっているだろう。

それはそうと、先程資料を見て気付いたのだが、
なぜ伯爵よりも実戦経験の豊富な貴族が、軍事担当にいないのだろう。
他の面子は伯爵より所有する軍事力は大きいものの、
実戦経験の浅い(もしくは皆無な)年長者ばかりなのだ。

本土の北や東で隣国と接した領土を持つ貴族の中には、
伯爵が赤子の頃から戦歴を積んでいる老将もいる。
軍事担当で話し合う事柄は、
貴族が持つ軍事力や守備する国境についてだというのに、
なぜそういった国境沿いの領地を持つ貴族が、伯爵以外入っていないのか。
よく考えなくても明らかにおかしい。

今更ではあるが少し考えて……
その理由らしきものが思い浮かぶと、自然とため息が漏れた。

伯爵に余計な知恵を付けさせないため、なのか。

伯爵以外の国境沿いの領主は、既に実戦経験が豊かな場合が多い。
今更他の貴族と連携を取らなくとも、横のつながりはできているし、
隣国の情勢も把握しているだろう。
現在最も他国の攻撃を受けている伯爵からしてみれば、
そういう歴戦の猛者たちとこそ、話し合いたいのではないだろうか。
幸いなことに、国境沿いの領主たちの悪い噂はそれほど聞かないし、
わが国の貴族の中では、まだ話が通じる方ではないかと思う。

しかしその機会を、会談を設けている王宮側が与えないということは、
伯爵の経験値を極力上げないようにしているのではないか。
王宮で伯爵の発言権が増さないように。

だから軍事担当は、王都近くに領地を持ちかなりの軍事力を持つものの、

実戦経験はさほどない領主で固められているのではないか。

私のこの考えが図星ならば、王宮は相当な愚か者揃いだが、
王宮内の力関係を何よりも尊ぶ奴らならやりかねない。
奴らの愚かさは誰よりも知っている。

これでは何のための領主会談か、甚だ疑問だ。
三日間も束縛された結果、得られるものがストレスだけとは。

伯爵が王宮で孤軍奮戦する間にも、

カシルダ島はミデルファラヤの脅威に晒されているというのに。

 

 


カシルダは島内で住んでいる分には非常に住みやすいが、
ひとたび海に出れば……

特にミデルファラヤと領海を接する西の海には危険がつきまとう。

月に十回は領海近くにミデルファラヤの調査船がやってきて、
大きなショベルのようなものを海に沈めては、

海底の岩や砂を引き上げたりしているという。
海底調査をしていると考えられているが、何のために調査しているのか。

 

ミデルファラヤの領海だけでしているのならよいが、
わが国の領海にもしれっと入ってくることがよくあるそうで、
油断も隙もあったものではないのだ。

ミデルファラヤが海底調査をしているのなら、
わが国もしくは伯爵も対抗して調査を行えばよいものだが、
王宮は自らの船を出そうとはせず、

伯爵には残念ながら領海内の調査権限がない。

王宮が出てこないのは、ミデルファラヤに攻撃されるのが怖いからだろう。

 

(なぜ伯爵に領海内の調査権限がないのかを語り出すと、

話が余計に難しくなるので、今は説明しないでおく。

伯爵だけでなく、他の離島の領主にも権限はないので、

これについては特段伯爵だけ制限を受けている訳ではない)


それはともかく、ミデルファラヤがわが国の領海に侵入した際は、
無論即座に当たるか当たらないかぎりぎりの威嚇射撃をするそうだ。
以前は、こちらの領海に入ってきたのだから、
問答無用で砲弾当てて追い返せ、という方針だったのだが、
二年前のミデルファラヤとの交戦以来、下手に攻撃できなくなったのだ。

 

それをいいことに、
ミデルファラヤは次第にわが国の領海内に侵入する回数を増やしている。
しかし伯爵は威嚇射撃より上の攻撃を命じることができない。

王宮に止められているからだ。


もしもミデルファラヤがわが国の領海にまで調査を進め、
仮に海底に資源が眠っているなどということが判れば、あの国はどうするだろう。
こちらが攻撃してこないのをいいことに、
資源を根こそぎ持っていってしまう可能性だって考えられる。

 

その時、わが国の王宮はどう責任を取るつもりなのか。
貴重な国の資源を黙って他国に取られしまうというのに。

 

資源だけで済むならまだよいのかもしれない。

カシルダ島まで取られるようなことになったら。

そのような事態になったとしても、

全ての責任を伯爵に押し付ければよいと思っているのか。

国土を盗られるような大失態、

一貴族の責任で済ませられるものではないはずなのに……

 

 

 

そうして自分の思考の中に入り込んでいると、

突然、勢いのよいノックの音が部屋中に響き渡った。

「はいどなたですか」

名乗ってもらわなくともわかるが、一応声をかけてやると、

「なぜそんな棒読みの声なんだ、疲れているのか?」

予想していたより随分元気な声が返ってきた。

 

急いで扉を開けると、そこには朝よりもやや頬はこけているものの、

顔色は良好な伯爵が茶色の紙袋を持って立っていた。


「お帰りなさいませ、お疲れさまでした」

「遅くなったな、これは例の物だ」

 

『れいのぶつ』という表現はやめてくれないか。

いわくありげな物に思えてしまうではないか。

なぜ素直に『おみやげ』と言えないのだ。

 

「ありがとうございます……これはまた美味しそうな」

 

礼を言って袋の中を覗くと、

そこには紫色の皮を着た、一目見ればわかる美味しいものが入っていた。

まだほのかに暖かく、ずっしりと重みがある。

 

「これは今いただこうか、明日の朝にしようか迷いますね」

「半分を今食べて、明日の朝もう半分食べればいいんじゃないか?

 今の時期なら、一晩置いておいても腐らないだろう」

「なるほど、それは名案です。ありがとうございます」

 

私が礼を言うと、伯爵はいかにしてこの土産(焼き芋である)を入手したかを、

嬉しそうに説明してくださった。

いわく、王宮からの帰り道で、

ちょうどよく焼き芋を売っている屋台に巡り会えたそうな。

 

カシルダ島では徒歩であちらこちら闊歩している伯爵だが、

さすがに王宮への行き帰りは馬車を使っている。

王宮が遠いからではなく、一応貴族であるという体面の問題だ。

焼き芋屋の屋台の店主も、

いきなり貴族の馬車が寄って来て停まれば、さぞかし驚いただろう。

 

「それはようございました。

 おかげで私もいいお土産をいただけたわけですね」

「そうだろうそうだろう! 日頃の行いがよいおかげだな」

「私のですか」

「この文脈で、なぜあなたの日頃の行いの話になるんだ。

 私が陰にひなたに善行を積んでいるからに決まっているだろう」

「そうなんですか、存じ上げませんでした」

「そうか、知らなかったか。ではこの機会に是非知っておいてくれ。

 あなたの主がいかに善行を積んでいるか……」

 

そして伯爵は自身の善行について語り始めた。

全体会議の会場に行ったら、自分の席に座っていた老貴族がいたので、

紳士的に席の間違いをさりげなく指摘して事なきを得ただの、

なんだのかんだの……

他に四つくらい挙げていたような気がするが忘れてしまった。
つまり、大したことではないのだが、

とにかくいかに貴族どもの愚行や暴言に耐え抜いたかを披露なさった。


しかし、なぜ夜中なのにこれほど元気なんだ。

私のまぶたの裏には、睡魔が顔を覗かせ始めてきたというのに。
夜なのだからもう少し静かにに話してくれないか、と心の中で願ってみたのだが、

「いかんいかん、喋り過ぎたな! 今から風呂に入ってくる!
 あと五分、いや十分したら、昨日打ち合わせをした部屋に来てくれ!」

私のささやかな願いは叶わなかった。
しかも十分で集合とは。

「烏の行水はやめてください。
 頭の先から足の爪先まで、丁寧に洗ってきてください」

私は常識的な苦言を呈したが、
言われた方は私の言うことを聞いていないだろう。

「夕食はもう済んだか?」
「当然です」
「私はまだなんだ、食べてもいいか?」
「もちろんですが、消化のよいものにしてもらった方がいいですよ。
 もう夜も遅いですから」
「そうだな、甘味も食べたいしな」

別腹の心配をしてやった訳ではないのだが、
これ以上余計な会話をしていると、
打ち合わせの時間がどんどん後にずれ込んでしまう。
私は適当に相槌を打つと、さっさと風呂に入ってくるよう促した。

「わかった、では行ってくる!」

元気のよい声の後に、元気のよい足音が遠ざかっていくと、
私も自分の身支度のため部屋に戻った。
サシャータにもうひと踏ん張りしてもらうために。

 

 

 

そして二十分後、昨日打ち合わせをしたのと同じ部屋。

「待たせたな! だが、お望み通り全身綺麗に洗ってきたぞ!」

先に室内で待っていると、
あからさまに風呂上がりの姿をした得意げな主が現れた。

全身綺麗に洗うなど、当たり前のことだというのに、なぜこれほど得意げなのか。

幼児並みのメンタリティだ。

 

そして、幼児ではないのだから上半身に服を着て欲しい。

男性の上半身半裸は朝の鍛錬で見慣れているが、今は真夜中かつ室内。

朝の鍛錬と同じ気分では、上半身半裸と向き合えないのだ。

だが、暑そうにしているので当分は無理だろう。
シャツを持参しているのが幼児ではないことの表れと信じよう。

しかし、先程から元気なのはいいのだが、

元気よすぎるのがいささか気になる。
私にまで気を遣わなくてもいいものを。

「さあ、話を聞かせてもらおうか」

まあ気に病んでも仕方ない。

明日の打合せもしなくてはならないし、時間は限られている。

私はアリスさんから聞いた話を、
まずは自分の感想や意見を加えずそのまま伝えることにした。

私が話を進める間、伯爵の表情はずっと厳しかった。
侍女が持ってきてくれた夕食を口に運ぶ手も、止まりがちだった。
Z国とA人のことはご存知だったそうなので、
話す時間を若干短くできたのは助かった。

話を聞き終えた伯爵の第一声は、

「あの偽善者面組織が関わっていたか、まずいな」

というものだった。
この台詞から察するに、
マキ人に対して私と似た感想を持たれたのに違いなかった。

「とんでもない組織がいたものです、驚きました」
「ああ、あの国は本当に」

伯爵の声はこれまでになく切迫したものだった。
自分が治める隣の島にまで、
ミデルファラヤの毒牙が迫っているとなれば無理もない。

実際に動いているのはあの組織だが、

背後にミデルファラヤがいるのは間違いないだろう。

 

伯爵が途中で言葉を止めたのは、
恐らく淑女(私のことだ念のため)の前で発してはならない文言が、
口から出そうになったからだと思われる。

「あのえせ保護協会、
 どこからドナーク島の遺跡やマキ人の情報を仕入れてきたのだろうな」
「そうですね、それは私も疑問に思いました。
 こう言ってはドナーク島とマキ人の方々に申し訳ないですが、
 正直あの遺跡のことは、本土でも知らない人の方がが多いと思います。

 私も知りませんでしたから。

 そのようなことをどうやって嗅ぎつけたのでしょうか」
「それだけえせ組織とその背後の輩が、
 わが国に強力な網を張ってきているということだろうな、残念ながら」

伯爵が口にした疑問は、私も抱いていたものだった。
同じ国に住んでいても知らない者の方が多い事柄を、
海を隔てた他国の組織が知っているということは、
それだけ彼らは細かな情報網を持っていると考えられる。

 

どのようにして張り巡らせたのかは知らないが、
あのミデルファラヤの情報網が、
カシルダの目と鼻の先であるドナーク島にまで及んでいるのか思うと、

嫌気しか湧いてこない。

そして、あまり考えたくないことだが、

「もしかすると、カシルダにも及んでいるかもしれません」

何が、とは口にしなかったが、伯爵は理解してくれたようだった。
軽く頷くと、驚くべきことをおっしゃった。

「思い当たる節は幾つかある。大丈夫だ、既に処分してある」
「え、ということは、つまり」
「今にして思えば、というやつだ。
 ここ一、二年くらいかな、
 きな臭い動きをする輩が何人か入り込んだから処分した。
 今考えると、あれが奴らの間者だったのかもしれないな。

 そういえば、確か全員ミデルファラヤ出身だった」
「……恐れ入りました」

私は心から敬服した。
既に怪しげな輩を排除していたとは。
カシルダの平和は間違いなくこの人によって守られていることを、
改めて実感した。

 

だがしかし、私はすぐこの感情を消し去ることになった。


「ああ、さすがだろう? もっと褒め称えてくれていいんだぞ?」

 

得意げにそう言うと、

伯爵は空になった夕食のプレートを満足げに見つめて手を合わせた。

 

「あの組織、次はマキ人にどんな手を打ってくるでしょう。

 彼らの祖先が内乱を起こした形跡を隠したがっているのを見ると、

 マキ人が温厚であるというよい印象を持たせたまま、

 ミデルファラヤのものと似た音楽を演奏させることで、

 あの国に近い民族に見せようとしているように思えるのですが、

 閣下はいかがお考えになりますか」

 

私はここで自身の見解を述べた。

よた話をしている時間はあまりない。

明日の会談のための打ち合わせもしなくてはならないのだ。

 

「相変わらず容赦ないな、少しは褒めてくれてもいいものを」

 

「早く寝ないと、明日の会議で頭が回わらなくなりますよ?」

 

私の理性的な主張に、伯爵は首を振って苦笑したが割とすぐ観念した。

 

「大筋ではあなたの意見と同じだが」

 

テーブルの中央には、胃腸に優しい夜食の数々が展開している。

夕食を平らげた伯爵は、

空になったプレートを横にやるとヨーグルトを手に取った。

 

「そのうち、マキ人はミデルファラヤからドナーク島に流れ着いた、

 ミデルファラヤ人の血を引く民族なのだ、とか言い出しかねないな」

「恐ろしいことをおっしゃいますね」

 

次のミデルファラヤの言い分が予想できてしまったので、

思い切りうんざりした気持ちになった。

たとえ真夜中だろうと、焼き芋でも食べなければやっていられない。

 

「マキ人がミデルファラヤにルーツを持つと言い出したら、

 次に奴らはどんな主張をしてくると思う?」

「先にドナーク島に住んでいたのはマキ人である。

 マキ人はミデルファラヤ人の血を引く民族だから、

 ドナーク島はミデルファラヤのものだ、とかいう、

 頭のねじを失くした理論を展開してもおかしくありませんね、あの国なら」

 

私が持参していた伯爵からの土産を頬張ると、

 

「さすが焼き芋奉行、話が早い」

 

また変なあだ名を付けられたが、

この焼き芋が皮まで美味なことに免じて許してやろう。

 

「そうなるとデナリーさん、かなりまずくないですか?」

 

私はこの最悪な展開を迎えた際、

最も不幸に見舞われるであろう人の名前を挙げた。

 

 

 

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