月白の水平線 遺物の語ること5 | *Aurora Luce**

月白の水平線 遺物の語ること5

伯爵はスプーンに山盛りヨーグルトをすくうと、

 

「そうだな。

 だが、奴らがドナーク島は我らのものだと主張し出すとしたら、

 マキ人がミデルファラヤの血を引く民族だという嘘が信じられて、

 広くわが国に知れ渡ってからになるだろう。

 今の時点でいきなりそんなことを言ったとしても、

 さすがに誰も信じないだろうからな。

 そのあたりは、段階を踏んでくると思う」

 

そうおっしゃってヨーグルトを頬張った。

スプーンいっぱいのヨーグルトがこぼれなかったことに驚いた。

 

「確かにそうですね」

「今のうちに、デナリーが少しでも早く手を打てばいいが、

 そうでなければ、あなたの言う通りになってしまうかもしれない。

 奴の領主生命は終わる……終わるのが領主生命だけで済むかどうか」

「そのような主張が、統治している島に広まってしまったら、

 デナリーさんの統治責任が問われて当然かと」

 

私もヨーグルトをいただくことにして、かわいらしいカップを手に取った。

 

「ああ、まずは本土に召喚されて事情聴取のうえ投獄、爵位剥奪。

 それで済んだら運のよい方だな」

「そうですね」

 

あの王宮は「ドナーク島はミデルファラヤのものだ 」などと言われるなど、

夢にも思っていないに違いない。

その理由が「マキ人がミデルファラヤにルーツを持つから(嘘)」

だとしたら尚更だ。

なぜそのような説が流布する事態になったのか、

最終的に責任を問われるのはドナーク島の領主であるデナリーさんだ。

 

このことがきっかけで最悪の事態……

わが国がドナーク島を手放さなくてはならない事になれば、

爵位剥奪どころの騒ぎではなくなる。デナリーさんの生命が危うい。

 

しかしミデルファラヤは、カシルダにはちょっかいを出してくるものの、

王宮には好戦的な素振りを見せていない。

ということは、あからさまにドナーク島を取りにくる行為はしないかもしれない。

もっと目立たないように、

かつ安全にドナーク島を手に入れる手段を採る可能性もある。

一番安全そうな方法は……

 

「もしかすると、一気にドナーク島を取りに行くよりも、

 マキ人の居住地に自治権を与える、

 というところからの方が、目立たない分可能性が高いかもしれませんね」

 

伯爵の右側の眉が僅かに上がった。

 

「なるほど、段階的にというわけか」

「はい、徐々に自治権を行使できる範囲を広げればいいですし。

 マキ人がミデルファラヤにルーツを持つことを流布するのは、

 その後でも遅くない気もします」

「それならば、周囲の批判や違和感も少ないかもしれないな。

 確かに奴らなら考えそうな事だ」

 

ここまで心配する必要はないのかもしれない。

だが、Z国とA人のような例もある。

用心に越したことはないと思うのは、考えすぎだろうか。

こんな悪い想像、当たらないに越したことはないし、

現実のものにさせてはいけないのだ。

そのために一番大切な事は、

 

「いずれにしても、マキ人も含めてドナーク島の住民とデナリーさんが、

 どれだけ早くあの組織の陰謀に気がつけるか、だと思われます」

「ああ、だが住民はともかくデナリーがな」

 

伯爵のため息混じりの台詞に、私の不安は増大した。

 

「やはりあれなんですか、デナリーさん」

「そうだな、離島地域の会議でいつも足を引っ張るのが奴なんだ」

 

微かに嫌な予感はしていたのだが、やはりそうだったのか。

伯爵含め離島地域の諸侯に同情する。

 

「あの方は、離島諸侯の中で一番爵位が高いと記憶しているのですが」

「だから厄介なんだ。

 最年長のゲノー男爵が、いつもどうにか話をまとめてくれているが、

 あの方がいなかったら離島地域の会議は破綻している」

「そうなんですか」

「そうなんだ、残念ながらな」

 

伯爵は大きく頷くと、一口サイズのゼリーを口に放り込んだ。

一体どれだけ酷いのだ、離島地域の会議は。

怖いもの見たさで覗いてみたい気もするが、頭が痛くなりそうだ。

ゲノー男爵とやらには感謝しなくてはなるまい。

 

「だが、奴が全く気づいていないとしたら、本気でまずいな。

 明日それとなく探りを入れてみるか」

 

伯爵は嬉しそうに大胆な思い付きを披露した。

 

「楽しそうですね」

「マキ人のことや遺跡の発掘状況を、どれだけ知っているかを聞けば、

 自ずと危機感の有無がわかると思うが……」

「そうですね。ですが、もしデナリーさんに聞いてみて、

 『この前マキ人の民族音楽を聴いたんだが、

 なんかミデルファラヤの音楽に似てたんだよなー、

 もしかしてマキ人はミデルファラヤ人だったのかなー』

 とかお気楽に言い出したら、どうします?」

 

私の皮肉たっぷりの意地悪質問に、伯爵は両手の指を折って鳴らしながら、

 

「今日聞いたことと、今ここで話したこと、

 全部ぶちまけたら、奴はどんな顔をするかな。見ものだな」

 

やる気満々におっしゃった。

そして、私の発言から連想したのか、

伯爵の興味はマキ人の演奏する民族音楽の事に移った。

 

「音楽の件も気がかりだ」

「ええ」

「マキ人があの組織に逆らえない状態になっているとしたらそれも問題だが、

 もっと深刻なのは、奴らと手を組んでいる場合だ」

「はい」

「手を組んでいるとして、なぜ手を組むのかがわからない。

 あるいは単に騙されているだけなのか。そうだと信じたいが」

 

伯爵のおっしゃることはもっともだが、

個人的には、自らの意思であの組織に協力している輩がいるように感じている。

というわけで、私の返答はこうなった。

 

「そうですね。手を組んでいるとしたら、金や土地などの資産、

 それから異性がらみですかね。

 あるいは、いずれあの組織の一員として好待遇を受けられる契約をした、とか」

 

残念ながらこのような線だろうと思うのだが、

 

「マキ人にまで、そのような腐れた輩がいるのかと思うと、頭が痛くなるよ」

「私も考えたくはないですが、可能性として考えると、

 残念ながらこのような事もあり得るとは思います」

 

私より心の綺麗な伯爵には、ダメージが大きかったようだ。

 

少数民族と聞くと、質朴でいい人という漠然としたイメージが湧いてくるが、

少数民族というくくりを取り払って一個人として見れば、

いい人もいれば悪い奴もいるだろう。

あの組織は、マキ人の中でも悪い奴……

自らになびく者に目をつけて取り込んだのではないだろうかと思っている。

 

明日、マキ人の末裔の方に会えば、

このあたりの答えを導き出せるきっかけを得られるかもしれない。

 

伯爵は気を取り直すように軽く頭を振った。

 

「共同で伝統音楽を作ったといっても、

 マキ人は名前だけ入れられているだけで、

 実質全てあの組織が作ったのかもしれないしな。

 マキ人の音楽要素が全く入っていないのだろう?」

「はい、アリスさんはそうおっしゃっていました」

「本当に共同で曲を作ったというなら、

 曲作りに関わったマキ人は、自身の伝統音楽を全く知らないお花畑か、

 それこそあの組織の手先かのどちらかだ」

 

私は手に取ったものの、

未だに口にしていなかったヨーグルトにスプーンを入れた。

思っていたよりも固いヨーグルトだった。

なるほど、これなら山盛りすくってもこぼれないわけだ。

 

「レオンドン大学は知っているのだろうか」

「何をですか」

「あなたが今日聞いてきたこと、全てだ」

「申し訳ありません、そこまではお伺いしませんでした」

 

山盛りすくったヨーグルトを無事こぼさず口にしてから、

私は素直に報告した。

そこまでは頭が回らなかった、反省しよう。

私が軽く頭を下げると伯爵は、

 

「いや、構わない。いずれは知れることだしな」

 

そうおっしゃって、ナッツ類が盛られた小皿を手元に置かれた。

 

「もしも知っていて放置しているのだとしたら、

 レオンドン大学も学会から非難されるだろうな。

 いくら調査班が先住民族への指導ができないとはいえ、

 出土している楽器が明らかに演奏できない音楽を、

 伝統音楽だとして演奏されては、誤った歴史が認められてしまう」

「そうですね」

 

レオンドン大学も調査資金を出してもらっているとはいえ、

このままあの組織の言いなりでは、誤った歴史が流布することになる。

何らかの対策をしなくてはいけない立場だろう。

 

「こちらも少し鎌をかけてみるか」

 

伯爵の楽しげな表情に、今度は自分の眉が上がったのを感じた。

 

「閣下が御自らレオンドン大学に行かれるのですか?」

「いや、知り合いに頼んでみるよ。心当たりがあるんだ」

 

淑女の知り合いは少ないようだが、

様々な分野で知り合いが多いのはいいことだ。

 

私はもう一つ気になっている点を訊いてみることにした。

 

「もしも、Z国がたどった経緯がドナーク島にも当てはまるとしたら、

 あの組織は、次にどのような具体的な行動をしてくると思われますか?

 そろそろ遺跡の調査を打ち切らせて、証拠隠滅を図りそうな気もするのですが」

「そう、それだ」

 

伯爵もこの可能性は考えていたようだった。

 

「あの遺跡はもうかなり長い間調査しているからな。

 武器も出てきた、伝統音楽と楽器の件もある。

 あの組織的には、これ以上余計な物が発見されないうちに、埋め戻したいだろうな。

 だが、全て埋めてしまっては、調査の成果が目で確かめられない。

 観光資源もなくなってしまうし、そこが考えどころかもな」

 

この伯爵の懸念について、私にはある考えがあった。

 

「公開できるところだけ残して、

 埋めた所にいい感じの博物館を建てたりするのではないでしょうか。

 そこで民族音楽も演奏するようにしたら、観光客は喜びますし、

 マキ人のアピールもできます。

 あの組織も仕事した感を出せるでしょう」

 

あまりして欲しくない事なだけに、私の声はいつもに増して低くなった。

 

「なるほど、それは名案だ。

 だが、武器も楽器も、現物は飾れないよな」

 

ナッツをぼりぼりいわせながら、伯爵は私の案の盲点を突いた。

 

「そういえばそうですね」

「武器は絶対展示しないだろうしな」

「ええ」

「楽器も現物を展示してしまったら、わかる人にはわかってしまうよな?」

「専門家でなければわからないと思いますが、

 それでも、今演奏している音楽が、

 実は現物では演奏できないと知られてしまってはまずいでしょうから、

 展示しない方がいいと思いますね」

「となると……他に目玉にできる展示物はあるかな」

「魚の骨ですかね」

 

伯爵の笑顔は明らかに歪んでいた。

私も同じような顔になっていたに違いない。

魚の骨には申し訳ないが、目玉展示物としてはいささか荷が重いと思われる。

 

「もしかすると、私が知らないだけで、

 他にもめぼしい物があるかもしれないが、記憶にないんだよな。

 見学する側としては、

 やはり複製ではなくて、現物を見たいと思うだろうな」

「そうですね。

 本来なら、発見されたものを正直に展示すればいいだけなんですけどね」

 

伯爵の記憶にないとすれば、恐らく本当にめぼしい物はないのだろう。

伝統音楽の披露もいいが、やはり目玉になる展示物が欲しいのではないか。

となると奴らのことだ、次にやらかすことは、

 

「あの組織が関わるとしたら、やはり偽造するかもしれませんね」

「偽造したものを現物として展示するのか」

「既に民族音楽も偽造してますから、

 展示物に新たな物を紛れさせることくらい、ためらいなくやるかもしれません。

 調査班の人々が奴らを止められるといいのですが」

 

自分で考えついたこととはいえ、胃がむかむかしてきた。

甘味を食べなければやっていられない。

 

「そうだな、しかし止められるかな」

「レオンドン大学も腰を上げてくれないと、難しいかもしれませんね」

「ここで腰を上げなければ、大学の良心が問われるだろうな」

 

伯爵も私と同じ気分になったようだ。

私と同時に干しモイヤーの皿に手を伸ばすと、

一番長い干しモイヤーを取っていかれた。

 

「もしもだ、本当に奴らが手がけた博物館ができたらどうする?」

「行ってみたいですね」

「私もだ。偽物を堂々と飾る博物館など、前代未聞だ。

 これは万難を排して行くしかないだろう」

 

てっきり私に偵察してこいと命じると思っていたので、正直驚いた。

先日ドナーク島にはそう簡単に行けない、という話をしたばかりだというのに。

 

「ですが閣下、お時間は取れるのですか?

 それに閣下は身元が割れると真剣にまずいですよ?」

「身元が割れてまずいのは、あなたも同じだ。私の書生なのだから」

「それはそうですけど」

 

伯爵は思いのほか、あの組織プロデュース博物館がお気に召したようだ。

冗談抜きで、本当にできてしまうと困るのだが。

 

「今度はこの前よりも念入りに変装して行けばいい。

 私が一緒の方が、あなたも心強いだろう?」

 

そうおっしゃると、伯爵は手にしていた干しモイヤーを、

一気に口へ入れた。

顔の長さほどある干しモイヤーだったが、

あの長さを一口で食すことができるとは。完全なる野生児と言ってよい。

 

「……はい」

 

私には主のような芸当はできないので、

昨日と同じく奥歯で干しモイヤーを固定すると、

口から出ている側をねじり切った。

 

しばらくの間、伯爵と私は黙々と干しモイヤーを咀嚼していたのだが、

先に黄金色の果実を制したのは伯爵だった。

壁にかかっている時計を見ると、

 

「もうこんな時間か」

 

そうおっしゃりながらも再び干しモイヤーを手に取り、

すぐさまもぐもぐと食べ始めた。

よく顎が疲れないものだ。
 

「そうですね、そろそろ明日の会議について話しましょうか」

「そうだな」

 

私が明日の会議についてまとめたノートや資料を用意していると、

 

「あいつら、元気かな」

 

伯爵がぽつりとおっしゃった。

 

「きっと元気にしてますよ」

 

ドナーク島で出会ったヤコムさんとネストル君、

その他のネルドリさんたちのことに違いなかった。

 

「そうかな」

「きっと今頃は、デナリーさんのお屋敷で働き疲れて、

 高いびきかいて寝てるでしょう」

 

気休めであることは充分承知していた。

だが、いつネルドリ本国から彼らの返還要求が出てもおかしくない状況だ、

とは言えなかったし、言いたくもなかった。

そんなことは伯爵も私以上にわかっている。

それでも、なぜかは全くわからないが、私に訊いてきたのだ。

 

「私たちも、あと一仕事です! さっさと終えて、ぐっすり寝ましょう!」

「……そうだな」

 

伯爵は呟くと、口をつけていなかったコーヒーを一息に飲み干して、

ようやく椅子の背にかけていたシャツを着てくださった。

私も口内に残っていた干しモイヤーを冷めたコーヒーで流し込んで、

明日の会議についてまとめたノートのページを開いた。

 

胸の一番奥深いところで何かがほのかに灯り、私の眠気を吹き飛ばしていた。

 

 

 

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*2024.9.11一部改訂しました。

 
 
 
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