*Aurora Luce**
こちらはファンタジーとシャレが大好きな、藤原凛音(ふじわら・りんね)の妄想といくばくかのブログネタ=約100%のブログです。
超不定期更新で恐縮ですが、こんな辺境のあばら家でよければ、いつでもお立ち寄りください。

 

「暁のうた」第1部から随時改訂中でございます。
致命的な誤りから(そんな恐ろしいものがあるのか…あるんです当社には)誤字脱字まで、鋭意直してまいる所存です。
そのため、表記等にかなりの揺れが生じておりますがご了承ください。
更新通知はどうぞお切りくださいませ。

 
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月白の水平線 深淵1

翌日の昼過ぎ、伯爵と私は懐かしの母校を訪れた。
ブランアズール国立大学は、世界でも有数の名門校だが、
 
「ここは最近、あの国からの留学生が増えているらしい」
「あの国とおっしゃいますと」
「猪閣下の国だよ」
 
注意して構内を歩く学生を見てみると、
ミデルファラヤ出身と思われる風貌の人が、意外といることに気がついた。
私が在学中にはこんなことはなかったのだが、大学に何があったのだろう。
 
「どうしてわざわざこちらに来るのでしょう。
 あちらにも大学は腐るほどあると思いますが」
「あちらでは、いわゆる頭のいい大学に行っていると、
 いい就職ができるという風潮があるらしい。
 近頃はそれが最近加熱しすぎて、
 国内のいい大学に入れない学生が増えているそうだ」
「それでよその国の大学に流れ込んできていると」
「ああ、わが国は留学生にかなり補助金を出しているからな。
 余計外国の学生が来やすいのだろう」
 
ぼそぼそと小声で話しながら歩く私たちに、注目する学生はいなかった。
伯爵も私も学生らしい服装で変装してきたのだ。
まだまだ違和感なく学生たちに紛れられることがわかって、
その点は少し嬉しかったが、
 
「そのような制度、ありましたか? 初耳ですが」
「猪閣下がわが国に来た直後かな、そういう制度ができたんだ」
 
つまり、私がひきこもっていたときにできた制度か。
あの当時の情報要綱は読み込んだつもりでいたが、
見落としている事柄も多いようだ。
 
「あのおじさんが頼んだから作ったんでしょうね。
 どのくらいの補助がもらえるんですか?」
「はっきりとした金額は覚えていないが、贅沢な生活さえしなければ、
 学業に専念していても食べていけるくらいはもらえるはずだ」
 
王立女子学院時代に、国立大学へ行きたがっていた友人がいたが、
「学費を捻出できそうにないから大学に通いながら働かないと」
と言っていたのを思い出した。
結局彼女は進学しなかった。否、できなかった。
学力が不足していたのではない。
国立大学の教育課程では、働けるほど時間の余裕がなかったのだ。
 
なぜ留学生には学業に専念できるほどの補助金を出すにも関わらず、
自国の学生にはそういった制度を一切設けないのだろう。
 
「そういう制度は、自国の学生にこそ設けてほしいです」
「その通りだな」
 
思わず本音を吐露してしまった私に、伯爵は深く頷いてくれた。
 
「カシルダには大学がないから、
 大学に進学するために島を出るときには、引越費用を出しているんだ。
 もっとも、大学にまで行く者はあまりいないんだが」
「そうなんですね」
「学生の生活水準にもよるが、学費を負担するのもいいかもしれないな。
 少し考えてみようかな」
「それは学生さんもお家の方も喜びますね。
 ただ、悪用されないように気をつけないといけないとは思いますが」
「そうだな、卒業後はカシルダに戻って学んだ技術を生かしてくれるとか、
 在学中は定期的に勉強の成果を報告してもらうとか、
 そういったことはした方がいいかな。
 それであれば、今のうちの財政状況と大学への進学率なら、やれないこともない」
「さすがは閣下、太っ腹ですね」
「私は頑張る人々の味方なんだ」
 
この人は、こういった話題ならここまで長尺に話せるのだ。
他に話せることと言えば、
 
「レオン皇子はお元気でしたか?」
「ああ、今日もこちらに来たそうにしたらしたが、
 次の機会に取っておくとおっしゃっていた」
「今頃は王宮で辛気臭い面々に囲まれていらっしゃるのでしょうね。
 おかわいそうに」
 
あの明るく開放的な性格のレオン皇子が、
わが父こと国王やその他王侯貴族に囲まれているところを想像したら、
不憫になってきた。
 
「あなたが言うか、それを」
「いいんですよ、本当のことですから」
「それは……まあ、確かに」
 
私の毒舌に伯爵も納得すると、
 
「殿下はアイスラー教授と面識があるらしくてな。
 詳しいことは訊けなかったんだが」
「えっ!?」
 
意外すぎるつながりに、思わず声が高くなってしまった。
 
「教授は外交官時代、アステールにいたことがあるらしい。
 レオン殿下が教授に会うとしたら、そのときだろう。
 今日はそのことも教授に聞いてみようと思ってな」
「それは楽しみですね」
 
アイスラー教授は若かりし頃、外交官として世界各地に赴任されていた。
だが、赴任された地域を見ると、このようなことは言いたくないのだが、
王宮の覚えはあまりよろしくなかったようだ。
 
アステールのような大国に派遣されたのなら、
出世街道まっしぐらではと思いがちだが、
ご存知の通りわが国はミデルファラヤとのつながりを重視している。
従って、あの国と対抗しているアステールに派遣されるというのは、
いくら大国とはいえ決して重用されていた訳ではない。
むしろ、率直に言って申し訳ないが、煙たがられていたのだと思われる。
 
「腹が減ったな」
「そうですね」
 
いきなり本能をあらわにした伯爵だったが、私はすぐさま同意した。
なぜなら、私も空腹だったからだ。
 
「昨日教授から連絡があって、
 教授の奥様がサンドウィッチを大量に作ってくださるそうなんだ。
 だから、それを研究室でいただきながらゆっくり話せるぞ。
 カシルダ土産と茶菓子も持ってきたしな」
 
伯爵は持っていた紙袋を得意げに掲げてみせた。
そこにはアイスラー教授へのカシルダ土産と茶葉詰め合わせ、
そして行きがけに寄った菓子屋で購入した焼き菓子が入っている。
デザートまで万全の構えだ。
 
「そうなんですか、それは楽しみです」
 
時刻は昼食どきを少し過ぎている。
我々食欲魔人が腹を空かせるのは当然なのだが。
 
「……」
「……」
 
沈黙が我々を支配した。
 
どうも、伯爵の様子が微妙におかしい……ような気がしている。
いつからかと言われれば、昨晩から。二曲目のダンスを踊り終えた後からだ。
 
具体的に何がどうおかしいと言語化はできないので、
気のせいかもしれないが、どうにも違和感が拭いきれないのだ。
会話も普通にできるし、私に対する態度にも変わりないにも関わらずだ。
 
だからこそ、私は困っていた。
 
 
 
あれから……昨晩、二曲目のダンスを踊り終えてからしばらくの間、
私は動かなかった。否、動けなかった。
 
なぜなのか、明白な原因はわからない。
昨今踊っていなかったダンスの動きに、身体が疲れたのかもしれないし、
相手が伯爵とはいえ、同年代の男性との接触が限界点に達したことで、
身体が動かせなくなったのかもしれない。
 
幸か不幸かわからないが、伯爵も私の手を離そうとしなかった。
自分が動けないでいることに気づくのが遅くなったのは、
そのせいもあるかもしれない。
伯爵も久しぶりのダンスに疲れたのかもしれないし、
連日の会議や今日のひと騒動での疲れが出て呆然自失していたのかもしれない。
 
どのくらいの時間そうしていたのかは定かではないが、
さほど長い時間ではなかっただろう。
私は伯爵と無言で向き合っていた。
そして気づけば、伯爵の普段と異なる光を湛えている緑青色の瞳を見つめていた。
 
他人の視線を真正面から受け止めることなど、近頃の私には殆どないことだった。
だが、なぜか視線を逸らせることができなかった。
普段と様子の違う主から目が離せなかった。
 
自分たちが手を取り、しかも見つめ合っていることに気がついたのは、
大広間の扉がノックされた音に気づいたときだった。
執事が大広間に灯りがついているのに気づいて、様子を伺いに来たのだ。
私たちがまだ玄関ホールにいるうちに、
御者と一緒に使用人の区画へ下がってしまったから、
私たちがどうしているのか気にしてくれたのだろう。
 
二人とも扉が開く前に手を離し、その後は何事もなかったように振る舞ったが、
伯爵の瞳に宿った何かはずっと消えなかった。
互いに無言で階上に上がるときも、「おやすみ」と声をかけてくれたときも。
 
 
 
そのような昨晩のことを思い返していたら、
伯爵が漂わせている違和感の原因がわかった気がした。
主は未だに昨晩と同じ様子なのだ。瞳に何かを湛えたままの。
 
もしやこれは、昨晩私という猛獣と二曲も踊った結果、
伯爵の異性との接触が苦手という呪縛が解けた証……だったりはしないだろうか。
 
だとしたら、よくやったでかしたぞ私! と自分を褒めてやりたいのだが、
残念ながらそうではないだろう。
女性苦手意識がなくなっていれば、
私に対する態度にもう少し変化があってもよいものだが、
伯爵の態度は昨日までとまるで変わりない。
盛り上がる話題も同様だ。
そしてなにより、この瞳に宿るものは「女性苦手を克服したぞ!」
という枠には収まりきらない、もっと深い意思のあるもののように思えた。
 
とにかく、私にとってはやりづらいことこの上ないが、
あまり気にしない方がいいのかもしれない。
わからないことに頭を悩ませていても、疲れるだけで何もいいことはない。
 
そう自分に言い聞かせると、私は沈黙を破ることにした。
 
「そういえば、昨日レオン皇子と一度部屋を出られましたよね。
 あのとき何を話していらしたんですか?」
 
口にしてから思い出した。
レオン皇子が私のことを「暴飲暴食女王陛下」と呼んだことを。
ああいった私のあることないことを、あのとき吹き込んでいたのではなかろうか。
 
「あのときですか、私のことを暴飲暴食女王とか吹き込んだのは」
 
私の指摘に、伯爵はわかりやすく図星の顔をしたが、口にしたのは、
 
「あだ名があるというのはいいことだ。
 それだけ親しまれているということだからな」
 
あからさまに私を丸め込もうとする台詞だった。
誰がそんなものにごまかされるか。
 
「親しまれているというより、
 からかわれていると言った方がしっくりきますけどね」
「それは被害妄想というものだ。
 腹ぺこ姫、食欲女王、デザートの支配者、全てを喰らう者……
 これほどあだ名を考えてやっているというのに」
 
ちょっと待て、聞いたこともないあだ名が増えているではないか。
私のあだ名考案で暇つぶししおって、この脳天気善人面は。
 
「余計なあだ名を増やさないでください。完全に暇つぶしじゃないですか」
「暇つぶしだとしてもだ、あなたのあだ名を考えるのに、
 時間を割く人間がいるというだけでも、ありがたいと思わないか?」
 
私のあだ名など考える暇があるのなら、
淑女とねんごろになる方法でも考えればよいものを。
 
「全く思いません」
「私のあだ名など、誰も考案してくれないんだぞ」
「領主のあだ名なんて、考えても本人に面と向かって言う人間はいませんよ」
「かわいそうだと思わないか?」
「思いません。領主とは敬われるべき存在ですから」
 
私のつれない反応に、
どうやらあだ名が欲しいらしい主は少し寂しそうな顔になった。
このままだと、アイスラー教授の前で私の悪口をほざきそうなので、
日頃心中で毒づいている主のあだ名を公開してやることにした。
 
「健康的善人面」
「?」
「脳天気善人面」
「??」
「私が考案した閣下のあだ名です。喜んでください。
 今後どちらでお呼びしましょう?」
 
私からのありがたい思し召しに、
この男は形容しがたい物を口にしたような顔つきになった。
そして一言、
 
「皆無だな」
「何がですか」
「センスだ」
「何のセンスですか」
「あだ名のセンスだ」
 
とてつもなく失礼なことをのたまった。
 
「何をおっしゃいます、端的に閣下の特徴を表した、
 あだ名のお手本みたいなあだ名ではありませんか」
「善人面とはなんだ、上辺だけいい人みたいじゃないか。
 私は善人そのものだぞ?」
「閣下で善人なら、私は聖人……いえ天使ですね。
 で、今後どちらでお呼びすれば」
「どちらも却下だ!」
 
ふと伯爵を見ると、いつの間にか瞳に浮かんでいた謎の光はなくなっていた。
どうやら通常運転に戻ったらしい。よかったよかった。
 
「そうですか、贅沢ですね……
 教授の研究室までちょうど暇ですから、考えて差し上げます」
「あなたのセンスだと不安しかないが」
 
おのれのセンスを高い棚の上に放り投げている主の言うことは無視して、
私は頭の引き出しから枯渇気味な語彙をかき集めることにした。
 
「筋肉魔人、怪力入道、極太干しモイヤー……
 とりあえずこんなところですかね。どれがよろしいですか?」
「どれも却下だ」
「本当に贅沢ですね。では……」
「わかった、もう考えなくていい。あなたにセンスを求めた私が間違っていた」
「辺境からの筋肉侍、鍛錬地獄からの使者、生ける鍛錬馬鹿……」
「もはやあだ名ではなく悪口ではないか」
「唸る上腕二頭筋、弾ける胸筋、裂ける腹筋……」
「私の身体を見ながら、ぶつぶつ呟かないでもらいたいんだが」
「閣下があだ名が欲しいとおっしゃるから、懸命に考えているんです」
「私は筋肉しか取り柄がないのか」
「取り柄があるだけましです。喜んでください」
 
このように、実にくだらないことを話しているうちに、
私たちはアイスラー教授の研究室の前に到着したのである。
 
 
 
「お二人とも、お久しぶりです。
 ご足労いただきありがとうございます」
 
アイスラー教授の心に染みわたる穏やかボイスは、
伯爵のあだ名考案で疲弊していた私の頭と心を癒してくれた。
 
「実は知り合いからパンを大量にもらいまして……
 消費するのに難儀しておりましたら、
 妻がお二人にも食べていただこう、と申しましてこのようなことに」
 
教授のデスクの前には、
大量のサンドウィッチが盛られた大皿が二つ並んでいた。
サンドウィッチの断面からは色とりどりの具材が顔を出している。
教授の奥様にお会いしたことはないが、
間違いなく良妻賢母という言葉がよく似合うお方に違いない。
この大皿に鎮座するごちそうが、一目見ただけで美味しいことが判ると、
私の心は否応なしに高まった。
 
「せっかくお二人が来てくださるのですから、
 どこか気の利いたところへお連れしようと思っていたのですが……
 申し訳ありません」
 
と言って頭を下げようとしたアイスラー教授を、
私と伯爵は全力で止めにかかった。
 
「そんな、とんでもないです!
 これほど美味しそうなサンドウィッチになれるパンたちを、
 みすみす廃棄してしまうことにならなくて、本当によかったです!
 ありがたくいただきます!」
「これだけたくさん作られるのは、お時間かかったでしょう……
 我々のために手間暇かけてくださり、ありがとうございます。
 奥様にもよろしくお伝えください」
 
食欲魔人な教え子たちの勢いに圧倒されたのだろう。
アイスラー教授は小さく何度も頷きながらありがとうとつぶやいた。
 
私が勝手知ったる室内でお湯を沸かす準備をしている間、
アイスラー教授は伯爵が持参した紙袋の中身を見せつけられていた。
 
「これはカシルダの茶葉セットです。どれもうまいですよ。
 どれを淹れましょうか」
「カシルダはお茶も美味しいんですか、やはりいい所ですね。
 お勧めはどちらですか?」
「どれもうまいですが、こちらのアイルカ茶は後味がすっきりしています。
 こちらのドーティ茶は、砂糖を入れなくてもほのかな甘みがあって……」
 
伯爵が嬉しそうに恩師に説明しているうちにお湯が沸き、
それぞれが選んだ茶葉でお茶を淹れると、楽しい昼食会が始まった。
 
 
 
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