*Aurora Luce**
こちらはファンタジーとシャレが大好きな、藤原凛音(ふじわら・りんね)の妄想といくばくかのブログネタ=約100%のブログです。
超不定期更新で恐縮ですが、こんな辺境のあばら家でよければ、いつでもお立ち寄りください。

 

「暁のうた」第1部から随時改訂中でございます。
致命的な誤りから(そんな恐ろしいものがあるのか…あるんです当社には)誤字脱字まで、鋭意直してまいる所存です。
そのため、表記等にかなりの揺れが生じておりますがご了承ください。
更新通知はどうぞお切りくださいませ。

 
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月白の水平線 紡がれる思い1

翌日、領主会談二日目の昼下がり。
アリスさんと私は王都の市街地を訪れていた。

王都エルフラークの市街地は、
デナリーさんが描写した通り喧噪と埃が舞う賑やかなところだが、
決してしかめ面をした人たちばかりではない。

現在、市街地の中でも下町に当たる区画を歩いているのだが、
家々の軒下には花や野菜の育った植木鉢が並び、
通りでは子供たちがはしゃぎまわり、
ご婦人たちはそれを見守りながら話に花を咲かせ、
縁側では老人たちがカードゲームを楽しんでいる。
長閑で暖かな時間が流れる場所だ。
こういった光景だけを見ると、
わが国の統治は悪くないと言っていいと思うのだが。

マキ人の末裔の方の家は、そんな場所の一角にあった。
アリスさんがその方の家の呼び鈴を鳴らすと、
家の主はすぐに顔を出してくれた。

「アリスちゃん、よう来たねえ! 元気やった?」
「はい、おかげさまで。ミナエさんこそお元気でしたか?」
「そりゃもう元気よ! この前も手玉大会で優勝したでねえ」
「まあ、おめでとうございます!」
「まだまだ若いもんには負けんのやで」

そう言って、家の主はお手玉を操る仕草をしてみせてくれた。
とても小柄で、顔にはたくさんの皺が刻まれていたが、
表情からは朗らかで優しい性格が見て取れた。

「お嬢さんがサシャータちゃんかい?」

私の存在に気がつくと、家の主は好奇心旺盛感丸だしで私に近づいてきた。
アリスさんが事前に私のことを話してくれていたのだろう。
咄嗟に返事ができずにいると、

「はいそうです、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」

アリスさんの後に続いて、私もおじぎした。
少しは気の利いたことを言えるようになりたいが、
やはり初対面の人には緊張してしまう。

こんな言い方はしたくないが、王女が平民の家を訪れることは、
わが国ではあり得ないことなので、
私の素性は明かさないでもらうことにしている。
変装も完璧にしてきたし、かつらのサシャータも無論一緒だ。

家の主ことミナエさんは、しげしげと私の顔を見つめていたが、

「アリスちゃんとおんなじで美人さんだねえ!
 ささ、上がって上がって! 今お茶とお菓子を用意するでねえ」

しわくちゃの笑顔で私たちを迎え入れてくれたのだった。



マキ人の末裔であるミナエさんは、
私の三倍以上の年齢を生きている人生の大先輩で、
つい数か月前までドナーク島に住んでいたのだそうだ。
それがなぜ本土に越してきたのかというと、

「あいつらが来てから、ちょっとずつ変わっちまってねえ」

アリスさんは既に知っているだろうから申し訳なかったのだが、
ミナエさんは私にも最初から説明してくれるとのことだったので、
ありがたく拝聴することにした。

「遺跡から何個か楽器が見つかったんだ。
 それで、調査員の人があたしらに、
 マキ人の伝統音楽とか知ってますかっていうから、知ってるって言ったんだ。
 知ってるもん何人かで歌ってみせたさ。
 いい曲だって言ってくれてねえ、嬉しかったねえ」

ミナエさんは当時に戻ったかのような目をしていた。

「いつか、見つかった楽器を復元してもらって、
 マキ人の音楽を演奏できたらええなあ、ってみんなで話してたんだ。
 調査班の人も、少しでも早く復元できるように頑張るって言ってくれたで、
 楽しみにしてたんやで」

ここまで聞いた時点で、これからの展開が想像できてしまって、
喉が締めつけられるように苦しくなってきた。

「それが、あいつらが来て、伝統音楽を作るのを手伝うっていうから、
 何を手伝うてくれるのかと思ったら、
 変な音楽をこさえてきてや、これがあたしらの民族音楽や言うんやで。
 おかしなこと言う人らやなー思て」

変な音楽……現在マキ人の音楽として演奏されている、
ミデルファラヤ調の音楽のことだろう。

 

「こんなのマキ人の音楽じゃねえって言ったら、
 次の日から毎日家に嫌がらせよ。
 直接あいつらがやったわけじゃねえ。
 でも、あいつらの仕業ってことはわかってるんだ」

ドナーク島でのミナエさんの家の様子を想像すると、胸が痛くなった。
どんな嫌がらせを受けたのか、訊ける勇気はなかったし、なくてもいいと思った。
これ以上ミナエさんに、辛い過去を思い出すことを言わせたくなかった。
お辛かっただろう、よくわかるつもりだ。
私もそうだったから。

「あんまり酷くなってきたもんだから、
 近所のみんなにも嫌な思いさせてまうし、
 こっちに親戚がいるから、それで越してきたんだ」

思い出したくなかった過去に頭と心を襲われて、
すぐには声を出せなかった。

「もう、嫌がらせは、されてないですか」

そう口にするのが限界だった。
ミナエさんが今は穏やかに暮らしているのは、
近所の様子を見れば確かだったから、
これは訊いても差し支えないだろうと、それだけはどうにか判断した。

「ああ、心配してくれてありがとねえ。今はなーんもねえで」

ミナエさんの返答に、心の底から安堵した。
その優しい声に、閉じ込めていたものが溢れ出してしまった。
 
「サシャータさん!」
「大丈夫やって、もうなんもされてないんやでね!」

白髪になってからというもの、
しばしば部屋の外に様々な異物が置かれるようになった。
枯れた植物や腐った食物、小動物の死骸、
悪口雑言を書かれた紙が部屋の扉に貼られていることもあった。
失くしたと思っていた靴や小物、大好きな本は、
ぼろぼろに擦り切れた姿で戻ってきた。
異臭を放つ謎の物体及び液体が、部屋の前に撒かれていたこともあった。
 
誰の仕業なのかは、大体見当がついている。
このような行為をしたとしても注意されず、許される身分の者が、
召使に命じてやらせていたのだ。
自らの手は決して汚さない、卑怯者のなせる業。
あの組織の奴らもきっと、金で雇ったごろつきか何かにさせたのだろう。
 
自分でもこのような醜態を晒してしまうとは、思ってもみなかった。
ミナエさんとアリスさんが、優しく背中や肩をさすってくれたおかげで、
どうにか落ち着きを取り戻すことができた。

ようやく嗚咽が収まり、声が出せるようになると、私は平謝りに謝った。
ミナエさんとアリスさんは、気にしないでいいと言って笑ってくれた。
それどころかミナエさんは、怖がらせてごめんやでとさえ言ってくれたので、
私は余計に恐縮した。
 
「アリスちゃん、音楽、聞いてきたけ?」
 
ミナエさんは、アリスさんがドナーク島に行くことを知っていたようだ。
二人は単に取材する側される側というよりも、
もう少し親しい間柄になっているように見受けられた。
 
「はい、ミナエさんがおっしゃっていた通りの音楽でした」
「そうかあ……」
 
アリスさんの返答に、ミナエさんはなんとも例えられない表情になった。
ミナエさんに対する強烈な嫌がらせを見たら、
心あるマキ人の人たちも表立って反対できなかったのだろう。
少なくとも、えせ民族音楽の製作に関しては、
マキ人は名前を貸しているだけで、
製作には関わっていないように思われた。
 
「本土の人らとはだいぶ同化したけども、
 あたしらマキ人の血を引くもんは、昔から助け合って暮らしてきたんだ」
 
ミナエさんが出してくれたお茶は、飲んだことのない味がした。
代々マキ人に伝わるお茶なのかもしれない。
 
「誰とも争わず、みんなで助け合って暮らす。
 これがあたしらが教えられてきた生き方だったんだ。
 遺跡から武器が出てきたって言われても、ずっと昔のことだろ?
 そんな遠い昔のことは知らんけど、あたしらは長いこと争ったことはねえ。
 代々そう聞いて育ってきたし、本土の人らが来た時も、争わなかった」
 
ミナエさんの話からすると、
マキ人の人たちは過去に内乱があったことを受け入れつつも、
自分たちに伝えられてきた平和を愛する心を、誇りに思っているようだった。
 
もしかするとマキ人は、
当時起こした内乱があまりにも悲惨なものになったからこそ、
争いを起こさないと決めて、平和な民族になったのかもしれない。
このあたりのマキ人の歴史や言い伝えなども聞いてみたかったが、
先程の動揺をまだ引きずっていたのと、
ミナエさんの語りを遮りたくなかったこともあって、
横やりを入れるのはやめておいた。

「だから、本土の人らもあたしらを殺したり、いたぶったりしなかったんだ。
 よくしてくれたんだ、大抵の人らは」

ミナエさんの最後の言葉に引っかかるものを感じたが、
話を続けてくれるのを待った。
 
「けど、そうでない人らもいた。
 あたしらの格好とか、家とかを見て、ばかにするような人もいたんだ」
 
ドナーク島に侵攻してくるだけの武器や船を用意できたことだけを見ても、
本土の方が様々な点で進んでいたのは事実だろう。
だからといって、侵略してよいことにはならないし、
ばかにするなど品性の欠片もない最低の行為だ。
 
「最初は言葉も通じなかったで、そんで自分らの都合のええように、
 あたしらをこき使う本土の人らもいた。
 それがな、今でも少しだけど、残ってんだ」
 
書物だけでは読み取れない歴史もある。
特にミナエさんが語ってくれるような『された側の歴史』は、
隠れてしまいやすい。
 
「あからさまではないんやで。
 だから、よその人が見たらわからんのやって。
 けど、ドナークにいるもんやったらわかる。マキ人も、本土の人らも。
 感じるんやで。
 あたしは気にしないようにしてたけどね。大抵はいい人なんやで」
 
複数の民族で構成される国であれば、
どこの地域でも抱えている問題なのかもしれない。
互いに歩み寄り、尊重できればよいのだろうが。
 
「けど、あいつらが言ったんだ。
 先にドナークに住んでたのはマキ人なんだから、
 差別されるのはおかしい、
 むしろマキ人が本土の人間を支配すべきだ、
 マキ人はもっとわがままになってええ、って」
 
確かにあの組織の言っていることは正しい。
先に住んでいたのはマキ人だし、差別されるのはおかしい。
 
「あたしはそんなふうには思わないけどね。
 今は本土の人らも、あたしらと同じドナークの人間だ。
 これからも仲良く暮らしていきたいと思うんやで。
 けど、差別されるのが嫌な人は、
 そうだそうだ! って感じになっちまってねえ」
 
マキ人にも色々な人がいるようだ。
ミナエさんのように穏やかで優しい人たちもいれば、
自分を見下す態度に我慢ならない人たちも。
 
私は既にあの組織の悪辣なやり口を知っているから、

『よくぞ言ってくれた!』という爽快感は全く湧かないが、

日頃差別に怒りを感じていた人たちにとって、

あの組織のこういった言葉は救いになっただろう、悪い意味で。


「俺らはマキ人の文化を広めて、本土の奴らに一泡吹かせてやるんだ、
 あの新しいマキ人の音楽で、
 マキ人が素晴らしい民族だってことをわからせてやるんだ、って言ってねえ」
 
偽りの民族音楽を演奏しているのは、
あの組織にマキ人としての自尊心を焚きつけられた人たちだったのか。
そして、それを止めさせたいと思っている人たちがいても、
ミナエさんの受けた仕打ちを考えると、容易に反対することができないでいる……
 
ドナーク島とマキ人も、Z国とA人のようにされようとしているならば、
『新しいマキ人の音楽』はあの組織にとって第一歩でしかない。
しかも、本土の人との間だけでなく、マキ人の間でも分断が進むかもしれない。
ミナエさんのように穏やかに過ごしたいと願っている人たちと、
あの組織に民族意識を歪んだ形で目覚めさせられた人たちとの間で。
そうなれば、今のように助け合うマキ人の姿は見られなくなるかもしれない。
 
「あの子らも、本当にいい子らなんよ。
 昔からいつも声かけてくれて、重いもんも運んでくれたりしてねえ。
 嫌がらせ受けた時も心配してくれてねえ……」

 

ミナエさんの深い眼差しは、
遠く離れた故郷にいる同胞に向けられているように見えた。
気のいい仲間だったはずの人々が、
自分と違う道を歩き始めたかもしれないと感じた時、
ミナエさんはどんな気持ちになっただろう。
 
現在あの組織に協力しているマキ人たちは、袖の下や異性がらみなどではなく、
純粋に民族意識だけで動いていると思われた。
それだけは不幸中の幸いと言ってよい気がした。

「大抵のマキ人は、なんも特別扱いされることなんか望んでねえんだ。
 ドナークはいいところだし、今のままでええんやって」
 
多くのマキ人がミナエさんの言うように考えていることがわかった。
マキ人は本当に平和を尊んできた人たちなのだろう。
 
「遺跡を調査してもろて、
 あたしらのご先祖さまのことがわかるのはありがてえし、
 楽器とか復元してくれるのも嬉しいんだ。
 けど、あいつらのやり方は違うんでねえかと思うんだ」
 
マキ人と遺跡の調査班の人たちの関係は良好のように見えた。
あの組織が元凶なのだ。
 
アリスさんがおっしゃるとおりです、と相槌を打つと、
ミナエさんは奥の部屋から何通かの手紙を持ってきて、私たちに見せてくれた。
ドナーク島に住む、マキ人の末裔の人たちからの手紙だという。

「あいつらのせいで、マキ人はかえって不幸になってるんでねえかと思うんだ」
 
私とアリスさんは手紙を手に取った。
そこには、ミナエさんを信頼して思いを吐露する、
マキ人の人たちの苦悩が綴られていた。
 
偽りの民族音楽を演奏する同胞を許せない人。
そのような同胞が観光客から脚光を浴びるのを見て、
羨む気持ちが湧いてくる自分に自己嫌悪する人。
あの組織に憤る人、憤っても報復が怖くて何もできない自分にも憤る人……
様々な心の痛みが記させていた。
ミナエさんがいなくなって寂しい、
一緒に新しいマキ人の音楽を演奏したい、と願う人からの手紙まであった。

 

「マキ人が差別されるのはおかしい、って言ってくれる人らが来たんなら、

 マキ人はみんな幸せになれると思うでねえか。

 なのに、なんでこんなふうになってまったんやろ」
 
ミナエさんも穏便にやり過ごしてきただろうが、
差別があるよりはない方がよいに決まっている。
初めてあの組織がマキ人に接触してきた時、
程度の差こそはあれ誰もが彼らに期待しただろう。
それがどうしてこんな事になったのだ、と思わない方がおかしい。

 

「あたしは難しいことはわかんねえ。
 けど、みんなこんなに苦しんでんだ。
 だから、あいつらのやり方はおかしいと思うんだ」
 
昨晩、伯爵と語った事が現実にならないように、
第二のZ国とA人が生まれないようにするためには、どうしたらよいのだろう。
 
昼下がりの穏やかな光が射す部屋とは裏腹に、
私の心の中には冷たい不安が広がっていた。
 
 

 

 

 
 
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