*Aurora Luce**
こちらはファンタジーとシャレが大好きな、藤原凛音(ふじわら・りんね)の妄想といくばくかのブログネタ=約100%のブログです。
超不定期更新で恐縮ですが、こんな辺境のあばら家でよければ、いつでもお立ち寄りください。

 

「暁のうた」第1部から随時改訂中でございます。
致命的な誤りから(そんな恐ろしいものがあるのか…あるんです当社には)誤字脱字まで、鋭意直してまいる所存です。
そのため、表記等にかなりの揺れが生じておりますがご了承ください。
更新通知はどうぞお切りくださいませ。

 
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月白の水平線 紡がれる思い4

伯爵が再び上屋敷に戻ってきたのは、
やはり時計の針が天井を指した後のことだった。
 
読書のお供になる飲み物を貰おうと一階へ降りたところに、
頬を紅潮させた主が姿を現したのである。
 
「お、おお、おかえりなさいませ」
 
突然現れた主に、いささか動揺した声を挙げた私だったが、
 
「おおエリー、起きていたか! ちょうどよかった!」
 
先刻以上に興奮した様子の主は、
私の挙動不審ぶりなど全く眼中にない様子だった。
 
「今度は何があったのですか、デナリーさんが倒れでもしましたか?」
 
デナリーさんには申し訳ないが、軽い気持ちでそう訊ねると、
 
「勧誘に遭った」
「はい?」
「か・ん・ゆ・う、だ」
「それはわかりますが、何の勧誘に遭ったですか。
 まさか夜の街にでも行ってきたんですか? そんな暇があったら」
 
さっさと舞踏会のお相手を見つけてこい、と続けようとしたのだが、
そんな私を遮って主が被せたのは、想像もしない固有名詞だった。
 
「レオン皇子だ」
「はい?」
「レオン皇子が私を誘ってきたんだ」
 
真夜中になんという酷い世迷言をほざくのだ、
この無飲酒気分高揚能天気男は。
 
「何を血迷ったことをおっしゃっているんですか。
 いくらあれほどの美男子でも閣下を誘うだなんて、
 私のひつじのエリーが星形になったとしてもありえないことです。
 今日はもう、さっさとお風呂に入って早くお休みになってください。
 二度とそのような世迷言をおっしゃらないようにしないと」
「あなたは何を勘違いしているんだ」
「?」
「レオン皇子が、私を、指名したんだ」
 
ちなみに『ひつじのエリー』とは、伯爵に頂戴したぬいぐるみだ。
私と同様、白くてくるくるした毛並みをお持ちである。
巨大かつ丸い形状が愛らしく、
私がエリーと呼ばれるきっかけにもなった彼女は、
今頃一匹で寂しく私のベッドで寝ていることだろう。
思い出したら急に彼女を抱きしめたくなってきた。
 
それはさておき、
連日の夜更かしのせいか、私の頭は完全に夜型思考に染まっていた。
 
「指名? それはますますよくないです。レオン皇子はそんな趣味がおありで」
「いい加減、その腐れた思考を捨ててくれないか。話が前に進まない」
「腐れてるとは失礼ですね、私は閣下の御身を案じて」
「わかった……いや、そちら側の道の事はわからないが、
 とにかく最後まで話を聞いてくれ。
 レオン皇子が、私を、指名したんだ!
 わが国とアステールの友好関係を築くにあたっての、わが国側の代表としてだ!」
 
飲み物を貰う前でよかったと、この時ほど思ったことはなかった。
なぜなら、驚愕のあまり両手が勝手に開いて、
大々的に天井を向いたからだ。
 
 
 
昨日も遅くまで籠っていたのと同じ部屋に移動すると、
伯爵は先程より更に元気な様子で、事の次第を語ってくださった。
伯爵が話してくれたことを、
私もその場で見ていた風にまとめるとこうなる。
 
離島地域の会議がようやく終わり、帰路に着こうとしたところ、
伯爵を呼び止めた人物がいた。
その人物はレオン皇子の秘書官だと名乗った。

 

秘書官どのに誘われ王宮内の一室に入ると、
そこにいたのはレオン皇子とお付きの人々だった。
レオン皇子御自らいわく、
 
「この度、アステールは貴国の領主会談の制度を採り入れたく、
 その視察に私を貴国へ派遣したわけだが、もう一つ叶えたい事があってね。
 貴国とより親密な関係になりたいのだ。
 ついては、卿にアステールと貴国との橋渡し人となってもらいたい」
 
とのこと。
 
「この二日間で、貴国の多くの王侯貴族を見てきたが、
 卿が最もその任に相応しいと判断した。
 貴国とアステールとの友好のために引き受けてもらえないだろうか?」
 
しかし、急にそんなことを言われても、はいわかりましたと頷ける訳もなく、
伯爵はレオン皇子にいくつか質問をなさった。
 
自分のような辺境のいち領主が国家間の交渉事に関わるという話は、
聞いたことがない。
そもそも、そういった事は外務大臣や外務省が行うのが通例だ。
王宮は私の起用を了承しているのか。
そうでなければ、先に王宮に話を通してもらわねばならない。
私の一存では到底承諾しかねる話だ……
 
伯爵の質問……というよりも要望は、もっともなものだったが、
レオン皇子はこのように言われるのを予見していたらしく、
 
「無論、国王陛下にお願いして了承は得ている。
 私からの一生のお願いだと申し上げたら、二つ返事で了承してくれたよ」
 
満面の笑みを浮かべておっしゃったという。
 
個人的に「一生のお願い」という言葉を安易に使う人物は、
到底信用できないと思っているのだが、伯爵もそう感じたらしい。
返事を渋る伯爵を見て、レオン皇子は人払いをした。
 
部屋に二人きりになると、レオン皇子は伯爵との距離を縮めた。
とは言っても、そちら方面の話に進展した訳ではない。
レオン皇子が縮めたのは、純粋に物理的な距離だった。
大きな卓の一番上座から、伯爵の真正面に席を移したのである。
そして、単刀直入な質問を投げかけた。
 
「今のこの国の王宮、卿から見てどう思う?」
 
いきなりこのような問いかけをされて、
「ろくでもないですね」と答えられるほど、伯爵は非常識人ではなかった。
伯爵が当たり障りのない返答したのに対し、
レオン皇子も違う言葉で伯爵の真意を確かめようと試みた。
 
そのような、お互いの腹の中を探り合う応答が幾度か交わされた後、
先に核心の外郭に触れてきたのはレオン皇子だった。
 
「これから私が……アステールがしようとしていることに、
 この国の外務大臣と外務省はついて来られないだろう。
 正直、貴国の国王陛下も頼りにはしていないんだ。
 わが国の成そうとしている事の援護をしてもらいたいというか、
 もっと言えば、邪魔さえしてくれなければいい、くらいの気持ちでいる」
 
自国の官僚や国王をこれほど軽く扱われたならば、たとえ相手が他国の皇族であっても、
彼らを擁護する発言をしてよかったはずだが、伯爵は何も言わなかった。
わが国のため共に働いている官僚と、
敬う対象であるはずの君主を擁護しなかったのだ。
これは、レオン皇子の主張を肯定していることに他ならなかった。
 
「私が貴国と友好関係を築いて何をしたいのか、
 彼らにはわからずとも、卿には理解できていると思うのだが」
 
伯爵の沈黙が何を意味するか、レオン皇子も理解したようだった。
そして、とうとう核心を突いた。
 
「最近、西の海が騒々しいと思わないか?」

 

この一言を聞いた瞬間、

伯爵はレオン皇子が何をしようとしているのかを確信した。

ここで伯爵はようやく口を開いた。
 
「彼らを、どうにかしたいということですか」
 
伯爵は敢えて「彼らを」と表現した。
レオン皇子とアステールが標的にしているのは、
ミデルファラヤだけではないと伯爵は考えていた。
ミデルファラヤを潰そうとするのであれば、
自然とネルドリも標的に入れているのではないかと予想していたのである。
理由は至極単純だ。
どちらもその国や周辺の民に害をなしている国家であり、
アステールにとっても邪魔でしかないからだ。
この点について、伯爵の見識は私や『青虎新報』の上をいっていた。
 
ならば、自分の野望も叶えられるのではないか。
伯爵の野望……ミデルファラヤとネルドリに「復讐」することを。
そう考えての発言だった。
 
レオン皇子もこの発言には驚いた様子を見せたが、
伯爵の言わんとすることは、すぐに察してくださったようだった。

 

「彼らを、とは、また大きく出たものだな」
 
ここでもし、レオン皇子が察してくれなければ、
伯爵はこの話を断ろうと思っていたらしいが、
アステールの皇子ともあろう人物が、
そこまで鈍感ではないだろうことも確信していた。
だから大きく出たのだ。

 

「殿下と帝国のお力を持ってすれば、難くはないと考えます。
 そこに私もお力添えできるということでしたら、なおさら」
「なるほど、卿は過去の因縁もあるし、
 ミデルファラヤには多少詳しいだろうとは考えていたのだが、
 ネルドリの国内事情にも詳しそうだな?」
 
レオン皇子の声音が低くなった。
ここから話がますます具体的になっていくと伯爵は感じた。
 
「今朝も顔色一つ変えずに私の話を聞いていただろう?
 おかしいと思っていたが、そういうことだったのか。
 これで合点がいった」
 
伯爵が平静を保ってネルドリの暴露話を聞いていたのを
(実のところは笑いを堪えるのに必死だったのだが)、
レオン皇子は気に留めていたのだ。
 
レオン皇子はしばらく目を閉じ思案している様子だったが、
さして長くない沈黙の後、美しい双眸を開くと伯爵の目を真正面から捉えた。
 
「つまり、卿も彼らの支配体制を終わらせたいと思っていると。
 そう考えてよいのだな?」
 
レオン皇子の碧眼は、内側から光を発しているかのように輝いていた。
その眼光の鋭さに、さすがの伯爵も一瞬恐怖を感じたらしいが、
そのような弱気を見せる訳にはいかない。
 
とんでもない人の懐に飛び込もうとしているのかもしれないが、
自分から持ち出した話だ。
この程度で怯えているようでは、おのれの野望など叶えられる筈がない……
そう自分を奮い立たせて、レオン皇子の眼光を受け止めた。
 
「はい」
 
一言しか発することができなかったが、
レオン皇子には伯爵の思いが十分以上に伝わっていたようだった。
勢いよく立ち上がると、力強く右手を差し出し、
 
「よしわかった、交渉成立だ」
 
静かに腰を上げた伯爵の手を、掴み取るように握りしめた。
レオン皇子の手は、端正な顔立ちからは想像できないほど力強かった。

 

 

 

「というわけで、明日は領主会談に出席しなくてもよいことになった」

 

未だ感動冷めやらぬご様子の伯爵の言葉に、一瞬疑問符が湧いたが、
 
「なるほど。早速、レオン皇子やアステールの官僚たちと打ち合わせですか」
「ああ。わが国とアステールの橋渡しをすることになるからな、
 あちらの要望もよく聞いておかなくてはならない訳だ。
 国王陛下にも直々に申し渡されたし、役得だな」
 
領主会談三日目の最終日は、二日間で話し合われたことの採決が行われる。
重要な場ではあるが、王侯貴族に煙たがられている伯爵が一人抜けたところで、
大勢に影響はない。
伯爵も発言権なく座っているだけの会議に出るより、
何百倍も有意義で建設的な時間を過ごせるだろう。
国王の公認の得ていることだし、
公に退屈な会議をさぼれるのはいい事だとは思うが。

 

「これで野望の達成に大きく近づいたぞ!」

 

伯爵も私と同じような心持ちでいるのだろう。
相変わらずご機嫌な様子だが、
だからと言って手放しでそれに同調する気にはなれない。
 
「そうですねおめでとうございます」
「なんだ、浮かない顔だな」
「そうですか?」
「主の大抜擢を喜んでくれないのか……ああ、そうかわかった!」
 
大抜擢というより、厄介な相手(アステール及びレオン皇子)に、
厄介な国内貴族(伯爵)をあてがうことで、厄介者同士を同時に処理できた、
と王宮は考えていそうだが、これは言わないでおこう。
伯爵はなおも陽気な声音で両手をぽんと叩くと、
 
「私との競争に負けるのが悔しいんだな?」
 
脳天気健康面丸出しでおっしゃった。
本土に来る以前話していた、互いの「野望」をどちらが先に成就できるか……
それを競争とのたまっているようだが、
 
「そんなことで悔しがったりしませんよ。
 もっと現実的な事を心配しているんです」
 
こやつは、おのれの野望に一歩近づいたことがあまりにも嬉しすぎて、
基本的なことを見落としてやいないか。
まさかとは思うが、念のため釘を刺しておこう。
 
「野望達成に近づくのはよいとして、大丈夫なんですか?
 明日だけアステールにお付き合いすればいい訳ではないんですよ?
 長期間のやり取りになるはずですし、
 もしかしたら、アステールに赴くなんてことにもなるかもしれません。
 そうなれば、長期間カシルダを留守にすることになります。
 その間、カシルダはどうするんですか。今まで通り守れるんですか?」
 
私の懸念に、伯爵は表情から陽気成分を引っ込めると、真剣な表情になった。
 
「それは無論だ」
「でしたら、閣下がアステールとの橋渡し役になったと公表されれば、
 どうなるかもおわかりですよね?」
「ますますミデルファラヤからの風当たりが強くなるな。
 ネルドリからも何かやられるかもしれん」
「おっしゃるとおりです。
 今カシルダは、閣下の絶妙な采配で彼らから守られています。
 それが疎かになってしまいやしないかと、心配しているんです」
 
貴族の中には、領地を治めながら王宮での役職に就いている者もいるが、
そのような貴族は大抵領地の管理を配下の者に任せている。
だが、今の伯爵の業務にアステールとのやり取りが増えれば、
間違いなく彼の許容量を超える。
その時、カシルダは今まで通り外敵から守れるのだろうか。
海から攻めてくるだけではなく、
島に入り込んで内側から崩壊させようとする輩からも守れるのか。
 
今までカシルダで交流してきた人々の笑顔が脳裏をよぎった。
あの人たちの幸せな生活が壊れることなど、あってはならない。
 
「大丈夫だ、問題ない」
 
私の切実な思いを汲み取ってくれたのだろう。
伯爵は先程までの陽気な面持ちを復活させることはなかった。
 
「カシルダのことは、ハンスさんにお任せしてよいのかもしれませんが、
 ハンスさんもご高齢ですし、あまり負担をかけられない方が」
 
ハンスさんが単なる執事に留まらない有能な方だとは知っているが、
伯爵の結婚相手の心配をしている様子を見ると、
あまり無理はさせないで欲しいと思ってしまう。
伯爵はハンスさんの能力をとても高く買っていそうなので、
心配になったのだが、
 
「あなたが心配するのももっともだが、大船に乗ったつもりでいてくれていい」
「ですけど閣下、カシルダの統治とアステールとのやり取り、
 両方を完璧にこなすのは正直申し上げて無理」
「アステールのわが国での活動拠点は、カシルダになる」
 
 
 

 

 

 
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