ジャズ界最大の異端児

セロニアス・モンク

日本でも、なんかのテレビ番組で世界一のピアニストと紹介されたことがある
セロニアス・モンク。四次元の楽譜が頭の中にあるのでは?
と紹介されておりました・・・www ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

Thelonious Monk - Round About Midnight


彼の頭の中には楽譜、メロディー・ラインという二次元的な音の世界を越えた
立体的な音響空間のようなものが構築されていて、彼は、時空連続体としての
音楽
を完璧に把握できる特殊な脳の構造をもっており、

彼のピアノ演奏における独特の間は、彼が頭の中で音の空間位置を計算して
いるために生まれたという説があるのです。

なぜかと言うと・・彼は10代の頃、ピアノやバスケットボールに才能が有った
だけでなく、数学や物理学に天才的な才能を持っていたからです。( ̄□ ̄;)

彼が遺伝的と思われる精神の病に苦しんでいたことも考え合わせると、
彼のその能力はやはり凡人には到底到達できないものだったのでしょう。


数々の奇行のためか、ジャズ界最大の異端児
として知られる・・・・・・。

だが、強烈なオリジナリティを有した偉大なコンポーザー/ピアニスト
であるという事実にゆらぎはない。


1940年代初頭より、バップの殿堂「ミントンズ・プレイハウス」にて、
ジャズ・ピアニストとしてのキャリアをスタート。

ビ・バップ発祥の地となったミントンズ・プレイハウスなどを中心に活動
していたに関わらず、バップ特有のコード音を基調とした演奏スタイルを
まったく意に介さないwww。
不協和音/トリッキーなリズム・アクセント
で注目の存在になっていった。

彼は、誰の影響も受けないのです。。

モンクのピアノが表現しようとしていたものは、どうやら「アフリカ」に
ありそうだ。もともとジャズにおけるピアノという楽器の役割は、

クラシック音楽においてピアノが果たしていたものと同じ、メロディーを
奏でることだった。(;´▽`A``

しかし、アフリカン・ブラックの手にかかり、ピアノはまるで打楽器の
ようにリズムを生み出す楽器へと変身をとげた。( °д°)

それどころか、ブルース・ギターのように黒人音楽独特の不協和音をも
生み出すようになり、まったく新しい楽器へと変貌をとげたのだ。Σ(~∀~||;)

そして、その最大の貢献者とも言えるのが、モンクという偉大なピアニスト
だった、そう考えると彼のサウンドが未だに多くのフォロワーを生みだして
いることにも納得がゆく。

もしかすると、ジミ・ヘンドリックスがギターで追求していたことを
モンクはピアノで追求していたのか?

Blue Monk


ちなみに、1954年には帝王マイルス・デイヴィスと歴史的セッションを敢行。その模様が
収められた『バグズ・グルーヴ』、『マイルス・デイヴィス・アンド・ザ・
モダン・ジャズ・ジャイアンツ』

これは、最高の・・・・・マイルスとモンクの喧嘩ですwww。

機会があれば、お試しを・・・



           やっぱり、ピアノは打楽器なんだ!と思った 宇宙人 ムーム

芸術は心地よくあってはならない

芸術はきれいであってはならない

芸術はうまくあってはならない

【人生、死ぬまで暇つぶし】 ムームのブログ 芸術は爆発だ!

上記の言葉は、世界的芸術家 岡本太郎氏のお言葉です。


芸術は手先の問題ではなく、生活が土台にある

ということらしいです。


彼は、生きていれば今年99歳・・・明治44年2月26日東京生まれ。


明治男です・・が 生まれるのが100年早かったような気がする

芸術家です。ヽ(゜▽、゜)ノ


万博で『太陽の塔』を制作したことで有名ですが、

晩年よくテレビに出ていたので多くの方がご記憶でしょう。


僕が、こども心に記憶に残っているCMがあり、・・・

なんのCMかは記憶にないが、(-。-;)


青年が玄関先に立ち 頭をかいていて、・・・岡本太郎が

人生は 成功したら成功したでそれでいいし 失敗したら、

それはそれでいい。人生相談なんて時間の無駄だ!」

と怒鳴り散らしているシーンです。


今なら、よくわかるww。自分の人生を他人に相談するなんて・・・ヽ(;´Д`)ノ


彼は、特殊な芸術一家に育ちました。父は漫画家岡本一平、放蕩癖有。

母かの子は歌人、小説家、超お嬢様で家事洗濯はしなかったそうです。

それと、かの子の愛人の早大生もいっしょの生活・・・。Σ(゚д゚;)


1929年(昭和4)東京美術学校に入学するが、

半年で中退して父母の渡仏に同行。


父母の帰国後も一人パリにとどまり、パリ大学で哲学、民族学を学ぶ。

33年国際的な抽象芸術運動のアプストラクシオン・クレアシオン協会

に参加した。


1947年、岡本太郎は新聞に「絵画の石器時代は終わった。

新しい芸術は岡本太郎から始まる。」と発表。( ̄□ ̄;)!!

旧態依然としていた当時の日本美術界との闘いを宣言したのでした。


彼の生み出したその芸術は、色も形も独特で 似ていると言えば・・

ピカソかな? でも、本人はピカソを超えたとおっしゃってました。(^O^)


【人生、死ぬまで暇つぶし】 ムームのブログ-asunosinnwa
これは、『明日の神話』です。小さくて見にくいですが・・

巨大壁画なので、是非、本物をご覧いただきたいと思います。


描かれているのは原爆が炸裂する悲劇の瞬間です。しかしこの作品は

単なる被害者の絵ではありません。人は残酷な惨劇さえも誇らかに

乗り越えることができる、そしてその先にこそ「明日の神話」

が生まれるのだ、

という岡本太郎の強いメッセージが込められているのです。


渋谷駅近くにお越しになったときには、
どうぞ『明日の神話』の壁画に立ち寄ってみてください。


ちなみに、岡本太郎氏は亡くなるまで創作活動を行っていましたが、


その生涯で、一度も自分の作品を売ったことは

ありません。(@_@)


政府や民間の依頼に応じて作った作品を我々が

目にしているだけなのです。


亡くなった時、その膨大な芸術品は川崎市に寄付されたそうです。ww




           岡本太郎氏の作品に「何だこれは!」と思った 宇宙人 ムーム











以前、PCが壊れたときに飼ってる宇宙ねこについてふれたが・・・


なんと、宇宙ホワイトタイガーに変身した!



アメーバピグ スナップショット

たぶん、霜降肉を食べたせいだと思うけど・・・(;^_^A

(・-・)・・・ん? 前の宇宙ねこどうしたかって?

だから、霜降肉を食べて変身・・・・・(;¬_¬) ぁ ゃι ぃ?


何も言うな!

3匹までしかペット飼えないので今、実家に帰っているww(^~^)

名前どうしようかな?ホワイトタイガーなので、『しろ』・・だと
死んだおやじが「しろう」だし・・

『じろう』だと・・上戸彩のおとうさんだし・・・

『にゃーたら』でいいか。・・・・・変身したと言い張ればwww


                1日で100万C$稼いだ 宇宙人 ムーム

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この美しい中国人女性をご存じだろうか?
この方のお名前は「ヤン・リーピン」とおっしゃいます。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
舞踊家(要するにダンサー)ですが、ものすごい人なのですwww。

中国で最も有名、かつ尊敬を集める国宝級ダンサー。国家一級舞踊家。
アメリカ、ヨーロッパ、フィリピン、シンガポール、ロシア、カナダ、
台湾、日本など世界各国で公演を行っているので世界的に有名です。

彼女は中国・雲南省の少数民族ペー(白)族出身です。

ジャンル違いの上原ひろみさんみたいですが、決定的な違いが有ります。

貧しく、山の中で育ったヤンは、正規の舞踊教育はまったく受けていません
・・・・ただただ踊りの好きな少女だったのです。



その彼女が、州の歌舞団に入団した時もバレエなどの欧米の踊りは拒否
したそうです。(ノ゚ο゚)ノ

ひたすら昔から故郷に伝わる踊りをベースにオリジナルな踊りを続けました。

しかし、圧倒的に美しく、とてつもなく、オリジナル。あっという間に、
主役の座に躍り出、中国中に、その名をとどろかせました。

そこからが彼女らしい活動が開始。中国全土にいる55民族のうち25の少数民族
が暮らす雲南省。そこに残る歌舞を、そのままに伝えようと思ったのです。

その民族では歌舞が生きることに、生活に欠かせないものとして密着しています。
歌が、踊りがうまくない者はいい結婚相手に出会えないほど・・。

歌舞は、神とつながるものであり、生活を豊かにしてくれるもの。
それは、日本に限らず、世界中で共通すること。

しかし、それをそのままに残そうとする国は少ない。ヤンは、雲南省を時間を
かけて歩き素人の人たちを集めて、「シャングリラ」をつくりあげたのです。

ヤン・リーピンの踊りは、欧米の踊りでもなく、日本の踊りでもなく、
どこの踊りとも違う。きり絵の一枚ずつがつながっているようでもあり、
骨や筋肉がなく、腕を広げて翼のように、腕を振ると、小さな波のように、
腕が動くのです。(;^_^A

形容のしようがありませんww、これは俗に言う創作ダンスとは違い、時代と共
に消滅しつつある少数民族の貴重な財産を後世に残すべく、踊る精霊ヤン・リーピン
が生み出した「芸術」のようです
・・。(☆。☆)



ちなみに、2008年3月に日本に来た時にチケットを入手した僕の友人は、
仕事の都合で行けなくなり、ネットオークションに出品したところ・・・
チケット2枚で、70万円の値がついたそうですwww( ̄□ ̄;)!!

今では、本国でも滅多に踊らないらしいので・・・
なんと、彼女1958年生まれの52歳ww∑(゚Д゚)

僕が死ぬまで一度は見てみたい、驚異の若さと美貌を持つ踊る精霊を・・・


                 唯一無二の芸術、大好きの宇宙人 ムーム