2人の校長先生のお話 | 問わず語りの中受記録2025

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ごくごく平均的小学6年生きな子の中学受験2025記録。時々2022受験終了組の姉の話も
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ここ数日で、3校の学校説明会に参加。




うち二つは…


新設校と伝統校

共学校と女子校

無宗教校とミッションスクール

郊外と都心



どの切り口をとっても対照的。

もう一校は、上記2校の間の学校照れ





前者は、伝統校推しの我が家には、初めてのタイプの学校で。

お話伺っては色々新鮮でした。





で、何が言いたいかというと、

条件だけ書き出せば、こんなに真逆スペックの学校なのに


それぞれの校長先生(どちらもその学校の個性がよくわかる。そしてどちらも教育者としてのあたたかさを持った方だと感じた)のお話が、全く同じところに帰結したことにとても驚いたのです。





それは

「この学校での学びを通して、自分ためだけではない世界のため、人のために行動できる人になって欲しい」

というところ。



ちなみにこの点は、3校目の学校でも同じでした。




一見求めるものが全く違うように見える学校同志でも、アプローチや手段が違うだけで、目指す人としてのあり方は同じになること。





教育者として

“教え子がかくあって欲しい”

と考える姿は、人としての在り方の理想を考えると、一致してくるのかしらん。



新興校に、少し穿った見方のあったもので、ここは考えを改めなきゃなと思いました。





いくら医者になっても「白い巨塔(古!)」の教授群みたいな医者は嫌だろうし、政治家になっても汚職に塗れてのさばる政治家になんて、なってほしくなかろうチュー












どういう方法で生徒を育て、鍛えて世に送り出そうとしてるかは学校次第だけれど、




人としてどうあれ、という意識が根底に通った教育であれば、どこの私学にお任せしても、大丈夫なのではないか。


その上で、その学校の校風が好きか、我が子に合うかが大事になってくる。







そんな風に、単純なハハは思いました。







オチも締めもありません。