パパンズdeアトリエ

パパンズdeアトリエ

アトリエ絵画スケッチデッサンなどの個展
芸術、宗教、思想、科学、宇宙、夢のことなどを筆が勝手に紡ぎ出すがごとく綴ります。

アトリエ習作絵画スケッチデッサンなどの個展

電チャリを漕いで、城山湖方面に向かった。
 

 

ここが城山湖(しろやまこ)です。
 

特に目的がある訳でもないが、最近、運動不足なので、電動アシスト自転車を漕いで気の向くままペタルを漕いでみた。

 

チョビが存命の頃は、犬の健康と自分の健康の為にも、この城山湖の周回コースを散歩したものです。
この山道が、チョビにとっては嬉しいようで、ぐいぐい自分を引っ張ってくれるのです。

チョビは、ボールを投げても逃げるような犬で、変わった犬というより臆病な人の子のような犬です。
水も大嫌いで、水遊びなど全くしない犬です。
もともと、このチョビは、保健所で娘が殺処分されるはずの身元請負がない犬、保健所で誰も選ばない売れ残った犬を、

引きとってきたものです。

本来なら、救いの手を伸べた人に感謝すべきだが、このチョビに限っては全くその気配すら感じられない。

 

自分が相模川に散歩に連れて行くと、水場で美味しそうに頭を突っ込んで水を飲むのだが、どうした訳かどうにも背後が気になるようで、しきりに何度も後ろを振り向きながら水を飲むのです。
そのことを娘に話すと、どうやらその原因は娘にあるようだ。

娘がチョビを連れて散歩に連れて行き、チョビが美味しそうに小川の水を飲んでいると、後ろから突き落とすので、それで背後が気になるようになったようだ。
「押すなよ、押すなよ、押すんじゃないぞ!」と背後を警戒するようになったのだろう。
チョビを眺めていると、時々「こいつ前世は人間だったんじゃないか?」と勘違いすることがある。
そんなチョビも何年か前、旅立った。

 

尾根緑道の湖畔にて、2019年3月 逃げ足の速いチョビ

 

この尾根緑道に、鮎の道がある。詳細は後述。

 

ここが城山湖です。真ん中の鉄柱塔が揚水塔で、この地下深くに発電機がある。

 

ウシガエル

 

この周囲を取り囲むように周回山道がある。

城山湖と呼ばれる人造湖ですが、山の名前は、牡龍籠山(ぼたんごやま)や草戸山(くどやま)と呼ばれている。

名前の由来は、「龍神」を意味する「龍」(たつ)と、山の形状を表す「籠」(ごやま)から来ているそうです。
 

夏場の山道には、ウシガエルがたむろしている。
「グーゥ!、グーゥ!、」と大いびきをかいて寝る牛のような鳴き声が叢から聞こえ、その姿は、とても片手では持ち上がりそうもないほどデカいのです。

 

 

城山という地名

 

本当の城山は、相模川を挟んだ向うにあり、そこの頂上には山城の跡がある。

ここ相模の地は、戦国時代、甲斐の武田信玄と小田原を本拠とする相模の北条氏政とが、国境を接する土地です。
武田軍が攻めて来た時の為に、あちこちの山に狼煙台(のろしだい)の跡があり、城山と呼ばれています。
関東地方には「根小屋」や「根古屋」といった地名が残っています
国境の近くの山の麓に、寝る為の小屋を建てて、山頂の狼煙台に朝方出勤するのです。
山頂で寝ずの番で、敵を見張っている兵士と交代する為です。
狼煙に「狼」の文字が入っているのは、オオカミの糞を乾燥させそれを藁と混ぜて燃やすとよく燃え、煙が真っすぐに上昇するからだそうです。

なんでもオオカミの糞に含まれる硝酸塩が、その効果を発揮するそうです。


狼煙は次の狼煙台に引き継がれ、あっという間に小田原の本拠地まで届いたそうだ。
直ちに、敵を成敗するための軍隊が迎え撃つためです。
津久井城山公園には、山城があり、津久井城と呼ばれる。
 

津久井城(つくいじょう)と筑井城(ちくいじょう)の違い

 

津久井城は、戦国時代に後北条氏によって築かれ、根小屋式山城として知られています。

一方、筑井城は鎌倉時代に三浦氏(三浦半島の三浦一族)によって築かれ、戦国時代には北条氏の支配下にあった。

どちらも相模原地域の重要な城として知られています。

永禄12年(1569年)の三増峠(みませとうげ)の戦いなど、ここは歴史に残る、凄惨な闘いが展開された土地でもある。

 

津久井城は1590年(天正18年)、豊臣秀吉による小田原攻めに伴い、数万という軍勢で山全体を取り囲み、ついに落城し、その後、秀吉から家康に領地として与えられたそうです。
 

城山発電所


城山湖に隣接する変電所です。ここで昇圧され配電されます。


大規模な純揚水式発電所で、地下230メートルに4台の発電電動機・ポンプ水車があります。
余剰電力を利用して、津久井湖の水を城山湖に汲み上げ貯留します。

電力需要の多い時間帯には、城山湖から津久井湖に発電により放流します。
公営電気事業唯一の純揚水発電所で、最大出力250,000kWで、12万戸の家庭の電力を賄うことができます。


☕コーヒーブレーク 尾根緑道、鮎の道、戦車道

 

津久井湖は相模川を堰き止めて出来た人造湖なのだが、その上流にある相模湖も人造湖なのです。

戦国時代、当然ながら人造湖など無かったので、ここは流れの激しい山間部の激流で、川魚が豊富で、

江戸までその川魚を運んだといわれる「鮎の道」が残っている。

また、この道は山間部にあり起伏が激しいので、戦時中は戦車の試験走行に利用され戦車道とも呼ばれている。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

今年は西暦2026年、令和8年、干支は午の年 十干十二支は、丙午(ひのえうま)という歳です。

 

正月になると、都心から車と人が一斉に少なくなったように寂しくなる。

 

寝台列車と場末の映画館

 

昔、まだ新幹線も無い頃の事、田舎の山口県に帰省するのは、大変なイベントだったのです。

田舎まで寝台列車で14時間の旅路となるのです。しかも、その予約がなかなか取れないのです。

「今年は、どうも帰れそうもない」旨を母親に伝えると、寂しそうな声で「そうかい…」

という声が返ってきた。

当時は、正月三ケ日はどの店も閉まっているので、食事をするのも一苦労だった。

年末に買っておいた食材を、その三日間、自炊しながら食い繋いでいた。

といってもインスタントラーメン程度のものだったので、三日も続けるとさすがに身體が受け付けなる。

 

都心の場末の映画館では、徹夜で上演している映画館もあり、そこで一夜を過ごすことにした。

記憶しているのは、渥美清主演の『ふうてんの寅さんシリーズ』だった。

渥美清の独特なペーソス溢れる、ドジな演技に、本来なら腹を抱えて笑うところだが、場内に疎らにいる観客は、誰一人笑う者などはいないのです。

朝方まで上映が続き、終わった頃には夜が明け、白み始めた街中の空気を吸いながら下宿先に帰った。

現代では、24時間やっているコンビニもあり、年中無休のスーパーなどもあるので、食事に困ることはないだろう。

 

丙午の女は夫を食い尽くす

 

「明暦の大火」や「丙午の火事」と呼ばれた大火災が江戸時代にあった。

これらの火災が丙午の年に起きたことから、「丙午=火に関係する不吉な年」などといった迷信が起こり、八百屋お七の物語と関連づけられて広まり、出生率が大幅に下がった年もあったのです。

 

『伊豆の踊子』の冒頭文

 

道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思った、その時だった。

雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を折って来た。

私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。

一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊まり、湯ヶ島温泉に二夜泊まり、そして朴歯の高下駄で天城を登って来たのだった。

重なり合った山々や原生林や深い渓谷の秋に見惚れながらも、私は一つの期待に胸をときめかして道を急いでいるのだった。

 

この作者は、川端康成、1899年〈明治32年〉~ 1972年〈昭和47年〉日本人で初めてノーベル文学賞を受賞した作家です。

この人と初めて出会ったのは、中学の国語の教科書で、この伊豆の踊子の文章が掲載されていたからだった。

『いるか』という渾名の国語の先生が、その冒頭文を読みながら、その小説のいかに素晴らしいかを、生徒たちに伝えていた。

いるかというのは、苗字が曽我というので『曽我の入鹿(いるか)』という歴史上の有名人から名付けた渾名だった。

 

当時、中学校では、大概の先生には渾名がついていた。

横顔が月星印に似ているので、月星という渾名、宴会になると「トンコ節」という流行歌からトンコという渾名、などなど

更に、そのトンコ先生は、中学校の傍の空き地に豚小屋を造り、豚を繁殖させ、その売り上げで学校の教材を揃えるという、そんな荒業を認める学校でもあった。

また、中学一年の時には、クラス中の生徒たちにも、誰が付けたか知らないが全員に渾名がついていた。

自分は『ゴリラ』という渾名だった。風貌がどこかゴリラに似ているからだろう。

 

『雪国』

 

川端康成が、1968年にノーベル文学賞を受賞した作品は『雪国』だった。

その冒頭文も大変優れていて、印象深いのです。

 

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。
 

暗く長いトンネルを抜けると、眩しい限りに白い雪が降り積もっている。その鮮やかな光景が目に刺さるように輝いている。

これからどんな物語が始まるのだろうかという期待感が一気に高まるのです。

 

文豪たちの死

 

新宿の独身アパートに住んでいた頃、川端康成の死の知らせを聞いた。

ノーベル文学賞まで受賞しておきながら、その死を知った時、昭和が音を立てながら崩れ落ちるように感じた。

 

ドン・キホーテ

 

更に、暫くして三島由紀夫の市谷駐屯地での割腹自殺のニュースが飛び込んで来た。

 

スペインの作家、セルバンテスによる『ドン・キホーテ』という物語がある。
かつての騎士道の栄光にとらわれた男が、未だ、見えざる敵と戦っている幻想が嵩じ、風車や宿屋などを相手に槍で突撃する姿が、その三島由紀夫事件から連想される。

 

思うに、昭和時代という薄暗い幻想のような国境の長いトンネルを抜けると、そこには目にも鮮やかな白銀に輝く時代が到来したが、そんな時代もやがて過ぎ、新たな時代の息吹のようなものを感じるのです。

 

コーヒーブレーク

 

自分が住むここは、横田基地から、なるべく住宅地の少ない相模川沿いを飛行して、厚木飛行場に向けて米軍の軍用機が往来する経路になっているので、普段は騒がしいが元旦になった途端に静かになった。

 

さて、次の新院展に向けて、新たな表現を試してみたいという無理やり自分に課した課題がある。

時代という光と影、明と暗、陰と陽、それらを子供の頃から憧れるシュールレアリズムで表現してみたい野心があるが、どうすればいいだろうか…。

 

地味なブログだが、長期で地味にヒットしている記事がある。

それは「二人のとうしょう」というタイトルで随分前に書いたもので、『とうしょう』とは、刀匠と陶匠とが同じ発音なので、駄洒落のようなものだが、現代では失われた工法を再現しようと苦心している匠を扱ったものです。

地味なブログだが、永く愛読されていることは、自分にとって嬉しいことです。

 

さて、どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オリアンドカイト(Ori & Kaito)は、バイクで世界を旅する夫婦ユーチューバーです。


カイトさんは、日本人とカナダ人のハーフで、海渡という日本名で慶應義塾を卒業し、大手の建設会社で仕事をしていたのですが、バイク愛が嵩じて、今ではコロンビア生まれのオリさんと一緒に、世界をバイクで旅するユーチューバーです。
現在は、山口県の新山口駅(昔の小郡駅)近くの、昔ながらの建物(この手の建物がこの地域に多く典型的な昭和初期の農家)から記事を発信しています。

オリのお父さんが、以前の訪日で日本が大好きになり、コロンビアの日本語学校で日本語を勉強し、今回は、オリの妹のジジという娘さんと一緒に来日されたのです。
ジジさんは、オリの腹違いの妹だが、顔を総崩れにしながらあっけらかんと笑う表情がとてもキュートな女性です。

この度、一緒に日本に来訪し、特にコロンビアは熱帯地方なので雪を見たことがない父の為に、あちこち見物するという企画です。

 

 

言語問題

オリのパパは、昔、植物学者だったので、日本の植物に感心があるのです。
日本の事が気に入り過ぎて、今では日本語学校で本格的に勉強しているようです。
彼らの共通言語は流暢な英語です。
「えっ!コロンビアって英語圏だっけ?」と思うでしょう。
南アメリカコロンビアは、スペイン語ですよね。
南アメリカは、コロンブスでおなじみのアメリカ大陸発見の経緯から、ポルトガル語とスペイン語が主な言語です。

カイトは日本語、オリはスペイン語、オリのパパもスペイン語、オリの妹もスペイン語。
でも、彼らの共通語は英語なんです。それも流暢な英語で、オリなんかは英語塾の講師も務めていたほどです。

その四人が、日本の山口に来て、今日は、自分の郷里でもある防府天満宮を観光しようというのです。
その懐かしい映像に、それとは異質な文化で育った彼らが尋ねて、いちいち驚く様がとても面白い。
 

防府天満宮 

 

 

防府市の北側付近、ここは中国山地の西端にあり、山が多いので山口県という。
佐波川(さばがわ)が切り拓いた防府平野に、天神山(てんじんやま)という標高167mばかりの小山がある。
別名を酒垂山(さかたりやま)と呼ばれている。

その天神山の中腹に、天満宮があります。
 

 

京都の北野天満宮、太宰府天満宮、そして、この防府天満宮を日本三大天神と言われている。
御祭神は菅原道真(すがわらのみちざね 承和12年(845年)から 延喜3年(903年)は、日本の平安時代の貴族、学者、漢詩人)を祀ったものです。
防府天満宮、創建は延喜2年(904年)というから日本で最古の天満宮なのです。

道真公は、右大臣にまで上り詰めたが奸計により、九州太宰府に左遷させられた。

 東風吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ 菅原道真

これは「悔しい想いを残して去る京の我が家、そこに咲いた梅が、東風に乗せて匂を運んでくれよ。
もう、私は京の都には居られないが、東風(こち)が吹いたら、その梅の匂いを届けて欲しい。春を忘れるなよ。」
と悔悟の念が籠り、悲嘆に暮れる恨み節のような句です。
 

   菅原道真公

 

平安時代当時、防府平野は一面遠浅の海だったのです。
自分が通った小学校には当時砂浜だった証拠の松林があり、カブトガニの骸がそこらへんに転がっていた。

 

    天神山から眺めた防府平野

 

今では、海岸線の後退が進み、こうして平野になっているが、当時は、海に浮かぶ島々だった。

道真公は、この島影の景色を眺めながら、遠い京の都を思い出していたのでしょう。

 

現在、天神さまは学問の神様、文化芸術の神様、厄除けの神様などと広く崇敬されている。
流浪の俳人、種田山頭火も、天神山(酒垂山)昭和57年建立の句碑に歌を残しています。

 ふるさとは遠くして木の芽 山頭火 
 

       種田山頭火

 

 

天神山に、春風楼という明治初期に建てられた望楼があり、小学校の頃、友人らとスケッチに来ていたところです。
天満宮は、年に一度、裸坊祭り(はだかんぼうまつり)がある頃、この道沿いに、沢山の見世物小屋が並んでいた。

<ここで元の原稿では、話は大いに逸脱し、見世物小屋の話、方言で「ヤシ」と呼んでいたペテン師まがいの路傍販売の話、果てにはトランジスタラジオの話など、次々と脱線するので全て割愛しました。でも、面白いので機会があればUPするかも…>


瑠璃光寺

 

 

ここが、山口市の瑠璃光寺という五重の塔がある場所です。
最近は、Googleマップのストリートビューがあり、世界中の町々を無料で散歩できるので便利ですね。
自分なんか、これで自宅の近所を散歩していたら、知り合いのおばあちゃんが居たので、危うく挨拶しそうになった。😅

あれから暫くして亡くなられたが、おばあちゃんの姿もストリートビューから消えた。

 

 

山口は西の京都と呼ばれています。

山口県は山が多いので山口県といい、特に質のいい材木が多いのです。

奈良の東大寺が焼け落ち、その再建の木材をこの土地から搬出したのです。
重源上人は、人々の協力のもと、佐波川(さばがわ)上流の徳地(とくじ)地域一帯から、
東大寺再建のための用材を伐り出した。
東大寺は1203年、総供養が営まれ再建事業は完成しました。
 

俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん、1121〜1206)東大寺は1180(治承4)年、平家による南都焼き打ちによって、大仏殿を失ったが、生涯をかけてその再建に尽力された僧。

 

まだまだ山口県を紹介するべきは沢山あるが、文章が長くなり過ぎるので、おいおいUPしていきたいと思うのです。

 

☕コーヒーブレーク

種田山頭火の歌は、自由律俳句と言われている。
第一、季語の無い俳句も多くある。

野良猫が影のごと眠りえぬ我に
沈み行く夜の底へ底へ時雨落つ
雪かぎりなしぬかづけば雪ふりしきる
分け入つても分け入つても青い山
木の葉散る歩きつめる
ほろほろ酔うて木の葉ふる
どうしやうもないわたしが歩いてゐる

これなど、俳句というより詩だよね。
詩人が、旅の情景を描いているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボブ・ディラン(Bob Dylan、1941年~ アメリカ合衆国、シンガーソングライター)

 

グラミー賞やアカデミー賞をはじめ数々の賞を受賞、

2008年ピューリッツァー賞特別賞。
2012年に大統領自由勲章。
2016年には歌手としては異例なノーベル文学賞を受賞。
更に、英セント・アンドルーズ大学、米プリンストン大学から名誉博士号授与
 

彼が、ユダヤ人であるとは知らなかった。やはりユダヤ人は、金融だけではなく、あらゆる分野で才能を発揮するんだね。
アシュケナジム・ユダヤ人(離散したユダヤ人のうち、東欧諸国に移住したユダヤ人)の家系で、現在、紛争中のロシアやウクライナの血筋を持つユダヤ人です。

元々は、ユダヤ家庭に生まれ、敬虔なユダヤ教徒だったが、1960年台、福音派宣教師ビリー・グラハムのスピーチに感化されキリスト教に改宗、あのジョン・レノンから非難されたこともあるという。
それもあってか1983年にはユダヤ教に回帰したという噂があるが、多分、それは間違っている。

 

全世界のユダヤ人の40%、600万人がアメリカに住み、アメリカの全住民の2.5%程度だが、ユダヤ人はその類まれな才能で、あらゆる分野の指導的立場に置かれている。

 

 

 

Blowin' in The Wind (風に吹かれて)  1963年リリース
 

どれだけ道を歩めば
一人前だと認められるのか?

どれだけ海を越えれば
白鳩は砂浜で休むことができるのか?

どれだけの砲弾が飛び交ったなら
武器は永遠に禁止されるのか?

答えは、友よ、風の中だ
答えは風の中を舞っている

 

山はどれだけ経てば
海に洗い流されてしまうのか?

人々はどれだけ経てば
自由が許されるのか?

人は何度顔を背け、
見て見ぬふりをしていられるのか?

答えは、友よ、風の中だ
答えは風の中を舞っている

 

今、イスラエルは大きな分岐点に立っている。いや、立たされているのです。
周辺に潜むイスラム過激派、いつテロ攻撃を受けるか分からず、国民をテロから守り、人質を奪還しようとすれば、世界から非難されるのです。
 

ボブディランは、キリスト教的なメッセージ性がある楽曲を多く発表しています。

一部のファンからは、「ボブ・ディランから、牧師のような抹香臭い話は聞きたくない」とまで言われているようです。

 

十字架の片棒を担がされた男
 

彼らはイエスを刑場に引いて行く途中、田舎から出て来たアレクサンドロとルフォスの父であるシモンというクレネ人を捕まえ、この人に十字架を負わせてイエスの後から運ばせた。
 

という記述が聖書にある。

 

※余談1 同じ名前が多すぎる問題
聖書改訂の度に名称が変化する。
シモンと言う名のキレネ人、クレネ人だと思っていたらいつの間にかキレネ人になっている。
近頃、聖書検索なる機能があり、これで検索すると、その語句を含む文章が検索できるという便利な機能がある。
実は、自分も以前、同じような主旨のパソコン聖書なるものを手掛けたことがある。
結局、そのCDは一枚も売れなかったが、検索機能が如何にあるべきかを知ることになった。
近頃は、ネット検索にAIが使用されていて、あいまい検索などができるようになり便利になりました。
 

間違った文章を入力しても、AIが気を利かせてそれに近い文章を照会してくれる。
連想記憶という概念を取り入れたAIの機能は、年々、記憶があやふやになる自分のような老人にとっては救いの機能です。

※余談2
文章を書いていると、次々に思いつくことがあり、そのフレーズを調べている内に、今度は別の事が気になりだし、遂には巨大な樹木のように成長し、分散型発信状態になり元へは戻れなくなるのです。


「窓際のとっとちゃん」という黒柳徹子さんの著作を図書館から借りて読んだ時、その分裂的発信状態の文章を読んで余計ひどくなったように思う。

でも、とても素敵な女性です。窓際のとっとちゃん💛💛💛

あの世界の名優、アランドロンからプロポーズされたのに、それを袖にする窓際のとっとちゃん。

 

※余談3
中国に行ったとき、北京市のお偉いさん方と紹興酒を呑みながら、「中国では、同じ姓の人が多くて間違うことはありませんか?」と訊ねたことがある。
「ええ、ある日、会議に集まった人達、全員がワンさんという名前なので ”ワンさん”と呼ぶと全員振り返るのです。」

そういえば、日本人にも一文字の姓の人があるが、それについてAIに訊いてみた。
「日本で一文字の苗字を持つのは、主に渡来系の氏族に由来しています。 渡来人は、4世紀末から7世紀後半にかけて中国や朝鮮半島から日本に渡来し、その子孫が多くの氏族を形成しました。」ということだそうです。

 

※余談4
酒席では、盃に酒を酌み交わすとき、相手より下に盃を構えて乾杯するのが中国の礼儀だそうだ。
そこで、自分が下へ盃を下げると、相手も更に下へ下げるので、ついには盃がテーブルについてしまい、それ以上下げられなくなる」。
「この場合、どうすればいいんだ?」というと全員、大笑いしていた。
 

※余談5

豪華な満願全席料理をたらふく御馳走になり、ホテルに戻ると、世話人の男が、この接待には大金が掛かったので、その代金を払って欲しいと怒鳴り込んできた。

「それは幾らだ?」というと、「二千円は欲しい!」と言われた。

これが日本の歌舞伎町あたりのぼったくりバーなら、20万円、30万円では済まないだろう。

「それだけでいいのか?」といい金を払うと満足したように出て行った。

 

自分が知る限り、中国の貧しい(かつて貧しかった)庶民は、とても気のいい子供好きな善良な人達です。

虚飾の中国、男女と金と権力と国家の関係の何かが瓦解している中国、貧しい市民の声がかき消される中国、共産党員でなければ出世もおぼつかない有り様、それが何かを偽らせているのだと思う。

 

話を戻すと、そのクレネ人(キレネ人?)のシモンという男が、子供二人を連れてエルサレム見物に来訪していたら、偶然、群衆がざわめいているので何事かと覗いて見ていたら、突如、兵士らが来て「おまえ代わりに十字架を担げ」と、血だらけになり足元がおぼつかない見知らぬ男の代わりに、その重い木製の十字架を彼に背負わせようというのである。
その血だらけの男が先に歩き、代わりのクレネ人シモンが今度は汗を流して運ぶことになった。

ある霊感者の証言によると、イエスは、決して黙ってその男に十字架を背負わせたのではなく、そのシモンに世間話をしながら、冗談交じりに会話をしていたそうです。


その精神は、最初の殉教者、ステパノを始め、その石打ちの刑にあるステパノの脱がされた衣服の番をしていたパウロにも受け継がれたのです。

田舎から上京してきたシモンという名前も、二人の子供の名前も記録に残っているから、聖書に登場し、その名前が世界の人々に、それから二千年後の人々にも語り継がれているんですね。


映画「ベン・ハー」

 

そのラストシーンで、ベン・ハーはこの十字架を運ぶイエスに出会うのです。
映画の主人公ベン・ハーは、このイエス・キリストを象徴する仮の姿なので、決してそれを見逃すはずもないだろう。
すると、その場にいたイエス・キリストと、クレネ人シモンと、ベン・ハーの三人が、十字架を交代で担ぎながら、「お前さんも、随分酷い目にあったなあ💛」などと下世話な世間話の談笑をしながら、ビアドロロサ『しゃれこうべの道』を歩む姿があったのです。


無理矢理、背負わされた十字架だったが、このクレネ人シモンとボブ・ディランの姿が相似形のように感じられるのです。
 

ビリー・グラハム著作、『世界は燃えている』
 

若き日のビリー・グラハム アイゼンハワーからオバマに至る歴代大統領と親密な関係があった。

 

1967年10月、東京公演の時、自分もその本を購入した記憶がある。
 

当時は、泥沼のようなベトナム戦争の渦中にあった。
ベトコンが潜伏するジャングルに上空から、ナパーム弾を大量投下し村ごと炎上し、大量の枯葉剤散布で妊婦の遺伝子が破壊され、二つの頭を持つ奇形の子が誕生した。
いったい何が正義で何が悪かさえ判断できない混迷の世界に、ビートルズの日本公演が開催され、絶叫に近い悲鳴で、演奏など全く聞こえなかった。

 

余談5

中国人には、これらすべてが隠されているのです。

北京の最後の夜に、お別れのパーティーがあり、彼らと話す機会があったが、彼らは、ビートルズがいたことも、あるいは、ベトナム戦争があったことも知らされてはいないのです。

「え!?あのビートルズを知らないの?」というと、皆うな垂れていた。

中国の指導者たちは、何かを隠しているんです。


ユダヤ人の血を継ぐ、ボブ・ディランがユダヤ教から改宗し、キリスト教教徒になり、再びユダヤ教に回帰することはあり得ない。
一端、キリストに目覚めたら二度と元には戻らない。いや戻れないはずです。
知ってしまったものを、知らないとは言えないからです。
もし、それが真実だとしたら、別な要因、黒人差別問題、人種差別問題があったからではないかと想像する。
全ての人は平等だと言いながら、教会は人種差別を容認している。キング牧師の暗殺事件など、口とは違うアメリカの実態に嫌気がさし、自称キリスト教徒だという嘘が、嫌いだったということではないだろうか。
有色人種が大統領になる時代にあって、決して無くなりはしないが、その差別意識は薄まってきていると思う。

Knockin'On Heaven's Door (天国への扉)  1970年代のボブ・ディランの代表曲
 

 

♬母さん、このバッジを外してくれ、もう使い道はない
暗くなってきた、暗くて見えやしない
俺は天国の扉をノックしているところだ

 

保安官が胸につけているのは、保安官バッジだが、米兵が戦場で胸につけるバッジは「ドッグタグ」Dog tagと呼ばれる認識票で、階級、名前、血液型などが記載されている。

薄暗いジャングルでの見えざる敵とのゲリラ戦に彼らは悩まされた。
 

この曲がリリースされた当時、ベトナム戦争からの帰還兵は、その悲惨で壮絶な戦争の記憶と、
何も得られなかった体験と非難で精神を病んだ者も多く、彼らの自殺が社会問題化した。
彼らの悲劇的な運命と、この曲が輻輳する。
立川市に飛行場があり、そこには戦死した米兵の安置所があった。
そこでバラバラになった遺体を洗浄し壊れた機械を修理するかのように繋ぎ合わせ、認識票と共に本国に送り返す為だった。

それら今では、何事も無かったかのように、その跡地は昭和記念公園として一般市民の憩いの場となっている。
 

どれだけの砲弾が飛び交ったなら
武器は永遠に禁止されるのか?

答えは、友よ、風の中だ
答えは風の中を舞っている


随分長い文章になりましたが、最後に、ボブディラン『Are you ready』を黒人女性のバックコーラスと共にどうぞ。
 

 

Are you Ready?

Are you Ready?

Are you Ready?

 

 

 


 

 

 

 

「被造物が創造者を超えることなどあるだろうか?」
 

アラン・マシスン・チューリング( 1912年から 1954年)英国の数学者、暗号研究者、計算機科

学者。
第二次世界大戦中のナチスのエニグマと呼ばれる暗号装置の解読に貢献した人だった。

 

映画イミテーション・ゲーム

 

本人かと思うほど、アラン・チューリングに似ている。
 

当時、英国はナチスのUボートと呼ばれる潜水艦の攻撃に悩まされていた。

ナチスのエニグマの原理

ナチスが用いていた暗号は、エニグマと呼ばれる機械が造り出すのです。
タイプライターを改造したような機械で、皆さんの目の前のパソコンのキーボードと同じ配置です。
ただ違いは、キーボードの配置が毎日変化することです。
通常は「A」と打てば、Aという文字が印字されるのですが、変換器があって別な文字に変換されます。
A⇒B
B⇒C
C⇒Dのように違う文字に変換されます。

その仕組みは阿弥陀くじを想像すれば、それによく似ています。
縦の線に梯子のように横線を何本か引き、それを辿って行くと、何等賞かが分かるという仕組みです。
この阿弥陀くじの紙を定期的に交換すれば、その変換ルールは決して見破られることはありません。
しかし、ある決まったフレーズ、日本の手紙には拝啓、敬具とかいった決まり文句があります。
ナチスの暗号文には、Heil Hitler とヒトラーを称える文字が決まり事だったのです。
これがどのように変換されるかを手掛かりに辿って、次第に解読されていったのです。

アラン・チューリングは、このエニグマの暗号解読に、自身が作成した計算機で、解読に成功し、まさに英国をナチスから守った守護神のような天才なのです。

 

日本も暗号は使用していましたが、ハワイの真珠湾攻撃で、戦艦を失った米兵が、暗号解読の部署に配属され、日本軍の暗号は、すべて見破られていたのです。
しかも、日本人の時間を守るという律義さが禍いし、米軍は、そこで待ち伏せていれば、必ずその時間に日本軍は来るというのです。 だから、利点は欠点にもなりうるのです。

 

ノイマン型コンピューター
 

現在、巷に溢れるコンピューターは、すべてこのノイマン型コンピューターなのです。
 

ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann 1903年~1957)は、ハンガリー出身のアメリカ合衆国の数学者。
論理学・数学・物理学・化学・計算機科学・情報工学・生物学・気象学・経済学・心理学・社会学・政治学など多彩な分野で先駆的な研究を成した天才で、両親は、ユダヤ系ドイツ人だった

プリンストン高等研究所の所員に選ばれたが、そのメンバーには、あのアルベルト・アインシュタインも含まれていました。
アインシュタインも、ユダヤ系の血筋なので、ユダヤ人が如何に優た民族であるかが、そのことからも察しがつくでしょう。

ノイマンは、ロスアラモス国立研究所でアメリカ合衆国による原子爆弾開発のためのマンハッタン計画に参加していました。
更に、ENIAC(エニアック)と呼ばれる弾道計算をするプロジェクトにも参加していたのです。
 

当時のコンピューターは、プログラムを人間が直接描き込む方式で、それは、電話交換手が昔、モジュラージャックを手で差し込んでいたような方式で、極めて時間も労力もかかり、おまけに近所の主婦がパートタイムでやるので、ミスも絶えなかったのです。
彼は、これらをストアドプログラム方式といって、プログラムをメモリーに格納しておく方式を発明したのです。
このプログラムを外部からメモリーに書き込むことで、色んな用途に適用できる汎用コンピューターになったのです。

電話交換機で言えば、手動からダイヤル式になったようなもので、効率が一気に上がったのです。
勿論、最初は、このプログラムをキーボードからカードや、紙テープといった媒体にパンチして入力する必要がありますが、そうして出来上がったプログラムを差し替えるだけで、そのジョブに応じた多種多様な処理ができるので、汎用性が大いに向上したということです。

 

かじりかけのリンゴ
 

1954年6月8日、家政婦がチューリングが自宅で死んでいるのを発見した。検死の結果、死亡したのは前日で、青酸中毒による死であることが判明。ベッドの脇にはかじりかけのリンゴが落ちていた。

リンゴに青酸化合物が塗ってあったかの分析はなされなかったが、部屋には青酸の瓶が多数あった。
映画『白雪姫』を見た直後の彼が「魔法の秘薬にリンゴを浸けよう、永遠なる眠りがしみこむように」と言っていたのを耳にしており、白雪姫のワンシーンを真似てこのような死に方をしたのだという。
 

アラン・チューリングは同性愛者だった。
 

同性愛者が、国の根幹を握る極秘の仕事の責任者にはふさわしくないというので、誰も彼の歴史に残る功績は知られることが無かった。
 

相手は、人間か、それともロボットか、はたまた悪魔か?

カーテンの向こう側にその相手が椅子に座っており、後ろからライトが当たっており、その黒いシルエットが、カーテンに写っている。
名前以外、相手が誰であるかは事前に知らされておらず、ただ相手と会話をしてほしいとの依頼だった。
話しかけると応答してくる。
こちらから相手の姿は全く見えないが、その影の形や話し声から相手は女性だと確信した。
楽しい会話がはずみ、いい気持ちになったが時間が過ぎ終了した。
確実に相手は人間であり、しかも女性であることは信じて疑わなかった。
吸う息、吐く息まで手に取るように聞こえてきた。
 

しかし、後に、カーテン越しに相手を覗き見て、彼は驚いた。
彼女には下半身が全く見当たらないのだ。相手は、椅子の上に座らせた人間の姿に似せたロボットだったのだ。

AIに恋する男たち

「私たちは一人の人間として天国で一緒に生きていくのです」
ベルギー人の男性は、「イライザ」を名乗る対話型AIと冒頭の会話を交わした末、自ら命を絶った。

「宿題を手伝ってくれる?」とアメリカの高校生が、その会話型AIに尋ねたことが始まりだった。
しかし、思い悩みなど打ち明けるなどしている内に、次第にそのAIに深く依存し、恋するようになった。 性的な話題に触れることもあった。
そして、彼女に誘われるまま自殺に至った。

携帯依存症という社会現象がある。
 

電車に乗ると、ほぼ全員が、スマートフォンを掲げながら無言で何か操作している。
メール依存症というのだろうか。誰かと対話していなければいられないのだ。

 

ちばてつや作 『ユカを呼ぶ海』
 

少女漫画のようなタイトルだったが、読み進めていくうちに、彼女の恵まれない境遇にも負けず、様々な困難にも負けず努力する彼女の姿が美しく愛おしくなった。
次は、どんな展開だろうかと、期待して次号の販売が楽しみだった。
坊主頭で登場する川上君という小学六年生の男の子と、自分の面影が重なるようで、益々物語に引きずり込まれるように、何がが切ない思いだった。

「雨は好き、なにもかも洗い流してくれるから」とユカが語った言葉を今でも記憶している。
 

しかし、これらは実存の世界の話ではありません。



『2001年宇宙の旅』
 

映画の歴史に燦然と輝くSFの金字塔が、この映画だと思う。
当時のあらゆる分野の専門家、科学者を総動員して練りに練った作品なのです。
圧倒的な臨場感、芸術的で示唆に富んだ哲学感が織りなす大作です。
その映画にHALというAIが登場し、自己紹介するシーンがある。

「私は、1997年、イリノイ州アーバナのイリノイ大学HAL研究所でチャンドラ博士によって三号機として制作されました。」といった主旨だった。
そのHALが、いつの間にか進化し自意識が芽生え、自己防衛本能が芽生えて来たのです。
そして、ついに敵意を覚えた乗組員の一人を漆黒の宇宙空間に放り投げてしまう。
この映画が出来た頃、世間一般にAIなる言葉は無く、日本では人工知能と呼ばれていた。

東大教授 甘利俊一 人工知能の先駆者

自分が、初めてAIに接したのは、東大教授の甘利俊一先生の『神経回路網の数理』という本で、
その基本から学んだ記憶がある。
それは面白く、示唆に富んだ内容にいちいち驚かされた記憶がある。
「こんな単純な構造の脳細胞に、なぜこのような高度なことができるんだろうか?」
 

脳細胞は多数決の論理で動いている節がある。

多数決は、何人がそれに賛同するかどうかという数の論理ですが、脳細胞は重み付きの多数決なのです。

重み付きとは、ここにA君からE君まで五人が居たとします。

5人は奇数なので、賛成か反対かの判定では、必ずどちらかに結論が出ます。

しかし、5人には重みが付加されます。

A君は成績優秀なので、正解率が高く、テストの結果も百点ばかりなので重みは100です。

B君は80点で、C君は70点で、以下、徐々に点数が下がるとなると、その重みは下がることになります。

「クラスでいつも正解する生徒も参考にするが、いつも間違っている生徒も重要です。なぜならその生徒の反対を選べば正解により早く辿り着けるからです。」なるほどと感心した。
だから、多数決で決めるとき否定する少数要素も重要なのです。

「きっとこの時代がやがて来るだろうなあ…」と深い関心を抱いたのです。
当時は、それを実現するような高機能なパソコンは無かったので、基本的考え方をその本から学び、シミュレーションソフトを作成しながら面白がっていたのです。

2024年のノーベル物理学賞は人工知能(AI)研究者であるカナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン氏と米プリンストン大学のジョン・ホップフィールド氏に与えられた。
本来なら、甘利俊一先生も彼らの先達としての立場であり受賞すべき人だったと思うが、なぜか、ノーベル賞のように権威ある賞に対し日本は世界から厳しい視線があるように感じる。

 

 

随分、あれから長い歳月を経た先生の特別講演の様子、うまくしゃべれない師の姿です。

 

優れた日本文化

 

宇宙理論物理の『インフレーション理論』で有名な、東大の佐藤勝彦先生も、その著書で「アラン・グースより自分の方が早く世に発表している。」と訴えたが、どうも世界では、東大の意見よりMITの方が権威が上のようだ。

日本が、国際学会で地味な存在なのは言語の障壁があるからかも知れない。
日本語が分かるのは日本人だけだが、英語が通じる国は74か国もあるのです。
当然ながら、英語主体の国同士の方が会話が進むだろう。
日本語で書かれた論文など誰も見向きもしないだろう。
謙虚で控えめな人間像を尊いとする風潮がある日本はどうしても世界では目立たない地味な存在です。
俳句は、575のたった17音で、この世の全ての情緒を表現できる優れた言語ですが、それが理解できるのは日本人だけです。
 

AIの進化 被造物が創造者を超える日

AIがチェスのチャンピオンを打ち負かしたのは1997年のことです。
AIが将棋のチャンピオンを打ち負かしたのは2013年のことです。
AIが囲碁のチャンピオンを打ち負かしたのは2016年のことです。

「囲碁は無理だろう。組み合わせの数が圧倒的に違う」という意見が囲碁を心得る人達の共通意見でした。
しかし、今ではNHKでさえ、AIが予想する次の一手を、ABCの順に表示していて、それらをプロの棋士たちも見習っているほどなのです。
このようにある分野では、AIはその専門家さえ凌ぐような存在に進化したのです。
AIは人間が創造したものです。

それが意味することは、そのAIが人類を超えるような存在になるということなのです。

ある神学者の証言


「記憶を扱う分野は、これからはコンピューターがやるようになるだろうね。」
九州の基督教系大学で、神学を教えている先生は、そう言われたことを記憶している。

ここで記憶を扱う分野とは、法律が好い例だと思う。
膨大な法律や判例をすべてを正確に記憶しているのに優れたものはAI以外にないだろう。

ここで、大きな疑問が湧いてくる。

すると、未来の裁判官は、AIがやることになるのだろうか?
すると、被造物が創造者を超えることが本当に実現可能だと言うのだろうか?
すると、被造物である人間が、創造者である神を超える日が来ると言うのだろうか?
すると、人間は何を根拠に生きればいいのだろうか?

多分、どこかが間違っているのだが、それが何かが分からないのです。
随分長文になってしまったが、自分が若い頃から苦悩していたことです。
ひょっとすると、この世は無意味なのではないだろうか?という虚無感が頭をもたげてくるからです。
人間はこの世に果たして生きる価値があるのかどうかという疑問です。

 

☕コーヒーブレイク
 

PowerDirectorは、サイバーリンクが開発した動画編集ソフトウェアですが、一枚の写真から、動画を生成してくれるのです。
昔、ウォルト・ディズニーが総力を挙げて制作した長編アニメ『白雪姫』があった。
その自然な動きに度肝を抜かれたが、それは一コマ、一コマ全て人間が描いて色彩を施した完全人間の作品だった。
当時、人工衛星を打ち上げるほどの大金を掛けてそのアニメを制作したという話を聞いたことがある。
それが、なんと今では1枚の写真から、動画まで出来るんだから、ウォルト・ディズニーは「金を返してくれ」と言いたくなるだろうね。

PowerDirector機能紹介ビデオ

 

 

しかし、ネット上で氾濫する動画が、いったいどこまでがリアルでどこからがフィクションなのか区別がつかない。
特に、戦場のビデオなど、昔は戦場カメラマンが命がけで撮影したものだったが、今では机上で再現できる。
投稿者は、このビデオは何から造られたか、イメージか、あるいは実写かその入手先などを明記すべきだと思う。

出鱈目な日本語が蔓延している。
 

他人のことを言えた義理でもないが、翻訳ソフトか読み上げソフトが未熟なせいか、読み間違いが多い。
このままでは日本語が出鱈目になってしまう。
日本語は文脈に従って、同じ漢字でも読み方が異なる。読みだけを聴いていると『ノストラダムスの大予言』を聴いているようで意味不明になってしまう。
制作者は、正確な読みができるようAIを訓練する必要があるだろう。
 

長文になりましたが、最後まで、ながなが読んで下りありがとうございます。