ボブ・ディラン(Bob Dylan、1941年~ アメリカ合衆国、シンガーソングライター)
グラミー賞やアカデミー賞をはじめ数々の賞を受賞、
2008年ピューリッツァー賞特別賞。
2012年に大統領自由勲章。
2016年には歌手としては異例なノーベル文学賞を受賞。
更に、英セント・アンドルーズ大学、米プリンストン大学から名誉博士号授与
彼が、ユダヤ人であるとは知らなかった。やはりユダヤ人は、金融だけではなく、あらゆる分野で才能を発揮するんだね。
アシュケナジム・ユダヤ人(離散したユダヤ人のうち、東欧諸国に移住したユダヤ人)の家系で、現在、紛争中のロシアやウクライナの血筋を持つユダヤ人です。
元々は、ユダヤ家庭に生まれ、敬虔なユダヤ教徒だったが、1960年台、福音派宣教師ビリー・グラハムのスピーチに感化されキリスト教に改宗、あのジョン・レノンから非難されたこともあるという。
それもあってか1983年にはユダヤ教に回帰したという噂があるが、多分、それは間違っている。
全世界のユダヤ人の40%、600万人がアメリカに住み、アメリカの全住民の2.5%程度だが、ユダヤ人はその類まれな才能で、あらゆる分野の指導的立場に置かれている。
Blowin' in The Wind (風に吹かれて) 1963年リリース
♬
どれだけ道を歩めば
一人前だと認められるのか?
どれだけ海を越えれば
白鳩は砂浜で休むことができるのか?
どれだけの砲弾が飛び交ったなら
武器は永遠に禁止されるのか?
答えは、友よ、風の中だ
答えは風の中を舞っている
♬
山はどれだけ経てば
海に洗い流されてしまうのか?
人々はどれだけ経てば
自由が許されるのか?
人は何度顔を背け、
見て見ぬふりをしていられるのか?
答えは、友よ、風の中だ
答えは風の中を舞っている
♬
今、イスラエルは大きな分岐点に立っている。いや、立たされているのです。
周辺に潜むイスラム過激派、いつテロ攻撃を受けるか分からず、国民をテロから守り、人質を奪還しようとすれば、世界から非難されるのです。
ボブディランは、キリスト教的なメッセージ性がある楽曲を多く発表しています。
一部のファンからは、「ボブ・ディランから、牧師のような抹香臭い話は聞きたくない」とまで言われているようです。
十字架の片棒を担がされた男
彼らはイエスを刑場に引いて行く途中、田舎から出て来たアレクサンドロとルフォスの父であるシモンというクレネ人を捕まえ、この人に十字架を負わせてイエスの後から運ばせた。
という記述が聖書にある。
※余談1 同じ名前が多すぎる問題
聖書改訂の度に名称が変化する。
シモンと言う名のキレネ人、クレネ人だと思っていたらいつの間にかキレネ人になっている。
近頃、聖書検索なる機能があり、これで検索すると、その語句を含む文章が検索できるという便利な機能がある。
実は、自分も以前、同じような主旨のパソコン聖書なるものを手掛けたことがある。
結局、そのCDは一枚も売れなかったが、検索機能が如何にあるべきかを知ることになった。
近頃は、ネット検索にAIが使用されていて、あいまい検索などができるようになり便利になりました。
間違った文章を入力しても、AIが気を利かせてそれに近い文章を照会してくれる。
連想記憶という概念を取り入れたAIの機能は、年々、記憶があやふやになる自分のような老人にとっては救いの機能です。
※余談2
文章を書いていると、次々に思いつくことがあり、そのフレーズを調べている内に、今度は別の事が気になりだし、遂には巨大な樹木のように成長し、分散型発信状態になり元へは戻れなくなるのです。
「窓際のとっとちゃん」という黒柳徹子さんの著作を図書館から借りて読んだ時、その分裂的発信状態の文章を読んで余計ひどくなったように思う。
でも、とても素敵な女性です。窓際のとっとちゃん💛💛💛
あの世界の名優、アランドロンからプロポーズされたのに、それを袖にする窓際のとっとちゃん。
※余談3
中国に行ったとき、北京市のお偉いさん方と紹興酒を呑みながら、「中国では、同じ姓の人が多くて間違うことはありませんか?」と訊ねたことがある。
「ええ、ある日、会議に集まった人達、全員がワンさんという名前なので ”ワンさん”と呼ぶと全員振り返るのです。」
そういえば、日本人にも一文字の姓の人があるが、それについてAIに訊いてみた。
「日本で一文字の苗字を持つのは、主に渡来系の氏族に由来しています。 渡来人は、4世紀末から7世紀後半にかけて中国や朝鮮半島から日本に渡来し、その子孫が多くの氏族を形成しました。」ということだそうです。
※余談4
酒席では、盃に酒を酌み交わすとき、相手より下に盃を構えて乾杯するのが中国の礼儀だそうだ。
そこで、自分が下へ盃を下げると、相手も更に下へ下げるので、ついには盃がテーブルについてしまい、それ以上下げられなくなる」。
「この場合、どうすればいいんだ?」というと全員、大笑いしていた。
※余談5
豪華な満願全席料理をたらふく御馳走になり、ホテルに戻ると、世話人の男が、この接待には大金が掛かったので、その代金を払って欲しいと怒鳴り込んできた。
「それは幾らだ?」というと、「二千円は欲しい!」と言われた。
これが日本の歌舞伎町あたりのぼったくりバーなら、20万円、30万円では済まないだろう。
「それだけでいいのか?」といい金を払うと満足したように出て行った。
自分が知る限り、中国の貧しい(かつて貧しかった)庶民は、とても気のいい子供好きな善良な人達です。
虚飾の中国、男女と金と権力と国家の関係の何かが瓦解している中国、貧しい市民の声がかき消される中国、共産党員でなければ出世もおぼつかない有り様、それが何かを偽らせているのだと思う。
話を戻すと、そのクレネ人(キレネ人?)のシモンという男が、子供二人を連れてエルサレム見物に来訪していたら、偶然、群衆がざわめいているので何事かと覗いて見ていたら、突如、兵士らが来て「おまえ代わりに十字架を担げ」と、血だらけになり足元がおぼつかない見知らぬ男の代わりに、その重い木製の十字架を彼に背負わせようというのである。
その血だらけの男が先に歩き、代わりのクレネ人シモンが今度は汗を流して運ぶことになった。
ある霊感者の証言によると、イエスは、決して黙ってその男に十字架を背負わせたのではなく、そのシモンに世間話をしながら、冗談交じりに会話をしていたそうです。
その精神は、最初の殉教者、ステパノを始め、その石打ちの刑にあるステパノの脱がされた衣服の番をしていたパウロにも受け継がれたのです。
田舎から上京してきたシモンという名前も、二人の子供の名前も記録に残っているから、聖書に登場し、その名前が世界の人々に、それから二千年後の人々にも語り継がれているんですね。
映画「ベン・ハー」
そのラストシーンで、ベン・ハーはこの十字架を運ぶイエスに出会うのです。
映画の主人公ベン・ハーは、このイエス・キリストを象徴する仮の姿なので、決してそれを見逃すはずもないだろう。
すると、その場にいたイエス・キリストと、クレネ人シモンと、ベン・ハーの三人が、十字架を交代で担ぎながら、「お前さんも、随分酷い目にあったなあ💛」などと下世話な世間話の談笑をしながら、ビアドロロサ『しゃれこうべの道』を歩む姿があったのです。
無理矢理、背負わされた十字架だったが、このクレネ人シモンとボブ・ディランの姿が相似形のように感じられるのです。
ビリー・グラハム著作、『世界は燃えている』

若き日のビリー・グラハム アイゼンハワーからオバマに至る歴代大統領と親密な関係があった。
1967年10月、東京公演の時、自分もその本を購入した記憶がある。
当時は、泥沼のようなベトナム戦争の渦中にあった。
ベトコンが潜伏するジャングルに上空から、ナパーム弾を大量投下し村ごと炎上し、大量の枯葉剤散布で妊婦の遺伝子が破壊され、二つの頭を持つ奇形の子が誕生した。
いったい何が正義で何が悪かさえ判断できない混迷の世界に、ビートルズの日本公演が開催され、絶叫に近い悲鳴で、演奏など全く聞こえなかった。
余談5
中国人には、これらすべてが隠されているのです。
北京の最後の夜に、お別れのパーティーがあり、彼らと話す機会があったが、彼らは、ビートルズがいたことも、あるいは、ベトナム戦争があったことも知らされてはいないのです。
「え!?あのビートルズを知らないの?」というと、皆うな垂れていた。
中国の指導者たちは、何かを隠しているんです。
ユダヤ人の血を継ぐ、ボブ・ディランがユダヤ教から改宗し、キリスト教教徒になり、再びユダヤ教に回帰することはあり得ない。
一端、キリストに目覚めたら二度と元には戻らない。いや戻れないはずです。
知ってしまったものを、知らないとは言えないからです。
もし、それが真実だとしたら、別な要因、黒人差別問題、人種差別問題があったからではないかと想像する。
全ての人は平等だと言いながら、教会は人種差別を容認している。キング牧師の暗殺事件など、口とは違うアメリカの実態に嫌気がさし、自称キリスト教徒だという嘘が、嫌いだったということではないだろうか。
有色人種が大統領になる時代にあって、決して無くなりはしないが、その差別意識は薄まってきていると思う。
Knockin'On Heaven's Door (天国への扉) 1970年代のボブ・ディランの代表曲
♬母さん、このバッジを外してくれ、もう使い道はない
暗くなってきた、暗くて見えやしない
俺は天国の扉をノックしているところだ
保安官が胸につけているのは、保安官バッジだが、米兵が戦場で胸につけるバッジは「ドッグタグ」Dog tagと呼ばれる認識票で、階級、名前、血液型などが記載されている。
薄暗いジャングルでの見えざる敵とのゲリラ戦に彼らは悩まされた。
この曲がリリースされた当時、ベトナム戦争からの帰還兵は、その悲惨で壮絶な戦争の記憶と、
何も得られなかった体験と非難で精神を病んだ者も多く、彼らの自殺が社会問題化した。
彼らの悲劇的な運命と、この曲が輻輳する。
立川市に飛行場があり、そこには戦死した米兵の安置所があった。
そこでバラバラになった遺体を洗浄し壊れた機械を修理するかのように繋ぎ合わせ、認識票と共に本国に送り返す為だった。
それら今では、何事も無かったかのように、その跡地は昭和記念公園として一般市民の憩いの場となっている。
どれだけの砲弾が飛び交ったなら
武器は永遠に禁止されるのか?
答えは、友よ、風の中だ
答えは風の中を舞っている
随分長い文章になりましたが、最後に、ボブディラン『Are you ready』を黒人女性のバックコーラスと共にどうぞ。
♬
Are you Ready?
Are you Ready?
Are you Ready?