次の健診とシナジスの予約をして、血圧を下げる薬をもらい、3週間に及ぶ入院生活が幕を閉じました。

また成長と共に病気が見つかったりして入院することになるかもしれませんが、とりあえずほっと一息つくことができました。

 

 

1日交代で家にいる時「早くみんなで暮らしたい」と言っていた長女はまた4人で暮らせる事を心の底から喜んでいるのが伝わってきました。

次女のことが大好きなようでとくに赤ちゃん返りもせず現在に至ります。

妹ができてからはよくお手伝いをしたがるようになりました。

洗濯物干したり、畳んだり、ミルクをあげようとしているとガーゼを持ってきてくれたり…。

頼んでいないのですが色々とやってくれます。

お姉ちゃんというより小さなお母さんのような…。

育休中で家に夫も居るのでヤキモチを妬かずに済んでいるのでしょうか。

 

 

退院してからも生活はあまり変わりませんでした。

時間になったらオムツを変えてミルクをあげ、それ以外は長女とひたすら遊んでいました。

この頃の悩みも変わらず、ミルクをあまり飲んでくれない事でした。

ミルクの一回のノルマが増えればそれに比例して飲むのにかかる時間も長くなってしまい、疲れて次の授乳の時間に深い眠りに入っている…なんてことの繰り返しで1日のトータルが伸びない…。

それでも起きている時間がじわじわと延びてきたので外に出て日光浴をさせたり、音の出るおもちゃで気を引いてみたりしていました。

長女も次女に沢山声をかけてくれてるので良い刺激になってるかな?と思います。

 

 

 

 

退院前にもう一度血液検査、心臓のエコー、心電図、レントゲンがありました。

入院前の心臓のエコー検査の時は泣いてしまってよく見えなかったらしいのですが、なんと新事実が判明したのです。

 

「心臓の穴がもう2つ見つかりました。」

 

な、なんだって〜〜!!!

先生の話によると今回は最初から最後まで大人しく寝ててくれたためよく見ることができたそうで、合計で4つの穴が空いてることがわかりました。

(書き忘れてしまったのですが、最初の検査の時に胎児の時空いていて産まれてから閉じる穴が塞がっていないと言われました。)

そんなに穴空いてて大丈夫か次女よ…。

幸い新たに発見された2つの穴は小さくてあまり影響は無いらしく成長と共に塞がっていく可能性が高いとのことでした。

 

 

そしてこんな状態で肺炎にかかったらアウトなのでシナジス打ちましょうとのことでした。

シナジスとはRSウィルスのワクチンで月に一度打つことになるそうです。

先輩たちのブログを見ていたおかげで『出たな!シナジス!』という感じで堂々と(?)していられました。

予習は大事ですね!

 

肺炎になるとマズいということはコロナウィルスもかなりマズいのでは…。

極力外出しないようにしたいのですが長女の幼稚園が4月から始まるので心配です。

どうか春までに流行が落ち着きますように…。

 

 

 

 

入院開始から数日後、血圧を下げる薬の投与が始まりました。

薬を飲んで血圧が下がり過ぎないか、肝臓に負担がかからないかを見ながらちょっとずつ量を増やしていきました。

入院は結局3週間に延びました。

薬、ミルク、オムツ替え、沐浴、滅多に泣かないのでそれ以外の時間は少し体を動かしてあげたり、写真を撮ったり、ここぞとばかりに読書を楽しんだりして過ごしていました。

ダウン症による将来の不安はあるものの、本人は気持ちよさそうに寝ているしまぁいいかといった感じでなんだかんだ入院生活を満喫していました。

 

 

そして入院中に生後一ヶ月になりました。

次女は入院している病院で、私は次女を産んだ個人病院で一ヶ月健診を受けることになりました。

次女はちょっとずつですが確実に体重が増えてました。

 

そして私は赤ちゃんを連れたお母さん達の中で独り寂しく呼ばれるのを待つのでした…。

こうなるんだったら次女の入院先の病院で産んどくんだったな。

(長女の時は入院先の病院で出産しました。)

私の体の方は異常無しでしたがエジンバラ産後うつ病質問表で引っかかりました。

いや、この状況でメンタルノーダメージの人間の方が少ないと思うのですが、元々がマイナス思考の塊のような人間なので当たり前のようにアウトでした。

「お母さんは何も悪くないよ」という看護師さんの言葉に泣き出す私…。

優しい言葉に本当に弱いんです。

因みにこの質問表で引っかかっても市の保健センターの人が早めに訪問しに来るだけみたいです。

てっきりこの母親は精神病んでるから赤ちゃん保護しますねって言われて連れてかれてしまうのかと割と本気で考えてました。

 

そんな感じで一ヶ月健診は無事に(?)終わったのでした。

 

 

 

 

入院生活中もやることはあまり変わりませんでした。

3時間おきのミルクとオムツ替えと…オシッコの量を毎回計測するってことが今までと違うぐらいかな…?

あとは朝と夜に看護師さんが呼吸の回数と血圧を測りにきました。

 

 

ダウン症の可能性と聞いて昨日まで可愛いと思って接してきた次女が急に可愛くなくなる…ということはありませんでした。

ただ見方は少し変わりました。

何と言えばいいのか…例えるならば宇宙人を見るような感じです。

外見は普通の赤ちゃんなのによーく見ると染色体が一本多いのかもしれないと思うと不思議な感じでした。

 

 

朝が来て夫と交代し、家に帰るのも落ち着かないので長女と一緒に実家に泊まることにしました。

実家に帰ると私の妹が出迎えてくれて普通に会話しました。

あまりに普通すぎて今までのは全部夢だったんじゃないかと錯覚しました。

妹にも次女にダウン症の疑いがあることを伝えたのですが、

 

 

「ダウン症ってあれ?ノイローゼ的なやつ?」

 

 

と、訳の分からない質問が返ってきて思わず吹き出してしまいました。

母は私に気をつかって「お姉ちゃんにもう何も言わないでいいから。黙ってて。」と、妹に言ってくれたのですが、私は妹のこういうトンデモ発言をするところが昔から大好きなので気になりませんでした。

 

 

母と妹にはLINEで簡単にダウン症かもしれないと伝えただけなのですが2人ともあまり興味が無さそうで母に至っては「さちが育てないなら私が育てるからいいよ」とか言われ(私は育てたくないなんて言ってないのですが…)拍子抜けしました。

 

 

因みにダウン症と告知されていつ泣くんだろうと思っていたのですが(自分が)、泣きたいと思っても1日目は何故か泣けず…次の日、長女と遊んでる時に急に涙が出てきました。

何が悲しくて泣いたのかわからないのですがとにかく泣きました。

長女は泣いてる私を見て頭を撫でてくれました。

そんなことをされると余計に涙腺が緩んでしまう…。

 

 

 

PCR検査でコロナウィルスに感染してないことを確認してから病室へ。

もう夕方になっていました。

窓からは紅葉で美しく染まった山々と、遠くの方に観覧車が見えました。

この子と一緒にあの観覧車に乗る日は来るのだろうか…と考えながら朝から何も飲まず食わずだったことに気づき、ダウン症について検索したい気持ちを抑えて院内のコンビニでパンを買ってきました。

しかし色々ありすぎて食欲が出ません。

無理矢理麦茶で胃に流し込んでから入院生活の説明を受けました。

 

説明や挨拶がひと段落し、病室には夫と次女だけになりました。(長女は実家に預かってもらってます)

私も夫も放心状態で無言でしばらく次女を眺めていました。

「普通の顔してるけどな…」と、夫。

私も頷きながら本当にこの子がダウン症なのか疑問でした。

でもきっと色んな赤ちゃんを見てきた先生がそう言うんだからそうなんだろうな。

 

とりあえず1週間入院しましょうと言われ、毎日私と夫が交代で付き添うことになりました。

お互いの精神面で負担がかからないように、そして長女の事も心配なのでそうしました。

幸い夫は半年間の育休を取ってくれていたのでかなり心強かったです。

 

入院初日は私が病院に泊まることになりました。

夫が帰ってから早速ダウン症について調べ始め、なんとなくどういったものなのかわかってきました。

…が、正直発達の個人差が大き過ぎて予測ができない…。

次女がどの程度発達が遅れて知的に障害が出てくるのか、成長してからのお楽しみって感じでイマイチ先が見えませんでした。

そして老衰で死ぬまでに回避しなければならない病気の数々…。

これも確率との戦いになるのですが、はたして次女は無事に歳をとっていくことができるのだろうか?

そして老後のお金の問題やら長女に迷惑がかかるんじゃないかとか親族が嫌な顔するんじゃないかとか…調べれば調べるほど不安に。

 

この日は疲れ切っていたので検索もそこそこに早めに寝ました。