小4娘の『2歳からのホームモンテッソーリ♡ときどき英語』。
よろしければ自己紹介もご覧ください。
娘の幼稚園探しをしていた頃、モンテッソーリ園についてこんな書き込みを目にしたことがありました。
「先生は、ただ座って子どもたちの作業を見ているだけ」
実は、この姿。
モンテッソーリ教師養成講座の受講中、教材映像の中で見たモンテッソーリ教師も同じでした。
教室の片隅でノートを持ちながら、静かに座って、子どもたちを見ている。
まさに、この姿こそが真のモンテッソーリアンの姿。
もしあの時、書き込みをされたお母さんが、モンテッソーリ教師の真意を知っていたら。
そう思うと、残念でなりません。
モンテッソーリ教師とは、日々動いているのは「手」よりも「心」なのかもしれません。
子どもの内面を見つめることを繰り返すモンテッソーリアンたち。
その子が何に興味を持ち、何をしたがり、何に困っているのか。
それを知った上で、環境を整え、じっくりと子どもを観察する。
子どもの前に立ち、教え込むのではなく、一歩退いた場所に居てあげること。
子どもに呼ばれた時は、さっと駆けつけ、必要なお手伝いを全身全霊で行うこと。
そんな控えめな姿が、モンテッソーリ教師なのだとしたら…。
母が目指すのは「控えめなお母さん」(笑)。
苦労して作った手作り教具を自慢するが如く、無理やり差し出したり。
やりたいおしごとよりも、やらせたいおしごとを押し付けたり。
集中しているとことを、大人の都合を優先したり。
控えめどころか、強引なお母さんを卒業するまでに、どれほどの時間を要したでしょうか。
※今でも無意識のうちに「強引なお母さん」がニョキニョキと出てくるときもあります(小声)^^;
控えめなお母さんになるための条件。
それは「我が子を信じる力」だと思います。
出来ないと思って手を出すのではなく、出来ると信じてまず見守る力。
いつものよう朝食作りを終え、フライパンを流しに置いた娘。
時計を見ると、いつもよりもちょっぴり遅めの朝。
このままだとオンライン授業に遅れるのではないかと、母がフライパンに水を張ろうとしたところ…。
「ママ、それまだ拭いてないの。油がシンクに流れちゃう。」
SAPIXのこのシリーズで、環境汚染を改めて数字で確認し、ショックを受けた娘。
それ以降、今まで以上に「拭き取る」という作業を大切にしています。
こちらは、お手伝いのつもりが、結局は彼女のルーティーンを壊しかねなかったことを反省。
子どもには子どもの時計があり、親が先回りすることは援助ではないことを改めて感じました。
★★
黒子になることを意識していても、ついつい前に出てきてしまうお母さん(笑)。
やっぱり心がけたいのは「控えめなお母さん」です。
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