身につけた英語 vs. 身についた英語 | モンテッソーリな時間~バイリンガルに魅せられて~

モンテッソーリな時間~バイリンガルに魅せられて~

中2の娘とワーキングママによる2歳からのホームモンテッソーリとバイリンガル育児の足跡を綴っています。

 
先日、アメリカ人の友人とランチをしていたとき、こんな発言が出ました。
 
「Yuzyの英語は、身につけた英語じゃないみたいね。」
 
一瞬意味が分からなかった母。
先日、初めて娘と会った友人。
今までの英語習得までの苦労話を十分知っている彼女ですが、娘の英語は学んで身につけた英語だと思えなかったと言うのです。
 
自分自身が、スペイン語を第二外国語として身につけ、語学学習の大変さを身を以って知っている彼女。スペイン語で話すときの自分は、どこか意気込んでしまい、自然体で居られないというのが彼女の言い分。
 
確かに…。
そういった意味では、娘というよりも、幼少期から英語に触れてきた子どもたちは、英語を身につけたというよりも、身についたと言った方が正しいのかもしれません。いくら親が願っても、親の思い通りには身につかないのが語学。ある意味、英語と触れる中で、子どもの中に残ったものは、身についた英語なのかなぁと感じています。
 
そこで彼女からもう一言。
 
「Yuzyって、英語と同じくらい、もしくはそれ以上に日本語は話せるんでしょ?」
 
あはは。
当たり前ー(笑)。
というか、英語と同じレベルだったら小学校生活成り立っていませんから・・・^^;
 
なんか、ちょっぴり嬉しかった特異な一言でした (‘v’*)

 

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