モンテママとの小学校談義 | モンテッソーリな時間~バイリンガルに魅せられて~

モンテッソーリな時間~バイリンガルに魅せられて~

中2の娘とワーキングママによる2歳からのホームモンテッソーリとバイリンガル育児の足跡を綴っています。

母には毎週楽しみにしていることがあります。それは、娘の保持教室の待ち時間。幼稚園でも同じクラスだったお友達は保持教室でも同じ。そんな子どもたちの帰りを待つ間の、お茶の時間が何よりもの楽しみだったりします。

 

6歳で初めて日本に帰国したお友達。そして彼女が現地で通っていたのはモンテッソーリ園でした。そんな「英語」と「モンテ」という二つの共通のキーワードが母同士を引き合わせてくれたことに、心から感謝しています。

 

医師として忙しい日々を送るお友達のママ。おこがましくも同じワーキングマザーということでも、共通する部分が沢山あります。日々限られた時間の中で、どのように子どもを導いていくべきか。家庭の役割、そして学校の役割。教育談義をスタートすると、危うくピックアップ時間を逃しそうになることが一度や二度ではありません^^;

 

そんなお友達のママと、最近よくするのがモンテッソーリのエレメンタリー課程の話です。残念ながら娘たちの学校はモンテッソーリスクールではありません。どちらかというと、モンテッソーリスクールとは対極に位置するような日本の学校。

 

果たしてこの「学校」を、どうモンテッソーリの理念と融合させていくべきか。そんな話題になりました。かつての母なら対極という事実だけを悲観したかもしれません。けれども、最近ふと感じるのは日本の学校教育とは種まきの場所なのではないかということ。アメリカの高等教育に象徴されるような強いて言うのなら"General Education"的存在。広い学問的視野を身につけることのできる格好の場所であると感じます。

 

モンテッソーリ教育の最大の意義とは"Help to Life"。カリキュラムをカバーするためのものではなく、個人を最大限に発達させる教育です。まさに「カバー」とは対極に位置する「ディスカバー(発見)」がモンテッソーリ教育の真髄とも言えるでしょう。

 

どうしても週1の子どもの家と母の帰宅後に行うホームモンテッソーリではなかなか本来の意味でも「ディスカバー(発見)」には辿り着くことが難しい中、ここに学校の力を借りることで、うまくこの相反するプログラムを融合できるのではないか・・・そんなディスカッションをお友達のママとしました。

 

学ぶことの楽しさを知っている子どもは、どんな形の学びを通してでも、自分なりの楽しさを発見していく。

 

モンテッソーリアンの講師の言葉がいつも心の中でこだましています。

 

クラフトレッスンで作成してきた桜もが祝福してくれているような温かい気持ちに包まれている我が親子。年長の時に感じ続けた小学校への不安が、急に期待へと切り替わったのは、なぜでしょう。どこかにモンテッソーリマジックが働いているのかもしれません^^

 

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