モンテッソーリ教育への期待、そして現実 | モンテッソーリな時間~バイリンガルに魅せられて~

モンテッソーリな時間~バイリンガルに魅せられて~

中2の娘とワーキングママによる2歳からのホームモンテッソーリとバイリンガル育児の足跡を綴っています。


娘が2歳の頃に出会ったモンテッソーリ教育。出会った当初は、とにかく関連図書を読みまくり、読めば読むほどこの教育法の素晴らしさに引き込まれていったものでした。幼児とは思えないほど真剣な眼差しで教具と交わる子どもの姿。他者への配慮はもちろん、環境にまでも配慮できる聡明な子どもたち。3歳くらいの子どもたちは花の水替えをしていたり、アイロンがけをしていたり。5歳くらいの子どもたちが、大きな数の計算をしていたり、世界のことを大人以上に知っていたり。驚くほど静かな教室で、子どもたちがしっかりと先生のお話に耳を傾け、提示の動作一つ一つに集中している。我が子もモンテッソーリ教育を受けることができたら、きっと素晴らしい人間に成長する。あの美しい教具を使って、素晴らしい環境の中で教育を受けさせてあげたい。そんな一心で、これから幼稚園を迎えようとしていた我が子のモンテッソーリ園探しが始まったのでした。


■ホームモンテッソーリのはじまり


けれども、ワーキングマザーには条件的に難しかったこれらの園。結局縁のないまま、ホームモンテッソーリという形で母と娘のモンテッソーリ教育がスタートします。この教育法への期待は日々高まる中、実際始めてみると、急に裏切られた気分になりました。書籍で見たあのような子どもの姿は、我が娘の中には一切存在せず。教具はおもちゃ、提示なんて見ていられないのはもちろん、母の話に耳を傾けることもしない。それより、手持ちのプリキュアのおもちゃで早く遊びたい。もしあの頃の娘の心境を代弁するなら「どうしたら、この堅苦しい空間から逃げ出せるのか。」そんな一言に尽きるでしょう。


■期待と現実の衝突


モンテッソーリ教育をきちんと理解することに努めよう。何もかもが上手くいかなかったこの時期、初めて心からそう感じました。「モンテッソーリ教育のシステムをきちんと理解できていないと、期待と現実は衝突する」。教師養成講座のテキストに明記してあったこの言葉の意味がようやく理解できたのもこの時でした。だからこそ、モンテッソーリ教師は実践しようとする理論を明確に理解しなければならない。受講中にチューターから言われたこの一言が重くのしかかった瞬間でした。

●メソッドに基づいていること
●教具が正しく使われていること
●環境が整備されていること
●正しいアプローチが取られていること

当初は漠然としていたこれら4つの要素が、いかに大切かということを身に染みたのも、それから大分経ってのことでした。ただ、家庭で実践するには、どの要素も完璧なものを追求することはできません。逆にそれを目指してしまうと、モンテッソーリ教育自体が非常にやりづらくなるということも痛いほど経験済みです(笑)。ただマリア・モンテッソーリ女史の目指した方向とは同じでありたい。最初にモンテッソーリ教育を知った頃の期待とは全く違ったものになりつつある現在ですが、現実を知った今だからこそ、そんな部分に落ち着いているのかもしれません^^;

「子どもに教えてもらうことが、子どもにどのように教えるかを学ぶ唯一の方法」

モンテッソーリのこの謙虚な気持ちを乱すことなく、自分の中でもしっかりと根付くよう精進したいと思います^^


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