コラム第2弾 岩田康誠
今年のマイラーズC。
1着 シルポート
(小牧太)
2着 クレバートウショウ
(岩田康誠)
3着 ダノンヨーヨー
(内田博幸)
3連単123万4360円の高配当を演出した3名の騎手には1つの共通点がある。
【地方競馬出身の騎手】
小牧→園田競馬
岩田→園田競馬
内田→大井競馬
近年は地方競馬出身の騎手の活躍が目立っている。
昨年のダービー。7番人気のエイシンフラッシュの手綱を取り、見事ダービージョッキーとなった騎手は大井出身の内田博幸。
そして1番人気馬・ヴィクトワールピサの鞍上、岩田康誠。
このレース、岩田は万感の思いで望んでいた。
岩田康誠 1974年3月12日生まれ。
地方通算2941勝を誇る名ジョッキー。
小牧太が中央移籍する前までは、小牧・岩田で園田の2本柱と呼ばれた。
中央競馬にも積極的に参戦しており、2002年のセントウルSをビリーヴで制しJRA初重賞制覇。
G1レースは、単勝45倍の8番人気のデルタブルースで制した2004年の菊花賞だった。(1人気は武豊騎乗のハーツクライ7着)
同レースでは岩田の中央G1初制覇の他に、地方競馬所属騎手の初のクラシック制覇・希代の名牝ウオッカやドバイWC馬ヴィクトワールピサの調教師で有名な角居勝彦氏にとっても初のG1タイトルだった。
その後、同コンビで海外G1のメルボルンカップに挑戦。見事に勝利し、海外G1初勝利を上げた。
2005年。
ワールドスーパージョッキーズシリーズに地方競馬代表として参戦した岩田は総合ポイント41点、総合2位の横山典弘を1ポイント差上回り、地方競馬所属の騎手として史上4人目となる同シリーズ優勝を果たした。
2006年。
中央移籍。移籍初年から重賞3勝・勝ち鞍は126勝・リーディングでも3位と華々しい活躍をした。
この年行われたワールドスーパージョッキーズシリーズには、中央所属として参戦。
連覇が期待されるも、ドイツのA・スボリッチにわずか2ポイント届かず2位だった。
2007年。
この年はG12勝を含む重賞6勝を上げ、通算でも145勝と昨年を上回る活躍を魅せた。
宝塚記念ではアドマイヤムーンに騎乗し1着。中央移籍後の初G1制覇だった。同年のジャパンカップでも同馬で制している。3人気・5人気という低評価を覆す勝利だった。
2008年。
この年は岩田の年になった。勝ち鞍こそ昨年を下回る118勝だったが、それでもG14勝を含む重賞13勝。
この年制したG1は全て印象に残っている。
まず、天皇賞(春)でのアドマイヤジュピタ。大外枠からでさらに痛恨の出遅れでのスタートだったが、メイショウサムソンを頭差交わして1着でゴール版を駆け抜けた。
次に、ウオッカに跨った安田記念。ダービー以降1年間勝ち星がなかったウオッカ。今までの後方待機策から一変、先行策に出てウオッカを好位に突けた岩田。あとは内をロスなく回り2着のアルマダに31/2馬身差・先行してあがり最速タイムで完勝。
波乱を演じた秋華賞。前哨戦のローズSで15着と大敗したブラックエンブレムと岩田は11番人気の低評価にすぎなかった。レースは、5・6番手の好位につけた。しかし3角で8番手・4角で7番手といつの間にか位置が下がっていた。直線入って追い出しにかかると、内ラチをするする抜けて1着でゴール。JRAのG1史上最高配当となる、3連単10982020円の立役者となった。
初の2歳G1制覇となった朝日杯FS。岩田が手綱を取ったのは新馬戦からコンビを組んでおり新潟2歳Sの覇者セイウンワンダー。なぜか2番人気。1番人気には1勝馬のブレイクランアウト。以前岩田が手綱を取っていた馬である。レースはゴール前でルメール騎乗のフィフスペトルを頭差交わして1着。自身の2歳G1初制覇は、セイウンワンダーの父グラスワンダーと11年越しの親仔制覇となった。
この年、先日引退したキンシャサノキセキで函館スプリントSも制覇した岩田は、重賞の舞台でスプリント戦から2マイル戦まで幅広い距離での活躍を見せた。
2009年。
2008年の10月、後に「伝説の新馬戦」といわれる舞台でアンライバルドとコンビを組んで勝った岩田。同馬と共に皐月賞も制した。
2010年。
京都金杯を制して幸先の良いスタートを切った岩田。勢いは衰えず平安S・阪急杯と2ヶ月で3つ重賞を取った。しかし、有力と思われる3歳馬で唯一のお手馬だったルーラーシップで毎日杯5着と敗れてしまい、岩田の皐月賞騎乗が危ぶまれた。
そんなとき、岩田に白羽の矢がたった。皐月賞で1人気確実と思われるヴィクトワールピサの騎乗以来が舞い込んできたのだ。毎日杯で落馬骨折した武豊の代打騎乗での以来だった。代打とは言え、有力馬に乗せてもらえるだけでありがたいと思った岩田は、この騎乗以来を快諾した。
なにかの「運」なのか…このヴィクトワールピサを管理する調教師は、ルーラーシップと同じ角居調教師なのだ。思えば岩田の中央G1初制覇となったデルタブルースも角居厩舎の馬だった。
代打とはいえ、1番人気というプレッシャー・武豊からの乗り代わりというプレッシャー・そしてファンからの期待は計り知れない程のものがあるだろう。
ファンの思いと岩田の思い、さまざまな思いが交錯するなかスタートを切った。岩田は中団よりやや後ろでレースを進めた。4角回ったとこで、後続の馬たちが一気にまくってきた。しかし岩田は迷わず最内を突いて鋭い末脚を活かし、ヴィクトワールピサを勝利へと導いた。
ゴール直後、岩田は左拳を何度も何度も振った。当時の実況での「ガッツポーズ!ガッツポーズ!岩田康誠、何度も何度もガッツポーズ!!」の言葉がピッタリと当てはまり、岩田の喜びを表している。
馬から下馬した岩田はピサのオーナーの市川義美氏と硬く抱き合い喜びを分かち合った。市川義美オーナーにとっても馬主歴22年目で掴んだ初めての栄冠だった。そして市川オーナーと岩田はあふれ出てくるものを堪えることが出来なかった。それだけ重くて見えないプレッシャーがあったのだろう。
そしてレース後岩田は「外は水を含んでいるから迷わず内を突いた。」「豊さんが仕込んでくれていたので心強かった」とコメント。豊の思いと岩田の好判断がヴィクトワールピサにクラシックタイトルをもたらした。
迎えた日本ダービー当日。1番人気ヴィクトワールピサの背中には皐月賞で代打騎乗をした岩田の姿。主戦の武豊の怪我が完治せず、武豊がダービーの騎乗を辞退したため、今回も岩田が手綱を取ることになったのだ。
昨年のアンライバルドに続き、ダービーで1番人気に支持された岩田。連続騎乗が途切れた豊のためにも、そして…「2年連続でファンの期待を裏切るわけにはいかない…」。この年のダービーは4連勝で青葉賞を制したペルーサとの2強といわれていた。2年連続で1番人気に支持された岩田康誠か、2年連続のダービー制覇を目論む横山典弘か。
そして、これといった逃げ馬が不在のダービー。前半1000mは61秒後半という超スローペース。中団の内につけた岩田は4角過ぎてロングスパートを開始した。しかし、失速する先行馬とスパートする併走馬…。馬群がなかなかさばけない。真ん中から、エイシンフラッシュとローズキングダムが抜け出した頃にスペースがあいて加速するが、時既に遅し。勝ったエイシンフラッシュとはクビ+13/4馬身差がついていた。
岩田はレース後、黙って相棒の鼻面をなで労をねぎらった。
そしてこの年。岩田に災難が襲い掛かる。
札幌競馬場で騎乗した岩田。第1レースで落馬し、左外側のくるぶし骨折、右鎖骨骨折、頭部打撲の重賞。約2ヶ月の休みを余儀なくされた。
手術後の写真を藤田伸二騎手がブログにUPしたところ、藤田騎手のブログには岩田の復帰を待つファンからのメッセージは何百通も寄せられていた。いかに岩田がファンに愛されているかがわかる。
そして11月。ようやく復帰。復帰して最初の調教を終えた岩田は「最初に跨るときはちゃっと怖かった」と話した。後遺症とかも心配されたが幸い後遺症はなかった。
復帰して2週間目。最初のG1、マイルチャンピオンシップ。13人気エーシンフォワードに騎乗した岩田。ここで、「これぞ岩田康誠!」といった騎乗を魅せてくれた。得意のイン突きである。早めに抜け出した上がり馬ゴールスキーと、外を回して追い込んでくる1番人気のダノンヨーヨーを交わし先頭でゴール盤を駆け抜けた。復帰2週目でのG1制覇は、岩田らしい騎乗で勝ったG1。レコードタイムのおまけつきだった。
そして今年。
現在岩田は全国リーディングトップ。
そしてヴィクトリアマイルでは、昨年の年度代表馬ブエナビスタの騎乗も決まっており、3歳牡馬では皐月賞2着のサダムパテックも控えている。
今後も【騎手 岩田康誠】から目を離せない。
今回は、ボクが応援している岩田騎手について書きました(・∀・)
ただの競馬オタクの素人が書いたコラムなので、誤字とか間違ってるとことかあるかもしれません><
そのときはごめんなさいm(_ _)m
一応岩田騎手についていろいろ調べて書いたつもりです><