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ガンダムOO(ダブル・オー)

先日TV最終回を迎えたガンダムOOについて感想を書きたいと思います。

「ガンダムOO最高!!」という方は、まわれ右。若干批判的な内容となりますので。


さて私はガンダムと名がつけば無条件で見てしまいます。SEEDしかり、DESTINYしかり。

当然の如く、ダブル・オーも見ていたのですが、正直なところあまり好感は持てませんでした。

これは富野由悠季氏以外の監督作品(特にSEED以降)全体に感じる印象です。


私は、ガンダム・シリーズを含め、戦争を扱う作品は、勧善懲悪であってはならないと考えています。

戦争というものは、互いに主義・主張があり自らの正統性を主張します。

「どちらが正しいか」ということを考えた場合、それは観測者の環境、文化によって構築された思想の

なかで判断されるものなので、客観的ではないのです。


さてアニメ・映画といった中で戦争が描かれる場合、主役の側が正義として描かれます。

これは主役側が製作者の思想を表現する側に立つためであり、また視聴者も製作者と近い環境に

いるため同じ様な倫理・思想で判断するためだと思います。

それはある意味当然です。主役が悪逆非道で、それを持てはやすようでは最悪ですから。

問題は、敵対する側の主義、主張があまりに理解不能な点です。

例えば、ダブル・オーでいうとメメントモリとか、軌道エレベーター破壊など、体制側がやることでは

ないですよ。しかし劇中で体制側(アロウズ)がそれをできてしまうのは、敵役=悪=異常思考という

構図に製作者が疑問を抱いていないからでしょう。もしくはその方が視聴者に分かり易いから

かもしれませんが・・・。


主役=正義、敵役=悪の構図を確立すると問題なのは、敵役の命が軽くなってしまうことです。

本作でも多数の敵を刹那達が撃ち落としていました。その時に敵側の表情は見せないので

命を失うことの痛ましさがない。本当にそれで良いんでしょうか。



ダブル・オーの話に戻しますが、全体的に理解不能なキャラクターが多かったですね。


1番おかしかったのは、ミスター・ブシドー。あれはただ仮面をつけるキャラクターを作りたかっただけですか?

ただただ刹那に固執する様は滑稽。グラハム時代が常識人であった分だけ残念な結果に。

アリーアル・サーシェスはまさに悪役にするためだけにいるような存在。ただそれだけ。

トリニティ3兄弟、特にネーナはルイスの両親を殺害して、話にインパクトを与えるためだけの

存在としか感じられない。

王 留美、子供過ぎ。これは狙い通りなのかもしれないですが。

総じて、敵役はその行動原理や動機付けが曖昧。


演出面でいうと、1期で刹那がマリナにガンダムマイスターだと暴露するシーン。あれはおかしい。

あんなに簡単に暴露するほど刹那は未熟なのか? 

また2期でライルが登場したのは、あまりにご都合主義すぎる。ライルという存在がいたら、

ニールはソレスタル・ビーイングには参加しないのでは、と思えてならない。

ラストでのハレルヤ復活の必然性は? 大統領演説にイノベイターが紛れ込んでるのは、

劇場版への布石としてもあざとすぎる。(もうちょっと分かりにくくしてれば良かったが)

ファーストガンダム出しとけば、みんなが喜ぶと思ったら大間違いだぞ!!!


などなど全体的に不満が多い作品でした。

ただ少しフォローをするとすれば、以下の点は良かったと思いました。


2期での刹那が、自分たちのやり方が絶対的正義ではないと言い続けたこと。

これは、1期で“俺がガンダムだ”などと子供じみた発言を繰り返していたところから考えると急成長。

1期の時点から製作者が狙ってやってたとすれば偉い。


かなり批判的な感想となってしまいましたが、作品としてはそこそこ面白かったと思います。

ただガンダムというだけで、視聴者の目も、スポンサーの期待も、ハードルが上がってしまうのが

この作品の不幸なところかも。どうしてもエンターテイメントに偏らざるをえないですから。


やはりガンダムを作るなら、富野氏くらい尖ってないといけないな、と感じるオールドファンでした。