はるのまち | 東四ヶ一の庄

東四ヶ一の庄

実家を離れて40数年。もう帰ることはないだろうと
思っていたこのまちに戻ってきました。
「東四ヶ一の庄」とは、私の愛読書『ホビットの冒険』
『指輪物語』の主人公の家があるところです。

中学の近くの山裾をまわってみた。

 

私が通っていた中学のすぐ近くを「内膳堀」と呼ばれる水路が流れていて、中学生のころは「内膳さんという人が掘ったらしい」というくらいの認識しかなかった。

 

その内膳堀が、2022年に「世界かんがい施設遺産」に登録されていたことを知った。溜池しか農業用水のなかった1620年代、植田内膳という人が狩野川から水をひき、農業が発展したのだという。今は、農業用水というより防災のための水路なのだそうだ。

 

内膳堀に沿っている道には「内膳堀通り」という名前がついている。その内膳堀通りを南の方に進んで港大橋通りに出、工業高校の前を通ってどんどん歩くと山裾をまわることができる。

 

そして、香貫(かぬき)大橋に出る。

先月、今日とは逆の方から狩野川の土手沿いにここまで来て、時間がないので引き返したところだ。この橋をわたって、隣の清水町へ行ってみようと思った。

ここは狩野川と黄瀬川が合流するところで、橋の左手は黄瀬川。この橋は狩野川の上にかかっている。
 
清水町の町には、清水町のマンホールがあった。
「しみず(清水)」と「おすい(汚水)」が共にある。
 
黄瀬川にかかる橋をわたった。
黄瀬川大橋。2021年の豪雨で橋脚が壊れ、折れ曲がってしまった。この雨のとき、熱海では土石流災害が起きた。
この橋は、仮橋がかかって通行可能になっているらしい。写真は下流の黄瀬川橋から撮った。
 
川岸を歩く。山は、まだ笑うというより微笑んでいる感じ。
 
むしろ、笑っているのは河原の草木だった。
 
小さい葉が萌え出て枝があかるい緑に光るような、今の木々がとても好きだ。やがて、もう少し濃い緑に進むころ、なんだか落ち着かなくなって外へ緑を浴びに行きたくなる。
 
仕事をしているとき、この時期に山を越えて出張する仕事があると嬉しかった。運転する同僚が似たような好みの人だと、わざわざ緑の深い方へ回り道をしてくれたりもした。(前の職場の人はここを見ていないだろうな)
 
     木々歌う第九の如く緑萌ゆ
 
20年くらい前に作った句。あのころは、インターネット句会の仲間がいた。
 
草花も笑っている。
アメリカフウロ。かわいい花。「この種がお神輿みたいな形で面白いんですよ」と「生きる植物図鑑」さんに教えてもらった。春に笑い、秋には祭りのアメリカフウロなのだ。
 
イヌホオズキ。これとそっくりだけれど、花がもっと大きくて棘のあるのがワルナスビ。
イヌホオズキというと、動物と話せるお医者さん『ドリトル先生』を思い出す。
ヒュー・ロフティング作・絵 岩波少年文庫
 
シリーズの中の『ドリトル先生のサーカス』という話に「イヌホオズキ」という名前のキツネが出てくるのだ。最初に読んだ小学生のとき、イヌホオズキってなんだろう、イギリスの草花なら、きっと私は一生見ることはないんだろう、と思った。
 
それが、実はけっこうそこらへんに生えている草で、今の私はよく見かけるのだ。そして、見ると、6匹の子ギツネを連れたお母さんギツネと、その地方のキツネ狩りをやめさせたドリトル先生のことを思う。