今日は、ここに住んで初めての町内のゴミ当番。
といっても、朝ゴミ袋にかぶせる黄色いネットを集積場に出し、昼前に回収するだけのこと。
朝6時20分ごろ、ネットを出しに行った。ところどころをレンガで押さえる。これを持ち上げて、各家庭の人が指定袋に入ったゴミを置いていく。
これでよし。
以前住んでいたところでは、町内会ではなく「常会」と言った。ここでは、町内会は町内会だけれど、何戸かまとまった一区画を「組」という。常会にあたるものだと思う。
組が集まって自治会を構成しているらしい。
前に住んでいたところも常会が集まって自治会となっていた。私はずっと「じちかい」だと思っていたけれど、そのあたりの人たちは「じじかい」と発音するのだった。(おじいさんが多いからかもしれない)
言葉の濁音・半濁音は、年代や地域によって変わることがある。
三省堂国語辞典には「デパート」の項に
「『デバート』ということもある。年輩者に多い」
という内容の記述があるらしい。(三省堂国語辞典編纂者の飯間浩明さんの著書で読んだと思う)
今までいたところでは、靴を「ぬぐ」ではなく「ぬく」と言う人がけっこういた。これは方言なのかもしれない。
このほか「パウンドケーキ」を「バウンドケーキ」と言ったり(はずむケーキか)、「ジョギング」を「ジョキング」と言う人もいた。やはり年輩の人に多かったかもしれない。
日本語は、濁音・半濁音・清音で違ったものになるのがおもしろい。
濁点を擬人化した絵本が『ぜつぼうの濁点』。
原田宗典作 柚木沙弥郎絵 教育画劇
自分の仕える「絶望」が悲しい人生(?)を歩まないですむように、「ぜ」の濁点が旅に出る。
日本語は本当に面白い。
10時40分。
向かいの家の方(今年度の組長さん)が、ゴミネットを回収して持ってきてくださった。冷たい雨の中、申し訳なかった。10時ごろに様子を見に行けばよかった。
こうして地域とつながっていく、と思えば「ゴミュニケーション」かもしれない。
昨日出会った猫。
猫をなつかせ、写真向きのポーズをとってもらうために必要なスキルは、ネゴシエーションではなくネコシエーションと言えるだろうか。写真家岩合光昭さんは世界一のネコシエイターだと思う。
私は毎年岩合さんの猫カレンダーを買う。3月の猫は、ちょっと舌を出して、河原だろうか、石ころの多い水辺を歩いている。