ゴミと濁点 | 東四ヶ一の庄

東四ヶ一の庄

実家を離れて40数年。もう帰ることはないだろうと
思っていたこのまちに戻ってきました。
「東四ヶ一の庄」とは、私の愛読書『ホビットの冒険』
『指輪物語』の主人公の家があるところです。

今日は、ここに住んで初めての町内のゴミ当番。

といっても、朝ゴミ袋にかぶせる黄色いネットを集積場に出し、昼前に回収するだけのこと。

朝6時20分ごろ、ネットを出しに行った。ところどころをレンガで押さえる。これを持ち上げて、各家庭の人が指定袋に入ったゴミを置いていく。

これでよし。

 

以前住んでいたところでは、町内会ではなく「常会」と言った。ここでは、町内会は町内会だけれど、何戸かまとまった一区画を「組」という。常会にあたるものだと思う。

組が集まって自治会を構成しているらしい。

 

前に住んでいたところも常会が集まって自治会となっていた。私はずっと「じちかい」だと思っていたけれど、そのあたりの人たちは「じじかい」と発音するのだった。(おじいさんが多いからかもしれない)

 

言葉の濁音・半濁音は、年代や地域によって変わることがある。

三省堂国語辞典には「デパート」の項に

「『デバート』ということもある。年輩者に多い」

という内容の記述があるらしい。(三省堂国語辞典編纂者の飯間浩明さんの著書で読んだと思う)

今までいたところでは、靴を「ぬぐ」ではなく「ぬく」と言う人がけっこういた。これは方言なのかもしれない。

 

このほか「パウンドケーキ」を「バウンドケーキ」と言ったり(はずむケーキか)、「ジョギング」を「ジョキング」と言う人もいた。やはり年輩の人に多かったかもしれない。

 

日本語は、濁音・半濁音・清音で違ったものになるのがおもしろい。

濁点を擬人化した絵本が『ぜつぼうの濁点』。

原田宗典作 柚木沙弥郎絵 教育画劇

 

自分の仕える「絶望」が悲しい人生(?)を歩まないですむように、「ぜ」の濁点が旅に出る。

日本語は本当に面白い。

 

10時40分。

向かいの家の方(今年度の組長さん)が、ゴミネットを回収して持ってきてくださった。冷たい雨の中、申し訳なかった。10時ごろに様子を見に行けばよかった。

こうして地域とつながっていく、と思えば「ゴミュニケーション」かもしれない。

 

昨日出会った猫。

猫をなつかせ、写真向きのポーズをとってもらうために必要なスキルは、ネゴシエーションではなくネコシエーションと言えるだろうか。写真家岩合光昭さんは世界一のネコシエイターだと思う。

 

私は毎年岩合さんの猫カレンダーを買う。3月の猫は、ちょっと舌を出して、河原だろうか、石ころの多い水辺を歩いている。