数か月ぶりくらいに、サイゼリヤに行った。

 

行って驚いたのは、注文方法が変わっていたことだ。

 

これまでは、店員さんに口頭で注文していたが、新しい注文方法は「備え付けの紙に書いて渡す」方式だった。

 

メニュー表には、それぞれ英数字の番号が振られている。

 

例えば、ハンバーグなら「A01」みたいな感じで。

 

で、その英数字と注文数を備え付けの紙に書き、テーブル上のボタンを押して店員さんを呼び、紙を手渡すというのが全体の流れ。

 

回転寿司の注文の仕方に近いかな。

 

ただ、やってみて思ったのは、ボールペンも注文書も「みんな触る」のは、コロナ渦において、あまり得策じゃないな、と。

 

店の入り口でアルコール消毒はするけども、それでウイルスがゼロになるわけじゃないし。

 

お金の受け渡しはトレイでやるのに、ボールペンと注文書は「直で触っている」わけで。

 

まあ、仮にタッチパネル方式になったとしても、みんな「触る」ということには変わりないけど。

 

注文方法を新しくしたことに、あまり意味がないように思った今日この頃。

ぼくの弟は、高1の時に引きこもりになった。

 

彼はいじめられっ子ではなく、中3まで運動部に入っていて体格も良かった。

 

気性が荒い性格だったため、どちらかというと「いじめっ子側」の人間だった。

 

そんな彼が高校で不登校になった理由は、誰にも分らない。

 

ある日から急に学校に行かなくなり、家に引きこもってゲームする生活を送るようになった。

 

そんな弟を見て、父は激怒した。

 

「家に引きこもるな!学校に行かないんなら働け!」と。

 

弟は反抗しながらも、コンビニでバイトをした。

 

が、結局長くは続かず、また引きこもりになった。

 

そういった生活が1~2年も経つと、父と弟との喧嘩が頻発するようになり、時には取っ組み合いをするようにもなった。

 

おかげで、弟の部屋のふすまや障子は穴だらけだった(殴った跡など)。

 

まあ、今になって思うと、父親の言い分も分からんわけではない。

 

高校入学のために通わせた塾の費用や、高校入学後の学費は、すべて父が払っていたのだから。

 

そうやって苦労して入学させたのにも関わらず、わが子が引きこもってゲームばかりしてたら、そりゃあ怒りたくもなるだろう。

 

……ということがあったのを、約10年たった今、ふと思い出した。

 

コロナ渦で不況になり、現代は多くの人が苦労した生活を送っている。ぼくも含めて。

 

こういう不安、不況な時代だからか、生活保護バッシングも相変わらず続いているようだ。

 

『生活保護受給者は、定額給付金10万円うけとるな』的なことも、言われているらしい。

 

働かざる者、食うべからず的な。

 

この構図はまるで、かつての父親と弟の「引きこもり論争」のようだと思った。

2020年、コロナウイルスの感染拡大により、世界中が動乱の時代に突入した。

 

それに伴い、これからの時代に必要(?)な、新しい価値観を唱えるインフルエンサー的存在の人たちも爆増した。

 

その中でも声高々に唱えられてるのは、ウィズコロナやアフターコロナという考え方だ。

 

これらは一言でいうと、コロナ中・コロナ後の新しいライフスタイルや価値観を取り入れよう的な提案だと思う。

 

だけど、ぼく的にはそういったインフルエンサーが唱えるウィズコロナ・アフターコロナに耳を傾けるのは、かなり危険な行為だと思っている。

 

というのも、こんな先の読めない時代に、唯一の正解なんてないからだ。

 

ましてや、ぼくらと同じ「ただの人間」が言ってることが、必ずしも正しい思想だとも思えない。

 

進路で迷ってる受験生が、親や教師の意見に耳を貸すのと同じような感じだと思う。

 

親や教師もまた人間なので、どの進路が本当に正しいのかは、進学してみないことには分からない。

 

というか、「正解」を探しているから、精神的にしんどいのだ。

 

ぼく自身、メンタル弱めの人間なので、つい影響力のある人の意見を信じがちである。

 

現代は誰もがスマホを持ち、ネットにもSNSにも、24時間365日アクセスできるからこそ、膨大な情報や感情が流れ込んでくる。

 

インフルエンサーの言葉だけでなく、その他大勢の群衆の不安や怒りなどのネガティブな言葉も、否が応でも入ってくる。

 

それらは、まるでウイルスのように。

 

つい先ほど、ぼくはとある曲を聴いて、このことにハッと気付いた。

 

それは、アニメ『BEATLESS』のオープニング曲だ。

 

 

 

このアニメは。人間とAIの共存についての物語で、歌詞もそれにリンクしている。

 

が、この歌詞は、今のウィズコロナやアフターコロナの流布にも繋がってることだなと思った。

 

僕らの未来が

正解というカタチになれなくても

今触れたいと想う気持ちだけでいい

誰かが描いたプログラム通りに決められないで

「意味」なら繋ぐ手の中

 

GARNiDELiA『Error』より引用

結局、未来のことなんて誰にも分からないし、唯一の絶対なんてない。

 

ぼくも、もしかしたら明日死んでしまうかもしれない。

 

だからこそ、他人から決められたプログラム通りに生きるのは嫌だ。

 

ウィズコロナもアフターコロナも、どこかの他人が決めた「プログラムコード」の一つでしかない。

 

それを信じるも信じないも、自分の自由だ。

 

であるならば、ぼくは例え「正しくない」としても、自分が信じる道を進みたいと思う。