平場の月 を見て来ました
昨年ですが、「平場の月」という映画を鑑賞して参りました
原作は未読ですが、井川遥さんが主演という事で
お相手が堺雅人さんでもあり、映画館に向かいました
お話としては、中年になったが、離婚し、地元で再就職し、
生活を立て直している青砥が、病院で働く須藤と会った、
夫と死別し地元に戻ってた須藤は、青砥が中学の時
想いを寄せていた同級生だった。再び出逢った二人は、
少しずつ、離れていた時を埋めていき、
ついには、未来の話もするようになるが、
お互い、病気の兆候が現れてっという感じだったと思います
知ってはいたけど、とっても大人の話だった
中学の時、本当は互いに惹かれ合ってたけど、
須藤の家庭環境もあり、「太く」なった彼女は、
青砥の前から消える
その後、青砥は結婚し、子供をもうけるが、離婚する
元妻が吉瀬さんだったという事は、青砥もかなり魅力的な
男だったのだろう(多分、吉瀬さんに男が出来たのだろう)
須藤は、その後、一流商社に就職し
(あの過酷な家庭環境から、そうなるにはかなり勉強したに違いない)
同僚からDVをする夫の相談を受けるが、
その男性を略奪婚をして、自身もDVに苦しみ、結局死別し
弱くなり、すがったホストに財産も尽してしまう
そんな辛い出来事から断ち切り、逃げる様に地元(朝霞)に
戻って来た二人が、純粋な頃の淡い想いを持つ相手に
惹かれ、付き合っていくのはとっても自然な流れ。
ここから、青砥に病気の疑いがあったが、問題ないが
須藤にがんの疑いが出て、寛解するが、再発する
という流れで、本当の大人の恋愛話が始まる
お互いの、心の傷を少しづづ晒しあって、癒しあっていく
心温かい恋の話が、癌という不協和音で乱されていく
そして、決定的な出来事に繋がっていく
初恋の君と再び出会い、心を通い合わせ、
救える者は自分しかいないと確信した青砥は
全力で、常に寄り添い見守り、舞い上がり、未来を見ていく
青砥が全力で支えてくれる事を感じている須藤は
でも、なるべく自分が闘病しているところは見せない
人工肛門の手術をする際も、付き添いはいないし
青砥と一緒に、通院する描写もなかった
一緒の時、人工肛門の臭いを気にする場面はあったが
結局、癌と本当に闘っていたのは、彼女一人だった
だから、再発を青砥に報告した時、
病院に勤めていて、この先の苦闘を覚悟していた彼女は
青砥の無邪気な優しさと、未来しか見えていない彼を
自分が癌と苦闘する姿や、その先に待っている絶望で
その優しさを潰す事は出来ないと決意して
今迄、自分が行ってきた非道を青砥に告白して
青砥が自分を拒否できやすくして、追い出した
青砥は、須藤に十分に寄り添っていたと思っていたが
それは、彼の独りよがりで、そこに気付いていなかった
だから、1年後に会えるという希望を信じていた
「メインテーマ」を聴きながら、それに気づいた彼は
居酒屋で、ただ号泣した
堺さんの笑顔はいい、だから、最後の号泣が効く
仕事場での、真剣さと同僚との会話は、
彼の真面目さと優しさを充分に表現してた
居酒屋の親父、塩見三省さんは久しぶりに見た
この映画、二人の歩く速度や自転車走行が多いなど
なかなか速度の速い作品だと思いますが、
彼が答える映画のキー「メインテーマ」への台詞や動きを、より際立だせる為の速度だった気がした
映画「マンディー」での、犯人の要求に渋々従いおこなう
ローマ式敬礼をする強面の警察隊隊長が印象に残ってる
本当にいい役者さん
ホスト役の成田凌さん、ちょっと肩透かし気味だった
吉瀬さんは、あれはやっぱりワザとハンカチ落として
新たな彼女と思われる須藤の人となりを確認していった
って感じで良いと思われる
須藤の母親、松岡依都美さんで良かったのかな
そして、今回の一番の目的、井川遥さん
テレビでの舞台挨拶で、思わず、泣いていたけど、
その理由がとても感じられる役だった
大ファンだから、アデランスのCMから作品等、
ずっと見てるけど、遂にこういう役が来るようになったんだ
って、かなりの感慨があった
唯一の受賞作品「樹の森」での受賞を見たくて、
高崎映画祭の授賞式に行った時には思ってもなかった
(その時、彼女を助けた堤真一さんはあれから大好き)
井川遥さんが、癌になって闘病し、人工肛門の手術して
ついには、亡くなってしまう映画ができるなんて。
いつもの映像で見られるSF的な美麗さは見事に消して
まったく朝霞にいそうな、中年女性になって
アパートから月を見るシーンの綺麗さを印象的にしていた
難しかったであろう、「太さ」を醸し出す、大胆さも
上手く出せていたと思う
そして、やっぱり、井川さんが、癌の治療や手術の為
施術や治療室に向かうシーンには泣いてしまった
そして、あのやせ細った写真にも
でも、やっぱり、一流商社へ就職できる知性や
略奪婚をもできる激しさは見る事は出来なかった
これは残念だったけど、
今回の井川遥さんは素晴らしかった
映画鑑賞した後、何度でも振り返って
須藤や青砥の想いにはせる事が出来る映画でした
スプリングスティーン 孤独のハイウェイ を見て来ました
先日、「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」という
映画を鑑賞して参りました
学生時代は、軽い洋楽ヒット曲大好き馬鹿野郎だったので
当然如く、BOSSさんの曲は、ラジオで聴いてました
なので、チラシでこの映画の事を知った時、
どういう映画になるとしても、BOSSの脚本全面許可が
あるという事も含めて、鑑賞したいと思ってました
お話としては、1975年の「明日なき暴走 BORN TO RUN」
でブレイクしたブルース・スプリングスティーン。
それから7年後の82年のニュージャージーで、
彼は人生の大きなターニングポイントを迎えていた。
スプリングスティーンは決定的な成功の重圧と
少年時代からの過去に押しつぶされそうになり、
原点を吐き出す為、その時の自宅近くに家を借り
わずか4トラックの録音機と素人エンジニアとの前で
ひとり静かに歌いはじめるっという感じだったと思います
世界的大ヒットアルバム「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」を
発売する前、並行し制作していた私的作品「ネブラスカ」の
謎に包まれていた制作過程を丁寧に描く事を中心に置き
少年時代の父親との確執、当時の彼女像も描いて、
スブリングスティーンとしての人間像をくっきり表現する
映画でした、
なので、派手なスタジアムでのライブ映像などまったくなし
BOSSを演じていたジェレミー・アレン・ホワイトが
(アイアンクロー良かったな)充分できると思われる
気持ちが上がる演奏シーンもけっこう少なめ、
でも、まったく不満はなかった
自分は「ネブラスカ」というアルバムは、ヒットメーカーが
メジャーな作品を制作する為の、一旦アンダーに潜る作品
と捉えていたので、BOSSがどこまで潜っていたのか
見れるシーンを、じっくりと観てました
音を作るBOSSは、とっても自分に誠実だけど丁寧で我儘
これは、信頼している同志たるプロデューサー、
ジョン・ランドウに対しても同様で、誠実で我儘
シンガーソングライターとしての矜持に溢れている
この矜持は、ジャンルは違うけど、TOMOOさんに対しても
最近、強く感じている、あの誠実さと強い我儘さ
それが、当時の彼女像に対しては、ただ我儘さだけある
あの音楽に対する誠実さは欠けらも無い、只々冷淡
これこそ、当時のロックスターの真の姿だろう
そして、そういうロックスターに群がる女性達も
いずれは捨てられる運命をわかっていても、
その短い期間の為に受け入れる、結局お互いさま
音楽家は、自分を解放してくれる音楽には、誠実だが
女性は、一時期、自分を癒してくれる存在にしかならない
そうではない音楽家は、真の愛を歌う事が出来てきて
リスペクトされる伝説になって行けるけど
カッコつけから抜け出せなかったロックスターは
本質を歌えず、消えていく
そういう事を、逃げずにキチンと表現した映画だった
もっとも本筋は、70、80年代映画の重要テーマだった
ベトナム戦争後遺症に悩まされている父と
楽曲を生み出す中や、ランドウに勧められたセラピーで
理解に近づいていくBOSSのと和解だと思われますが
この和解が合っただろう、後の85年にBOSSは
日本に来て代々木体育館で、追加公演を含む5公演を行い
自分は、そのうち3回参加して、その強烈なライブ体験に
生公演大好き野郎になっていき、今に至る
映画の中で、ランドウとの関係は理想的に描かれいるが
そのランドウが発する言葉には、かなりグッと来た
フィルコリンズの「フェイスバリュー」は大好きなアルバム
自分は、BOSSより彼の方が好き
スティービーニックスは10代の時のアイドルの一人
カバーミーの提供の話で出てくるドナサマーも大好き
昨シーズンから、千葉百音さんがショートで使ってる
「ラストダンス」は中学の頃、シングルレコードを買った曲
彼女が、ショートで踊るたび、涙が出てくる
アリサリュウの「マッカーサーパーク」もいいけど、
断然こっち! オリンピックでは、
踊って、満面の笑みで泣かせてくれる事を期待している
とにかく、あの当時のBOSSの音楽への誠実さと
それから来る我儘、制作過程、ランドウとの距離
それ以外としての彼女に対する冷淡さ、父との確執
ランドウのBOSSへの信頼と行動力がじっくり観られ
フォーリナーの「アージェント」から引き込まれる
音楽業界の雰囲気が堪能できる映画でした
足利市立美術館 コレクション展2025 を見て来ました
先日、足利市立美術館で開催されていた
「コレクション展2025」を鑑賞して参りました
今回は、一階での「刀装の美ー職人の手技と意匠ー」と
二階での「いのちの寓話ーallegory of lives」というテーマで
展示されていました
自分は「刀装の美」にも興味はありますが、
木下晋さんがメインビジュアルの「いのちの寓話」が
より興味があったので、ギャラリートークがあった日に
合わせて、鑑賞しました
「刀装」とは、刀剣外装のことで「拵」とも呼ばれており
一階では、市所有の刀剣「山姥切国広」の紹介を入り口に
(山姥切国広自体の展示はない)、江戸時代の装剣文化や、刀装具に見られる多様な意匠、モチーフなどを、
素材や製作技法を基に解説して、「刀装」の繊細な美を、
鞘師、塗師、白銀師、彫金師、柄巻師などの職人技に分け
堪能していく企画展でした
だいたい撮影可能だったので、写真で紹介
金梨子地塗葵牡丹唐草紋鞘薙刀拵
ギャラリートークでは、20名程度の女性(ほぼ)を前に
若い女性の学芸員さんが30分強、熱心に丁寧に
解説されていました
2階では、「いのちの寓話ーallegory of lives」と題し
人間として、けっして避けることができない「死」と、
限りある時の中でこそ輝きを放つ「生」を表現することは、芸術の普遍的なテーマであり、
日常の中で意識されづらい「命」の在り方を、
表現の内に含んでいるとみられる所蔵作品で構成して、
作家達が自身の存在をかけて創作したモノで、
その作品たちとも、じっくり向き合うことで、
私たち自身の「生」という事についても、
より深く考える機会を得て欲しい
という事をテーマにした企画展でした
こちらも撮影可能だったので、写真を基に紹介
木下晋さんの作品3点
鉛筆画の極致、その強さに、まさに圧巻だった
ずっと浸っていたい視線の光だった
清水晃 滝囃 稲妻はしる滝に食い込む鯉に、龍に成りたいという生命力を感じた
黒須信雄さん、学芸員さんと同級生だとの事でした
中根明貴子さん所蔵品
大沢昌助 裸婦
今回初めて、意識させられた画家さん
自死されて、早逝されてしまったようですが、
心の叫びがストレートで、けっこう痛い
右の「三角の岩の帽子をかぶった男」は、岩という重圧に
押しつぶされそうで、顔が血だらけの自画像か
パルコ劇場で観た「桜の園」で、常に舞台上空にあった
岩の重しを思い出す、
何をしようとも、この重しから、逃れる事はできない
左の「人は何故に立ち生まれて生くるのか」は、
一本道を歩いてきて、何かを感じ立ち止まる男
目を見開き、大口開けて叫ぶ後ろから、
血塗られた大きな腕が、襲ってくる、なのか
右の「なんて遠回りな絵描きのうた」は、上下ひっくり返して
観るべき作品のような気がする
やはり、血塗られた手と、刃が不穏な感じがする
左の「青い地球をみつめて」は、不安定なところに
両手を広げてバランスを取りつつ立っている男が、
後ろの血の川に、落ちていくように観える
そして、この絶筆(未完成)
異常に首が長いのが気になる、吊られて長くなったのか
後ろから浴びせられている液体は何なのか、血なのか
今回、展示している5点の絵画は、89年~92年のもの
深く暗くて、生き様が生々しい苦悩の世界にドキドキする
篠原さんの作品を、こちらの美術館では60点(だったけ)
以上は所蔵されていると学芸員さんは言っていた
是非、彼の企画展を再び開き、もっとたくさん観せて欲しい
っと思っております
因みに、篠原さんは、学芸員さんより年下だけど、
幼馴染だとの事でした
思っていたより、ずっと見応えのある、
新たな発見もあった、コレクション展でした

























