永遠なる歴史の片鱗で 6
親と言うものは、本当にいなくなってから
その大切さに気づくものです。
僕は父が大好きでしたが、結局苦労ばかりかけて
何も父の為にしてあげられなかったと後悔しています。
でも、もしかしたら、その後悔は父は望んでいないのでは
ないかとも思っています。
父親となった今は、なんとなくそう思うのです。
子供に何かをして欲しいという気持ちは
恐らく持つ事はなく、
逆に子供に何をしてあげられるのだろうか
という気持ちの方が強いのです。
とにかく子供に幸せになって欲しいとだけ
思うのです。
何を残してあげられるのだろうか。
それは、物やお金ではなく
恐らく、心の持ち方や考え方など、
自分で考え、強く生きていくことができる
支えとなるもののような気がします。
もし、そうならば、それをどう伝えてあげることが
できるのだろうか。
そのためには、自分自身がどのような良質なものを
得て行かなければならないのだろうか。
そんな事を、叔父の葬式の後、考えました。
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その大切さに気づくものです。
僕は父が大好きでしたが、結局苦労ばかりかけて
何も父の為にしてあげられなかったと後悔しています。
でも、もしかしたら、その後悔は父は望んでいないのでは
ないかとも思っています。
父親となった今は、なんとなくそう思うのです。
子供に何かをして欲しいという気持ちは
恐らく持つ事はなく、
逆に子供に何をしてあげられるのだろうか
という気持ちの方が強いのです。
とにかく子供に幸せになって欲しいとだけ
思うのです。
何を残してあげられるのだろうか。
それは、物やお金ではなく
恐らく、心の持ち方や考え方など、
自分で考え、強く生きていくことができる
支えとなるもののような気がします。
もし、そうならば、それをどう伝えてあげることが
できるのだろうか。
そのためには、自分自身がどのような良質なものを
得て行かなければならないのだろうか。
そんな事を、叔父の葬式の後、考えました。
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