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何とかしよう!

文科省が関東近県の線量とセシウムの沈着量を調査してマップにしたものを発表した。航空機モニタリングによるものである。栃木、茨城、群馬、千葉、埼玉、東京の都県だ。半年以上も過ぎた今頃になって。

 

 目的は1放射性物質による影響把握、2今後の避難区域等における線量評価や放射性物質の蓄積状況の評価を行うためだ。避難区域等の等はおそらく福島県内のみを指すとすると今回の調査の意味がわからなくなる。今回は等の範囲を関東近県に広げたものだろう。


 矢ケ崎克馬琉球大名誉教授はふくしま集団疎開裁判の意見書において、誠に貴重な警鐘を鳴らしている。彼は原爆症認定集団訴訟の証人として19回の裁判において内部被曝を認めさせてすべてで勝利した。

 だが、判決自体を無視して内部被曝を認めないのは国と放射線科学者であり、それがフクシマに跳ね返っている事態だという。児玉龍彦教授や武田邦彦教授らが内部被曝の危険の医学的知見を熱心に説き、腐りきった原子力ムラの学者たちの攻撃に抗している。さらに、体を張って講演をし除染活動を行っている。破綻した100mSv論にしがみついて、避難も除染も提案しなかった山下俊一教授がフクシマから信頼されない由縁である。


 確かによくみていると、ICRP、放医研、学術会議、放射線防護学者など主流は破綻した100mSv閾値論を盾に、安全だから避難も除染も必要ないとフクシマを放置したのだ。彼ら偽物の専門家の論があるからこそ、それにあぐらをかいて官僚は徹底してさぼることができたのだ。誠に罪深い。


 矢ケ崎教授はもうひとつ重大な事実を指摘している。福島県の郡山市をチェルノブイリ大事故と同等の汚染地区と比較して、おびただしい健康被害が予測されるとしている。チェルノブイリ事故において避難地区となった基準を示しているのだ。小学校のうち2校が移住義務で、5校が移住権利にあたるという。


 移住義務は555kベクレル以上、移住権利は移住したいと言えば国が責任を持つ地区のことで185~555Kベクレルである。そして、汚染地区すなわち管理強化地区は37Kベクレル~185Kベクレル。


 ここで文科省が発表した関東近県の放射線汚染マップをみてみよう。セシウム134とセシウム137の合計が30k~60kベクレルと60K~100ベクレルのエリアが、関東近県の6都県のどこでもすべてで、青い色と青と褐色の混じった部分が、広さに違いはあってもくっきりとみることができる。フクシマに住む私はこの広がりに震撼し、チェルノブイリなら管理強化の汚染地区がかなりあると思った。決してフクシマだけの遠いお話ではないことがわかったのだ。


 一旦降り注いだセシウムは長く消えない。食物から摂取したセシウムは体から排出されるまで細胞を傷つける。さらに、傷ついた細胞が長期わたって悪さをし、深刻な健康被害がもたらされる。チェルノブイリで甲状腺がんの研究を行った長滝教授は、100mSv未満の健康への影響はあくまでもわからないのであり、わからないとはないことを意味しないと言っている。100mSv未満は健康に影響がない安全だと断定する弟子筋の山下俊一教授に聞かせたいものだ。


 記者クラブメディアは政府の発表を垂れ流すだけで、フクシマの本当の姿や、渦巻く不満、爆発寸前の怒りをとらえてはいない。NHKが繰り返し流すのは、津波に遭ったあの日の悲しみであり、ちょっといい話だけだ。東京に原発をという実にパンチの利いた風刺デモや6万人のデモの怒りの表現など、どの画面にも映されない。画面にさえならないからこそ、さらに怒りに火がついてもっと広がる真理を知らないらしい。


 あの保守的でおとなしい福島民報でさえ怒った。「国の勝手を許すな」と。(10月6日)「国や与党の関係者から「福島県は原発事故対応で予算ばかり要求してくる。岩手や宮城に比べ「霞が関」の評判がよくない」との声が流れ始めた」。だが、「被害者を厄介者扱いして事を進めるような流れをつくらせてはならない」と。普段から福島民報の体質を知る者からすれば、これは激しい怒りである。


 さらに、冤罪で警察に狙われて以来、反骨の闘志となった植草一秀氏はもっとわかりやすい。 まず、東電原発事故で「避難エリアを常に最少限度に留めさせたのは財務省である」と。「財務省は国民が死のうが倒れようがそんなことにはまったく関心がない」。まさかと皆さんは思うかもしれない。いくらなんでもそこまでは冷たくはないはずだとは思うかもしれない。菅、野田政府の政策をフクシマから見ると残念ながらこう思わざるを得ない。

 

 さらに、財務省は「国民の生命や健康を守るために使うお金を「無駄な支出」に分類しているのだ」と。だからなのだと近い過去を思い起こす。小泉政権が緊縮財政で福祉を削り、派遣労働を拡大して徹頭徹尾国民の生活を切り捨てた。一方では米国に貢ぎ、大資本にはたっぷりと減税で大盤振る舞いをして、苦しい国民の生活をよそに大企業は空前の内部留保をためこんだ。


  東電原発への対応が遅いのは、財務省を大将として官僚が徹底して仕事をさぼったからである。大原発事故で大量に東電がまき散らした放射能汚染への対応は、法律がないので、官僚が金を出さない前提で超法規的に決めたのだ。


 法律では1mSvが基準にもかかわらず、20mSv未満はそこに住めという。危険を察知して避難したら自主避難だとか言いがかりをつけて金を払いたくないという。そもそも、20mSvの基準は医学的に健康を守ることを考えて設定されたものではなく、政策的につまり金がなるべくかからにようにと考えた数字である。多くとも5mSvが妥当だとの良識ある声など無視して、子どもにも住めというのだ。植草氏のいうとおり財務省は冷酷である。さらに、政治主導を掲げた民主党の看板を勝手におろした菅政府と野田政府もまた冷酷である。

 

 食品の暫定規制値もセシウム500ベクレルなどはとんでもなく高く危険この上もない。チェルノブイリ事故の後、かの国は40ベクレルだという。だから、いくら安全だといわれても福島の生産物は売れないのだ。


 もっとも今回の汚染マップの公表で関東近県の汚染地域の産品は敬遠されるだろう。風評ではなく実害なのである。東京都知事やあろうことか福島県知事も規制値が厳しすぎると国にお願いにいったそうだが、彼らは一体誰の顔を立てるためにのこのこと出かけたのか。安全な食物を流通させることが最も良い政治であるのを忘れてしまったようだ。

 

 流通する全食品の検査を行い、ベクレル表示をするのが最も良い方法なのだ。そして、売れなかった生産者にはすべてしっかり補償してやればよい。補償は避難地区等の生活費として月々支給する方法もあろう。


 東電原発事故が明らかにしたものは、生活などこれっぽちも考えてこなかった大資本と米国に隷従するばかりの自公とここ2代の民主党政権の腐敗である。そしてそれを支えた東大を頂点とする専門家とマスコミの人間の心を失った輩の姿である。正体がばれてしまったのに、いまだに裸の王様である自分に気がつかない人々も多い。


  フクシマばかりではなくこれら関東近県にも除染が必要な地区が広範にあるだろうし、食品の規制値もできるだけ低くかの国と同様に40ベクレルにすべきなのだ。決して対岸の火事ではない。


 原発拒絶と原発再稼働反対はもはや理論的には我々の側に正義がある。原発は大事故を一度起こしたらそれで終わりなのだ。野田総理が世界原子力ムラにおいて、世界最高の原発といったそうだが、屁理屈以下の漫画以下である。いや、漫画に失礼だが。

 

 セシウムがあれば当然プルトニウムやストロンチウムもあるだろう。残念ながら地図上の県境などやすやすとプルームは超えていく。関東近県がおびただしい放射性物質に汚染されたことが半年たって明らかになった。


 今から原発事故への長い対応が始まるのだ。収束ではなく始まりである。関東近県が第二のフクシマにならぬよう、戦いはこれから始まらなければならない。決してあきらめてはいけない。怒りは静かに持続せねばならない。これは、正義を回復する戦いでもある。




  最近文科省が関東近県の線量とセシウムの沈着量を調査してマップにしたものを発表した。航空機モニタリングによるものである。栃木、茨城、群馬、千葉、埼玉、東京の都県だ。

 

 目的は1放射性物質による影響把握、2今後の避難区域等における線量評価や放射性物質の蓄積状況の評価を行うためだ。避難区域等の等はおそらく福島県内のみを指すとすると今回の調査の意味がわからなくなる。今回は等の範囲を関東近県に広げたものだろう。


 政府は緊急時避難準備区域を解除する宣言を出した。また、肝心の東電原発も冷温停止が近いとも言う。地元の住民は、住む地域が以前の地域と同じく汚染がなく、安全な水や食料が確保されることが帰還の条件だという。だが、このような条件が整うのは難しい。

 

 20キロ、30キロという同心円の線引きが、意味をなさないこともわかってきた。その圏外にある、川俣町の山木屋地区や飯館村が20キロ圏内の町よりもはるかに汚染しているのだ。避難が遅すぎたせいで無用な被曝をしていると言われている。


 さらに、50キロ、60キロの福島市や郡山市という人口30万人の福島県では規模の大きい地区が、30キロ圏内よりもはるかに強く汚染されている。年間20mSvの積算放射線量となるスポットの候補になり、調査もされている。


 つまり、東電原発事故は収束だと幕引きを図りたいのは、菅政権と同じく財務省等霞が関官僚に操られている野田政府だろう。原発再稼働をはやくしたいのかもしれない。定期点検に入れば全原発が止まり、原発が必要でないことがいよいよはっきりする。あるいはもう面倒になったのかもしれない。


 フクシマを見捨てて、棄民にして幕引きを図るつもりであろう。野田首相はじめ大臣などが足しげく福島県を訪れる。フクシマ以外の大部分の国民には実に熱意をもってことにあたっていると見えるかもしれないが、パフォーマンスに過ぎない。

 

 記者クラブメディアは政府の発表を垂れ流すだけで、フクシマの本当の姿や、渦巻く不満、爆発寸前の怒りをとらえてはいない。NHKが繰り返し流すのは、津波に遭ったあの日の悲しみであり、ちょっといい話だけだ。東京に原発をという実にパンチの利いた風刺デモや6万人のデモの怒りの表現など、どの画面にも映されない。画面にさえならないからこそ、さらに怒りに火がついてもっと広がる真理を知らないらしい。


 あの保守的でおとなしい福島民報でさえ怒った。「国の勝手を許すな」と。(10月6日)「国や与党の関係者から「福島県は原発事故対応で予算ばかり要求してくる。岩手や宮城に比べ「霞が関」の評判がよくない」との声が流れ始めた」。だが、「被害者を厄介者扱いして事を進めるような流れをつくらせてはならない」と。普段から福島民報の体質を知る者からすれば、これは激しい怒りである。


 さらに、冤罪で警察に狙われて以来、反骨の闘志となった植草一秀氏はもっとわかりやすい。 まず、東電原発事故で「避難エリアを常に最少限度に留めさせたのは財務省である」と。「財務省は国民が死のうが倒れようがそんなことにはまったく関心がない」。まさかと皆さんは思うかもしれない。いくらなんでもそこまでは冷たくはないはずだとは思うかもしれない。菅、野田政府の政策をフクシマから見ると残念ながらこう思わざるを得ない。

 

 さらに、財務省は「国民の生命や健康を守るために使うお金を「無駄な支出」に分類しているのだ」と。だからなのだと近い過去を思い起こす。小泉政権が緊縮財政で福祉を削り、派遣労働を拡大して徹頭徹尾国民の生活を切り捨てた。一方では米国に貢ぎ、大資本にはたっぷりと減税で大盤振る舞いをして、苦しい国民の生活をよそに大企業は空前の内部留保をためこんだ。


 国民の生活が第一と一歩を踏み出した政権交代の果実である子ども手当などをつぶしたのも財務省だ。 東電原発への対応が遅いのは、すべてが財務省を大将として官僚が徹底して仕事をさぼったからである。大原発事故で大量に東電がまき散らした放射能汚染への対応は、法律がないので、官僚が金を出さない前提で超法規的に決めたのだ。


 法律では1mSvが基準にもかかわらず、20mSv未満はそこに住めという。危険を察知して避難したら自主避難だとか言いがかりをつけて金を払いたくないという。そもそも、20mSvの基準は医学的に健康を守ることを考えて設定されたものではなく、政策的につまり金がなるべくかからにようにと考えた数字である。多くとも5mSvが妥当だとの良識ある声など無視して、子どもにも住めというのだ。植草氏のいうとおり財務省は冷酷である。さらに、政治主導を掲げた民主党の看板を勝手におろした菅政府と野田政府もまた冷酷である。

 

 政争に明け暮れたからでもなく、国に金がないからマニフェストが実現できないからでもない。官僚が金をだしたくなくて政策を作らなかったに過ぎない。被災地を見ないで政争ばかりなどのおうむ返しは、財務省、メディアに洗脳されたからだと気付いているだろうか。

 

 食品の暫定規制値もセシウム500ベクレルなどはとんでもなく高く危険この上もない。チェルノブイリ事故の後、かの国は40ベクレルだという。だから、いくら安全だといわれても福島の生産物は売れないのだ。


 もっとも今回の汚染マップの公表で関東近県の汚染地域の産品は敬遠されるだろう。風評ではなく実害なのである。東京都知事やあろうことか福島県知事も規制値が厳しすぎると国にお願いにいったそうだが、彼らは一体誰の顔を立てるためにのこのこと出かけたのか。安全な食物を流通させることが最も良い政治であるのを忘れてしまったようだ。

 

 流通する全食品の検査を行い、ベクレル表示をするのが最も良い方法なのだ。そして、売れなかった生産者にはすべてしっかり補償してやればよい。補償は避難地区等の生活費として月々支給する方法もあろう。


 まずは東電をつぶして株の価値がゼロになってもやむを得まい。莫大な金が必要だ、出せるわけがないというかもしれないが、東電原発事故の犯罪の賠償なのだから高くついても仕方はあるまい。


 東電原発事故が明らかにしたものは、生活などこれっぽちも考えてこなかった大資本と米国に隷従するばかりの自公とここ2代の民主党政権の腐敗である。そしてそれを支えた東大を頂点とする専門家とマスコミの人間の心を失った輩の姿である。正体がばれてしまったのに、いまだに裸の王様である自分に気がつかない人々も多い。


 さて、矢ケ崎克馬琉球大名誉教授はふくしま集団疎開裁判の意見書において、誠に貴重な警鐘を鳴らしている。彼は原爆症認定集団訴訟の証人として19回の裁判において内部被曝を認めさせてすべてで勝利した。


 だが、判決自体を無視して内部被曝を認めないのは国と放射線科学者であり、それがフクシマに跳ね返っている事態だという。児玉龍彦教授や武田邦彦教授らが内部被曝の危険の医学的知見を熱心に説き、腐りきった原子力ムラの学者たちの攻撃に抗している。さらに、体を張って講演をし除染活動を行っている。破綻した100mSv論にしがみついて、避難も除染も提案しなかった山下俊一教授がフクシマから信頼されない由縁である。


 確かによくみると、ICRP、放医研、学術会議、放射線防護学者など主流は破綻した100mSv閾値論を盾に、安全だと避難も除染も必要ないとフクシマを放置したのだ。彼ら偽物の専門家の論があるからこそ、それにあぐらをかいて官僚は徹底してさぼることができたのだ。誠に罪深い。


 矢ケ崎教授はもうひとつ重大な事実を指摘している。福島県の郡山市をチェルノブイリ大事故と同等の汚染地区と比較して、おびただしい健康被害が予測されるとしている。チェルノブイリ事故において避難地区となった基準を示しているのだ。


 移住義務は555kベクレル以上、移住権利はおそらく移住したいと言えば国が責任を持つ地区のことで185~555Kベクレルである。そして、汚染地区すなわち管理強化地区は37Kベクレル~185Kベクレル。


 ここで文科省が発表した放射線汚染マップをみてみよう。セシウム134とセシウム137の合計が30k~60kベクレルと60K~100ベクレルが、関東近県の6都県のどこでも、青い色と青と褐色の混じった部分が、広さに違いはあってもくっきりとみることができる。フクシマに住む私はこの広がりに震撼し、チェルノブイリなら管理強化の汚染地区だと思った。


 一旦降り注いだセシウムは長く消えないし、食物から摂取したセシウムは体から排出されるまで、長期にわたって細胞を傷つけ、深刻な健康被害がもたらされる。チェルノブイリで甲状腺がんの研究を行った長滝教授は、100mSv未満の健康への影響はあくまでもわからないのであり、わからないとはないことを意味しないと言っている。100mSv未満は健康に影響がない安全だと断定する弟子の山下俊一教授に聞かせたいものだ。


 フクシマばかりではなくこれら関東近県にも除染が必要な地区が広範にあるだろうし、食品の規制値もできるだけ低くかの国と同様に40ベクレルにすべきなのだ。決して対岸の火事ではない。


 原発拒絶と原発再稼働反対はもはや理論的には我々の側に正義がある。原発は大事故を一度起こしたらそれで終わりなのだ。野田総理が世界原子力ムラにおいて、世界最高の原発といったそうだが、屁理屈以下の漫画以下である。いや、漫画に失礼だが。

 

 セシウムがあれば当然プルトニウムやストロンチウムもあるだろう。残念ながら地図上の県境などやすやすとプルームは超えていく。おびただしい放射性物質に汚染されたことが半年たって明らかになった。


 今から原発事故への長い対応が始まるのだ。関東近県の戦いはこれから始まらなければならない。決してあきらめてはいけない。怒りは静かに持続せねばならない。これは、正義を回復する戦いでもある。




 

 

金子勝教授のツイートに放医研ホームページに「尿中セシウムによる膀胱がんの発生について」記事があるとあったので見てみた。独立行政法人放射線医学総合研究所の東日本大震災関連情報の「放射線被ばくに関するQ&A」の中にあった。東電原発大事故によって放出され、また今も放出されている放射性物質の影響を正しい理解を願ってのものだ。40項目のうち、4.「微量の尿中セシウムによって膀胱がんが増加するのでしょうか?」は中では特異な項目といえる。さらに「尿中セシウムによる膀胱がんの発生について」という医療関係者向けページをつけるほど力が入っている。一方、彼らが根拠とするWHO報告で認めているチェルノブイリ事故で甲状腺がんが発生したことについては何も触れらていないから異様である。

 要は、児玉龍彦教授が国会において「満身の怒りを表明したり本を出版したことで、福島昭治・日本バイオアッセイ研究センター長のチェルノブイリ膀胱炎の研究成果がかなり知られるようになったので、否定しにかかったのである。「セシウムによって、膀胱がんが増加したり、膀胱がんに進展する膀胱炎が起きたりすることはありません」と。

 児玉龍彦教授は、内部被曝、低線量被曝の恐ろしさを訴え、国策として食品、土壌、水を測定して、除染をせよと提案して、政治の無策を批判したのだ。かなりの国民に支持され特にフクシマの人々の一筋の希望となっている。

 放医研は否定の根拠として、WHO等の報告をあげ、「チェルノブイリ事故による放射線被ばくによる健康影響では小児の甲状腺以外の根拠がないと結論付けられており、これが現在の世界的な多数意見です。」としている。

 医学や科学の真実が異端から生まれることもあり、多数意見で決まらないことは医学者である彼らも十分知っていようが、一般国民むけに多数決を持ち出して納得させようとするのか、あるいはひどく苦しまぎれの感じもする。

 さらに、東電原発大事故の後の今では、WHOやICRPが何やらうさんくさい、もっといえば原発が労働者や近隣住民に放射能被害をもたらす事実を隠すために、医学のエビデンスなどという装いをこらしているにすぎないことは広く知られるようになった。

 ともかく、セシウムが膀胱炎をもたらすという福島教授のチェルノブイリにおける研究を否定する根拠は自然放射性物質のK-40による線量の20分の一程度に過ぎないなどを持ち出している。素人にはこれが正しいかは判定できない。

 しかし、放医研や放射線防護学者、学術会議等のいわば国側の、思い切っていえば原発推進を医学側から支える人々にはなくて、児玉龍彦教授にあるものは、「内部被曝問題に関して、一番必死に研究して」いるという強みである。彼は特定の細胞にだけ効果がある抗体を利用した医薬品を研究する最先端のロジェクトの責任者である。薬品にアイソトープをつけた癌の治療を研究している。

 従って内部被曝によって癌がおきるメカニズムを熟知しているのだ。がんが起きるのは放射線がDNAの切断を行うからだ。細胞分裂するときには切れやすく危険だという。だから、成長期の増殖の盛んな細胞に対しては、放射線障害は非常な危険を持つという。「放射線障害のイロハ」だという。

 また、これは、矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授のいう、内部被ばく、低線量被曝を被曝の危険の第二の相というものと一致する。矢ケ崎教授は原爆症認定集団訴訟で内部被ばくについて証言した。19回判決があって全ての

裁判で内部被ばくを認めて勝利した。ところが我が国の放射線科学の人々がこの内部被ばくを否定していると言う。

 素人である私は、「内部被曝の真実」(児玉龍彦、幻冬舎新書)や「3.11原発事故を語る」(小出裕章、矢ケ崎克馬、本の泉社)の論理が正しいと思う。内部被曝は危険であることがよく理解できる。さらに、放医研などの主張する疫学研究によるエビデンスを得るのは年十年もの時間がかかるし、さらに放射能が原因であるかも証明できない場合も多いのではないかと思う。

 これを児玉龍彦氏はエビデンスの迷路といい、患者の特異な病変などに着目しての逆システム学を提唱している。例えば、特異な病変に早く気づいて、治療行うなどの対処をすべきだというのだ。

 内部被ばくのメカニズムを無視し、安全ですと放置するのが放医研などの人々である。エビデンスの論争をしているうちに、病気を少しでも予防する方策を実行せずに、みすみす甲状腺がんばかりではなく他の病気も見逃すことになってしまう。

 それにしても恐ろしいのは、山下俊一福島医大副学長や放医研が福島県民の放射線被害の健康管理をすることだ。エビデンスと称して、甲状腺がんしか因果関係を認めない心配があるし、フクシマの被害者の研究を続けるだけで、治療や賠償に結びつけないのではないかとの不信は消えない。今でも、放射能を恐れすぎるストレスの影響が大きいなどと、それこそ何のエビデンスもないことを言い出しているのだから。

 内部被ばくの危険があることは、過去の人々の貴重な犠牲から確実に言える。認めるかどうかの議論を学会主流としていても始まらないのだ。

 児玉龍彦教授や矢ケ崎克馬氏が放医研等の国や学会主流に抗して、内部被曝の危険を訴え、フクシマを内部被曝から救おうとの提案や行動をみると、一筋の希望をフクシマは持てるのだ。

 それに比べて学会主流が100mSV閾値論に胡坐をかいて、フクシマを危険な状況に放置しているのは、誠に冷酷だと思う。

 東電原発事故によって、しなくてよい被曝を目の前にして、喫煙や食事のリスクがあるだの大きいだのと言っている神経は人間のものとはいえない。結局この人々の医学や科学を装った嘘がフクシマに何らの手を差し伸べないどころか、悲惨な状況にさらし続けているのだ。

 児玉龍彦氏が、「人が汚したものなら、人がきれいにできないわけがない。そのために全力を尽くすのがわれわれ科学者の責任である」と言う言葉を生きた心をもった人間の誠実な響きとして訴えるものがある。小出裕章氏が「あまりに膨大な汚染が起きているので、こうなってしまうと自分でもどうしていいかわからない」という絶望は共有しているはずだ。だからこそ、児玉龍彦氏の提案は安易な気休めの希望とはおもわない。