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何とかしよう!

 福島民報の9月18日の紙面は、「食の安全どう守る」との記事をはじめ、放射線と健康について政府の政策を考えるには格好のいくつかがある。


 もちろん、東電が福島原発の犯罪的事故で大量に放出した放射性物質が汚染した食品についてである。予測できた地震と津波に備えた施設を作らなかったこと、シビアアクシデントへの何らの準備をしなかったことなど、経産省とともに罪は誠に重く責任は免れない。


 今、食品の暫定基準値は、食品安全委員会で見直しがなされているそうだ。現在の暫定基準値は放射性セシウムで年5mSvを超えないように設定されている。内部被ばくと外部被ばくを合わせた生涯累計を100mSvに抑えるとの方向のようだ。人生80年とすると年1.25mSvに換算される。


 また、国、つまり財界の意を受けた経産省の原子力政策等を追認するだけであった原子力安全委員会でさえもが、長期化を懸念して暫定基準値の早急な見直しを6月から8月かけて計五回政府に助言したという。はてさて、菅首相が延命を図るため将来の脱原発依存の発言はあったが、目の前の国民の健康に直結するこの件についてのメッセージはなかったように思う。


 同じ紙面で、「胎児への影響、心配なし」と放射線医学の専門家大野和子教授が太鼓判を押している。京都医療科学大教授だが、「胎児も大人と同じで、悪影響が出てくるのは100mSvを超えた場合」であって、食品などの内部被ばくの影響については、放射性ヨウ素もセシウムも原発事故で胎児の発がんリスクが高まるほどの量を取り込んだ可能性は少なく、心配する量ではないという。


 さて、これは放射線アドバイザーから福医大副学長におさまった山下俊一氏ら学界主流の唱える100mSv閾値論に依拠しているのだろう。だが、この説はすでに破綻している。100mSv以下は発がん等の健康に影響があるかどうかは不明いう意味であって、科学者として誠実であれば安全だといえるものではないのだ。山下氏の師匠筋の長滝氏が簡単にいえばこのような意味のことを言っている。


 さらに、低線量による食物から取り込んだ内部被ばくについては、チェルノブイリにおける甲状せん癌と膀胱がんが大量に発生することが確認できるたという知見もある。また、トロトラストという検査薬で肝臓がんが発生することも医学的知見である。胎児や子供など成長期には大人よりも大きなダメージを受けることも明らかになっている。


 それでもなお、大野氏や山下氏は破綻した100mSvをもとに、安全だなどとなぜいうのか。医者、科学者としての真理を探求する姿勢を捨てて、濁った経済人にでもなってしまったのだろう。どれほどの量がいつ放出され、どれだけの人が被ばくしたかのデータがあるのだろうか。もっともあったとしても、100mSv以下は安全というのでは節穴の診断だろう。


 原発事故で明らかになったことはいくつもある。原発は安全でも、経済的でもなく、クリーンなどでは全くなかったこと。電力の安定供給を名目に、国民の生命を犠牲にして大資本が原発で巨大な儲けを得ていただけのこと。 原子力ムラと称する利益団体が強固にあって、自分の欲のために国民を欺いていたこと。


 東日本の原発が地震ですべて破壊されたこと。IEAEやICCPなどの国際団体が実は危険な原発推進側に立つものたちであり、人間の安全を守るような視点がないこと。東大の原子力専門家、放射線防護学などの専門家の信頼が地に落ちたことなどだろう。山下氏らが国際会議を開いて専門家を集めて権威付けをしたり、躍起になって安全だといっても、国民は専門家の嘘にはもう騙されないのである。


 今、ふくしまが聞く耳をもつのは、低線量被曝の危険性を説いて、自らも除染に力を尽くしている児玉龍彦氏の理論である。低線量被曝の危険はもう明らかになっている、だから疫学的考え方ではなく、いかに被曝の危険を排除するか、予防するかに科学者も民間も政治も全力を尽くすべきだとする考え方に賛同するのである。


 また、武田邦彦氏のように法律によって1mSvと決まっているのだから、大事故が起きたからと言って人間が20倍強くなるわけではないのだから、1mSvを堅持すべきだという考え方。もっともな正論だとフクシマは考え、そのような基準で徹底した食品検査を行い、20ベクレル以下の食品が流通することを切望している。


 さらに、フクシマはすでに3~5mSvの外部被ばくをしていると言われている。このままではさらに被曝は続くのだ。だから、食品の安全基準は0に近いぐらいに厳しくなければならない。佐藤知事をはじめ行政は、全国よりもさらに厳しい基準の食物を供給できるよう努力すべきである。


 500ベクレルなどという破格の基準で、国が安全だと認めるのだから生産物が売れて良かったなどと思っているのか。実際は福島産は値崩れし、偽装され他県産で売られているかもしれない。地産地消が全く安全な食品であれば結構だが、現状の暫定基準では心配だとフクシマも国民も心配している。子供や孫が食べたがらないから、きちんと測定して安全を保障してほしいというのが生産者の偽らざるところだろう。500ベクレルは心配だと食べないのは、風評被害ではなく、実害を放置していることから起こるのである。


 暫定基準値を武田邦彦氏は現在の25分の1にせよと提言している。また、児玉龍彦氏はイメージ式の食品の放射線測定器を大量に生産して、流れ作業で測定して基準を超えたものをはねていくことを提案している。どちらも十分に可能なのだ。


 ではなぜ原発事故という取り返しのつかない大量の放射物質の放出状況において、国民の健康を守るという最も大切ポイントが実現できないのか。我が国の厚生労働省の保健行政が、業界の利益が第一であったから、その発想を踏襲しているのかもしれない。例えば数々のワクチンによる死亡事故にみられるような国民の健康を犠牲にしても業界利益を重視するような。予防するために、死亡してはいられないのだ。


 あるいは佐藤知事は流通業界や生産者が生活できることをも考えて、地産地消を唱えているのかもしれない。だからといって、暫定基準値をもっと厳しくすることに反対しないでもらいたい。安全だとの言説をまきちらす山下氏らがいるために、かえってその説に依拠しているからこそ、佐藤知事は信頼されていないのだと早く気づいてもらいたい。つまるところ、東電がまき散らした放射性物質によるすべての損害は、東電が賠償するという小学生でもわかる地点に立って、生産者の生活の保障を何年にもわたって要求するのが根本である。


 危険な原発でも雇用があるから、自治体が潤うからという発想は完全に否定されている。安全と健康が守れる雇用をこそ創出するのがフクシマの使命である。避難した人が帰ってくるためには、完全な除染と安全な食物の確保しかないことを肝に銘じるべきだろう。信用されない人々がいくら安全だといっても反発されるだけである。


 フクシマの健康を守るために、暫定基準値の大幅引き下げと全食品の検査を国と知事に求めたい。地に落ちた信頼を回復し、正義が我が国にあることを示すにはそれしかない、妥協はないのである。

 

 本日はさよなら原発1千万アクションすばらしいことです。どうか、今苦しんでいるフクシマのために、フクシマの難民と被災地のために声をあげていただきますよう皆様の御支援を心からお願いいたします。



 100mSv閾値論という説がある。山下俊一氏は福島第一原発事故後に放射線アドバイザーとして県内各地を講演して回った。その際のエビデンスの根拠として示したのがこの説である。100mSv以下は安全ですよ、20mSvだからもっと安全ですよと説いて回った。放影研や学会主流が依拠する根拠でもある。


 だが、東大アイソトープ研究所長児玉龍彦氏はこの説はおかしいという。まず、山下氏の師匠筋の長滝医師は国際機関で因果関係があると結論するにはデータが不十分である、科学的に認められないというのは、起因しないと結論しているわけではない指摘しているという。だから100mSv以下は安全だなどはいえないわけで、それこそエビデンスのない説を言っているに過ぎないことになるのだ。


 また、細胞に低線量の放射線が当たると、シグナル分子が活性化し、最初は細胞が増えるが15年も続くと、悪い変化例えば腫瘍が発生するというのだ。福島博士がチェルノブイリでの長年にわたる研究で、セシウム汚染地域の高い地域でも、中間地域でも病変が起こることを突き止めた。低線量被曝すなわち内部被ばくの恐さである。


 それは事故ののち23年かかった。また、チェルノブイリではヨウ素によって、6000人が甲状腺がんに罹患したという結論が認めらたのは、20年後である。低線量被曝がシグナル系分子に働きかけ、長期的には健康に悪影響を与え、高いがんの発生をもたらす、というのは現在のエビデンスのある科学的知見と断言できる。


 一方の疫学的な研究は20年もの歳月の後にしか証明されない、因果関係がわかったころにはすでに子供は死に病に苦しんでいるのだ。疫学的研究を待つのでは到底間に合わない。ましてや、破綻している100mSv閾値論によって安全だという人の話を信頼する県民は少ないに違いない。

 

 武田邦彦氏の言うように、年間1msvと法律で決まっている基準を大事故があったからといって人間が変わらないのに20mSvにあげるなど論外だ、直ちに法律を守れという立場を堅持する人を国民は信頼している。


 疫学的研究とは別に、極端な異常な病例など様々なデータから人体や社会のシステムを理解し、現場からのチャレンジするという科学の方法が大事だと、児玉氏は言う。立場というか人間の質が違うのだろう。


 科学的な論争でどちらが正しいかを争っている暇はなく、現実的な対応を早急にせよというのだ。現に低線量の内部被ばくで膀胱がんが発生するという知見では、例えば福島市は何と中間地域の危険地帯にはいる。母乳から病変が現れた数字のベクレルが検出された。稲わらに濃縮されたセシウムを餌にした牛から高いセシウム肉がみつかっている。


 福島第一原発事故後の状況は、原爆事故よりも大量の放射性物質を放出したという危険極まりない状態という。高い放射線量が一部の人に影響を与えるのではなく、総量として大変な量がいたるところで濃縮を起こすのだ。


 もはやどちらが正しいかではなく児玉氏の切羽詰まった認識を共有すべきときである。一刻も早く、科学者と民間と政府が総力をあげて、フクシマで最高の対策を立てよという危機感と熱意はかなり伝わってこよう。


 具体的な提案は1国策として、食品、土壌、水を、測定していく。2緊急に子供の被曝を減少させるために、新しい法律を制定する。3国策として汚染土壌を除染する技術に民間の力を結集するの3点である。


 だが、前途は険しい。今朝の新聞にも学者の肩書をもった女性が子供でも100mSvでも安全だなどとたわごとが報道されている。


 国民の健康などたかだか200万人程度のフクシマの何パーセントかが癌になるだけで、それもはっきりと原発事故由来だとは証明できまいと、エリート官僚が嘯いているだろう。なにしろ財政危機なのだからと。

 

 さらに、国民の生活が第一を掲げて政権交代を果たした民主党は菅、野田と詐欺的政権にのっとらっれ、財務省いいなりの政治主導などとうに放棄した政策を進めている。


 先進国で初めてこの日本で原発難民を大量に生んだ。国民とフクシマの未曾有の危機をついには、解決する意思もなく見捨てるのだろうか。

 

 それにしても学会主流は罪深い。このような放射線を正しく理解して付き合おうという連中を次のように丸山健二氏は言っている。「かれらは非国民以外の何者でもありません。それどころか、人間でさえないのです。かれらこそが正義に対する真の敵なのです。おのれの欲のために、同胞のふりをしながら、平然と我々を死なせてしまう、冷酷極まりない敵なのです」

 

 丸山健二は優れた小説家で世界文学の高峰を目ざしている、あふれんばかりの人間の魂をもって、理性と理知によって怒る作家です。

 ニュースは、テレビのニュースバラエティ、ネット上、新聞どれもいつの間にかひどくなってしまった。大胆にいうと、我々の生活に密接に結び付く政治に関するものだけをニュースという。


 例えば、ヤフーを今見たら8項目中6つは<いらない>だった。強いてい言えば台風と日銀をメンバーにという2項目。裁判員が同窓会、の項目などない方がというより、裁判員裁判という悪行をのさばらせる意味で悪い。他は観光と芸能、漫画の宣伝だから必要はない。たまたまなかったが、殺人事件、航空機事故などの事件、事故のニュースは全く必要はない。我々の生活にほとんど関係がないからだ。実名で容疑者を報道して犯人扱いするニュースなどは人権無視もはなはだしいから全くの悪である。つまり、ニュースは娯楽であってはいけないのだ。


 大事なのは我々の生活の隅々までが、法律によって規制されているのを知ることだろう。そんな視点でまず国民を啓蒙したらどうか。複雑なあるいは単純な法律を政治が作り出して、我々の生活が動かされているということを国民は知らない。生まれて学校に入り、仕事についてと、それらの細部まできっちりと政治に規定されている。


 学費はもちろん無料、学用品・給食費も無料、すべての子供が十分暮らしてしていける金額の手当と住宅手当が支給される国がある。中流家庭が別荘を持ち、必ず夏は40日ぐらい完全な長期の休み。この地球上にこんな国がある。戦争をしなかったことと、労働組合が国民のために長い間働いていくつもの制度を作ったからだという。


 さて、我が国はどうか。国民の生活が第一と掲げた社会民主主義的政策の萌芽をバラマキと貶める。これほどの経済力を持ちながら、米国と一部の資本家にすっかり吸い上げられて、貧困化はすさまじいまでに進んでいるのに。貧しいのは政治の仕組みが悪いからなのだ。マスメディアが国民を見ていないからだ。


 このひどい状況と事実をみつめないようにさせられている一因にメディアの腐敗がある。9割もの必要のないニュースばかりをあふれさせ、あとはクダラナイバラエティばかりで本当のことなど何一つ報道しないのだ。

 

 役所が情報操作をするためのニュースをそのまま垂れ流し、肝心な政策など何一つ議論できない大新聞とテレビの幹部たち。政治とカネなどのひどく抽象的で何を指して悪いというのかわからない報道で悪のイメージを張り付けて、世論操作で操る。国民は新聞とテレビの貧しく低劣な情報しかないので、ただ鸚鵡返しをするだけ。自分の思い通りに、操作できるのだから面白くて仕方がないだろう。


 民主党の政権交代がよほどおもしろくないのだろう。格差と貧困がすさまじく進んだ状況で、国民の生活が第一は国民のハートをとらえた。マニフェストが悪かったわけでは決してない。失望をつくりだしたのは、官僚とマスメディアなのだ。寄ると触ると悪口ばかり。


 あの小泉竹中の亡国の政策を仕上げとして、自公政権がこの国をすっかり歪めたのだが、今では信じられないほど、ほめちっぎったのがマスメディアだった。つまり、マスメディアの本質は官僚と一緒になって、結局は大資本と米国に隷従する連中だったということだ。そしてまた、菅首相、野田首相はまるで詐欺のように、小泉路線よりもっとひどいことになってしまっている。


 ニュースを名乗るのもおこがましい。読売の橋本某や朝日の星某は自分の姿を鏡に映したことがあるか。自分の醜さはわかるまい。特に星某はフクシマ出身である。政治とカネなど腐った寝言を言っている暇があるのなら、フクシマで日々被曝している人々のために東電と国が働けと、キャンペーンを張ったらどうか。せめてもの罪滅ぼしになろう。