A社の社長が新しく入社したM氏を連れて、得意先の会社を訪問した際のことです。機械の設備を据付けて試運転をしている時に、M氏が社長の前に身を乗り出し、配管の上を土足で上がってしまったのです。

 社長は、その場では何も言いませんでした。ところが会社に戻るやいなや、M氏を叱りつけたのです。上司にその状況を相談すると「仕事を進める時は、あわてなくていいから、ゆっくり落ち着いて進めなさい」と言われました。

 <一日も早く認めてもらいたい>という気持ちが先走っての行動でしたが、得意先の気持ちを害して信用をなくしてしまったのは言い訳のできない事実です。

 M氏は仕事に対して、早く作業を終わらせようとしていたことを心の底から社長に詫びました。

 上司からの温かい一言で、落ち着きを取り戻すことができたM氏。以後、周囲に配慮した仕事をするようになりました。自らの失敗から学んだことに磨きをかけて、いつの日か後輩にも<温かい一言をかけよう>と決意したのです。
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シルク・ドゥ・ソレイユ3D 彼方からの物語


シルクは観たことがない。だから比べようがない。分からない。
まぁでも、実際には手の届かないお高いショーがこうして
映画館で手軽に(歌舞伎上映とかねぇ)観られるのは嬉しい限り。
彼らのドキュメンタリーとかは観たことがあったので、
世界観はまぁ…きっとこうだろう、物語は…あって、ないだろうと
思っていたので、それほどの失望感はなかった。
ただ…やはり中盤は眠くなる箇所が多かったのは事実。
もしこれが舞台上で繰り広げられる人間技を超えるショーだったら、
きっと食い入るようにして観ると思う(だって圧倒されちゃうもんね)
いくら3Dでも、実際に目の前で観るのとは違って当たり前なのだ。
私は映画は大好きだが、舞台とはまるで違うものだと思っている。
舞台にはぜんぜん違う目的があるように思うのだ。
俳優や演技者がおそらくは演じる時の気合いの入れ方も違うはず。
なので…映画としての感想は難しい。
キレイでしたー!いや~すごかったです!人間業とは思えない!
くらいしかいえない^^;

一応物語はあるにはあるが、ない方に近い^^;
導入部はまぁ…あとはほぼ幻想の世界。まぁこれが凄いこと凄いこと。
でも…(コレを言っちゃあ、ですが)
冒頭の「O」という水がテーマのショーがかなり良いので、
3Dの臨場感にしても、これがピークだったかなぁ…という印象で、
あとはラストのミア(主人公)がショーに加わってパフォーマンスを
するところまで、なんかボ~っと観ている感じなのだ。
実際にショーをご覧になった方の感想を読んでも、あとは繋ぎ合せ。
といった感想が多いので、あ~やっぱりそうか、と納得至極。
確かに彼らは凄いパフォーマンスをやっているんだけれど、
そしてカメラは彼らを縦横無尽に追い、撮っているんだけれど、
それは明らかに「キレイ」の領域を超えてはいない。迫りくる迫力!!
ではないのだわ。残念ながら…。
でも仕方ないと思う。映画はやはり映画である。舞台とは違う。
舞台とは違うんだから、演出も違って然るべきなのだ。本当はねぇ。
難しい試みであると思うが、
とりあえず今作が観られたこと、シルクの世界を味わえたこと、
それを映画館で体験できたことは、映画ファンとして嬉しいことだ。

(凄いよね、命綱なしであの高さ。いや~素晴らしい!ミアを抱いて翔べ!)
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のぼうの城


現代風のポップなノリの時代劇を予想していたが、ちょっと意外。
往年の時代劇を彷彿とさせるような重厚さと、
現代風のライトな雰囲気を併せ持った映画だった。

野村萬斎、良いっすね!
剽軽でぽかんと明るいのぼう様はハマり役。
終始賑やかだが、時々黙って静かに怒りを燃やす時の眼は、何か底知れない深さがある。

で、そののぼう様率いる500人が、石田三成率いる豊臣軍2万人と対決する訳だが、
この石田三成の“天下人の戦”とやらがまぁ汚い。
多勢に無勢で圧しまくり、しかもそれを卑怯とも考えない。
おまけに自分の手柄の為には兵の事など気にもかけない。

それに対し、少数精鋭と結束力で挑むのぼう軍。
いくら何でもたった独りで門を守らせるのはどーかと思うものの、
佐藤浩市やぐっさん演じる豪将が敵をギッタギッタにする様はやっぱ楽しい!

しかしながら……
個性豊かな豪将が闘う姿は楽しいし見応えもあるのだが、
宣伝で奇策奇策と煽った割には、そういった策があまり登場しない。
ハイライトであるのぼう様の捨て身の策と、成宮寛貴演じる武将の序盤の策くらい?
も少し色んな策が出てくるのかなと期待してたせいか、そこは肩透かしを喰らった感がある。

これ、映画のせいというより、宣伝で『奇策』というフレーズを前面に押し出し過ぎたせいだと思います。
のぼう様に“剽軽な振りして実は策士”という印象を植え付けたのがそもそもの間違い。
だって、観た方なら分かる通り、のぼう様の魅力ってそこじゃないもの。

天下の豊臣軍を相手にして落城されずに済んだのは、
のぼう様があれこれ策を弄した結果では無く、仲間の力を信じ抜いた結果だった。
彼は愚直なまでに仲間を信頼し、尊重している。
家来や農民がのぼう様を慕う以前に、のぼう様自身が彼らを慕っているんだと思う。
だから、彼らの尊厳を傷付ける人間には情け容赦はしないし、
彼らを守る為なら何の躊躇も無く自分の命を捨てられる。

本作の石田三成のような、自分の為だけに結果を出そうとするリーダーに誰がついてくる?
ついていきたくなるリーダーってのは、仲間の力を信頼し、守ろうとしてくれる人ですよ。
その信頼に応えたい、こちらも相手を守りたいと思えるような、ね。
弱っちくて情けなくても、そういう点でのぼう様は最高のリーダーだった。

以上!
爽快感と僅かな苦みを兼ね備えた、見応えある時代劇でした。
$鬼瓦権蔵の心の叫び 言葉遊び 道徳


最強のふたり


あまりの反響の大きさに、どのくらい最強な映画なのかと期待した。
確かにいい作品だった。幸せな気分で劇場をあとにできる。
ただ、今作のどこがそんなに「最強」なのかはハッキリしなかった。
強いというよりはサラッとしていて爽やかなイメージが残る。
この二人が結んだ絆は確かに「最強」、他の価値観や既成概念を
覆し、思うままありのままを受けとめる重要性を淡々と説いている。

障害者が健常者とは違う(気遣いだらけの)施しを受け、辟易として
いるところへ、そんな気遣いはなんのその、自分のことで精一杯の
男が職を求めてやってくる。この時点で二人の貧富の差は明らか。
金がすべて。の男と、金などくれてやる。という男の、一言一言が
ありとあらゆるシーンで交差し、ぶつかり合っているのに心地良い。
実はお互いに、大切なものを取り戻せないでいる。
いつの頃からか変わってしまった自分。不幸を何らかのせいにして、
どうせムダだからと投げやりになっている自分。とはいえ、何かと
他人のことは気にかかって、世話を焼いてしまう自分。今の自分に
必要なものは何なのか。本当の自分は、何から逃げているんだろう。
あの頃の自分を取り戻して、大切な相手に素直に接してみたい。
そんな切ない希望が、この一見愉快な二人から痛いほど伝わってくる。

事故で頸椎を損傷、大好きな妻をも失い、しかし今では文通相手に
一筋の幸福感を味わっている大富豪、どこが不幸だと思うほど金銭的
には恵まれているものの、すでに人生への挑戦意欲を失ってしまった。
失業保険を延ばすためだけの目的で、屋敷を訪れた黒人青年。
誰がこんな奴の介護など。と鼻持ちならない彼に対し誠意の伝え方を
訥々と説いていく大富豪の上品な面持ちと使用人達のキャラが面白い。
絶対的に価値観相違の相手とは(何があろうと)巧くいかないものだが、
この二人の価値観は驚くほど似ている。ひねくれた態度は表向きで、
実は内向的で思慮深く優しい性格なのだ。コイツなら分かってくれると、
そういう直感めいたものって、初対面でも感じる時は感じられるもの。
どんなに趣味が違おうと、根柢のところで合う人とは、なぜか通じ合う。

そんなこんなで色々な出来事をかわしていく二人。
このままずっと頼り合うのかと思いきや、意外な別れがやがて訪れる。
確かに自分の人生は自分で切り拓いていかねばならない。
どんなに通じ合う相手でも、一生涯自分に寄り添えるとは限らないのだ。
面白いのは、離れてみてその大切さに気付いてしまうジレンマとの闘い。
最後に二人が選んだ挑戦とは…?果たして。

号泣するような場面もないし、山あり谷ありというほどの曲折も経ない。
ケラケラ、クスクス、と笑っているうちにどんどん話は進み、最後には
ジーンとさせて、またサラッと終わる。
いかにもフランス的で、オシャレで軽快、でも中には必要なエッセンスが
しっかり詰まっている、そんなところが「最強」の映画なのかもしれない。

(私にとってはアースのセプテンバーが最強のBGMだった気がする^^;)
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北のカナリアたち


湊かなえの原作は「原案」にとどまっている。うん、それならいい。
私は原作を読まずに今作を観たので、まさかこんな話を本当に
書いているのか!?と人気作家の評価を突き落としそうになった。
あの…特に設定・風景・キャスト、子供達の歌声には申し分ない。
それ以前に、もういい加減、吉永小百合には年相応の役どころを
やっていただいたらどうなんだろう。もちろん一本まるごとである。
いや、分かる…。タモリをはじめ、サユリストの皆さま方は、未だ
美しい彼女が、例え30代の役柄だって観たい!いいんだ!それで!
…っていう、ファン心理は確かに分からなくはない。だけど…。
私は前作で渡辺謙のお膝にのってしまった小百合さんに絶句したが、
うわ、何だよ、今回は仲村トオルなんだって?しかもラブシーン?
ない、それはない。絶対にムリ。だってビーバップ世代だよ~(泣)
誰かこの脚本(原作にはないらしい)を止める訳にはいかなかったか。
恭兵が夫…もキビシイかと思ったけど、彼とは6歳差だった。
そして父親役の助さん(古!)、里見浩太朗とは9歳差だって。
その中間地帯を演じられるあの美しさは確かに凄い。(よ!液晶女優)
でも…ムリなんだ、美しさは若さとは違う。落ち着き払った60代の
仕草で、無茶な行動に走るのは、どう見ても小百合さんくらいのもの。
誰も止めてくれないのなら、自分で降りる勇気が必要かもしれない。

さて。。
実はまだまだあるんだけど、とあるレビュアーさんの感想を読んでたら
噴き出してしまった^^;もうツッコンでたらキリがない凄い話なのである。
確かにミステリーの要素はある。先生が島を出た理由、そこに至るまで
何があったのか、生徒の証言で繋いでいく冒頭~は、まずまずだった。
しかし…とにかく恋愛を絡め始めたあたりからが、いけない。
口を利かなかった二人が恋に落ちる、まぁ唐突だが仕方ない。
実は大人になって私も不倫していたの!とばかりに、
会社に妻が乱入してくるシーンは、まったくもって、いただけない。
夫が動物虐待をしていた、バーベキューであの告白、さらに人命救助、
妻をトオルの元へ行かせる…っていう、まったく分からない行動模様。
子供達を伴った楽しいバーベキューの席で、あんなこと言うか普通…^^;
末期患者を看病する妻の苦悩は分かるとしても、どうしてあんなに
この物語ではみんなが恋に落ちてしまうんだろうか。寒いせいか?
追われる生徒役となった森山未來の演技は確かに巧かったけれど、
だからって北国育ちの男の子は、あんなに寒さに強いものなのか?
あの廃屋で一体どのくらい待っていられるというのだ。
あぁ~。なんかもう、面白いくらいツッコミたくなるからもうやめとく…

美しい景色、美しい歌声、美しい小百合様。
美しさ三拍子あれば、なにをやっても許されることの代表のような作品。
昔の吉永小百合作品を観たことがあるけれど、あれがホンモノの若さ(爆)
キムタクや松田聖子と同じで(ごめんなさいね、同じにしちゃって)
その看板を背負って生きねばならない国民的スターは、晩年になっても
そうやってろ、ってことなのかなぁ。でも女優は違うと思うんだよなぁ。
あのヒト何やってもコレだよ。なんて言われない演技を魅せて欲しいもの。

(誰かが方向性を変えてあげるべきなのか。今から挑戦、液晶アクオス)