クローリングモンキーのたわごと -5ページ目

クローリングモンキーのたわごと

諸行無常なれど素敵なことが
溢れたるこの広い世界。
日々の由無しごとを
普遍的な好奇心をもって
徒然なるままにつぶやきます。

志賀高原から一般道で帰る道すがら

国道19号線沿いに首長恐竜のオブジェ

(ディプロドクスの実寸復元模型)が目立つ

信州新町化石博物館を訪れました。

 

松本市~長野市の間に位置し北信方面への

ドライブではよく使うルートゆえ幾度か

大きな黄色の恐竜を横目に通り過ぎる度

気になっていたミュージアム。

 

入館して初めて分かったのですが

こちらはテーマの違う3つのミュージアム…

信州新町美術館・有島生馬記念館・信州新町化石博物館

が500円の共通券で観覧できる施設でした。

 

まず美術館では美麻村出身の

宮田三郎画伯の木版画を観賞。

5月中旬までの企画展とのことで

50点程の作品全て信州各地がモチーフ。

 

私j自身百名山の山歩きの際に生で眺めた風景の

イメージと違わぬ版画に往時を想起し感激o(^▽^)o

タイトルを確認せずとも信州の何処を描いているか

わかるくらい特徴が捉えられ

妙高山・戸隠山・常念岳・有明山、御嶽山、

姨捨からの善光寺平、鬼無里の奥裾花自然園…等など

シンプルに表現された四季折々の色彩と

臨場感ある構図の長野の風景を堪能しました。

 

戸隠連峰 (宮田三郎画伯作 版画)…麓の紅葉、ギザギザ尾根と右端の秀麗な高妻山

 

次に、隣の有島生馬記念館へ。

有島生馬(有島壬生馬)氏は

有島武郎氏の実弟で白樺派の同人でもあり

作家、洋画家、書家として大正・昭和に活躍された文人。

 

こちらの記念館の洋館風の建屋は

もともと鎌倉にあった邸宅とアトリエを移築したもの。

鎌倉にあった当時は白樺派等の文人の

交流の場にもなったそうです。

氏の没後、大学の研修保養施設としての

活用を経て老朽化取り壊しの際、

疎開地として由のあった信州新町に

無償で建材が提供されて記念館として

復元されたという経緯のようです。


書、絵画、文学作品の他、著名な人物を輩出した

有島家の系譜や年代記等が展示されています。

生馬は同人誌「白樺」の中でセザンヌを日本に初めて

紹介した方でもあるそうで、

影響をうかがい知る佇まいの画風にも癒されました。

 

 

シチリア・アグリジェント (有島生馬画伯作 油彩)

 

犀川を望める記念館の2F休憩室

 

最後に化石博物館へ。

当地ご出身の西沢勇さんが個人の化石コレクションを

町に寄贈されたことを端緒に開館されたミュージアムで

化石展示とともに一般的な地球史も学べます。

 

フォッサマグナエリア内に位置する当地近辺の

新生代新第三紀500万年前くらいの地層から

発掘された海洋生物の化石等も展示され

日本列島形成の古えロマンに暫く浸れました。

 

ジュラ紀のカンプトサウルスを捕食するアロサウルスの復元骨格

 

テイラノサウルスウルス骨格があるラウンジ(図鑑等図書も閲覧できます)

 

犀川を挟んだ両岸に梅が植えられていました

 

3つのミュージアムを観て

予定時間を大幅に過ぎる長居の後

外に出ると麗らかな陽の下に長閑な景色。

 

犀川のダム湖である琅鶴湖(ろうかくこ)の対岸に

梅園があり紅梅がすでに満開のようでした。

琅鶴湖の名の由来は有島生馬画伯が

高所から湖を眺めてその形にツルが飛び立つ

姿をイメージして命名したとの事。

 

さて、信州新町で少し長時間の道草となりましたが、

高速代を節約して国道を走り継ぎ

何とか日付の変わる前に帰り着きました。

 

前日通り過ぎた低気圧が降雪を呼び

所々深雪になっていた志賀高原。

安定した快晴の下、スキーで移動しながら

撮った近隣の山々の遠望です。

 

◆西館山フーディクワッドリフトの山頂駅で降り

  向かいの高天ヶ原マンモススキー場を眺めると

  寺子屋や奥志賀高原方面を目指すツアーに

  いつもながら心が躍りますo(^▽^)o

 

西館山クワッド頂上駅から高天ヶ原スキー場を見る

 

◆長野五輪でアルペンスキー大回転コースになった

  東館山スキー場のゴンドラは昔のままの卵型の

  出で立ちで志賀高原の風情ある定番風景の

  1つといった所でしょうか。

  外装はモスグリーンにリニューアルされて

  時々シルバーのカプセルもあります。

  昔、膝を付き合わせて相乗りする程のスペース

  だった記憶がありますが

  以前より対面座席の距離が広くなった感じで

  脚長の海外スキーヤーは少しは楽になりそう。

 

紺碧の空と東館山スキー場の卵型カプセルゴンドラ

 

◆小腹が空いたので東館山ゴンドラ山頂駅構内の

 蕎麦屋さんで一杯と思ったのですが閉店(T^T)。

 ストーブとベンチは以前のまま残っており

 小休止にホッとする有難いスペースです。

 外に出ると休憩用のアウトドアチェアーが

 3~4つ置いてあり、腰掛けて標高2,000mの

 この場所から標高2,307mの横手山頂を

 見上げると300m以上の標高差があるイメージ。

 

東館山ゴンドラ山頂駅から横手山山頂を望む

 

◆寺子屋スキー場頂上駅を降りると標高約2,100m地点。

 ゲレンデのトップに立つと自然に目に入ってくる

 北信五岳(飯綱・戸隠・黒姫・妙高・斑尾)のパノラマが圧巻。

 志賀高原からの絶景の中でも一番ではないでしょうか。

 

寺子屋スキー場トップから東館山ゴンドラ山頂駅の向こうに見る妙高山

   

  

◆寺子屋から北方の秋山郷方面を眺めると

 岩菅山・裏岩菅山・中ノ岳・烏帽子岳・笠法師山まで

 続く尾根とその先に鳥甲山が見えます。

 山地図で見ると、尾根筋の登山道は裏岩菅山から

 北が難路になっていますが縦走できるようです。

 

 岩菅山(標高2,295m)と鳥甲山(標高2,038m)は

 日本200名山に選定されており

 日本三百名山一筆書き=グレートトラバース3

 全国行脚現在進行形の田中陽希さんが

 それぞれ昨年春と秋にアタックされておられました。

 朝BSNHKで放映しているグレートトラバース3

 15分版番組は毎回1座か2座をレポートしますが、

 陽希さんを追う撮影スタッフの技術と体力には

 毎度感心させられ、臨場感ある映像を視聴するたび

 現場ロケスタッフのご苦労に頭が下がります。

 

◆ところで、もう22年前にもなりますが

 ’98年に開催された冬季五輪長野大会の

 誘致が決まった当初(まだバブル経済ピークくらいでしょうか)

 長野五輪組織委員会ではここ志賀高原岩菅山に

 アルペン競技の滑降コースを新規布設する

 プランがあったようです。

 

 岩菅山、裏岩菅山ともに敷設案の候補になったそうですが、

 既に広範にスキーエリア開発がなされている

 志賀高原の中で希少な自然の姿が残る

 岩菅山エリアの造成に自然保護協会が物言いをつけ

 大規模な自然破壊に反発、猛抗議した結果

 JOCは白馬八方尾根にコースを変更。

 その後、八方尾根の滑降コーススタート地点に

 ついてもJOCとFIS(国際スキー連盟)の間で

 同様に自然環境保護を争点とした論議が

 あった事も記憶に残るところです。

 もしオリジナル案通り岩菅山が観光開発されていたら

 志賀高原はもっと広いスキーパラダイスになって

 寺子屋からの景色も大きく変わっていた…

 ということですね。

 

◆しかし今や国内のスキーヤー人口は激減、
 インバウンド観光客増加が少しは明るい話題ながら
 志賀高原エリアもスキーレジャー産業斜陽

 の例外ではない状況です。
 リフトの稼働減少や撤去ラインも多く
 100基近くあった昔を思うと寂しいかぎりです。
 温暖化の影響で降雪量も懸念される中、
 10年後、20年後…
 スキー文化はどんな状況になっているでしょう(>_<)
 

     

寺子屋スキー場から北方、秋山郷方面の山の連なり(一番手前が岩菅山)

 

◆そして今回は湯田中温泉郷と夜間瀬川を
 挟んで対岸となる穂波地区のゲストハウス
 穂波街道さんにお世話になりました。
 客室は広い和室でしたが、ラウンジ兼ダイニングは
 ウッデイな壁に暖炉とアップライトピアノが
 置いてあり落ち着いた雰囲気、
 料金もリーズナブルでグッドな宿でした。
 

ゲストハウス穂波街道さんのラウンジ

 

 

◆長野オリンピックの岩菅山幻の滑降コースの

  エピソードを書いているうち当時の日本人選手の

  活躍に歓喜した記憶が蘇りました。
  脳裏に深く刻まれている競技と選手は
  いずれも金メダルを獲得したあのシーン…


 ☆モーグルの里谷多英選手(at 飯綱高原)

   …180度開脚するエアー技、コザックのパフォーマンス

   が決まったのを視た瞬間に素人視聴者ながら

   金メダルを確信したものです。

   地元の高校生だった上村愛子さんは7位入賞し

   その後、02年ソルトレーク、06年トリノ、

   10年バンクーバー、14年ソチと5大会

   一段一段の順位アップの活躍で

   記憶に残るモーグラーでした。

   
 ☆スキージャンプラージヒル団体の
    岡部・斎藤・原田・船木選手(at 白馬ジャンプ競技場)

   …鮮烈に思い出すシーンは

    吹雪の中の4人目、船木選手が最後の跳躍、

    ランディング後に点数掲示板で金メダルを確信して

    涙で駆け寄りハグした原田雅彦選手でしたね~o(^▽^)o

 

    原田選手が1回目失敗ジャンプの悪夢を払拭し

    汚名挽回した2回目の大ジャンプのアナウンスも懐かしい。

    「今度は高~い!高くて高くて高くて高くてやった~原田」

    あれは1936年ベルリン大会の200m平泳ぎの実況

    「前畑!頑張れ・頑張れ…」に匹敵する興奮度でした。

    大河ドラマ「いだてん」では挙国戦争に向かっていく時代に

    ラジオ放送に国民皆が耳を傾ける場面が描かれてました。

 

  ☆スピードスケート500mの清水宏保選手( at 長野エムウエーブ)

    日本としてスピードスケート初の金の快挙だったと思います。

    丸太のような太腿でロケットスタートがピカイチでした。

    競技後、日の丸フラッグを持ってリンクを周回した姿が

    思い出されます。


あの時あの瞬間、本当に盛り上がりました。
ということで、私的には年を重ねても滑り続け

心身健康を維持しつつ微力ながら

ウインタースポーツ文化を支え続けたいものです。

2022年北京冬季五輪が楽しみです。

 

3月1日、当初は約4万人規模だった大会が

コロナ感染対策で一般参加中止となり

招待選手とエリートクラスの約200人参戦で

開催された東京マラソン走る人をTVでライブ観戦。

 

東京五輪マラソン代表の残り一枠の選考条件が

自身保持の日本記録超えという状況で

見事に日本人トップでゴールした大迫傑選手!

天晴れ!!

 

昨年9月の代表選考MGCで3位となり

代表入りを決められなかった悔しさを力に変え

自ら冷静にレースマネジメントし

2時間5分29秒と自己記録を30秒更新で

五輪代表入りに自力で大手をかけました。

 

スタートから世界記録を狙うような

高速ピッチのレースを展開。

ペースメイカーがリードした30km過ぎ付近までは

海外招待選手を中心とした先頭集団に残った

井上大仁選手が頑張っていましたが…

 

その後集団から離されペースダウンした

5位グループに留まる井上選手を

先頭集団に入らず暫くトップから離れて

エネルギーをセイブしていた大迫選手が

追い越してそこからペースアップ。

 

追い抜く刹那、チラっと横目で井上選手の

疲労状況を確認したように見えた大迫選手。

その瞬間のクールな目をライブ映像で視ながら

咄嗟にあしたのジョーのワンシーンを想起…

それは東洋バンタム級タイトル防衛戦で

試合中ダウンした矢吹丈のダメージ具合を

コンピューターの計算のようにクールに見極め

ヒットアンドアウェー攻撃する挑戦者・金竜飛、

そして勝負を諦めかける丈。

 

そんな金龍飛ばりのクールなイメージの大迫選手が

全体4位でゴールテープを切った瞬間に

渾身のガッツポーズで歓喜を爆発させ

さらにレース後のインタビューでMGCの

不本意な結果から今日に至る葛藤を振り返り

感極まって涙する情緒的なシーンに触れ

冷静さと熱さのギャップも魅せてもらい

その人となりに一層の応援をしたくなりました。

 

ところで、選手の履いているシューズが

レース前から話題になっていました。

MGCの時はピンク色の超厚底シューズでしたが

東京マラソンでは緑色の超厚底シューズを

多くのトップ選手が履いて自己記録を伸ばし

長距離界を席巻する勢いというニュースが踊りました。


ピンクのモデルの製品名は
ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%、
グリーンの最新モデルの製品名は、
エアズーム アルファフライ ネクスト%
…というそうで
ソール厚は3.95cmあるらしい。
カーボンファイバープレートが組み込まれ
衝撃吸収と反発力が体重移動を容易にするようで
それを聞いただけで走るのが楽しくなりそう…
 

ナイキのシューズは恥ずかしながら
小生も日常のジョッギング時履いており
購入してもう2年ほど使用。
スポーツ量販店のセールで購入した
安価な靴でソール厚3cm程。
それでも過去履いていたランニングシューズに
比べ踵部分の厚みが大きく小石を踏んでも痛くない
という一点だけでも重宝しています。

 

ナイキの安物ですが今のところ走りは快適

 

それにしてもカーボン板が入ったモデルは
足がポンポン前に出て省エネ高馬力イメージで
普段のジョグもより楽しくなるだろう事を確信しつつ

メーカー希望小売価格は3万円(゚o゚;;
ネット市場でプレミアが付く程でしょうから
ちょっと高価で手が出ません。

大迫選手が履いていた超厚底シューズのレプリカ的な
市民ランナー向け安価モデルの発売を期待しますが、
当面は手持ちの普通底を愛用し履き潰すつもりです。

 

 

 

 

 

近くのドラッグストアの地元農家の

ハーブ直売コーナーでルッコラを購入。

アブラナ科の野菜の辛味は

例外なくとても好きなのです。

 

それから5日間冷蔵庫で保管後、

サラダにして食べようと取り出したら

体調1.5cm程の小さなナメクジが葉の上に

張り付いているのを発見。

 

冷蔵庫から出したルッコラに小さな生物が…

 

明るい世界に出て来て覚醒したのか

緩慢ながらくねくね動いてまだ生命を維持。

冷蔵庫の低温の中で冬眠状態いや

仮死状態だったのでしょうか。

 

小さき生命力への畏敬も感じ

捕獲後に殺生することもできず

もう夜でもあり外出も面倒くさく

取り敢えず小さなプラ容器に入れて

薄暗い部屋の隅に置いておき

明日明るくなったら野に放ちに行くことに。

 

ルッコラの葉についたナメクジ

 

 

ルッコラの切れ端と共に穴を開けたプラ容器に捕獲するも…

 

ところで、

ルッコラはいつもは水洗いだけして生食します。

生き物が付いていたのはオーガニックの証左でしょうが、

新型コロナ感染拡大の現状を考えると

ナメクジが何某かの病原菌の宿主になっての

感染症リスクへの不安が増幅され

ネガディブな心持ちになり

今回は湯通し殺菌することに…

 

そういえば数年前に生のナメクジをふざけて食し

意識不明が長く続いたのち亡くなった若者の

悲しいニュースがあった事を

その時思い出していました。

 

一方、近い将来人口増加や地球環境変化で

世界的な食糧難の可能性を指摘する声もある中

コオロギやカイコといった昆虫等の小動物が

タンパク質の摂取源として注目される時代が

くるとの予測も聞きます。

すでにバッタやエスカルゴを食す文化もあるくらいですし

調理のやり方次第ではナメクジも美味な食材

なのかもしれない等と考えながら…

 

今回のルッコラは結局

スパゲッテイにトッピングして食しました。

予想通りほうれん草のお浸しと同じ食感で

生で食した時のパリパリの草食感なく

噛んだとき舌の奥で感じるピリッとした

辛味も全く無くなりがっかり。

湯どうしでビタミンCや辛味等の抗酸化成分も

失ってしまい(;_;)ナメクジやっぱり憎し。

 

茹で時間が長すぎた可能性もありますが

それを知るには病原体の滅菌温度と必要時間

まで知らねばなるまい…

 

湯通しルッコラはペペロンスパにトッピングして

 

そして翌朝、捕獲したナメクジを外の植え込みにでも

放とうと思いプラ容器を確認すると…

ナメクジ本体が忽然と消失していました。

少しちぎって入れていたルッコラの葉の裏にも

隠れておらず影も形も痕跡無く唖然(゚o゚;;

「蛞蝓(なめくじ)に塩」といったパワハラいや

動物虐待をしたわけではないのですが…

暖かく乾燥した室内の環境で体内の水分が蒸発

したのなら何がしか屍が残りそうなものだし

やはり逃走か?

蓋を塞いだ輪ゴムひと巻きが杜撰でした。

 

見た目のどんくささに反し、

ナメクジは一日数十メートル移動するやに

聞きおぼえもあります。

湿度の低いこの季節に屋内で生き延びられるとは

思いませんが、家電製品の裏側の隙間から

内部に入り込み電子チップに張り付いたり

ショートを起はしないかと余計な心配を

抱かざるを得ないハメに。

発見したその時に外に放てばよかったのに…

と今更後悔です。
そして結論…

葉物野菜購入時は生き物が付いていないか

よくチェックするよう心掛けることを習慣にします。

 

志賀高原から山麓に下り渋温泉へ。

雪道の下りは車間距離やエンジンブレーキに

神経使って疲れるので好きではないのですが、

昨日の晴天で積雪は溶けてほとんど無くなり

気持ちを楽に下界まで降りられました。

 

行きつけの温泉宿にチェックイン後

渋の温泉街を1時間ほど散策。

温泉街の東側の外れに投宿したので

西に向かって安代の温泉街まで往復。

 

途中、温泉街から山側に向かう急な階段を

登り成田不動尊に参詣。

スキーで強張った腓腹や大腿の筋肉痛には

急勾配の階段がかなり堪えます。

 

成田不動尊への急階段の登り

 

少し歩いて渋湯神社の参道の階段を下ろうとした時

突然、猿3匹程が目前1m圏内まで接近して

ウロウロしているのに気づき一瞬足を止め

ぎょぎょぎょっ(゚д゚lll)猿フローズン状態。

 

そのうち1匹がガンを飛ばして来て

いかにもいちゃもんを付けたさそうな気配( ̄□ ̄;)

少々緊張するも、目を合わせないようシカトして

刺激しないよう動揺を気取られぬよう通りすぎ

難を逃れました。

コンビニ袋でもぶら下げていたら

ひったくられたかもしれません。

 

野猿と出くわし緊張した急階段の下り

 

安代温泉から宿までの復路は

目抜き通りから裏路地に入りました。

 

建屋の壁に縦横に這う給湯のパイプの群れは

カオス感を醸し出し昭和レトロを感じながらの

温泉街歩きでした。

 

路地裏はカオスを感じる小さな宇宙

 

人ひとりが通れる幅の路地を抜けると目抜き通り沿いの大きな旅館のエントランス

 

小さな路地裏歩きは幼少の頃から好きなのです。

今回は湯めぐりはしませんでしたが、

渋温泉は志賀高原来訪の際は必ず立ち寄りたい

と思える魅力のある観光地。

今回は新天皇誕生日に絡む連休のタイミングでしたが、

新型ウイルスの影響なのか海外からの

お客さんが以前よりかなり少ない印象でした。

 

翌日は渋温泉に別れを告げ

山ノ内の道の駅でリンゴを購入。

地元産品はやはり安く購入できるのが

嬉しいですね。