上杉謙信 | 共和ゴム代表取締役・寺阪のブログ

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上杉謙信・・・・長男が一番好きな戦国武将である。

下克上の戦国時代で、唯一「義」を重んじた武将である。

毘沙門天に身を捧げ、これを旗印とし、戦にも連戦連勝。


軍師の宇佐美、猛将の柿崎、知勇に優れた直江兼続などを優秀な武将もいたが、武田信玄、織田信長、徳川家康などと比較すると、優秀な配下の武将は少なかったほうだとと思う。

それでいて戦は連戦連勝とは凄い!!!


どちらかと言うと戦術家だと思う。

目先の戦いにはめっぽう強く、権謀術中を使わず、正攻法だけでここまで勝利を重ねた武将は、項羽と上杉謙信くらいではないか。


両者の戦い方も似ていると思う。

選局を読み、ここぞという場面になったら、自ら騎馬精鋭部隊を率いて、相手の弱いところに突進し、相手を総崩れにする。

まさに稀代の戦術家だと思う。(ナポレオンや源義経もそんなタイプです)


武田信玄が天下を獲れなかったのは、背後に上杉謙信がいたからだと言っても過言ではない。


謙信は天下統一には興味がなかったが、実は二回も上京して、天皇に拝謁している。

京への道中の大名も好意的に謙信の上洛を見送っていたというから驚きである。

その気になれば天下統一も出来たのではないか。


織田信長は最後の最後まで謙信との戦いを避けていたが、とうとう両者は北陸で激突する。

織田軍最強といわれた柴田勝家をはじめそうそうたる武将達(滝川一益、丹羽長秀、前田利家、佐々成政、佐久間盛政)が5万弱の大軍と、2万くらいの上杉軍が、加賀の手取川で戦い、織田軍が大敗。。。。


「織田は、案外弱く、この分なら天下を取ることも困難ではない」と謙信が言った言葉は有名です。


しかし、その後越後へ帰り、そこで急逝してしまう。。。。

もしも謙信がもう少し長生きしていたら、歴史はどうなっていたのか?

戦略家ではないので、結局は天下統一は出来なかったとは思いますが・・・・