赤壁の戦い | 共和ゴム代表取締役・寺阪のブログ

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「赤壁の戦い」(レッドクリフ)を見た。


三国志の中でも最大の合戦ともされるこの赤壁の戦いは、中国北半分を手中とした曹操が、天下統一を目指し、南に進軍するところからはじまる。


関羽、張飛、趙雲といった剛勇の士と稀代の軍師である諸葛亮孔明を擁している劉備軍も、勢いに乗る曹操軍には歯が立たず・・・・


見せ場としてはたったの二つ。

一つは、劉備軍が敗走する時に、張飛が殿となり、曹操軍を食い止め、劉備軍が無事逃げ切れたこと。


もう一つは、三国志の中でもベスト3には入る趙雲による阿斗救出。

劉備の妻と息子(阿斗)が逃げ遅れ、曹操軍に囲まれる。

それを知った趙雲は単騎で敵陣に突入し、劉備の息子(阿斗)を救出する。(劉備の妻は自殺)


劉備の息子・阿斗・・・・・・三国志一のアホとも言われている。。。。。

「阿呆」という言葉は、「阿斗」からきているとも言われている。。。。。

こんなバカ息子のために趙雲は・・・・・・


後がない劉備は、呉の孫権と同盟を結び、曹操と戦うことになる。

これが「赤壁の戦い」である。


呉にもかなりすごい武将が多くいた。

軍師の周瑜、陸遜、張昭。

剛勇の士である甘寧、程普、黄蓋。

などなど


百万とも言われる曹操軍(映画では80万人、実際は20~30万人??)

対する孫権・劉備連合軍は、3~5万人。


大河である長江を舞台に、両水軍が激突。

水上戦を得意とする呉軍が大活躍し、結果・・・・曹操軍は敗北する。


これで曹操の天下統一の野望は打ち砕かれ、魏・呉・蜀の三国時代へと突入してしまう。


ここでもし曹操が勝っていたら・・・・・

瞬く間に中国全土を支配していただろう。


曹操ファンである僕としては少し残念な感じがします。