ブッダガヤーーー
ブッダガヤ。
コルカタに比べるとかなり田舎の小さな町。ここはブッダが「悟り」を開いたという場所
そうあの有名な「菩提樹(ぼだいじゅ)」をみにいったんだ。
コルカタから列車に乗った。寝台列車に乗ったんだ。インドの列車には興味があったから少しわくわくした。ホームで
結構の時間待った。
ちょっと疲れてる俺ら。
待ってる間に物乞いの子供が数人寄ってきた。当然彼らにお金をあげるつもりはない。ここで日本から持ってきた折り紙の出番だ。子供に鶴を折ってあげると(折ったのは光なんだけどね笑)、子供は喜んで遊んだ。あと、以前腕につけていた数珠の石をひとつあげるとさらに喜んでくれた。
純粋にうれしかった。
朝めっちゃ早い時間にガヤ駅に着くと、駅の外にはアリのように群がるインド人が…。カモがきた!!って顔で俺らの元にやってきた。その中で一番安いやつをみつけてブッダガヤまでいった。
ホテルは「ロードブッダ」っていうところに泊まった。本当は泊まろうと思ってた宿があったんだけどね。けど、なんでも
ブッダつければいいってもんじゃないよな…。
部屋はまぁまぁだったかな。でも、ちょいちょい停電したり水が出なくなったりした。
インドだし、しゃーないかな。
ロードブッダのおっさん。俺らを色々案内してくれた。
でも、光とは終始喧嘩してた。そのやりとりがなんだか漫才のようにも見えた。ちなみにおっさん日本語ぺらぺら。
初日おっさんにつれてってもらったレストラン。
ここで食べた「親子丼」…。なのか…。めちゃくちゃ汁したしただし。
まずくて半分も食えなかった。なんかカレーの味もしたし。こんなんで日本食語るな!っつーの。
だから、俺らはよくここのレストランに行った。
決してうまいとはいえないけど、ここの日本食はうまかった。
謎のメニューがたくさんあった。
その中の一品。「GOIZA」。
確かに餃子でした。名前ニアミスですな。
宿の近くに「NIPPON TEMPLE」があった。
そんなか。撮ってよかったのかな?まぁ、いいっか。
ここでは、夕方に座禅ができる。ちゃんと日本人の人が来て、お経を唱える。
座禅をして、身を清めた……気分になりました。笑
日本寺には図書館があって、日本の書籍がたくさんおいてある場所があった。
俺はそこで軽く沈没した。なぜかというと、「ブッダ」という手塚治が書いた有名なまんがを見つけたからだ。だって俺、ブッダについてなんにも知んないし、ちょっとは知っておこうと思ってさ。
こうやってみると知らない事ってたくさんある。旅にでてからよく思う。当たり前のことでも案外詳しく知らないことがたくさんあるって。
俺だけかもしんないけど。
そして、俺は目的だった菩提樹をみにきた。
この先に菩提樹が。
これが菩提樹。この周りにはたくさんの宗教徒がいた。軽くアウェイ感があったが、ここで瞑想するっていう目的は一緒のわけだし堂々といってやったわい。
けど、ここでゆっくり座るだけで気持ちが落ち着いた。
「悟り」はというと、「腹減ったな」って事に気づいたのでそのあと飯を食いにいった。
ブッダガヤの道沿いにはいろんなのがいる。
もちろん牛。
菓子買ってーーって寄ってくる子供。
たむろうインド人。何を話してるのかすげぇ知りたい。
お馬ちゃんとインド人。
載せ遅れたけど、これがガヤ駅。ブッダガヤとはちょっと離れてます。
ブッダガヤでは時間がゆっくりすごせたかな。インドにしてはね。
だった、強烈なバラナシを経験したらそう感じれてしまう。
コルカタに比べるとかなり田舎の小さな町。ここはブッダが「悟り」を開いたという場所
そうあの有名な「菩提樹(ぼだいじゅ)」をみにいったんだ。
コルカタから列車に乗った。寝台列車に乗ったんだ。インドの列車には興味があったから少しわくわくした。ホームで
結構の時間待った。
ちょっと疲れてる俺ら。
待ってる間に物乞いの子供が数人寄ってきた。当然彼らにお金をあげるつもりはない。ここで日本から持ってきた折り紙の出番だ。子供に鶴を折ってあげると(折ったのは光なんだけどね笑)、子供は喜んで遊んだ。あと、以前腕につけていた数珠の石をひとつあげるとさらに喜んでくれた。
純粋にうれしかった。
朝めっちゃ早い時間にガヤ駅に着くと、駅の外にはアリのように群がるインド人が…。カモがきた!!って顔で俺らの元にやってきた。その中で一番安いやつをみつけてブッダガヤまでいった。
ホテルは「ロードブッダ」っていうところに泊まった。本当は泊まろうと思ってた宿があったんだけどね。けど、なんでも
ブッダつければいいってもんじゃないよな…。
部屋はまぁまぁだったかな。でも、ちょいちょい停電したり水が出なくなったりした。
インドだし、しゃーないかな。
ロードブッダのおっさん。俺らを色々案内してくれた。
でも、光とは終始喧嘩してた。そのやりとりがなんだか漫才のようにも見えた。ちなみにおっさん日本語ぺらぺら。
初日おっさんにつれてってもらったレストラン。
ここで食べた「親子丼」…。なのか…。めちゃくちゃ汁したしただし。
まずくて半分も食えなかった。なんかカレーの味もしたし。こんなんで日本食語るな!っつーの。
だから、俺らはよくここのレストランに行った。
決してうまいとはいえないけど、ここの日本食はうまかった。
謎のメニューがたくさんあった。
その中の一品。「GOIZA」。
確かに餃子でした。名前ニアミスですな。
宿の近くに「NIPPON TEMPLE」があった。
そんなか。撮ってよかったのかな?まぁ、いいっか。
ここでは、夕方に座禅ができる。ちゃんと日本人の人が来て、お経を唱える。
座禅をして、身を清めた……気分になりました。笑
日本寺には図書館があって、日本の書籍がたくさんおいてある場所があった。
俺はそこで軽く沈没した。なぜかというと、「ブッダ」という手塚治が書いた有名なまんがを見つけたからだ。だって俺、ブッダについてなんにも知んないし、ちょっとは知っておこうと思ってさ。
こうやってみると知らない事ってたくさんある。旅にでてからよく思う。当たり前のことでも案外詳しく知らないことがたくさんあるって。
俺だけかもしんないけど。
そして、俺は目的だった菩提樹をみにきた。
この先に菩提樹が。
これが菩提樹。この周りにはたくさんの宗教徒がいた。軽くアウェイ感があったが、ここで瞑想するっていう目的は一緒のわけだし堂々といってやったわい。
けど、ここでゆっくり座るだけで気持ちが落ち着いた。
「悟り」はというと、「腹減ったな」って事に気づいたのでそのあと飯を食いにいった。
ブッダガヤの道沿いにはいろんなのがいる。
もちろん牛。
菓子買ってーーって寄ってくる子供。
たむろうインド人。何を話してるのかすげぇ知りたい。
お馬ちゃんとインド人。
載せ遅れたけど、これがガヤ駅。ブッダガヤとはちょっと離れてます。
ブッダガヤでは時間がゆっくりすごせたかな。インドにしてはね。
だった、強烈なバラナシを経験したらそう感じれてしまう。
いやー久しぶりの更新
ずっとブログ更新できなかったのは、二つの理由がある。
ひとつは、インドにはネットカフェが少なく、かなり回線が遅い事。(停電とか起きるし。)
もうひとつは、デジカメの調子が悪かった。パソコンに取り込むことができなかった。どうやらウィルス的なものにやられたかも。さっき日本人にパソコン使わせてもらってようやく写真を取り込むことができた。
で、今はネパールにいます。そして、ここカトマンズでパソってます。
ブログがコルカタで止まってるからその続きから書こうっと。
コルカタには5日間いた。前にも書いたが、コルカタではボランティアしかしてないかな。別に観光する感じでもなかったし。サダルストリートにいるだけで、十分刺激があったから。
これは俺が泊まってた「マリアホテル」を出て、すぐ横にあるレストランっていうか屋台。ここのチャーハンうまかった。
これがそのレストランの名前。なんか韓国人の記者らしき人も食ってた。韓国版「地球の歩き方」があって、それのイ
ンド編の取材かな?ってかってに予想して納得した。
よくこの少年が作るチャイを飲みにいった。この少年は愛嬌がよくて好きだった。
これはチャイを作ってる様子。
サダルストリート沿いの壁にかかれていたアート。
ボランティアで一緒だった。アメリカのロスからきてた家族。
偶然レストランで会ったから写真。
これはマリアホテルのドミで一緒だったメンバー。まだほかにもいるのだが、このメンツでダウトを楽しんだ。
あの湿ったベッドでやったダウトは忘れない。
インドにもあるんです。ケンタッキー。警備員つきで。
スパイダーマン発見。なんであんなとこにスパイダーマンの人形を飾ったのかなぞです。
さすがインド人。にしてもリアルっす。
バイオハザードの舞台にできそう。
これは市場の中。食品なのかな?朝早くだったから写真には人っ気がないけど、昼間から活気づく。
市場にいた少年。
「写真撮って」ってせがむので撮ってあげた。それをチェックするなりうれしそうに去っていった。
インド人がカメラ好きっていうのはどうやら本当そうだ。
街の様子。
街の様子2
リキシャのおっさん。あいかわらず「葉っぱ、葉っぱうるさい。」
ひとつは、インドにはネットカフェが少なく、かなり回線が遅い事。(停電とか起きるし。)
もうひとつは、デジカメの調子が悪かった。パソコンに取り込むことができなかった。どうやらウィルス的なものにやられたかも。さっき日本人にパソコン使わせてもらってようやく写真を取り込むことができた。
で、今はネパールにいます。そして、ここカトマンズでパソってます。
ブログがコルカタで止まってるからその続きから書こうっと。
コルカタには5日間いた。前にも書いたが、コルカタではボランティアしかしてないかな。別に観光する感じでもなかったし。サダルストリートにいるだけで、十分刺激があったから。
これは俺が泊まってた「マリアホテル」を出て、すぐ横にあるレストランっていうか屋台。ここのチャーハンうまかった。
これがそのレストランの名前。なんか韓国人の記者らしき人も食ってた。韓国版「地球の歩き方」があって、それのイ
ンド編の取材かな?ってかってに予想して納得した。
よくこの少年が作るチャイを飲みにいった。この少年は愛嬌がよくて好きだった。
これはチャイを作ってる様子。
サダルストリート沿いの壁にかかれていたアート。
ボランティアで一緒だった。アメリカのロスからきてた家族。
偶然レストランで会ったから写真。
これはマリアホテルのドミで一緒だったメンバー。まだほかにもいるのだが、このメンツでダウトを楽しんだ。
あの湿ったベッドでやったダウトは忘れない。
インドにもあるんです。ケンタッキー。警備員つきで。
スパイダーマン発見。なんであんなとこにスパイダーマンの人形を飾ったのかなぞです。
さすがインド人。にしてもリアルっす。
バイオハザードの舞台にできそう。
これは市場の中。食品なのかな?朝早くだったから写真には人っ気がないけど、昼間から活気づく。
市場にいた少年。
「写真撮って」ってせがむので撮ってあげた。それをチェックするなりうれしそうに去っていった。
インド人がカメラ好きっていうのはどうやら本当そうだ。
街の様子。
街の様子2
リキシャのおっさん。あいかわらず「葉っぱ、葉っぱうるさい。」
コルカタで「マザーハウス」
今はコルカタ、ブッダガヤを経て、バラナシってとこにいます。
更新めちゃくちゃ遅れた。なぜならここインドは今までみたいにネット環境がよくないんす。
タイトルに書いたようにコルカタで「マザーハウスのボランティア」に参加させてもらった。
インドに来る前から少しは考えてたんだけど、ぶっちゃけやるかどうかは決めてなかった。
このボランティアっていうのに抵抗あったから。ネットで調べるとわかるのだが、ボランティアというものをツアー化して表示してるのだ。それがなんか気に食わなかった。だから、コルカタに行ってから決めようと思ってた。
俺が泊まった「HOTEL MARIA」のドミにはたくさんの日本人がいた。他にも海外から来てる人たちがいた。
そして、彼らのほとんどがボランティアに参加していたのだ。もちろんそういったツアーで参加してる人達もいた。
もともとボランティアとか無償で誰かの助けをするっていうのは大事な事だと思っていたし、ここインドのコルカタに来たという何らかの縁もあるし、一日だけでも助けが必要な人達の力になろうと思った。
思い立ったら行動、コルカタ着の翌日、「マザーテレサの家」に行った。朝はものすごく早い。早朝6時半には宿を出発しなければいけない。
泊まってたところがマザーの家から20分くらいの距離だった。マザーの家につくとたくさんのボランティアの人たちがいた。確かに欧米人の人たちとかいたが、日本人の多さにビックリした。一瞬「ここは日本か?」って錯覚を受けた。
朝食はパンとチャイだ。施設の人が配ってくれるのだ。ここで食べる朝食は最高だった。
施設は数箇所あるんだが、俺はPrem Dam(プレムダン)という施設に行く事になった。この施設には、障害者の方々がいた。場所とかわからんかったので、同じ場所に行く人についていった。
結構広い施設で、中には彼らが寝るベッドとかがあり、そとには庭らしき広間がある。そのいたるところに彼らはゆっくり座ってた。俺らボランティアの人達を見て、ニコニコしてくれるひともいれば、手をあげてくれる人もいる。
一瞬で思った。彼らを世話する人たちが必要だなって。シスターの数と彼らの数を見たらわかるが、到底世話しきれるはずがない。
で、俺はツアーでボランティアを募集するということに納得した。募集することで彼らのためになるんだもん。あとはボランティアに取り組む姿勢だと思う。俺は絶対「自分の成長のため」って思ってボランティアするのが嫌だった。だって、実際は彼らのためのボランティアだし、彼らを助けてあげるのがこのボランティアの役目だと思う。
中には、「やったって証だけ残ればいいや」っていう馬鹿大学生もいた。こういうやつは話してて腹が立った。当然仕事もしない。
でも、皮肉なことにこういう連中も施設にいる彼らには必要なのだ。
俺はやるなら一生懸命やった。「施設の周りの掃除」、50人近くいる彼らに「食事の配布と片付け」、「トイレやバスルームへの移動」、これらを通してボランティアというものはすごく疲れるってことを身をもってわかった。
その反面、彼らから感謝される嬉しさも知った。
俺はもう少しボランティアをやりたいと思ったので、合計3日間ボランティアをした。
2、3日目は「Daiya Dam(ダヤダン)」という孤児の施設だ。
1階と2階があるのだが、俺は2階を担当した。2階は重度の子供で、ベッドのシーツ替え、掃除、食事、様々なリハビリが仕事だった。
色んな子がいた。目が見えない子、歩けない子、話すことが出来ない子、体がガリガリの子、そんな子ども達がいた。重度は子どもによって様々だが、子どもに合わせたリハビリが必要だった。
子どもと遊ぶのは得意だが、ここにいる子はみんな親がいない子、ただ子どもと遊びたいとかそういう考えの人達には目もくれないと思ってた。だから、言いすぎかもしれないが「自分がこの子達の親」のつもりで接した。
例え笑顔を返してくれなくてもいいから、愛情というものを注いでやりたいと思った。そういった中でもらう笑顔は格別に嬉しかった。歩く練習をしてる子どもが目標地点まで歩けたら、自分の事のように喜べた。
たった3日間しかできなかったが、色々な考えさせられた毎日だった。
「とりあえず」って言い方は良くないが、こういったボランティアに参加してみる価値はあると思う。何を感じるかは人しだいだが、何も感じないで過ごすよりは知るだけでも意味はあると俺は思った。
とにかくここには書ききれない程の事を体験したし、感じれた。
いつか彼らが幸せな生活を送れる事を願ってます。
更新めちゃくちゃ遅れた。なぜならここインドは今までみたいにネット環境がよくないんす。
タイトルに書いたようにコルカタで「マザーハウスのボランティア」に参加させてもらった。
インドに来る前から少しは考えてたんだけど、ぶっちゃけやるかどうかは決めてなかった。
このボランティアっていうのに抵抗あったから。ネットで調べるとわかるのだが、ボランティアというものをツアー化して表示してるのだ。それがなんか気に食わなかった。だから、コルカタに行ってから決めようと思ってた。
俺が泊まった「HOTEL MARIA」のドミにはたくさんの日本人がいた。他にも海外から来てる人たちがいた。
そして、彼らのほとんどがボランティアに参加していたのだ。もちろんそういったツアーで参加してる人達もいた。
もともとボランティアとか無償で誰かの助けをするっていうのは大事な事だと思っていたし、ここインドのコルカタに来たという何らかの縁もあるし、一日だけでも助けが必要な人達の力になろうと思った。
思い立ったら行動、コルカタ着の翌日、「マザーテレサの家」に行った。朝はものすごく早い。早朝6時半には宿を出発しなければいけない。
泊まってたところがマザーの家から20分くらいの距離だった。マザーの家につくとたくさんのボランティアの人たちがいた。確かに欧米人の人たちとかいたが、日本人の多さにビックリした。一瞬「ここは日本か?」って錯覚を受けた。
朝食はパンとチャイだ。施設の人が配ってくれるのだ。ここで食べる朝食は最高だった。
施設は数箇所あるんだが、俺はPrem Dam(プレムダン)という施設に行く事になった。この施設には、障害者の方々がいた。場所とかわからんかったので、同じ場所に行く人についていった。
結構広い施設で、中には彼らが寝るベッドとかがあり、そとには庭らしき広間がある。そのいたるところに彼らはゆっくり座ってた。俺らボランティアの人達を見て、ニコニコしてくれるひともいれば、手をあげてくれる人もいる。
一瞬で思った。彼らを世話する人たちが必要だなって。シスターの数と彼らの数を見たらわかるが、到底世話しきれるはずがない。
で、俺はツアーでボランティアを募集するということに納得した。募集することで彼らのためになるんだもん。あとはボランティアに取り組む姿勢だと思う。俺は絶対「自分の成長のため」って思ってボランティアするのが嫌だった。だって、実際は彼らのためのボランティアだし、彼らを助けてあげるのがこのボランティアの役目だと思う。
中には、「やったって証だけ残ればいいや」っていう馬鹿大学生もいた。こういうやつは話してて腹が立った。当然仕事もしない。
でも、皮肉なことにこういう連中も施設にいる彼らには必要なのだ。
俺はやるなら一生懸命やった。「施設の周りの掃除」、50人近くいる彼らに「食事の配布と片付け」、「トイレやバスルームへの移動」、これらを通してボランティアというものはすごく疲れるってことを身をもってわかった。
その反面、彼らから感謝される嬉しさも知った。
俺はもう少しボランティアをやりたいと思ったので、合計3日間ボランティアをした。
2、3日目は「Daiya Dam(ダヤダン)」という孤児の施設だ。
1階と2階があるのだが、俺は2階を担当した。2階は重度の子供で、ベッドのシーツ替え、掃除、食事、様々なリハビリが仕事だった。
色んな子がいた。目が見えない子、歩けない子、話すことが出来ない子、体がガリガリの子、そんな子ども達がいた。重度は子どもによって様々だが、子どもに合わせたリハビリが必要だった。
子どもと遊ぶのは得意だが、ここにいる子はみんな親がいない子、ただ子どもと遊びたいとかそういう考えの人達には目もくれないと思ってた。だから、言いすぎかもしれないが「自分がこの子達の親」のつもりで接した。
例え笑顔を返してくれなくてもいいから、愛情というものを注いでやりたいと思った。そういった中でもらう笑顔は格別に嬉しかった。歩く練習をしてる子どもが目標地点まで歩けたら、自分の事のように喜べた。
たった3日間しかできなかったが、色々な考えさせられた毎日だった。
「とりあえず」って言い方は良くないが、こういったボランティアに参加してみる価値はあると思う。何を感じるかは人しだいだが、何も感じないで過ごすよりは知るだけでも意味はあると俺は思った。
とにかくここには書ききれない程の事を体験したし、感じれた。
いつか彼らが幸せな生活を送れる事を願ってます。
