限界無限
流されて いつも 手を抜き
得たものに 価値や意味はなくて
何かが どこか足りない
むなしい毎日 過ごしていたよ
いつもどこかで甘えてた 臆病な自分に さよなら
限界無限に走り出そう
いつもの自分を越えて 高く
力の限り 力の限り
ベストを尽くそうと心に 言い聞かせた
繰り返し 怒られて
いつも反抗していたけど
振り返り 今思えば
それはやさしい気持ちだった
支えてくれる人たちの 言葉が自分を変えるはず
限界無限に走り出そう
いつもの自分を越えて行こう
力の限り 力の限り
ベストを尽くそうと自分に
耐え抜いた日々は力となり
流した涙は 希望と未来
だから自分には そう自分にだけは
負けないと心にいつも 刻み込んだ
扉を閉じて 一人になればなるほどに
不安になって逃げたくなるけど 恐れないで
一人じゃないよ
限界無限に走り出そう
いつもの自分を越えて行こう
力の限り 力の限り
ベストを尽くそうと 自分に
勇気と支えを鍵に変えて
閉ざしていた その扉前に
自分にだけは そう自分にだけは
負けないと心に誓い 扉を開けた
FOOT STAMPの曲。
得たものに 価値や意味はなくて
何かが どこか足りない
むなしい毎日 過ごしていたよ
いつもどこかで甘えてた 臆病な自分に さよなら
限界無限に走り出そう
いつもの自分を越えて 高く
力の限り 力の限り
ベストを尽くそうと心に 言い聞かせた
繰り返し 怒られて
いつも反抗していたけど
振り返り 今思えば
それはやさしい気持ちだった
支えてくれる人たちの 言葉が自分を変えるはず
限界無限に走り出そう
いつもの自分を越えて行こう
力の限り 力の限り
ベストを尽くそうと自分に
耐え抜いた日々は力となり
流した涙は 希望と未来
だから自分には そう自分にだけは
負けないと心にいつも 刻み込んだ
扉を閉じて 一人になればなるほどに
不安になって逃げたくなるけど 恐れないで
一人じゃないよ
限界無限に走り出そう
いつもの自分を越えて行こう
力の限り 力の限り
ベストを尽くそうと 自分に
勇気と支えを鍵に変えて
閉ざしていた その扉前に
自分にだけは そう自分にだけは
負けないと心に誓い 扉を開けた
FOOT STAMPの曲。
キト
コロンビアを出国して、エクアドルに入国。
出入国簡単だったわー。
奥に見えるのがエクアドルの国境っす。
国境の町、トゥリカン。そこからこのカラフルでファンキーなバスで移
動。
ガタガタ道だけど当然爆睡。
バスステーションからタクシーでキトのセントロと呼ばれる旧市街へ。
キトに着いた時、
「なんかいい感じ。」居心地が良さそうって感じたんだ。
実際、メッチャ居心地よかった。
町に着き、お目当てのホテルへ。
ホテルの名前は「スクレ」って所。一泊3ドルっつーかなり安いホテルだ。
入った瞬間、「何んだ?ここ?」って思った。
パーティ会場みたいにメッチャ賑やかだったからホテルじゃないんじゃないかと思ったくらいだ。
広間があって、いかにも旅人ってっ感じの若者たちがテーブルを囲んでワイワイ談笑していた。
駒で芸をやってる人もいた。奥ではみんなで真剣にDVD観賞だ。
それでも、目が合うとさわやかな笑顔で誰もが「オーラ(やぁ)」って挨拶してくれる。なんて気持ちのいい奴らなんだ。
俺が着いた日。部屋はどこも満室だったらしく、みんなでくつろぐような広間(そうみんなでDVD観てる部屋)にむりやり布団を敷いて、「ここね!」ってオーナー。
「マジかよ…?」。だって10人くらいそこでDVD観賞してるんだぜ…。寝れないよ。「11時には静かになるから大丈夫。今日は2ドルにしておくから」
2ドルになるなら我慢するか。
っつーことで初日は広間で寝た。ホセ(オーナー)の言う通り、11時にはみんな各部屋に戻ったからゆっくり寝れた。
夜中周りを見ると、俺のほかにも寝てる人がいるし…彼らはここで働いてる人たちだった。
二日目からシングルの部屋に。やっぱ部屋があった方がくつろげる。
写真はBefore、
Afterです。
スクレのオーナー、ホセは、いつもニコニコしていて可愛らしくて小柄
おじさんだ。日本人である俺を見て、唯一覚
えたであろう日本語「アリガト」を会うたびに言ってくれる。そして何かとちょっかいをかけてくる。
彼の「アリガト」を聞く度になんだか幸せな気分になる。なんでだろう?
ホセはやさしいおじいちゃんって感じだった。
ここに滞在してる人たちみんなが、そう思ってたんじゃないかな?
情報ノートに「国際学生証作れます!」ってページを発見した。新市街にいけば作れるっつーんで、行ってきた。
トロリーバスで20分くらいで新市街には着く。
んで、国際学生証が作れるとこに行った。そこは正規のカードが作れるとこだった(タイとかエジプト、メキシコで作れる偽者ではない)。だから、必須書類が必要だった。
そう!在学してるっていう証。俺、もう学生じゃないから当然そんなん持ってないし…。
それでも、作れる感たっぷりでパスポートと金だけ渡して、ニコニコしながら作ってくれ!って言った。
結果、「ノー!」だった。
でも、一緒に来てくれたゆーすけさんたちが既に国際学生証を持ってたから、スタッフの兄ちゃんが「ンー…オッケー」ってなった。
ラッキー♪学生じゃないのに本物の学生証ゲットした。これでこの後の旅の費用が少し安くなるぞ。
新市街には「先住民のマーケット」がある。
先住民マーケットってことで南米ならではの、ポンチョとか、布、手袋、財布、魅力的な物がたくさん売られていた。
とにかく南米の物も最高なんだ!!って新たな発見ができた。来なかったら知らなかった事。
お店にいた猫。人なつこっくて可愛かった。
あと、新市街でしたこと。
ガラパゴスに行くためのチケットを取った。TAME航空を利用。ここで
初めて国際学生証の力を発揮。
かなり安くなったぞ。
新市街もイイ所だけど、俺はやっぱ古い町並みが残された旧市街の方が好きだった。
スクレの二階のベランダから見えるサンフランシスコ広場の眺めが好
きだった。
ここではたまにライブのようなものが行われるみたい。
キトの空もまた、晴天で気持ちよかった。
晴れた空の下の広場はイイ感じだ。人々はここでゆっくりしてた。
旧市街の町並みは飽きない。
歩いていると何かを発見するものだ。
騒がしい音と人だかりを発見。
パレードが行われてた。
なんのパレードかは分からなかったが、その雰囲気がなんか懐かしかった。
昔、地元の祭りで行われたパレードを見たのを思い出した。
ホテルでゆっくりする時もあった。
ウイイレが行われてた。俺も参加させてもらった。
自称「チャンピオン」の彼と勝負。
結果は引き分け。
飯はというと外食だったり、作ったりした。
近くにスーパーがあったから何度も暇つぶしに足を運んだ。
ラーメンとか
親子丼とか
近くのセビッチェのおいしい店に行って、初のセビーチェを食べたり。
うまかったぞ。
別の店。
マングローブカニが立ちはだかってます。
これは新市街で食ったのかな。
ボリュームたっぷりっしょ?これで3ドルくらいだよ。
んで、観光で行った所は「赤道記念館」
バスを乗り継いで1時間弱かけて行った。
赤道が引かれてるとこ。
ここ赤道は地球の重力を強く受ける場所だから卵も立ちやすいのだ
。
ぶっちゃけ立てるの難しかったけどね…
右の人はギブアップしました。
成功例。
赤道歩いた。
一歩で北半球と南半球がまたげる線。
なんだか不思議な気分になった。
ここでも色んな人に出会えたよ。
北海道出身のたっけんさん。
北海道は俺の故郷みたいなもんだし、北海道の人と話せてなんだかイイ気分になった。
ホテルの二人ありがと。
あ、ちなみに着てる黒いT-Shirtのマーク。
俺がデザインして、ネパールで刺繍してもらったやつ。
またスクレのような宿に出会いたいな。
夜は屋上で旅人どうしの演奏会。(ぶっちゃけ寝れんかった)
売春部屋があり、たまに入ってくる。
常に音楽が鳴り響いて、それに合わせて歌ってる。
夜はサルサを踊り、語り合う。
そんな毎日が刺激的な宿だった。
ここで学んだこと、
「no music no life」
「enjoy life」
出入国簡単だったわー。
奥に見えるのがエクアドルの国境っす。国境の町、トゥリカン。そこからこのカラフルでファンキーなバスで移
動。ガタガタ道だけど当然爆睡。
バスステーションからタクシーでキトのセントロと呼ばれる旧市街へ。
キトに着いた時、
「なんかいい感じ。」居心地が良さそうって感じたんだ。
実際、メッチャ居心地よかった。
町に着き、お目当てのホテルへ。
ホテルの名前は「スクレ」って所。一泊3ドルっつーかなり安いホテルだ。
入った瞬間、「何んだ?ここ?」って思った。
パーティ会場みたいにメッチャ賑やかだったからホテルじゃないんじゃないかと思ったくらいだ。
広間があって、いかにも旅人ってっ感じの若者たちがテーブルを囲んでワイワイ談笑していた。駒で芸をやってる人もいた。奥ではみんなで真剣にDVD観賞だ。
それでも、目が合うとさわやかな笑顔で誰もが「オーラ(やぁ)」って挨拶してくれる。なんて気持ちのいい奴らなんだ。
俺が着いた日。部屋はどこも満室だったらしく、みんなでくつろぐような広間(そうみんなでDVD観てる部屋)にむりやり布団を敷いて、「ここね!」ってオーナー。
「マジかよ…?」。だって10人くらいそこでDVD観賞してるんだぜ…。寝れないよ。「11時には静かになるから大丈夫。今日は2ドルにしておくから」
2ドルになるなら我慢するか。
っつーことで初日は広間で寝た。ホセ(オーナー)の言う通り、11時にはみんな各部屋に戻ったからゆっくり寝れた。
夜中周りを見ると、俺のほかにも寝てる人がいるし…彼らはここで働いてる人たちだった。
二日目からシングルの部屋に。やっぱ部屋があった方がくつろげる。
写真はBefore、
Afterです。
スクレのオーナー、ホセは、いつもニコニコしていて可愛らしくて小柄
おじさんだ。日本人である俺を見て、唯一覚えたであろう日本語「アリガト」を会うたびに言ってくれる。そして何かとちょっかいをかけてくる。
彼の「アリガト」を聞く度になんだか幸せな気分になる。なんでだろう?
ホセはやさしいおじいちゃんって感じだった。
ここに滞在してる人たちみんなが、そう思ってたんじゃないかな?
情報ノートに「国際学生証作れます!」ってページを発見した。新市街にいけば作れるっつーんで、行ってきた。
トロリーバスで20分くらいで新市街には着く。
んで、国際学生証が作れるとこに行った。そこは正規のカードが作れるとこだった(タイとかエジプト、メキシコで作れる偽者ではない)。だから、必須書類が必要だった。
そう!在学してるっていう証。俺、もう学生じゃないから当然そんなん持ってないし…。
それでも、作れる感たっぷりでパスポートと金だけ渡して、ニコニコしながら作ってくれ!って言った。
結果、「ノー!」だった。
でも、一緒に来てくれたゆーすけさんたちが既に国際学生証を持ってたから、スタッフの兄ちゃんが「ンー…オッケー」ってなった。
ラッキー♪学生じゃないのに本物の学生証ゲットした。これでこの後の旅の費用が少し安くなるぞ。
新市街には「先住民のマーケット」がある。
先住民マーケットってことで南米ならではの、ポンチョとか、布、手袋、財布、魅力的な物がたくさん売られていた。
とにかく南米の物も最高なんだ!!って新たな発見ができた。来なかったら知らなかった事。
お店にいた猫。人なつこっくて可愛かった。
あと、新市街でしたこと。
ガラパゴスに行くためのチケットを取った。TAME航空を利用。ここで
初めて国際学生証の力を発揮。
かなり安くなったぞ。
新市街もイイ所だけど、俺はやっぱ古い町並みが残された旧市街の方が好きだった。
スクレの二階のベランダから見えるサンフランシスコ広場の眺めが好
きだった。ここではたまにライブのようなものが行われるみたい。
キトの空もまた、晴天で気持ちよかった。
晴れた空の下の広場はイイ感じだ。人々はここでゆっくりしてた。
旧市街の町並みは飽きない。
歩いていると何かを発見するものだ。
騒がしい音と人だかりを発見。
パレードが行われてた。
なんのパレードかは分からなかったが、その雰囲気がなんか懐かしかった。
昔、地元の祭りで行われたパレードを見たのを思い出した。
ホテルでゆっくりする時もあった。
ウイイレが行われてた。俺も参加させてもらった。
自称「チャンピオン」の彼と勝負。
結果は引き分け。
飯はというと外食だったり、作ったりした。
近くにスーパーがあったから何度も暇つぶしに足を運んだ。
ラーメンとか
親子丼とか
近くのセビッチェのおいしい店に行って、初のセビーチェを食べたり。
うまかったぞ。
別の店。
マングローブカニが立ちはだかってます。
これは新市街で食ったのかな。
ボリュームたっぷりっしょ?これで3ドルくらいだよ。
んで、観光で行った所は「赤道記念館」
バスを乗り継いで1時間弱かけて行った。
赤道が引かれてるとこ。
ここ赤道は地球の重力を強く受ける場所だから卵も立ちやすいのだ
。ぶっちゃけ立てるの難しかったけどね…
右の人はギブアップしました。
成功例。赤道歩いた。
一歩で北半球と南半球がまたげる線。
なんだか不思議な気分になった。
ここでも色んな人に出会えたよ。
北海道出身のたっけんさん。
北海道は俺の故郷みたいなもんだし、北海道の人と話せてなんだかイイ気分になった。
ホテルの二人ありがと。あ、ちなみに着てる黒いT-Shirtのマーク。
俺がデザインして、ネパールで刺繍してもらったやつ。
またスクレのような宿に出会いたいな。
夜は屋上で旅人どうしの演奏会。(ぶっちゃけ寝れんかった)
売春部屋があり、たまに入ってくる。
常に音楽が鳴り響いて、それに合わせて歌ってる。
夜はサルサを踊り、語り合う。
そんな毎日が刺激的な宿だった。
ここで学んだこと、
「no music no life」
「enjoy life」
人生一度
一刻一刻と時刻む古時計 苦しみ涙流す虚ろ目
彼の人生の始まりと同時に上がった産声
叱られればすぐうつむく おとなしい子だったがゆくゆくすくすくと育ち
友達と同じ この町の小・中・高を経て大人に
これと言ってとりえこそ無いが とても良かった日頃の行い
またお隣とも仲が良く よくしていたお泊まり
ごく普通の子だったが親孝行はそりゃ相当した 他同様
大学は国立に進学 独立目指す まさにいい子の特質
そこは歓楽街とは程遠い なんか辛いキャンパスライフ
そんな彼も就職は内定なんで これで人生も安定
「生きる」という義務課題をなんなくこなすが 実は何が大切か
彼は気付かない 喉が乾いたときにはもう水は無い
「生きる」という義務課題をなんなくこなすが 実は何が大切か
彼は気付かない 喉が乾いたときにはもう水は無い
朝は7時起床 生き生きと今日も目覚まし迎える一日を
明くる日も同じ 地元町から仕事場に急ぐ人の波
入社し数年で会社内に咲いた愛も実り洗いざらい
気持ち打ち明け勝負しゴールイン 上手に世渡りこなす公務員
その後妻と子と暮らそうと 購入した2千万ぐらいの一軒家
はたから見りゃ暖かな幸せ定かな 家庭だったがその傍らただただ
いつも波風立てず 世間や親を安心させ明日へ
そんな気持ちで善心を持ってエンジン全開で前進してきた今
何か足りない 無意識に曖昧な未来を
築く事にも気付く事無く 日が沈む
野の草のように強くて素朴な努力家 孤独感とこれまでそそくさ
生きてきたが ちょっと一人に 妻の緑茶でほっと一息
ここまでいろんな事があった 短いと言われるが長かった
振り返る自分の足跡 支えてくれたみんなありがとう
我が子や孫や妻へ この愛する彼らに何を伝え
何を残してこれたのだろう 身にしみて感じた 後々
お金や土地ではないが 心や愛こそ形のない財産
本当はわかっていたんだ ただ気付かず生きてきたんだ
社会という大魔鏡の波に乗っかり どんな多忙もこなし全う
彼は自分の中に 何を残し生きてきたのだろう
秋色に枯れた夕焼け ふと見上げた空にうるんだ目
人はそれぞれ描いた未来の中に 荷物片手に歩いていくだけ
「生きる」という義務課題をなんなくこなすが 実は何が大切か
彼は気付かない 喉が乾いたときにはもう水は無い
SOFFetの曲。
彼の人生の始まりと同時に上がった産声
叱られればすぐうつむく おとなしい子だったがゆくゆくすくすくと育ち
友達と同じ この町の小・中・高を経て大人に
これと言ってとりえこそ無いが とても良かった日頃の行い
またお隣とも仲が良く よくしていたお泊まり
ごく普通の子だったが親孝行はそりゃ相当した 他同様
大学は国立に進学 独立目指す まさにいい子の特質
そこは歓楽街とは程遠い なんか辛いキャンパスライフ
そんな彼も就職は内定なんで これで人生も安定
「生きる」という義務課題をなんなくこなすが 実は何が大切か
彼は気付かない 喉が乾いたときにはもう水は無い
「生きる」という義務課題をなんなくこなすが 実は何が大切か
彼は気付かない 喉が乾いたときにはもう水は無い
朝は7時起床 生き生きと今日も目覚まし迎える一日を
明くる日も同じ 地元町から仕事場に急ぐ人の波
入社し数年で会社内に咲いた愛も実り洗いざらい
気持ち打ち明け勝負しゴールイン 上手に世渡りこなす公務員
その後妻と子と暮らそうと 購入した2千万ぐらいの一軒家
はたから見りゃ暖かな幸せ定かな 家庭だったがその傍らただただ
いつも波風立てず 世間や親を安心させ明日へ
そんな気持ちで善心を持ってエンジン全開で前進してきた今
何か足りない 無意識に曖昧な未来を
築く事にも気付く事無く 日が沈む
野の草のように強くて素朴な努力家 孤独感とこれまでそそくさ
生きてきたが ちょっと一人に 妻の緑茶でほっと一息
ここまでいろんな事があった 短いと言われるが長かった
振り返る自分の足跡 支えてくれたみんなありがとう
我が子や孫や妻へ この愛する彼らに何を伝え
何を残してこれたのだろう 身にしみて感じた 後々
お金や土地ではないが 心や愛こそ形のない財産
本当はわかっていたんだ ただ気付かず生きてきたんだ
社会という大魔鏡の波に乗っかり どんな多忙もこなし全う
彼は自分の中に 何を残し生きてきたのだろう
秋色に枯れた夕焼け ふと見上げた空にうるんだ目
人はそれぞれ描いた未来の中に 荷物片手に歩いていくだけ
「生きる」という義務課題をなんなくこなすが 実は何が大切か
彼は気付かない 喉が乾いたときにはもう水は無い
SOFFetの曲。