ブログネタ:お酒には強い?弱い? 参加中私は 弱い派!
モンゴル旅行に行かれた方や長期滞在をしてモンゴル人と親しくなった方の多くが、アルコール度数38度を超えるウォッカ「アルヒ」攻撃にあってることと思います。
えらそうなことをいいつつも、お猪口1杯のワインで、顔を真っ赤に湯気が出るほどあつくできるモンゴルだるまです。
ほんと、お酒、弱いんですよ。
気持ち悪くなっちゃう。
特に体を壊してしまってからは、全然、ダメ、、、だと思ってた。
父はウワバミ。いっくらでもお酒が飲めるし、酒で豹変したり暴れたり、人に迷惑をかけることはない。銘柄によって、多少、説教くさくなることがあるのですが、たいていは、乱れることなく飲み続け、そして、ちゃんと自分で歯を磨き、パジャマに着替え、寝床を作り、眠る手のかからないタイプです。
逆に母は、ナラ漬で3日間寝込むほどの二日酔いになったり、鍋料理の隠し味に小さじ1、2杯しのばせた日本酒に反応して「も、もられたー・・・」とつぶやいてバタンキューとひっくりかえって、幼い私たちをびびらせたサスペンスの死に役女優もまっつぁおなくらい弱い。
どうして、こうもお酒に対するタイプが違う二人が40年以上も仲良しでいられるのか?とか、学生時代の交際期間はどうやってデートしてたんだ?とか余計なお世話な疑問もわいてくるわけですが・・・
ぶっちゃけ、私、ハタチ以降になって合法的にお酒を楽しめるようになってからのほうが、お酒、弱くなった。
もう15年以上たつのだから、軽犯罪はとっくの昔に時候だろう、とたかをくくって白状しますと・・・
高校時代はコンパ好きでした。
アメリカ留学前のお別れコンパは、かなりのどんちゃん騒ぎになりました。
でもって、帰国時には、一足先に卒業しちゃうクラスメートたちから贈られたサイン帳や寄せ書き色紙には、多くの男子から「君はお酒が強いから、また帰ってきたら飲もうぜ!」とか「楽しいお酒、また飲もう」とか、「ウィスキーの水割りぐいぐい行く姿が印象的だった」みたいなことが書かれていたのでした。
あれだけ、遠足とか修学旅行とかクラブ活動とかクラスマッチとか文化祭とか、日常生活とか想い出になりそうなイベントがあったというのに、「そこですか・・・」っていうくらい、「酒が強い」的な記述が書かれていたのを読み返し、今じゃ、すっかり下戸状態の私は「今は昔・・・」っていうくらい驚いている。
ほんとに、これは私のことか?っていうくらい。
学生時代もまた、かなり飲んでいる。酔っぱらうくせに飲んでいる。
ワンゲル部というのもまた、山に登っては酒を飲み、山を下りては酒を飲み、都会に帰ってきたといっては酒を飲み、部室に人が集まった、といっては酒を飲み・・・って感じであった。
モンゴル語学科、というのもまた酒好きの集まりだった。当時はわりとユルユルだったから、「藤棚ビール」といって、先生が万札カンパしてくれて、当時ちょっぴり流行ってた生ビール感が楽しめる3リットルサーバーとか、つまみとともにガンガン購入しては、授業中にも飲んでいた。
陽気がいいから、といっては酒を飲み、やれサクラが綺麗だと酒を飲み、、、
やっぱり、酒を飲んでいた。
留学時代は、酒瓶なしではアルヒは買えず、酒瓶があっても配給割り当ては、1か月1世帯あたり1本まで、ってことなので、あとは闇市場からの購入というちょっぴりダークサイドな感じで、消毒液の匂いと味がするアルヒしかなかったのに、やっぱり、事あるごとに酒を飲んでいた。
先輩が帰国するといっては、爪の先からアルコールが臭い、胃液どころか胆汁まで吐きだすほどつらい二日酔いにのっても、その習慣は2年間、変わらなかった。
モンゴルの辺境地にフィールドワークに行く時も、おかねよりもむしろ酒のほうが価値が高かった。辺境地でのお酒は貴重なので、「好きな人が飲めばよい」と遠慮していても、「お前も飲め」と強要されたら飲まざるを得なかった。
とにかくモンゴルとお酒は背中合わせ、抱き合わせなのだった。
でもね、、、テレビ制作会社時代の過酷な労働により、精神的にも肉体的にも壊滅状態に追い詰められてからは、めっきり酒が飲めなくなっていました。
つーか、飲んだら、飲んだ分だけ命が縮む、というか寿命がちぎられているのを実感できました。
気づまりな環境で、気遣いというか上司に対してビクビクしながら飲む酒がおいしいわけもなく、悪酔いしてつぶれることも許されず、、、とにかく、会社勤めでは、「飲みにケーション」は大事といわれていても、苦痛以外の何物でもなかった。
やっぱ、肝臓と腎臓と胃袋、小腸、大腸を同時多発的に機能不全まで追い込まれると、人間、駄目ですわ。
お酒なんか飲めません。
膵臓とか胆嚢とか、結構、レアな臓器が脆弱になったところで、「私、この会社に3年以上いたら、多分40歳まで生きられない」って先が見えました。
だから、「テレビ番組の制作のAtoZな手順」を覚えたところで、独立。フリーになりました。
でも、やはり、過酷な労働とか精神的な圧迫、虐待が継続的だった労働環境に2年以上もさらされてるとね、人間、環境変えたくらいじゃすぐには健康にはなれないのです。
とはいえ、「社長さん」になると、とりあえず、自分の権限というか采配で、酒を飲む、飲まないの選択ぐらいはできるようになりました。
酒がつきもののモンゴルでも起業してから5年間は、ほとんどお酒を断っていました。
大好きな人たちと会える年に数回の飲み会は楽しみだたったけど、アルコール類は一切飲まず、こっしょりノンアルコールで盛り上がってました。雰囲気に酔える女だったから、割り勘で負けないように、食べるほうに専念でした。
めっきり体が弱って、腎臓がいよいよ慢性的にいかん・・・となり、そっから2年間は見事に酒抜き。
ただね、不思議なんですけどね、、、「飲みたいお酒」は飲んでも、悪酔いしないのですよ。
去年の今頃は、小さじ1杯飲んだら、体に激痛が走り、倒れこむくらい、お酒飲めなかったのにね。
去年の後半くらいから、ちょっぴり寝酒とか覚えちゃって、一人でもワインとか飲んでたりしてね。
一人寝酒をするような孤独なイタイ女に自分がなるなんて思わなかったけど、これがまた美味しかったりするのです。
中島みゆきさんな気分で・・・
で、今回の一時帰国でね、飲んでも平気なんですよ。あらーーーー?
量のコントロールができるようになったせいか?
ストレスが無くなったせいか?
ほんとに体が元気になったからか?
ぶっちゃけ、好きな人としか飲んでないからだと思います。
好きなことしかしてないし。
私、去年は、「生きて日本に帰りたい」ってそれしか考えてませんでした。
そっから先の、つまりは2011年にどう働くか、なんかイメージしてませんでした。
私、七転八倒を繰り返しながらも、かならず這い上がる、生きる希望を失わないタフさ、というのは、心の底辺にちゃんともってるはずなのですが、意外と打たれ弱いというか精神的なストレスが、体に深刻なダメージをもたらす虚弱タイプなのです。
精神の根っこは残るんだけど、地上部は壊滅状態になりやすい。
だからこそ、日本にいるときは無理しません。絶対しない。
好きな人としか会いたくない。美味しいものしか食べたくない。
やりたいことだけやってたい。
今、この期間を「やりたいことだけやる」贅沢を許されるなら、モンゴルでのタフな日々を甘んじて受けとめるし、障壁やがれきの山をガシガシ乗り越えることに対して苦労を厭わない。
まぁ、そんなわけで、いろいろ辛い酒の日々を経て、今の自分は結構、「お酒と楽しくつきあえる大人」になった気がします。
中高生の時みたいに、「酒はよっぱらってナンボ」みたいに背伸びした無理も、
大学生の時みたいに、「酒を飲まずに人間関係は濃くならない」みたいなコミュニケーションツールな無理も、
会社員時代みたいに「酒の席は義務」みたいなストレスフルな労役も、
まぁ、経るべき道ではあったと思うんだけどね。
というわけで、こんなやさぐれたアラフォーになっちゃった私のお酒哲学でも披露して、終わらせようっと。
「酒は飲んでも呑まれるな」
「吐くなら飲むな・飲むなら吐くな」
モンゴルでは、
「四十にして、ようやく口にし、
五十にして、杯を置きながらたしなみ、
六十にして、幸せを味わいながら飲む」
というようにお酒の飲み方についての「チンギスハーン(ほんとかいな?)の教え」がことわざとされております。
モンゴルでの酒の失敗って、ほんとに一生のダメージになります。
へたすりゃ命を落とします。
モンゴルで起きる殺人事件で一番多い原因は、「酒の席で酔っ払っての口論の末」とか、「酔っぱらって記憶がない」といった知人同士の事件です。
酔っぱらって一人で歩いていたところを襲われて命を落とされた日本人女性もいらっしゃいます。
自分が酔ってても、相手が酔ってても、結構、のっぴきならない事態になっちゃうのがモンゴルでの「のみすぎ」事件です。
酔っぱらって道端で寝ちゃったら、そのまま永眠しちゃいますしね。
お酒飲むと、血のめぐりがよくなるようで、末端での血行は逆に血管開きすぎて血圧に影響が出て、逆に寒い中では悪影響。深酒+厳寒=凍傷、と心してくださいませ。
地方のモンゴル人は、「酒は吐くまで飲むもの。酔っぱらって我を忘れるまで飲むもの」というせつな的な破壊的飲み方を好む傾向がありますが、一応、私たち日本人は「大人飲み」で雰囲気にのまれない自己防衛はしたほうがよろしいかと思います。
自分ペースでお酒を楽しみたい人は、決して、モンゴル人に「お酒が好き」とか「お酒は強いほうだと思う」とか言わない方が身のためです。
だって、あの人たち、「強い」とか「好き」とかいわれると、「自分とどっちが強いか」と対抗心を燃やして、つぶしにかかるんだもん。
ホントはね、モンゴル民族もアジア系モンゴロイドでアルコール成分分解酵素はそれほど多くないから、体質的に強い人ってほとんどいません。ただ、好きで、酔っぱらってつぶれることに対しての躊躇や恥の意識がないってだけです。
意識がなくなっても呑み続けられる人も結構、多いのですが、そのときの彼らは、「別人二十八号」で「酒飲みゾンビ」なわけで、人格も「あなたの知らないあの人」になっているかもしれません。
ツァガンサルの余韻でまだまだ市内バスなどは酒臭いと思いますが、お酒のトラブル、気をつけてねー!
えらそうなことをいいつつも、お猪口1杯のワインで、顔を真っ赤に湯気が出るほどあつくできるモンゴルだるまです。
ほんと、お酒、弱いんですよ。
気持ち悪くなっちゃう。
特に体を壊してしまってからは、全然、ダメ、、、だと思ってた。
父はウワバミ。いっくらでもお酒が飲めるし、酒で豹変したり暴れたり、人に迷惑をかけることはない。銘柄によって、多少、説教くさくなることがあるのですが、たいていは、乱れることなく飲み続け、そして、ちゃんと自分で歯を磨き、パジャマに着替え、寝床を作り、眠る手のかからないタイプです。
逆に母は、ナラ漬で3日間寝込むほどの二日酔いになったり、鍋料理の隠し味に小さじ1、2杯しのばせた日本酒に反応して「も、もられたー・・・」とつぶやいてバタンキューとひっくりかえって、幼い私たちをびびらせたサスペンスの死に役女優もまっつぁおなくらい弱い。
どうして、こうもお酒に対するタイプが違う二人が40年以上も仲良しでいられるのか?とか、学生時代の交際期間はどうやってデートしてたんだ?とか余計なお世話な疑問もわいてくるわけですが・・・
ぶっちゃけ、私、ハタチ以降になって合法的にお酒を楽しめるようになってからのほうが、お酒、弱くなった。
もう15年以上たつのだから、軽犯罪はとっくの昔に時候だろう、とたかをくくって白状しますと・・・
高校時代はコンパ好きでした。
アメリカ留学前のお別れコンパは、かなりのどんちゃん騒ぎになりました。
でもって、帰国時には、一足先に卒業しちゃうクラスメートたちから贈られたサイン帳や寄せ書き色紙には、多くの男子から「君はお酒が強いから、また帰ってきたら飲もうぜ!」とか「楽しいお酒、また飲もう」とか、「ウィスキーの水割りぐいぐい行く姿が印象的だった」みたいなことが書かれていたのでした。
あれだけ、遠足とか修学旅行とかクラブ活動とかクラスマッチとか文化祭とか、日常生活とか想い出になりそうなイベントがあったというのに、「そこですか・・・」っていうくらい、「酒が強い」的な記述が書かれていたのを読み返し、今じゃ、すっかり下戸状態の私は「今は昔・・・」っていうくらい驚いている。
ほんとに、これは私のことか?っていうくらい。
学生時代もまた、かなり飲んでいる。酔っぱらうくせに飲んでいる。
ワンゲル部というのもまた、山に登っては酒を飲み、山を下りては酒を飲み、都会に帰ってきたといっては酒を飲み、部室に人が集まった、といっては酒を飲み・・・って感じであった。
モンゴル語学科、というのもまた酒好きの集まりだった。当時はわりとユルユルだったから、「藤棚ビール」といって、先生が万札カンパしてくれて、当時ちょっぴり流行ってた生ビール感が楽しめる3リットルサーバーとか、つまみとともにガンガン購入しては、授業中にも飲んでいた。
陽気がいいから、といっては酒を飲み、やれサクラが綺麗だと酒を飲み、、、
やっぱり、酒を飲んでいた。
留学時代は、酒瓶なしではアルヒは買えず、酒瓶があっても配給割り当ては、1か月1世帯あたり1本まで、ってことなので、あとは闇市場からの購入というちょっぴりダークサイドな感じで、消毒液の匂いと味がするアルヒしかなかったのに、やっぱり、事あるごとに酒を飲んでいた。
先輩が帰国するといっては、爪の先からアルコールが臭い、胃液どころか胆汁まで吐きだすほどつらい二日酔いにのっても、その習慣は2年間、変わらなかった。
モンゴルの辺境地にフィールドワークに行く時も、おかねよりもむしろ酒のほうが価値が高かった。辺境地でのお酒は貴重なので、「好きな人が飲めばよい」と遠慮していても、「お前も飲め」と強要されたら飲まざるを得なかった。
とにかくモンゴルとお酒は背中合わせ、抱き合わせなのだった。
でもね、、、テレビ制作会社時代の過酷な労働により、精神的にも肉体的にも壊滅状態に追い詰められてからは、めっきり酒が飲めなくなっていました。
つーか、飲んだら、飲んだ分だけ命が縮む、というか寿命がちぎられているのを実感できました。
気づまりな環境で、気遣いというか上司に対してビクビクしながら飲む酒がおいしいわけもなく、悪酔いしてつぶれることも許されず、、、とにかく、会社勤めでは、「飲みにケーション」は大事といわれていても、苦痛以外の何物でもなかった。
やっぱ、肝臓と腎臓と胃袋、小腸、大腸を同時多発的に機能不全まで追い込まれると、人間、駄目ですわ。
お酒なんか飲めません。
膵臓とか胆嚢とか、結構、レアな臓器が脆弱になったところで、「私、この会社に3年以上いたら、多分40歳まで生きられない」って先が見えました。
だから、「テレビ番組の制作のAtoZな手順」を覚えたところで、独立。フリーになりました。
でも、やはり、過酷な労働とか精神的な圧迫、虐待が継続的だった労働環境に2年以上もさらされてるとね、人間、環境変えたくらいじゃすぐには健康にはなれないのです。
とはいえ、「社長さん」になると、とりあえず、自分の権限というか采配で、酒を飲む、飲まないの選択ぐらいはできるようになりました。
酒がつきもののモンゴルでも起業してから5年間は、ほとんどお酒を断っていました。
大好きな人たちと会える年に数回の飲み会は楽しみだたったけど、アルコール類は一切飲まず、こっしょりノンアルコールで盛り上がってました。雰囲気に酔える女だったから、割り勘で負けないように、食べるほうに専念でした。
めっきり体が弱って、腎臓がいよいよ慢性的にいかん・・・となり、そっから2年間は見事に酒抜き。
ただね、不思議なんですけどね、、、「飲みたいお酒」は飲んでも、悪酔いしないのですよ。
去年の今頃は、小さじ1杯飲んだら、体に激痛が走り、倒れこむくらい、お酒飲めなかったのにね。
去年の後半くらいから、ちょっぴり寝酒とか覚えちゃって、一人でもワインとか飲んでたりしてね。
一人寝酒をするような孤独なイタイ女に自分がなるなんて思わなかったけど、これがまた美味しかったりするのです。
中島みゆきさんな気分で・・・
で、今回の一時帰国でね、飲んでも平気なんですよ。あらーーーー?
量のコントロールができるようになったせいか?
ストレスが無くなったせいか?
ほんとに体が元気になったからか?
ぶっちゃけ、好きな人としか飲んでないからだと思います。
好きなことしかしてないし。
私、去年は、「生きて日本に帰りたい」ってそれしか考えてませんでした。
そっから先の、つまりは2011年にどう働くか、なんかイメージしてませんでした。
私、七転八倒を繰り返しながらも、かならず這い上がる、生きる希望を失わないタフさ、というのは、心の底辺にちゃんともってるはずなのですが、意外と打たれ弱いというか精神的なストレスが、体に深刻なダメージをもたらす虚弱タイプなのです。
精神の根っこは残るんだけど、地上部は壊滅状態になりやすい。
だからこそ、日本にいるときは無理しません。絶対しない。
好きな人としか会いたくない。美味しいものしか食べたくない。
やりたいことだけやってたい。
今、この期間を「やりたいことだけやる」贅沢を許されるなら、モンゴルでのタフな日々を甘んじて受けとめるし、障壁やがれきの山をガシガシ乗り越えることに対して苦労を厭わない。
まぁ、そんなわけで、いろいろ辛い酒の日々を経て、今の自分は結構、「お酒と楽しくつきあえる大人」になった気がします。
中高生の時みたいに、「酒はよっぱらってナンボ」みたいに背伸びした無理も、
大学生の時みたいに、「酒を飲まずに人間関係は濃くならない」みたいなコミュニケーションツールな無理も、
会社員時代みたいに「酒の席は義務」みたいなストレスフルな労役も、
まぁ、経るべき道ではあったと思うんだけどね。
というわけで、こんなやさぐれたアラフォーになっちゃった私のお酒哲学でも披露して、終わらせようっと。
「酒は飲んでも呑まれるな」
「吐くなら飲むな・飲むなら吐くな」
モンゴルでは、
「四十にして、ようやく口にし、
五十にして、杯を置きながらたしなみ、
六十にして、幸せを味わいながら飲む」
というようにお酒の飲み方についての「チンギスハーン(ほんとかいな?)の教え」がことわざとされております。
モンゴルでの酒の失敗って、ほんとに一生のダメージになります。
へたすりゃ命を落とします。
モンゴルで起きる殺人事件で一番多い原因は、「酒の席で酔っ払っての口論の末」とか、「酔っぱらって記憶がない」といった知人同士の事件です。
酔っぱらって一人で歩いていたところを襲われて命を落とされた日本人女性もいらっしゃいます。
自分が酔ってても、相手が酔ってても、結構、のっぴきならない事態になっちゃうのがモンゴルでの「のみすぎ」事件です。
酔っぱらって道端で寝ちゃったら、そのまま永眠しちゃいますしね。
お酒飲むと、血のめぐりがよくなるようで、末端での血行は逆に血管開きすぎて血圧に影響が出て、逆に寒い中では悪影響。深酒+厳寒=凍傷、と心してくださいませ。
地方のモンゴル人は、「酒は吐くまで飲むもの。酔っぱらって我を忘れるまで飲むもの」というせつな的な破壊的飲み方を好む傾向がありますが、一応、私たち日本人は「大人飲み」で雰囲気にのまれない自己防衛はしたほうがよろしいかと思います。
自分ペースでお酒を楽しみたい人は、決して、モンゴル人に「お酒が好き」とか「お酒は強いほうだと思う」とか言わない方が身のためです。
だって、あの人たち、「強い」とか「好き」とかいわれると、「自分とどっちが強いか」と対抗心を燃やして、つぶしにかかるんだもん。
ホントはね、モンゴル民族もアジア系モンゴロイドでアルコール成分分解酵素はそれほど多くないから、体質的に強い人ってほとんどいません。ただ、好きで、酔っぱらってつぶれることに対しての躊躇や恥の意識がないってだけです。
意識がなくなっても呑み続けられる人も結構、多いのですが、そのときの彼らは、「別人二十八号」で「酒飲みゾンビ」なわけで、人格も「あなたの知らないあの人」になっているかもしれません。
ツァガンサルの余韻でまだまだ市内バスなどは酒臭いと思いますが、お酒のトラブル、気をつけてねー!
