モンゴルだるま@ウランバートルです。
すいません、完全に地震・津波・福島原発爆発に飲み込まれてしまっています。
震災からはるか遠いモンゴル国の安全圏なのに、ツィートやテレビ・ユースト動画の影響で精神的な疲弊と、何かをしなきゃ、と思いながらの空回りで常軌を逸してた自分に反省。
朝からずーっと震災情報の検索とか内容チェックとかテレビとかにはりついていて、なんとウランバートルにいるときに欠かしたことのなかった愛犬ソートンの散歩すら行けなくなってしまいました。
昼頃にやってきたガナー君が見かねて、散歩に行ってくれました。
円がどんどんレートが下がっているから、今手持ちにある分は両替しておかないと、思ったけど、外出しようとしても足に力が入らなくって、、、結局、結構な大金をガナー君とソートンに託して両替に行ってもらう。
自動車の車検や30%ほど去年より値上がりした自動車税、そして4月には第一四半期分の税務申告と外資系企業の40万円事業税の前払い、アパートとオフィスの管理費や公共サービス料金の支払いなど、今月と来月前半は結構、お金がどーんと出て行くタイミングで、実は現地で支払っていただける報酬がゼロ。日本の口座への振込みと来月払いなのです。
さらに、日本全国がこれだけ大変なことになっていては、夏に見込めるモンゴルへのツーリストなんて激減は必至。つまりは収入の見込みもまったく立たなくなってしまっている状況なのですね。ぶっちゃけ。
今更ながら、というか、この時期に何を考えているんだ?と思ったのですが、なんというか、自分の異様さに気がついて、現実というか、この先数ヶ月の生活をどうしていくか?ということを考えたときに、呆然としてしまいました。
寒い中散歩と両替に行ってくれたガナー君+ソートンに、あったかいお茶やご飯も出すことなく、PCに釘付け、、、異様だわ、こりゃ。
言葉がわからないNHKの相次ぐ地震警報に、福島原発がついに3号機が水素爆発、さらに2号機にも海水冷却の荒療治・・・となり、津波被災者のインタビューがあり、、、という映像を見ながらガナー君が「こりゃ、家族呼び寄せたほうがいいんじゃないの?日本、沈んじゃいそうじゃないか。」と何気なくつぶやいたことに、いきなりキレて泣いちゃった。
泣いただけでなく、「日本は沈まない。2回の原爆でヒロシマもナガサキも焼け野原の壊滅状態になった。大地震のたびに多くの犠牲者が出ても、何度でも街を復興してきた。津波の被害は、何百年も前から乗り越えてきている。日本は沈むもんか!そういう縁起の悪いこというなら、出てってよ!」と飲みかけのお茶までひったくって、追い出してしまった。。。
なんというか、自分がささくれ立っていることに、何もできないことにグラグラになっている。
福島県に実家がある大学時代のワンダーフォーゲル仲間の家族は大丈夫だろうか?
農家に嫁入りしていったモンゴル人花嫁たちの消息も、まったくわからない。大使館の日本に在住、滞在しているモンゴル人の安否情報リストにも載っていないし、こちらでお見合いセッティングした業者は電話にすら出ないから、誰がどれだけ行っているのか、結婚生活を続けているのか、まだ福島にいるのか、何もわからないまま。
いろんな不安と希望を抱えてよく知らない日本男性に、「丈夫な子供を生んでくれて、農作業を手伝ってくれる花嫁」として期待され、3回か4回ぐらいのデートや文通でと嫁いでいった彼女たちは無事でいるのだろうか?
フラワーホテルでマネージャーをやっていたりで、10年近くの知り合いで、修士号まで持っていた女性が、「経済的に安定していて、連れ子と一緒でもいいって言ってくれたの」と恥ずかしそうに、嬉しそうにラブレターの翻訳をお願いしてきたことを思い出す。
津波も地震も、瞬間を乗り切れば、あとは生き抜くことができるけど、被曝は全くその逆で、瞬間大丈夫でも徐々に被曝の影響が出てきたり、体が蝕まれていく。ピカドンの被爆者との暮らしで、その苦しさ、辛さを身近に感じていたからこそ、原発の制御が出来なくなって、次々に大変なことになってきている状況に対し、昨日までの、「辛くても乗り越えられる」という楽観がまったくできなくなってしまっているのです。
自分の命を守る、ということに対し、日本にいる人たちはものすごくシビアに、リアリティを持って危機感を持っているんじゃないかしら。
ホラー映画やスプラッターな映画ばかりを見ていると、ついつい凶暴性がひきずりだされるのに似て、地獄絵のような被災地の様子、原発の爆発映像を繰り返し見ていることで、完全に私の精神はおかしくなっていました。
今、現実として被災している方々に申し訳ない。でも映像という完全に箱の中で、実感が伴わない作られた「リアル」によってですら、精神的に崩れそうになっている自分の弱さが情けないです。
地震なれしていないモンゴル人たちがどれだけ心細いだろうか、不安だろうか、と、日本にいる、モンゴル国民以外の多くの友達や知人、全く知らない人たちが何十万人も被災し、1万人を超える規模での犠牲者が出ている状況が日常のようになってしまっている人たちの精神的な傷はどれほど深いものなのかを想像すると、自分の感情がコントロールできなくなってしまう。
これまで猛吹雪の行軍や極寒の野宿とか自動車ごと谷底落下、とか横転して目玉飛び出したり、唇をザックリ裂いたり、背骨を折ったり、腎臓病になったり、いろんな命の危険を体験してきたけれど、今回の精神的恐怖は、かなり酷い。
今日で3日目。地震の揺れに慣れたとしても、そろそろ精神的なストレスはひとつのピークに達していらっしゃることと思います。
地面が揺れていても、揺れていなくても、津波がきててもきていなくても、震災映像を繰り返し見続けていれば、やっぱりおかしくなるし、いまや日本全国みんなが被災者と同じのような気がします。
自分のところが揺れていなくても、命に別状がなくても、その平常さに罪悪感を感じてしまう。
あぁ、これは心理学で勉強した、アレだ、アレ。
苦境に耐えすぎて、いろんなことに耐性が麻痺しちゃって、感情の起伏が押さえ込まれてしまう。
これってやっぱり大変な精神的ストレスです。
3日目の皆さん、出来る限りの日常を取り戻しましょう。
散歩に出たり、ちょっとだけ笑い話したりして、体や顔の筋肉をほぐしましょう。
ガナー君が肩を落とし、ため息を残して、出て行った後、30分ぐらいして、愛犬ソートン(オスのシェパードもうすぐ8歳)が、散歩用のリードをくわえてきて、そっと私の足元に起きました。
私の膝に前足をおいて、上目遣いに見つめながら小首をかしげるその仕草は、「ちょっとだけ、外の空気吸ってこようよ」と言っているようでした。
被災地にいる人たちでも、がんばっている平常心で自分たちの精一杯を生きているのだから、支援する側になる私達は凹むことなく、できる限りの平常心と通常の暮らしを大切にしながら、安全圏にいるからこそできることを実践していくしかないものね。
被災者の皆様が生きていることに感謝。犠牲者の方のご冥福をお祈りします。
被災地も被災地以外の人たちも、日本は皆、がんばっている。
そのことがすごいって思います。日本ってなんだかんだいって、すごい国です。
すいません、完全に地震・津波・福島原発爆発に飲み込まれてしまっています。
震災からはるか遠いモンゴル国の安全圏なのに、ツィートやテレビ・ユースト動画の影響で精神的な疲弊と、何かをしなきゃ、と思いながらの空回りで常軌を逸してた自分に反省。
朝からずーっと震災情報の検索とか内容チェックとかテレビとかにはりついていて、なんとウランバートルにいるときに欠かしたことのなかった愛犬ソートンの散歩すら行けなくなってしまいました。
昼頃にやってきたガナー君が見かねて、散歩に行ってくれました。
円がどんどんレートが下がっているから、今手持ちにある分は両替しておかないと、思ったけど、外出しようとしても足に力が入らなくって、、、結局、結構な大金をガナー君とソートンに託して両替に行ってもらう。
自動車の車検や30%ほど去年より値上がりした自動車税、そして4月には第一四半期分の税務申告と外資系企業の40万円事業税の前払い、アパートとオフィスの管理費や公共サービス料金の支払いなど、今月と来月前半は結構、お金がどーんと出て行くタイミングで、実は現地で支払っていただける報酬がゼロ。日本の口座への振込みと来月払いなのです。
さらに、日本全国がこれだけ大変なことになっていては、夏に見込めるモンゴルへのツーリストなんて激減は必至。つまりは収入の見込みもまったく立たなくなってしまっている状況なのですね。ぶっちゃけ。
今更ながら、というか、この時期に何を考えているんだ?と思ったのですが、なんというか、自分の異様さに気がついて、現実というか、この先数ヶ月の生活をどうしていくか?ということを考えたときに、呆然としてしまいました。
寒い中散歩と両替に行ってくれたガナー君+ソートンに、あったかいお茶やご飯も出すことなく、PCに釘付け、、、異様だわ、こりゃ。
言葉がわからないNHKの相次ぐ地震警報に、福島原発がついに3号機が水素爆発、さらに2号機にも海水冷却の荒療治・・・となり、津波被災者のインタビューがあり、、、という映像を見ながらガナー君が「こりゃ、家族呼び寄せたほうがいいんじゃないの?日本、沈んじゃいそうじゃないか。」と何気なくつぶやいたことに、いきなりキレて泣いちゃった。
泣いただけでなく、「日本は沈まない。2回の原爆でヒロシマもナガサキも焼け野原の壊滅状態になった。大地震のたびに多くの犠牲者が出ても、何度でも街を復興してきた。津波の被害は、何百年も前から乗り越えてきている。日本は沈むもんか!そういう縁起の悪いこというなら、出てってよ!」と飲みかけのお茶までひったくって、追い出してしまった。。。
なんというか、自分がささくれ立っていることに、何もできないことにグラグラになっている。
福島県に実家がある大学時代のワンダーフォーゲル仲間の家族は大丈夫だろうか?
農家に嫁入りしていったモンゴル人花嫁たちの消息も、まったくわからない。大使館の日本に在住、滞在しているモンゴル人の安否情報リストにも載っていないし、こちらでお見合いセッティングした業者は電話にすら出ないから、誰がどれだけ行っているのか、結婚生活を続けているのか、まだ福島にいるのか、何もわからないまま。
いろんな不安と希望を抱えてよく知らない日本男性に、「丈夫な子供を生んでくれて、農作業を手伝ってくれる花嫁」として期待され、3回か4回ぐらいのデートや文通でと嫁いでいった彼女たちは無事でいるのだろうか?
フラワーホテルでマネージャーをやっていたりで、10年近くの知り合いで、修士号まで持っていた女性が、「経済的に安定していて、連れ子と一緒でもいいって言ってくれたの」と恥ずかしそうに、嬉しそうにラブレターの翻訳をお願いしてきたことを思い出す。
津波も地震も、瞬間を乗り切れば、あとは生き抜くことができるけど、被曝は全くその逆で、瞬間大丈夫でも徐々に被曝の影響が出てきたり、体が蝕まれていく。ピカドンの被爆者との暮らしで、その苦しさ、辛さを身近に感じていたからこそ、原発の制御が出来なくなって、次々に大変なことになってきている状況に対し、昨日までの、「辛くても乗り越えられる」という楽観がまったくできなくなってしまっているのです。
自分の命を守る、ということに対し、日本にいる人たちはものすごくシビアに、リアリティを持って危機感を持っているんじゃないかしら。
ホラー映画やスプラッターな映画ばかりを見ていると、ついつい凶暴性がひきずりだされるのに似て、地獄絵のような被災地の様子、原発の爆発映像を繰り返し見ていることで、完全に私の精神はおかしくなっていました。
今、現実として被災している方々に申し訳ない。でも映像という完全に箱の中で、実感が伴わない作られた「リアル」によってですら、精神的に崩れそうになっている自分の弱さが情けないです。
地震なれしていないモンゴル人たちがどれだけ心細いだろうか、不安だろうか、と、日本にいる、モンゴル国民以外の多くの友達や知人、全く知らない人たちが何十万人も被災し、1万人を超える規模での犠牲者が出ている状況が日常のようになってしまっている人たちの精神的な傷はどれほど深いものなのかを想像すると、自分の感情がコントロールできなくなってしまう。
これまで猛吹雪の行軍や極寒の野宿とか自動車ごと谷底落下、とか横転して目玉飛び出したり、唇をザックリ裂いたり、背骨を折ったり、腎臓病になったり、いろんな命の危険を体験してきたけれど、今回の精神的恐怖は、かなり酷い。
今日で3日目。地震の揺れに慣れたとしても、そろそろ精神的なストレスはひとつのピークに達していらっしゃることと思います。
地面が揺れていても、揺れていなくても、津波がきててもきていなくても、震災映像を繰り返し見続けていれば、やっぱりおかしくなるし、いまや日本全国みんなが被災者と同じのような気がします。
自分のところが揺れていなくても、命に別状がなくても、その平常さに罪悪感を感じてしまう。
あぁ、これは心理学で勉強した、アレだ、アレ。
苦境に耐えすぎて、いろんなことに耐性が麻痺しちゃって、感情の起伏が押さえ込まれてしまう。
これってやっぱり大変な精神的ストレスです。
3日目の皆さん、出来る限りの日常を取り戻しましょう。
散歩に出たり、ちょっとだけ笑い話したりして、体や顔の筋肉をほぐしましょう。
ガナー君が肩を落とし、ため息を残して、出て行った後、30分ぐらいして、愛犬ソートン(オスのシェパードもうすぐ8歳)が、散歩用のリードをくわえてきて、そっと私の足元に起きました。
私の膝に前足をおいて、上目遣いに見つめながら小首をかしげるその仕草は、「ちょっとだけ、外の空気吸ってこようよ」と言っているようでした。
被災地にいる人たちでも、がんばっている平常心で自分たちの精一杯を生きているのだから、支援する側になる私達は凹むことなく、できる限りの平常心と通常の暮らしを大切にしながら、安全圏にいるからこそできることを実践していくしかないものね。
被災者の皆様が生きていることに感謝。犠牲者の方のご冥福をお祈りします。
被災地も被災地以外の人たちも、日本は皆、がんばっている。
そのことがすごいって思います。日本ってなんだかんだいって、すごい国です。