モンゴルだるま@ウランバートルです。
今日も、ウランバートルは「モンゴルの春」でした。
明日で8歳になる愛犬ソートン君(ジャーマンシェパード・オス)の散歩も、ついつい足取り軽く、遠出していました。
股引装着なしでの生足ジーンズは、別に細くなったわけではないけれど、ウェストやヒップ、腿部分がゆるゆるになり、「痩せ気分」が味わえるから嬉しい!
そして、これまで-40℃対応の毛皮もっこもこブーツだったのが、スニーカーに変わったわけで、これまた足元が軽く、スッキリするので、歩き方も心なしか颯爽としてきます。

寒かったときは、30分ほど近所の3ブロックぐらいをちょろりとまわるくらいでしたが、快適なお散歩日和になると、1時間半くらい、あっちゃこっちゃとグルグル廻ることになります。万歩計の歩数もちゃんと名前の通り、万歩超えするので、Wiiフィットの歩数記録や運動記録もつけがいがあるというもの。

我が家の羊ちゃんたちは、まだ出産してないそうです。次の週末あたりに様子を見に行くことになりました。

モンゴルの春、といえば、冬場はどこかに隠れていたか避寒渡りをしていたのであろうフィンチ(すずめの仲間系)たちやベニハシガラスなどが街中に戻り、鳩やカラスたちも、群の再結成で賑やかです。

裸のポプラも、よくよく見つめると枝先に若芽が膨らんできています。

雪はすっかり融けて蒸発し、ドロドロなところはなくなりました。
でもね、モンゴルの春っていうと、、、砂埃がつき物です。
空気が埃のシールドを持って突っ込んでくるっていう印象で、「あーーーーー、くる、くる、くるー」と空気の塊が見えるのです。方向転換やどっかの建物の壁に避難できればいいのですが、そういう避難ができないと、まともに砂埃を全身で受け止めることになります。

寒い、寒いと文句たれていた室内も、外気温とほぼ同じな15度前後で、ようやく快適になりました。
太陽の光も差し込むようになり、ありがたや、なのです。

日が長くなる、というのは、ほんとにありがたいことで、今じゃあ7時過ぎまで明るいです。
ウランバートルの公害問題No.1である石炭の煙も、たまることなくうまく飛散するようになり朝から活動できるようになったおかげで、私の行動時間も2倍近くアップです。

モンゴルの春の目覚めと共に、私自身も起業10年目を迎え、今までにないくらい活動しよう、と張り切っています。ペタしてね
モンゴルだるま@ウランバートルです。
昨日は、日中の気温が+10℃を超え、約半年振りに股引(レギンスとかともいうのか?)をはかずに生足ジーンズ+スニーカーで犬の散歩を楽しみました。春!ですね。

さて、昨日の記事で紹介させていただいたモンゴル国最大の関心事といえるタワントルゴイ経済鉱区をしきる国営会社「エルデスタワントルゴイ株式会社」の株式10%相当が2011年3月31日以前に生まれたモンゴル国籍の全国民に無料配布される、とありましたが、無料配布は決定されましたが、その時期については、2011年末か2012年初めになるんだそうです。

昨日の新聞には、この株式無料配布に伴い、モンゴルの一般ピープル向けに「株とは何か?株による試算運用セミナー」なるものの広告がありました。

株とは何か?今度こそ、ちゃんとその資本の本質的な意味を理解しつつ、自分の資本力を確実につけていくための呼び水や基盤として運用していってほしいです。

株ってルールがわかってる人しか勝てない仕組みな気がする。モンゴルにもすでに財界インサイダーが存在していて、いわゆる「上流階級」がグループを作って、わずか10%程度の「テルボムタン(10億長者)」によって政治も経済も動かされているのが現実です。

でも、ちゃんと株を運用したり、資金力をつけて、その次のステップを自分なりに決めることが庶民にも許されるようになるならば、モンゴルはもっともっと豊かに、国民がドリームを見ることができる国になると思います。

民主化・市場経済化が始まったばかりの頃、社会主義経済化で「私有財産」=資本をもたなかった多くの国民のために、ピンククーポン、ブルークーポンなる国有財産を国民が「所有」できる権利の証券が無料配布されましたが、当時は、まだ「株式の運用」なるものを理解している人がほとんどいなかったため、国外留学組とか党幹部・高級官僚など目先がはしこく、いつの間にやら「私腹を肥やす」ことができていた人たちが、急激なインフラでアップアップになった国民から破格の値段(もちろん二束三文に安いって意味で)でクーポンを買い集め、あっという間に、「ビジネスマン」となった、という資本主義経済社会で生まれ育った私からすると、「ルールのわからんゲームに国民を巻き込み、ルール作りしてる奴らだけが勝つ仕組みなんて、自由競争じゃない!」って憤慨したものでしたが、まぁ、とにかく、そんなこんなで、20年たち、90年代の「なんでもあり」で「お金持ち」になった人たちが知恵をつけて、さらなる「勝ち組」にのし上がったケースもあれば、「お金」に振り回されて家庭がぶっ壊れたり、マネーゲームに踊りすぎて、結局運用しきれずにどん底に戻った人もいたり、どうやっても「この人、生活向上を自力でする気、ないんだろうなあ」っていう人たちや、チャンスを虎視眈々と狙っている人、外国人に「寄生」していきる語学ゴロやわらしべ長者的な勝ち組など、モンゴル国民の多様化現象が起こり、モンゴル国ウォッチャー、モンゴル学研究に携わる者としても興味深い。

日本資本の証券会社もいくつかあったり、鉱山関係者などモンゴルでのビジネスを検討していらっしゃる方をウランバートルのあちこちで見かけるようになりました。
ちょっと出遅れた感がありますが、今震災後の復興対応であっぷあっぷで、そもそも外交手腕など皆無の民主党政権が、このどさくさでまだ延命されちゃいそうで、はっきりいって政府に頼っての資源外交の展開なんか期待できません。
だからこそ、日本の次の10年、20年を見据えた民間人ががんばってモンゴルとの経済発展スクラムを組んでほしいと思います。

日本が大変、といったって、これはチャンス!とばかりに諸外国、特に欧米系の会社は日本を出し抜いて、今まで20年間で日本政府が無償・有償援助や人材育成などの支援で築いてきた基盤をかっさらおうとしています。

モンゴル国の資源、資本は、何があってもモンゴル国籍のホンモノのモンゴル人民のために活用されるべきであるというのが私の信念です。
だからこそ、開発し、育てて、持続的自力発展ができるように、環境保全もしながら活動できる日本の「良心」と「技術」とモンゴルの資源活用がいい形でタッグを組んでほしいです。

欧米が植民地化していたアジアやアフリカ諸国が、植民地から脱却しても様々な弊害が残り、その後の発展で苦労したのとはウラハラに、日本が「植民地」としていた朝鮮半島、中国大陸の旧満州国周辺、東南アジアは、日本が建設した都市インフラを基盤とし、病院や学校、鉄道などをそのまま引き継ぐ形で運用しながら、ちゃんと自分たちの頭で考え、自分たちらしい政治や経済の舵取りをしながら、短期間で発展し、世界の潮流に乗ることができています。
大日本帝国時代に日本が国内外で行ったこと全てが歴史的に肯定されることはないけれど、それでも、こうした、外国・異民族に対しても戦略的に行われた日本型開発が100年後もなお生かされているということは、もっともっと日本人が誇りと自信を持って主張し、政治戦略、経済戦略として生かしていいことだと思う。

株の運用の仕方、といいますが、正直、モンゴルの政財界だって、ほんとの意味で、100年後、200年後のモンゴル国のビジョンをつかみきれていないと思います。急激にGDPが伸びちゃうってことの意味、ほんとの底力を身につけた庶民基盤が脆弱であることなどは、欧米やロシア・中国主導で鉱山開発が行われてしまうとき、100年後にモンゴル国が独立国として存在できるかどうかすら危ぶまれると要素だと思うのです。

だからこそ、世界トップの経済大国にのし上がりながらも、原生自然を残し、里山文化や伝統継承が尊ばれ、政策としても、温故知新が生かされている日本にモンゴルのパートナーとなってほしい。

老人も発言権がありつつ死ぬまでケアされるシステムを持ち、庶民の子供でも高度な教育を受け続ことができるだけの初等・中等教育が受けられるというシステムが作れたノウハウやマインドなどを、モンゴルと対等なビジネス関係を育むことで定着できたらいいなぁ、と思います。

モンゴル人の知的人材のポテンシャルは相当に高いと思うけれど、今のお金持ちから庶民、貧困層を通じて思うのは、モラルハザードが脆弱で、思いやりの心がシステムとして行動に反映されていないことでのサービス分野の成長のイビツさや、公正・平等の精神が本質的に信じられていないという残念な社会になっちゃっています。

子供の頃から、親の財力が背景に、学校でエコヒイキされちゃったり、教師のモラルが低下し、教え子にたかってたり、成績不振分の「下駄」を履かせるための「袖の下」が当然になってたり、子供同士のカツあげやいじめが低学年から始まっていても、親が有力者だったりすると、見てみぬふりが当然、とか、「皆、ズルしているのが当たり前。お金さえあれば、何をやっても許される」という風潮にずっぽり漬かってしまっているのが心配なのです。

親世代、成人している人たちの心の貧しさが子供たちの成長の妨げになっている。

これから名実共に、世界の「資源富裕国」にのし上がるモンゴル国だからこそ、今、このスタートダッシュのときに、日本人にがんばって食い込み、働く人たちの意識を高める日本型経営をモンゴルで展開してほしいです。
モンゴルだるま@ウランバートルです。
昨日から4月がスタートしたわけで、在モンゴル国の日本人会の役員なるもののバトンを受け取り走り出したってこと以外に、実に1年ぶりにモンゴルの日刊紙の購読(3ヶ月)を申し込み、昨日から新聞が届けられるようになったというところも心機一転な感じです。

新聞が届けられた、といっても日本のように自宅の郵便受けに配達されるというわけではありません。
オフィス近くにある会社の私書箱に配られるのを、犬の散歩ついで(あるいは通勤ともいう)にピックアップするのです。

情報として日本でもそれなりにホットになっているモンゴル国のオユートルゴイ、タワントルゴイの鉱山開発なども本格スタート。モンゴル全国民がその利益を享受できるように、ということで、この2大鉱山開発のうちタワントルゴイの統括会社となるモンゴル国有会社「エルデネスタワントルゴイ」株式会社が発行する15億株、国民1人1人に配分されることとなりました。

2011年3月31日以前に生まれた全モンゴル国籍の人2,796,341人(国家統計局発表による)は、一人当たり536株が無料でゲットできるのです。

これは、エルデネスタワントルゴイ株150億本のうちの10%に当たります。

こういう形での国有財産を全国民の所有、あるいは均等配分するというのは、1990年の民主化・市場経済化への移行時にも、ピンククーポン、ブルークーポンという形で、株券を発行し、国民全員が「資本」を持てるようにした、ということがありました。

90年代の社会主義経済から市場経済制への移行期に行われた「国民への国有財産均等配分」は、画期的ではあったけれど、国の経済発展、という意味では、大きな工場生産インフラがバラバラに解体されてしまったりと100%バンザイオッケー!っていう評価はしづらい気はするんだけれど、市場経済化してから20年がたち、モンゴル人の中にも「資本家」や「ビジネスマン」、「金持ち父さん的投資家」が登場し、貧富の差は壮絶なものがあるけれど、それなりに国を経済界が仕切る体制が確立された、と思います。

また「株」の所有が何を意味するか、ということについても子供劇場の建物にいち早く入り込んだ証券取引所ができてから20年で、数々の大手企業が株式公開をし、株運用が資金運用のポートフォリオで定着するようになった現在のモンゴル国では、かなり浸透してきていることと思います。

などなど、えらそうな薀蓄をたれることができるようになったのも、新聞という紙媒体で情報確認にたっぷり時間をかけられるようになったから、です。

鉱山開発というホットな経済起爆剤が動き出した反面、やっぱり私は、モンゴル国の悠久の大地に受け継がれた原生自然を守り、次世代に受け継ぐ環境保全活動や伝統文化の礎である遊牧生活という、マイルドなグリーンアクティブにも注目していきたいです。

鉱山開発をモンゴルビジネスの「陽」ととらえるならば、私が10年間取り組み続けているエコツーリズムは「陰」のビジネスともいえます。
モンゴル人は古来から、陰陽のバランスを実にうまく生活に取り入れてきました。
それはこれからもいい形で続けていってほしいと思います。

鉱山開発がモンゴル国民の関心事項として国も推進したがっている、というのは、日刊紙の「ゾーニーメデー」を購読したら、おまけで「鉱山情報」誌が無料購読できちゃうということでもわかります。
ゾーニーメデーは政府系ですが、それ以外に、民主連合系の「アルドチラル(民主化)」紙も、やっぱり鉱山情報誌が無料でオマケ。

鉱山開発の利益を株という形で国民に均等配分する、というのは面白いことです。子供から老人まで、株式運用で持続的な経済活動の基礎を築けるようになる、という期待がありますが、どうなるのかな?

難しいから、パスしちゃおうって思っていた私ですが、こういう時流ですから、無視しっぱなし、というのはいかんな、と思った次第。

私の気持ちも新たなスタートですが、モンゴル国民にとっても、新たな国を挙げての経済成長のスタートになりました。