モンゴルだるま@ウランバートルです。
昨日は、日中の気温が+10℃を超え、約半年振りに股引(レギンスとかともいうのか?)をはかずに生足ジーンズ+スニーカーで犬の散歩を楽しみました。春!ですね。

さて、昨日の記事で紹介させていただいたモンゴル国最大の関心事といえるタワントルゴイ経済鉱区をしきる国営会社「エルデスタワントルゴイ株式会社」の株式10%相当が2011年3月31日以前に生まれたモンゴル国籍の全国民に無料配布される、とありましたが、無料配布は決定されましたが、その時期については、2011年末か2012年初めになるんだそうです。

昨日の新聞には、この株式無料配布に伴い、モンゴルの一般ピープル向けに「株とは何か?株による試算運用セミナー」なるものの広告がありました。

株とは何か?今度こそ、ちゃんとその資本の本質的な意味を理解しつつ、自分の資本力を確実につけていくための呼び水や基盤として運用していってほしいです。

株ってルールがわかってる人しか勝てない仕組みな気がする。モンゴルにもすでに財界インサイダーが存在していて、いわゆる「上流階級」がグループを作って、わずか10%程度の「テルボムタン(10億長者)」によって政治も経済も動かされているのが現実です。

でも、ちゃんと株を運用したり、資金力をつけて、その次のステップを自分なりに決めることが庶民にも許されるようになるならば、モンゴルはもっともっと豊かに、国民がドリームを見ることができる国になると思います。

民主化・市場経済化が始まったばかりの頃、社会主義経済化で「私有財産」=資本をもたなかった多くの国民のために、ピンククーポン、ブルークーポンなる国有財産を国民が「所有」できる権利の証券が無料配布されましたが、当時は、まだ「株式の運用」なるものを理解している人がほとんどいなかったため、国外留学組とか党幹部・高級官僚など目先がはしこく、いつの間にやら「私腹を肥やす」ことができていた人たちが、急激なインフラでアップアップになった国民から破格の値段(もちろん二束三文に安いって意味で)でクーポンを買い集め、あっという間に、「ビジネスマン」となった、という資本主義経済社会で生まれ育った私からすると、「ルールのわからんゲームに国民を巻き込み、ルール作りしてる奴らだけが勝つ仕組みなんて、自由競争じゃない!」って憤慨したものでしたが、まぁ、とにかく、そんなこんなで、20年たち、90年代の「なんでもあり」で「お金持ち」になった人たちが知恵をつけて、さらなる「勝ち組」にのし上がったケースもあれば、「お金」に振り回されて家庭がぶっ壊れたり、マネーゲームに踊りすぎて、結局運用しきれずにどん底に戻った人もいたり、どうやっても「この人、生活向上を自力でする気、ないんだろうなあ」っていう人たちや、チャンスを虎視眈々と狙っている人、外国人に「寄生」していきる語学ゴロやわらしべ長者的な勝ち組など、モンゴル国民の多様化現象が起こり、モンゴル国ウォッチャー、モンゴル学研究に携わる者としても興味深い。

日本資本の証券会社もいくつかあったり、鉱山関係者などモンゴルでのビジネスを検討していらっしゃる方をウランバートルのあちこちで見かけるようになりました。
ちょっと出遅れた感がありますが、今震災後の復興対応であっぷあっぷで、そもそも外交手腕など皆無の民主党政権が、このどさくさでまだ延命されちゃいそうで、はっきりいって政府に頼っての資源外交の展開なんか期待できません。
だからこそ、日本の次の10年、20年を見据えた民間人ががんばってモンゴルとの経済発展スクラムを組んでほしいと思います。

日本が大変、といったって、これはチャンス!とばかりに諸外国、特に欧米系の会社は日本を出し抜いて、今まで20年間で日本政府が無償・有償援助や人材育成などの支援で築いてきた基盤をかっさらおうとしています。

モンゴル国の資源、資本は、何があってもモンゴル国籍のホンモノのモンゴル人民のために活用されるべきであるというのが私の信念です。
だからこそ、開発し、育てて、持続的自力発展ができるように、環境保全もしながら活動できる日本の「良心」と「技術」とモンゴルの資源活用がいい形でタッグを組んでほしいです。

欧米が植民地化していたアジアやアフリカ諸国が、植民地から脱却しても様々な弊害が残り、その後の発展で苦労したのとはウラハラに、日本が「植民地」としていた朝鮮半島、中国大陸の旧満州国周辺、東南アジアは、日本が建設した都市インフラを基盤とし、病院や学校、鉄道などをそのまま引き継ぐ形で運用しながら、ちゃんと自分たちの頭で考え、自分たちらしい政治や経済の舵取りをしながら、短期間で発展し、世界の潮流に乗ることができています。
大日本帝国時代に日本が国内外で行ったこと全てが歴史的に肯定されることはないけれど、それでも、こうした、外国・異民族に対しても戦略的に行われた日本型開発が100年後もなお生かされているということは、もっともっと日本人が誇りと自信を持って主張し、政治戦略、経済戦略として生かしていいことだと思う。

株の運用の仕方、といいますが、正直、モンゴルの政財界だって、ほんとの意味で、100年後、200年後のモンゴル国のビジョンをつかみきれていないと思います。急激にGDPが伸びちゃうってことの意味、ほんとの底力を身につけた庶民基盤が脆弱であることなどは、欧米やロシア・中国主導で鉱山開発が行われてしまうとき、100年後にモンゴル国が独立国として存在できるかどうかすら危ぶまれると要素だと思うのです。

だからこそ、世界トップの経済大国にのし上がりながらも、原生自然を残し、里山文化や伝統継承が尊ばれ、政策としても、温故知新が生かされている日本にモンゴルのパートナーとなってほしい。

老人も発言権がありつつ死ぬまでケアされるシステムを持ち、庶民の子供でも高度な教育を受け続ことができるだけの初等・中等教育が受けられるというシステムが作れたノウハウやマインドなどを、モンゴルと対等なビジネス関係を育むことで定着できたらいいなぁ、と思います。

モンゴル人の知的人材のポテンシャルは相当に高いと思うけれど、今のお金持ちから庶民、貧困層を通じて思うのは、モラルハザードが脆弱で、思いやりの心がシステムとして行動に反映されていないことでのサービス分野の成長のイビツさや、公正・平等の精神が本質的に信じられていないという残念な社会になっちゃっています。

子供の頃から、親の財力が背景に、学校でエコヒイキされちゃったり、教師のモラルが低下し、教え子にたかってたり、成績不振分の「下駄」を履かせるための「袖の下」が当然になってたり、子供同士のカツあげやいじめが低学年から始まっていても、親が有力者だったりすると、見てみぬふりが当然、とか、「皆、ズルしているのが当たり前。お金さえあれば、何をやっても許される」という風潮にずっぽり漬かってしまっているのが心配なのです。

親世代、成人している人たちの心の貧しさが子供たちの成長の妨げになっている。

これから名実共に、世界の「資源富裕国」にのし上がるモンゴル国だからこそ、今、このスタートダッシュのときに、日本人にがんばって食い込み、働く人たちの意識を高める日本型経営をモンゴルで展開してほしいです。