主計町茶屋街は、金沢三茶屋街の一つ。浅野川沿いにある情緒豊かな茶屋街です。「主計町」は全国で初めて旧町名が復活した地でもあります。夕暮れ時は、三味線の音も聞こえます。

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ひがし茶屋街は、今でもキムスコ(木虫籠)と呼ばれる美しい出格子がある古い街並みが残り、小京都の風情があります。五木寛之著「朱鷺の墓」の舞台としても知られています。

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加賀の銘菓  きんつばの中田屋

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ちょっと、ビックリ!

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雪景色の金沢城  玉泉院丸庭園

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加賀百万石前田家の居城 金沢城の石川門

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兼六園から見た金沢城

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日本三大庭園の一つ兼六園

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春の報せ

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かつて陸軍兵器庫であった赤レンガの建物を利用した石川県立歴史博物館

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長町武家屋敷跡界隈は、かつて藩士が住んでいた場所。今は、おしゃれな甘味処もあり、石畳の小路を散策すると、当日の雰囲気に浸れます。

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前田家土佐守資料館の正面にある老舗記念館。

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記念館の中からガラス越しに見た武家屋敷界隈

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富山城の側を流れる松川は、富山城の天然の要害で、城下への重要な舟運路であった神通川のなごりをとどめています。日陰には、うっすらと雪が残ります。
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千歳御門から富山城を眺めます
イメージ 2安住城や浮城との別名を持つ富山城
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櫓を模した建物の富山市佐藤記念美術館
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企画展は「やきものアジア紀行」イメージ 6








案内板によると、甲州街道は五街道の一つで江戸と甲府を結んでいました。当時は、甲州道中と呼ばれ昭和30年代までこの辺りに甲州街道の道標が建てられていました。現在、その道標は、長野県富士見町の歴史民俗資料館に保存されているそうなので、街道旅の途中で寄りたいと思います。

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街道は、ここで、多摩川を渡ります。江戸時代は橋が架けられていないため、日野の渡し場から、舟か人力で川を渡っていました。


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当時、ここから舟で日野に渡っていました。赤い橋は立日橋で、その上のレールは多摩都市モノレール線です。


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多摩川を渡ると東の地蔵があります。福地蔵とも呼ばれ、1809年に建立されました。ここが日野宿の江戸口にあたります。1811年建立の馬頭観音が一緒に並んでいます。


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日野宿の佐藤家本陣跡。


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現在は、資料館として公開されています。


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当主の佐藤彦五郎は天然理心流の
道場を開き、近藤勇が教授に訪れ、土方歳三、沖田総司、井上源三郎が稽古に励んでいました。

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八坂神社には、天然理心流近藤周助(勇の養父)の門人が奉納した額があるそうです。

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土方歳三生誕地跡は資料館として公開されています。

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日野市立新選組ふるさと歴史館に寄りました。

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一見、土方歳三の写真に見えますが、実は都立日野高校の生徒が爪楊枝で製作したアートなんです。ふるさと歴史館の入り口に飾られていました。使用した爪楊枝は全部で19万800本だそうです。

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日野駅近くに建つ宝泉寺。鳥羽伏見の戦いで戦死した新選組六番隊組長の井上源三郎の墓があります。

日野駅で地元の方が地産ののらぼう菜を売っていたのでお土産に購入しました。

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日野市を代表する企業の一つの自動車メーカーHINOが甲州街道沿いにあります。

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早咲きの桜はほぼ満開でした。

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永福稲荷は村の鎮守です。

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境内には、江戸時代に活躍した力士八光山権五郎像があります。

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八王子宿に入ります。八王子宿は、北条氏照居城の八王子城を秀吉家臣前田利家が攻め落とした後、家康が大久保長安に命じて造らせた街で、横山宿、八日市宿、八幡宿で構成されていました。市で賑わいがつくられており、この市守神社が市の守護神の役割をしていました。

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八日市宿跡。

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追分に建つ道標。「左甲州道中高尾山道」と記されていますが、空襲で途中で折れたものを復元しています。

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この辺りに千人同心の家並みがありました。了法寺には、千人同心の墓があります。千人同心は、滅んだ武田家臣団と北条家臣団を家康が西の固めとして抱えた組織でしたが、実際は半農半士の生活ぶりだったようです。

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了法寺の門を入ると、アニメキャラクターが寺を案内してくれます。とてもユニークなお寺さんです。

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2016.3.22  布田五宿から八王子宿

8:40~16:40  歩行距離 30





今日は、開花し始めた桜を楽しみながら、布田五宿から八王子宿を目指します。
京王線の調布駅を降り、最初に訪れたのは西光寺です。山門の網越しに見える仁王像は、調布市の重要文化財に指定されています。

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門の脇には新選組組長近藤勇坐像があります。近藤勇はこの上石原で生まれました。


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西光寺は、徳川家光より御朱印地を賜った御朱印寺です。


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飛田給薬師堂の境内には行人塚があります。仙台藩典医の松前意仙がこの地で石像瑠璃光院薬師如来立像を彫り上げ、墓穴を掘り自ら入定し成仏したとされています。

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この日は、まだ薬師堂が開けられていなかったので、安置されている石像を拝むことができませんでした。

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聖武天皇(724~49)の時代に一国一社の八幡宮として創建された武蔵国府八幡宮です。

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府中宿に入ると、地元が拠点となっているプロサッカーチームFC東京の紅いフラッグが至る所でたなびいています。そして、府中宿と言えば、くらやみ祭で有名な武蔵國の鎮守、大國魂神社があります。

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門を入ると、開花し始めた枝垂れ桜が目に入ります。

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大國魂神社の本殿

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本殿には東京の地酒9本が供えられていました。不謹慎にもついつい目と心が釘付けにされてしまいました。中でも、石川酒造の多満自慢は懐かしいお酒です。

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大國魂神社に面した通りには、ケヤキ並木があります。これは1062年に源頼義・義家父子が奥州安倍一族を平定したことに因んで寄進されたものです。

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中久本店は1860年の創業です。隣りに問屋場跡があります。

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甲州街道と鎌倉街道の交差する所から札の辻と呼ばれ、高札場が設けられていました。この高札場は、当時のまま現存しているものです。

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曹洞宗龍門山  高安寺。

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境内には、鎌倉入りを許されなかった源義経のために、弁慶が赦免祈願と大般若経をしたためた弁慶硯の井があります。

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分倍河原駅ロータリーには、新田義貞像があります。像は、鎌倉幕府の倒幕を目指して鎌倉方面の南を向いています。

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内藤家の冠木門は府中宿矢島本陣の表門を移築したものです。

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本宿交番前脇にある秋葉大権現常夜灯。

度重なる火災が起きたことから、防火の目的から建てられています。

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熊野神社は旧本宿村の鎮守。社殿の裏には国史跡の上円下方墳があります。

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谷保天満宮は湯島天神、亀戸天神と並び関東三天神の一つです。

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境内には放し飼いの鶏が群れています。堂々としていて、少し怖いです。

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谷保天満宮は、交通安全祈願の発祥地でもあるので、私は、甲州街道の旅の安全とついでに学業成就の祈願をしました。

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また、谷保天満宮は、今、急増中の御朱印ガールの火付け役で、しかも、彼女らの間では、可愛い御朱印手帳があるパワースポットとしても有名らしいのです。(続く)
人形町と言えば、甘酒横丁の柳屋の鯛焼きと板倉屋の人形焼きと今半のすき焼きかな~。
今日は、揚げ物の香ばしい香りに誘われて、人形町今半惣菜に寄りました。

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何と言っても、1番人気は、すき焼きコロッケ、2番人気は、自家製メンチカツ、3番人気は、ポテトコロッケ・・・(^ ^)

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私のお目当は、最高級の黒毛和牛を使った今半の自家製メンチカツ。衣は、サクッとしていて、中身がジューシーなんです。1ケ250円で、ちょっとお値段は張りますが、味は最高!甘酒と一緒が意外に合うんです。

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人形町を歩いていて、もう一つ目に付いたのが、甘酒横丁の中程にある老舗酒屋の自販機です。なんと、自販機に、新潟の銘酒  八海山があるではありませんか。呑みて~と、シャッターを切りました。

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スミマセン。何気ない、休日の午後のぶらり散歩でした。が、結構新しい発見があるもんですね。