日曜は美術館が€1だからノイエ・ピナコテーク | 世界ゆる旅 ひとり旅

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2カ月で7カ国をひとり旅。航路だけは世界一周。
食、音楽、舞台、芸術…「好き」を求めて毎年海外を放浪する足跡。




ツマちゃんに「日曜は美術館が1ユーロ(約140円)だよ!」と聞いて、延泊して心待ちにしていた日曜日がやってきました。


2015年5月3日(日)、この日もしとしとと降る雨。

 

 

 

 

行こうと思っていたのは、アルテ・ピナコテーク、ノイエ・ピナコテーク、そして、ピナコテーク・デア・モデルネです。


アルテ・ピナコテークは中世からバロック期の絵画を展示しています。ということは、宗教画が多い。


私は仏教校出身なもので、仏教は積極的に知ろうとしてきましたが、人生でキリスト教に触れたことがほぼありません。


大学時代に、友人に「ヨーロッパに行く時はキリスト教の歴史を学ぶとより面白い」と聞いていたのに、卒業して14年間、なまけていました。

 

よって、宗教画を見ても何の場面なのかがさっぱりなのです。また、「ルーベンスと、ルーベンス以外」しか判別できないため、今回はアルテをすっ飛ばしました。


ルーベンスはすごく好きなのです。光の描き方が。ルーベンスの光は「救い」のようだから。観ただけで、許された気分になるのはすごい。
 

ノイエ・ピナコテークは18世紀半ばから20世紀の作品約5000点を収集しています。印象派の作品が多い。印象派は夢心地の気分になるので幼いころから大好きです。


ただ、この旅で名画を溺れるように見ていて、結構好き嫌いがあるのに気づきました。特にレンブラントがこの度ではだめだった。


旅の最後のほうはレンブラントセンサーが働くようになってしまいます。「この暗くて表情の硬い肖像画はレンブラントだ……」「やっぱりそうだ……」どよーん、というセンサーです。


レンブラントは光と影の魔術師といわれていますが、光の魔術師はルーベンスで、影の魔術師がレンブラントだと思っています。


たまに出てくるレンブラントの陰鬱さにハッとしつつ、「スーラだ」「シスレー!」とフラフラ鑑賞していました。

まずはノイエへ。ノイエの場所はこちら↓

 


ヨーロッパの美術館は大きな荷物(リュックや大きなトート、ショルダーバッグ)を持っていたら入館できないので、まずはクロークに荷物を預けます。
 

私は
・カードは肌身に付ける
・お札と小銭はポケットにイン
・iPhoneもポケットにイン
という感じで、かなり身軽に見て回りました。

 

 

 

 

ただ。ノイエに折りたたみ傘を置いていたら、盗られました。薄さたった2.5㎝、小さくて軽くて、かつ安い(700円)、water frontの傘でした。

 

 

こんなに優秀な折り畳み傘をその後の旅で見かけることは一切ありませんでした。日本から軽くて小さくなる優秀な折りたたみ傘を持ってきていたら、置いていってはいけません。

 

ちなみにその後、傘を買うことはありませんでした。欧米の傘が太く重すぎて。

 


 

 

好きなところで好きなだけ絵画が見られるように、持ち運べる椅子があります。こういう発想がヨーロッパですね。

 

大学生の頃、ルーブル美術館で写生している人を見かけて、「絵画というのは日本の美術の特別展みたいに行列に並んで追い立てられるように絵の前を通過するものではないよなぁ」と思ったものです。

 

 

彼女は毎日、庭を眺めていられる。


 

さて。あれだけ、「絵画を写真に撮る人に苦言」を吐いていたにも関わらず、ドイツから絵画の写真を撮りはじめます。

ドイツでの絵画メモを見てみると……「ロートレック、ルノワール、シスレー、ドガ、ピサロ、セザンヌ、マネ……
一部屋まるごと巨匠。なんという部屋なんだろう」。

そう、日本なら一作品だけでも「特別展」になるような名画が、ひと部屋にずらーっと並んでいるのだ。それが、ずっと続く。


名画の海を泳ぐので、メモするどころじゃない。下手したらまた「時間切れ」になってしまう。だから(撮影可のもので)感動を持って帰りたい絵画は撮ることにしました。


そのなかでも「これは」というものだけ載せて書いておきます。

Max Liebermann(1847-1935)のMünchner Biergartenは人の幸せって、こういうことなんだろう、と思う。子どもが笑って泣いて甘えて、母は見守って、


人々はいつものようにビールを飲む。別に笑ってなんかいない。でもビールが飲める。今日は天気だ。この日常が至上なんだと思う。


こうやって旅して、いつもと違う経験が続くこととなんかより、たぶん、いつもの日々が続いていることが、ありがたいものなのでしょう。

 


 

 

これも心に残りました。「なんだこれ」と思って近づいたら、石板の真ん中に、小さく、とてもとても小さく、

 

 

 

 

James Lee Byars(1932-1997)のI am Imaginary(1978)。説明によると、ジェームズと天使たちが共有する秘密、だとか。

 

よくわかんないけれど、広々とした石板にパッと見ても気づかないくらい、小さな小さな「I am Imaginary」。石板が、世界に見えてきます。一見、青と白の石板が、途端に色づいた。遠くから見て、近づいて。

そうそう、ルノワールを見て「?」と思い始めたのはこの頃。ニューヨークくらいで言及します。

 

 

 

 

ゴーギャンのタヒチでの連作って、だらしなくて、しどけなくて、暑さにこころが溶けてなくなっちゃったんじゃないかってくらい、のびのびしていて、いいよな~と思いました。

 

わたしも、一人で旅してなければ、もっと あっち こっち そっち にもう読めないくらいのことを書いちゃったりするんだろうか。

 

 

 

 

 

ゴッホのひまわりはドイツにもありました。ここでもみんな、ひまわりに群がっているけれど、やっぱりゴッホは、なんてことのない風景のほうが好きです。

 

「Ebene bei Auvers」(1890)。色とりどりの野原と空にこの土地で生きているものの強さを感じる。


モネの睡蓮も素敵なんだけど、ノイエの睡蓮は、なんだか悲しかった。悲しい色なの。でも心地いいのです。「そうそう」って、しっくりと思える。雨の日は特に。

クリムトを見ると、イギリスtp同様に、レオナール・フジタの白を思い出します。レオナール・フジタは乳白色で、クリムトはさめざめとした白。

 

 


白を描いている時に、ふたりともめっちゃ白色を混ぜて、いろんな角度から見ていたんだろうな、と思えます。クリムトはサインのデザインがすごく好き。

 

 

 

 

もちろん、このほかにも「わー!教科書で見たー!」「美の巨匠で見たかもー!」という絵はたくさんあったのだけれど、割愛します。私の心をつかんだのは彼です。

 

 

 

 

見た瞬間、動けなくなりました。

 

 

 

イケメンだ!
 

 

 

と思った。心から。


この顔が好きで好きでしようがありません。5年経って、2020年にリライトしている今もそう思います。


髪はぷあぷあだし、ゴキブリ見たら「ひゃー!」って逃げそうだけれど、シャイで、慈しむような目線が愛おしい。彼の目で見つめられたい。


ノイエの序盤に彼はいるのだけれど、見とれてしまってなかなか次に行けなくて。断腸の思いで先に進み、最後に「好きなだけ見てよう」と戻ってきました。

 


 

 

 

角度を変えて、何度でも彼。

ヨーロッパの美術館って、空間と規模が大きいから、絵の上に絵を展示する、っていうパターンが多くあります。最初はびっくりしたけれど、ダイナミックな目線の移動は楽しい。

 

 

 

 

♥♥♥ノイエ ピナコテーク
Neue Pinakothek Closed:TUE  7€
10:00~18:00
https://www.pinakothek.de/

 

 

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