ときおり激しい雨を予感させる雷に、
首をすくませてびくびくしながら歩くことには、
ある種の強い目的と、
それに対するコミットメントが必要です。

Commitmentという英語が、
日本語にしてみたとたんに、
何か急に色あせて見えてしまうとか、
Proactiveという英語に含まれる、
人々の弱さ、
生きる事への希望、
誰かの役に立ちたいからとか、
少しでもよりよく行きたいからという、
とても前向きな思いは、
日本語では、
なかなか伝えることが難しいのです。


それは、
時に多くの人がこだわる、
アメリカ英語だからとか、
イギリス英語だからといった、
そうした、
デモグラフィックな違いから生まれる
差異ではなく、
人の持つ
思いのありかた、
思いの現れ方、
すなわち、行動への違いに、
大きく影響を及ぼすものだからです。


自分は、
今、
何に対して、
コミットメントをしているのか。


それに対して、
Proactiveに、
どのように向かっていけるのか。


そんなことを
週末の一日考えて過ごしていると、
よっしゃ、
また月曜日からがんばろうやん。
そんな気持ちになりました。



予定よりも
30分ほど早く着いてしまったので
昨日について。

アメリカの余波は
引き続き
僕の生活にさざ波ていどの揺らぎをおこしていて
へたしたら
これは船酔いやなぁと
そんなことん感じつつ
それでも
ひとつ ふたつ
嬉しい知らせもあったりで
陰陽バランスは
とれているような気がする。

ちょっとしたことで
1日中冴えない気分はあったけど。
どうも
ある特定の業界の営業マンさんが
苦手である。
きれいすぎて
かつ
底がしれなくて。
インテリで
コンパッションという
気持ちが感じられなくて。

なかなか
世の中は複雑だ。

一時間も そんな苦手な部類の人の話をきいて
胸やけがした。

大人ではない。

さぁ
ネクタイしめなおして
アポに向かうか。
世の中で起きる
ニュースの影響が
そのニュースが起こった日に、
ダイレクトに
こんな自分の生活にも
影響を及ぼすんだと認識したことは、
そのニュースの
社会に与える影響の大きさを
感じたような、
そんな気持ちになる。

昼は、
日経CNBCに首っ丈になり、
夜は
携帯電話で
NHK,
テレ朝、
TBSと
ニュースのはしごをしながら、
Macに向かった。


義理の兄から
連絡がある。
来週月曜日に
つきあって10年以上経つが、
はじめて二人で
飲みに行くことになる。

いや、
飲むというよりは、
会議か・・・。(フー( ̄ー ̄;)


8月に勃発した
家族の中の一人の
ごたごたの余波を
もろに受けて、
夏は、いつも
二八波を受けて
ただでさえ暇な時が多いのに、
まして、
そのような小さな津波に
巻き込まれて、
僕の生活は
海に浮かぶゴムボートのようだった。

そのフォローアップが
続いている。

木曜日には
その会議の
仕込みのために
電車で2時間近くかけて、
とても親切で
心優しいSさんに会いにでかけなくてはならないし、
色々と考えなくてはならないこともある。

・・・で、
その渦中の当人はといえば、
連休をのんびりと過ごしていたようで、
どこかの、
有名な
スウィーツ屋のお菓子が
まさに、
その昨日、届いていた。

あぁ無情。


I hear a voice within myself though.
A family matter is A family matter, after all.
Who else can deal with it?

But, at the same time,
I hear devil's voice, too...

... bloody hell
it's none of my business...

Oh well...

二条山にいくはずだったが、
昼から雨という天気予報を見て、
急遽予定変更。

朝一番から、
春日大社に行き、
奈良をぶらぶらすることにする。

8月に独りでお参りをしたときには
奈良の街はひっそりとしていた。
夕方ということもあったのであろう。
旅館もカーテンを閉じて、ひっそりと佇むところが多かったが、
昨日は連休最終日ということもあり、
沢山の県外車がとまっている。

車を止め、
春日大社に向かうために
興福寺を横切る。
修学旅行生の団体が、
先生に連れられ、
興福寺の前で、座っている。

ほんの25年前、
長野から修学旅行にやってきた
自分を思い出す。

春日大社に向かう参道は長い。
杉の木のトンネルを
ゆっくりと歩く。

何百年とつづく、
木々の営み、
同じ参道を歩いた、
人々の営みを思う。
参道には、企業が出した
灯籠が並ぶ。
奈良そごう、その文字を見つけたときに、
時の移ろいを目のあたりにした気分になる。
奈良そごうは、もうない。

神社の中では、
結婚式が行われていた。
沢山の外国人観光客が、
ものめずらしいのだろう、
一生懸命にデジカメにその様子をうつしている。

首からカメラをぶら下げて
写真を撮っている旅行客という絵は、
かつて、ハリウッド映画などでは、
日本人を象徴する映像として使われるものだったが・・・。

人種別によって
記念写真に対する考え方が違うのかなと思いながら歩く。

日本人は旅に際し、
自分や一緒に歩く仲間を
旅先の風景、光景の中におさめて写真を撮る。
ほとんどの場合、
写真の中の人々は、
直立不動である。

アジア人とおぼしき人たちの特徴は、
彼らもまた、
未知の風景に
自分や、連れ合いを含めて
写真を撮るのは、日本人のそれと同じだが、
日本人と決定的に違うのは、
多くの人が、
日本人には考えられないような
大胆なポーズを取るのだ。
それは、
「モデルか、あんたは」
そう思わせるような、それであり、
その場を横切る自分が
ちょっと気恥ずかしくなるような
それである。

きのうも、
奈良の鹿と一緒に写真を撮る
東南アジア系とおぼしき
カップルがいたが、
写真に収まろうとする
男の子は、
自分のバックにやってくる鹿に
腕をぐるっと回し、
ほぼ無理矢理とも思えるやり方で、
しかせんべいを鹿に与えつつ、
いや、鹿の鼻先寸前でせんべいを
ちらつかせながら、
そうすることで、
鹿の顔を
自分の首筋に無理矢理近づけ、
フレームにおさまっていた。

鹿が無事、
せんべいにありつけたのかは、
わからない。


それに反して、白い色をした
外国人達の特徴は、
自分は決して写真に収まらず、
彼らの多くは、
その場、その場の絵を
あたかも切り取るような感じで
写真をとることが多いように感じた。


たまたま、
僕を含め、妻、8歳の娘、6歳の息子
全員が、
金運の神社で
お参りをしたときもそうで、
この日本人家族が、
神様の前で
二礼二拍をする姿を
写真とビデオに収めている。

目をつむり、金運を必死の形相で祈る
日本人がめずらしかったのか、
どうかはわからない。
もちろん、
僕にしても、自分たちがお参りしている姿を
勝手に写真に撮られていたとは
つゆ知らず。。。

その外人達とすれちがった後、
娘がいう、
「あの人達な、
私たちがお祈りしているのを
ビデオに撮ってたで」

「・・・って、お前、
ちゃんと、お祈りしてなかったんか!?」
そうつっこみたい気持ちをおさえる。

彼らが
どこか遠い国に帰り、
友達や、家族に、
僕ら家族がお参りする姿が入った
ビデオを見せるとき、
かれらは、それを何と説明するのか。


「日本人って、どこでも、
おじぎばっかりしてるよ」
まるで、そんな
日本人の代表のように
扱われるのか。

二礼二拍を教えてやりたい気分になる。


春日大社のあと、
ベトナム料理をランチに食べる。

ニョクマムの強烈な臭いに
のたうちまわる子供達を尻目に、
妻はフォー。
僕は、春雨のつけ麺のようなものを食べる。

ランチの後、無印良品。
男物の洋服が
随分と少なくなり、
女性物が増えた。
ソファを追加で買おうと
ずいぶん前から画策をしているが、
昨日もやはり決められない。


その後、ミスタードーナッツでお茶をする。
娘が、おもむろにバッグから
ゼリーを取り出し、
食べ出すのを眺め、
店員に何か言われはしないかと
ドキドキしながら
アメリカンコーヒーをすすり
ドーナッツを食べる。
チョコファッションがこの日本にあることに感謝する。

そのあと、
敬老の日なので、
花束を買って、
義理の両親の家に。
義理の母がいる仏壇で、
家族全員で般若心経を読む。

8歳と6歳でお経が半分ほど読めるようになった
うちの子供達は、
将来ひょっとすると出家でもしてくれるのか。


夕方、昨日本を一冊送った、
先輩から電話が入る。
「家にいる場所がなく、
マンションの近くの公園で
缶酎ハイ、飲んでんだ」
10年後の自分を
見るようで、いやはや。

「今週、一回飲みに行こうやん」
そう言われ、
また立ち飲みかと
うんざりしつつ
それを楽しみにする、
多面的な自分。

夜は必死に仕事をこなす。
メールを何本か書いて、
繋がらない電話を何本かかける。

そして、無印で買った、
ダブルリングノートにメモを書き始める。


今日からまた短い一週間が始まる。









よく、一人で飲む。

家ではアルコールの類は
ほとんどとることがないので、
飲むとするならば、
外で独りで飲む。

考えてみると、
若いときには、そんなことをしている自分は想像できなかった。
しかし、
いつの間にか気がつくと、
どこでも入りやすそうな飲み屋やバーを見つけると、
ふらっと入ってしまうということが、増えた。


純粋に、一杯のときもあれば、
何か食事をするのと一緒に、一杯というのもある。


もともと大阪には「立ち飲み屋」が多いというのも
その理由かもしれない。
独り飲みを始めたのも、
サッポロのドラフトを出す、
立ち飲みだった。

あの時は、
初めてやってきた大阪に
知り合いもいないので、
独りで飲むしかなかったというのが
本当のところだ。

それから、何年かが過ぎ、
少しずつだけれども、
こんな自分にも、
飲み友達のようなものもできた。


しかし、それでも結局は独りで飲んでいる。


昨日、
同窓会があって、
そこで、僕よりも20歳も、30歳も上の人たちと
飲んだ後も、
気づいたら、
独りで立って飲んでいた。
普段、滅多に口にすることがない、
日本酒のせいで、
頭も身体も、
これ以上のアルコールは受け付けないはずなのに、
それでも、
ビールを片手に立っている。


その立ち飲み屋には、
3年ぶりで行った。


カウンターの中に立つ、
おばちゃんに声をかけられる
「どこか、転勤してはったん?」

「いや、自分で商売を始めたから
なかなか来られなかってん」

3年の月日を経て、
僕の体重は、
ストレスやら
運動不足やら
そんななにもかもで
5Kgほど増えている。
それでも、そのおばちゃんは、
僕のことを覚えていて、
「あぁ、
よく終電間際に来ていた人やろ」・・・と。


今日、
昼過ぎに電話をもらう。
前の会社の先輩だ。
今は会社を辞めて、
やはり独立している。
そして、
やはり同じように、
独り飲みを好む。

「夕べ、電話もらっていたみたいで」

そうだ、立ち飲みに向かう道すがら、
ひょっとして、彼もその時間にどこかで飲んでいれば、
合流して、一緒に飲もうかと思い、
電話をしたのであった。

夕べの事情を話し、
電話が繋がらなかったから
独りで飲みに行ったことを伝えると、

「いや、
僕も実は、夕べ、
ある人と食事していて、
そのあと、11時半頃、
独りでまた飲み直したんだよ」


独り飲みの味をしめてしまった人間は
結局
最後はそこに行き着くのか。


また、一緒に飲みましょう、
そう言葉を交わし、
電話を切る。


立ち飲みや、独り飲みが多い飲み屋には
独特の雰囲気がある。

その逆に、
大勢のグループであふれる中、
たった独りで飲んでいる人にも、
いくつかのパターンに分けて
特徴があることを発見した。


「孤独な群衆」という言葉があり、
独り飲みの多い飲み屋の特徴は、
まさにそれだ。

そして、グループであふれる飲み屋で
独りで飲むことは
「群衆の中の孤独」
とでもいおうか。


いずれにしても、
僕の中には、
「孤独」というキーワードが
昔からひっかかっているような気がしてならない。


ピアニストのグレン・グールドは、
終生とても孤独だったようだ。
あの独特な雰囲気のピアノは、
そこから生まれたとも言えるのかもしれない。

そうするならば、
僕という、
ちっぽけな存在にも、
「孤独」から生み出される、
ピリっとエスプリの効いた、
何かが、
将来生まれてくれよ、
と心から願う。