「海辺のカフカ」を読んでいる。

ツウソウテイオンという言葉を
昔知ったのだけれども、
その言葉を思い出す。

どこか、
誰もこない、
電話も鳴らない、
テレビもラジオもない、
そういう山奥にひっそりとこもって、
しばらくの間、
ひとりだけで、
小説を読むことだけに没頭したい、
そういう気持ちになる。

もともと社会性が欠けているんだけれども、
その傾向が
今は頂点に
また登りだしたらしい。


運動会。

まさか、自分が、
朝7時に起きて、
そのまま校庭に走り、
席取りをして、
そのうえ、
丸一日、地べたに座り込み、
子供の走る姿を
ビデオで追いかけ回す、
そんな父親になろうとは。

そもそも、
団体行動が一番嫌いだったはずだ。
まして、
学校行事なんてものも
振り返るにつけ、
今までかつで好きになった試しはない。


高校の競歩では、
医者までだまし、
虚偽の診断書を書かせ、
その上、サポート隊にも加わらなかった。
スキー合宿は
ぼんやりと欠席した。


そんな人間が、
いくら、秋空の下、
地べたでビールを飲むのが
旨いからとはいえ、
そんな
言い訳をしながら、
子供の
一挙手一投足に
映るはずのない
小型デジカメのズームを
必死になっていじりまわし、
妻のビデオに映る
目の前の
ばあさんの尻や、
おやじの禿頭に
文句を言いながら
一喜一憂しているとは。


はっきりいって、
情けない姿である。


だれも知り合いのいない、
この関西の地であるがゆえに、
人目をはばからず
さらすことのできる痴態であろう。

夢を見なくなって、
どれくらい経つのだ。

そう思っていたら、
朝方見た夢で、
ゴルフをしていた。
とはいえ、
自分はたいしてゴルフはできないが。

夢の中では、
7番アイアンが妙に長い。
長すぎて、
きちんとボールに
クラブのフェースがあたらないのだ。

短く持ってみる
すると、
シャフトがお腹でつかえる。

遠くに立ってみる、
フェースがまっすぐにあたらない。

一打
打ってみる。

やはりボールは飛ばない。
ライナーのような打球が
グリーンの前に落ちる。


その間に、
一緒にまわっている奴らは、
皆、グリーンにボールを乗せている。


あせる


はしる


そうだ、
クラブがみじかきゃ、
大丈夫だろう。


はしって、
バッグまで戻ると
いきおい、
何かを手にして
また走る。


ラフの上で、
ボールに向かう。


クラブのヘッドが点滅してるじゃないか。


・・・ サンドだ


また、はしる
はしって、
「P」を探す。


また、ラフに戻る。


一緒に回っている
見知らぬ独りが
パッドに向かっている。


おいおい、
俺、
まだ打ってないんだけど・・・




そこまで来て、
そうだ、
アクションだ。


そう思う。


アクションリストが
俺には必要だ。


その瞬間に
ゴルフのことは、
頭から消えている。


行動だ
動くんだ
アクションだ


やりたいこと
やらなくちゃいけないこと
全部まとめて
一つにまとめて
書き続けよう


そして
その通りに
行動をしてみよう


そこで、夢からさめた。


起きてすぐ、
一冊のノートを作り、
最初の見開きに書いた


Have you ever noticed
that there's really only one thing
you can do to unquestionably change
the scenery in your life?

Physically move through it.

In the fast lane,
- The Universe

(Michael Dooley: The Universeより転用)


これかい!
いいたかったのは!
知っていることと
分かっていることは違うよなー、
そんなことを思い、

そんじゃ、どうすんの?

ということで、
この間から、
本を読むときは、
小さな付箋紙を用意し
ここだけは覚えておきたいっていうところを
マーク。
その後、
時間を見つけて、
書写をしている。

きっと、
ブログで思うことを書いてみても良いんだろうけど、
書写をやってみようと。


なんだか、
しみこみ具合が
今までと、
違うような。


血となり
肉とするために。



夕方6時から、
「一生に一度あるかないか」(と言われていた)の家族会議。
・・・といっても、妻と二人のというのではなく、
親族一同が集まって、
夜11時まで、延々と話し合いが続く。

今朝は、そのお陰で、
激しい頭痛にみまわれて、
身体から力が抜けてしまっている。

いやはや。

議題の中心となった人からは、
「昨日はどうも」の
メールひとつもない。
そういうのを、ちょっとでも期待してしまう、
自分の人間的器の小ささにも
うんざりだぁー。
期待をするから、
がっかりする。

だったら、期待しなければいい。

そもそも、
期待をするということ自体が、
自分の器の小さいところなんだからね。


彼も生きている。
僕も生きている。
道は交わらなくても、
僕らは生きている。
それだけのことだ。


あんまりにも、歯切れが悪く、
スカッとしないので、
同じような思いをしている
妻を誘って、
ランチに出てきた。


僕らは、僕らでがんばりましょ、
という決意のようなものを結論として出し、
レストランを後にする。


決断とは外部の要素から促さて、
ということがあるのかもね。
断って、決める。
そうそう。
断つんだよ。
いろんな思い、
いろんな過去。

あとは
前に進むだけよ。