私は煉獄さんのお面作りました。
こちらのお面、子どもの節分用ではなく、
私が個人的に使用させてもらってます。
こちらです。
添い寝杏寿郎。



私は煉獄さんのお面作りました。
こちらのお面、子どもの節分用ではなく、
私が個人的に使用させてもらってます。
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添い寝杏寿郎。



鶴の恩返しの記事では
我が子の浮世離れした考え方が心に染みました。
今度はイソップ童話に挑戦です。
”アリとキリギリス”
せっせとはたらくまじめなアリは、夏の間に冬に備えて食料を集めたけれど、キリギリスは遊んでばかりで、冬になって困ってしまったというお話。

読み終えて、母から質問。
「昔話とか童話には、
人としてどう生きていくべきかとか、
こうすることが大切ですよっていう
「教訓」が書かれているのよ。
アリとキリギリスの教訓は、どんなことだと思う?」
「なんでしょうねえ。
大切なこと・・・
・・・・・・
アリは冬が来る前に食料を貯めこんだので、
冬越しするには問題ありません。
一方、キリギリスは・・・・
肉食か?!
いや、雑食だったか??
イネ科の植物を好むから雑食だ。
いずれにせよ、冬が来る前に成虫は皆死ぬんですよ。
冬を越すのは卵のみなので。」
大切なことを教えてくれてありがとう。
ところで
教訓はどこいった????
彼は昔からおとなしく優しい性格で、
物心つく頃から図鑑を読むのが好きでした。
花壇にいた蜂を見つけて園児たちが騒いでいると
「この蜂は温厚な性格なので、心配ご無用です。」
と何ともかしこまった口調で淡々と教えてくれる子でした。
幼少時代から杉下右京さん風の喋り方だったと思います。
言葉の遅れはさほど気にならなかったけれど、
感覚過敏と極端な偏食、
運動面での発達の遅れが目立ちました。
4歳で両足ジャンプができなかったり、
ブランコに乗れなかったり。
他人に体を触れられることを異様に嫌がりました。
そして何より、集団生活への抵抗感が半端なかったです。
入園式の集合写真での号泣から始まり、
次の日も次の日もギャンギャンと泣き続け
さすがにもう慣れてもいいだろうという頃にも様々な活動を拒否。
自由保育のゆるい幼稚園だったのが救いでしたが、
当時は何がそんなに嫌で騒いでいるのか、
私もさっぱりわかりませんでした。
何かがおかしいと、病院を駆け回り
自閉スペクトラムの診断をもらったのが4歳の頃です。
療育センターの医師が初対面でやりとりしても
「えっと・・・お利口さんに見えるんだけど、何が心配で来たの?」
と言われて帰されそうになったけれど、
押しきって検査をしてもらうと、
凹凸は明らかでした。
手先を使う課題やボディイメージを問う課題は2歳レベルが不合格でした。
すぐに療育を始め、身体面は感覚統合を、
コミュニケーション面は援助要求を通して
見通しを持てるようになることを目標に取り組み、
一歩ずつ一歩ずつ、できることは着実に増えていきました。
ただ、年長さんになっても、
怖いものは怖いもののまま。
子供のたくさんいる
予想のつかない世界が
どうしても苦手でした。
自由遊びの時間は、部屋の一角に
自分でパーテーションを作り、
ひとりで読書をしたり折り紙で恐竜を作って
黙々と過ごしていました。
鬼ごっこなどのレク活動はたいてい嫌がり、
ケイドロでは
「牢屋を見張りながら佇む人」
コオリオニでは
「スタートする前から凍ってる人(接触禁止)」
という新しい独自の役回りを確立し、
やっとこさっとこ切り抜けてきました。
そして、
「できなそうなことは絶対にやりませんよ。」
という確固たるポリシーがあったので
行事前のダンスの練習などは
先生の近くで一人寝そべってごろごろしていました。
床に肘をついて
みんなの練習を前から眺めながら
「息を合わせるようにね!」
と余計な声がけだけして鼻歌を歌っていました。
その不思議な光景に
「あの子はひょっとすると貴族の子で、やらなくても許されてるの・・・?」
と勘違いした子もいたかもしれません。
(家では毎回必死に練習して本番はどうにか形にしました。)
当時の私は、それはそれは悩んでいましたが
それでも今の学校生活に比べたら、
幼稚園の頃の方が
まだ集団に馴染んでいたように思えます。
(5歳の頃の絵。人物を描きたがらず、遠足の絵も生き物を描いています。)
そして今、昔を思い出してみて
「この子は、持っているな。」と思うのは
毎年、温かくて優しい先生と巡り合えることです。
療育の先生、幼稚園の先生、学校の先生
皆さん親身に応援してくれて、
毎日毎日褒めてもらいながら生きてきました。
私が子供の頃のことや、一般の子と比べても
何十倍も多くの大人に励まされて、
話を聞いてもらい、手を繋いでもらい
どんなに低く見積もっても
普通の何百倍もの手をかけてもらっています。
これほどたくさんの大人に支えられ
VIP待遇を受けてきた我が子は、
貴族ではありませんが、特別な子です。
この先苦しいことは色々あるとは思うけれど
たくさんの愛に囲まれ
手を差し伸べてもらいながら育ってきた彼は
将来一体どんな大人になるのでしょうか。
よければこちらも。
幼少期のパニック事件簿です。
今は随分と落ち着きました。
私
「おじいさんはどうして
冬休みのドリルの付録で、

