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モナコのブログ

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5月24日


これから世界一周旅行最終章のアフリカ大陸へ向かいますふたば


5月26日から南アフリカのケープタウンから40日間の陸路移動で北上し

7か国周り、ケニアで終路予定です。


毎日テントと寝袋で生活をするため(生きていたら)

ブログの更新は旅が終わってからの7月下旬からになると思われます。

マサイ族に会える日を夢みてジャンプの練習に励むこの頃ですが、

また7月末にこのブログを覚えていらっしゃるようでしたら

その時のぞきに来てみてくださいにどりにこ(←髪の毛が緑色になってるかもしれませんし)。


皆様の健康と幸せを遠くアフリカより心よりお祈りしていますheart2




5月13-16日


バラナシからコルカタまで飛行機で飛んだ。


ここではマザーテレサが設立したマザーハウスでボランティアする。


ボランティアスタッフは月・水・金の午後15時から登録作業が行われるため
飛行場から直でマザーハウスに向かった。


登録所では希望するボランティアハウスを聞かれたが、
ボランティアできるならどこでもいいと答えると


日程的、人数的配慮から
1日目にDamDamという重度の身体・精神障害を持った思春期の女性
2日目にPremDamという「死を待つ人の家(軽度)」
3日目にKhalighatという「死を待つ人の家(重度)」
でサポートさせてもらえることになった。


1日目に行くDamDam
朝6時にキリスト教ミサに参加し、7時から他のボランティアスタッフと
朝食を取りながら自己紹介を交えたあと、同じ場所に向かう人たちと
マザーハウスから1時間半ほどバスに乗っての場所にあるDamDamに向かった。


到着して施設の案内をされた。年齢、障害レベルからクラス分けされており
それぞれのクラスで毎日違うプログラムが行われている。


私が担当したクラスはBird(鳥)のクラスで

午前中は一緒に歌を歌い、
楽器を鳴らしながら神経を刺激するよう促したり
途中で泣き出す子をなだめたり、
トイレのサポートをしたりと

自分のできることをシスターや他のボランティアと
コミュニケーションをとりながら進めていった。


食事の時間になった。
症状が軽度の子達は自分で食事もできるのだが、
起き上がる事もできない重度の子もいる。


私はサルディーンという口をかろうじてあけることのできる

重度の障害を持った女の子の食事を担当することになった。


スプーンでおかゆのような柔らかい食事を口に運ぶと

ゆっくりと飲み込んでくれるのだが
サルディーンは途中で動かなくなってしまった


・・・?


おーい。


・・・。


やばいガーン


「シスター!!!!サルディーンが動きません!!」


シスターがニコニコしながらこっちにやってきて、
サルディーンの顔をゆすり、
彼女が普段食事をしながら寝てしまうことを伝えた。


先に言ってよ・・・汗


シスターが去った後

食べる途中で寝ちゃうって大丈夫なの?
息とか苦しくないの?

サルディーンに聞いてみたがまったく反応はない。


足の裏をコチョコチョっとこそばしてみた。


目をギュッとつむってもがいたので
こそばいいのだろうと了解したらぶ


女の子達の昼寝を手伝い(そうはいってもそう簡単に寝はしない)
また泣き出す子をなだめたり、喧嘩の仲裁にはいったりしていると
あっという間に5時のボランティア終了の時間が来てしまった。


明日も来る?


という彼女たちにお別れをいい
次の日もまた早朝6時のミサに出席したあと



PremDamという「死を待つ人の家(軽度)」の施設に向かった。


ここは歩いて40分の世界で5本の指に入るというスラム街の中にあるのだが、
行く途中、暑さと照り返しと生ごみの悪臭のする線路を通って行くため
頭が朦朧としてきたぐるぐる


同じく今日が初めてというマカオ人のボランティアスタッフと
ぐったりしながら歩いているとスラムの子供たちが向こうから大声で
こちらに呼びかけている。


振り向くとすぐ近くまで電車が来ていて驚いた私たちは
急いで線路から離れダッシュ

生ごみの中を歩いた。


あぶなかったねー・・・汗


すでにほかのボランティアスタッフとはぐれていた。
本来この時点ですごーく危ないのだが
施設はスラム街の中に建てられているため
彼らに道を聞きながら無事施設にたどり着いた。


到着と共にエプロンを装着し
洗濯の手伝いをした。


流れ作業で5つほどある水が溜まったシンクのうち私は2つ目を担当し
1つ目の洗剤で洗われた洗濯物が私に回ってきて私が水洗いしたものを
3つ目のシンクに投げいれる。4、5つ目のシンクまで水で注水され洗剤が
きれいに落ちたものを別のスタッフたちがしぼり物干に吊り下げていくというシステムだ。


どんどん流れてくる洗濯を3時間くらい濯ぎ相当な数を絞ったあと


死を待つ人の家とよばれるご年配がほとんどの女性達が待つ部屋に向かった。


できることはないかと声をかけて回っていると、
一人の女性にスカートを引っ張られた。
両手を差し出され、どうもマニキュアを塗ってくれということらしい。


施設からマニキュアを探し出し、ピンクがオレンジどうかと尋ねると
「まっ赤なのにしてくれ」という。


両手、両足を塗ると「ダンニャワード(ありがとう)」
と手を合わせられ頭を撫でてもらった。好


その後も10人ほどのマニキュアをこなし、


ご飯の時間になった。


こちらでも寝たきりの女性の食事を担当することになった。
もう体中が痩せこけてしまっていて気持ちよさそうに眠ってらっしゃるが
本当にこんな体でたくさんのおかゆを食べられるんだろうか・・・
不安に思っているとその方はペロッと全部平らげてしまった。


おおー!!


早ーい!!


そんな急いで平気でした??


と顔を除くと鼻から

さっき食べたご飯が出てきたムンクの叫び!!??


ぎゃーーー!!?


「シスター!!!鼻からご飯出てきましたけど・・・泣


シスターを呼びながら鼻から出たご飯をぬぐっていると
シスターが来る前にその方はまたすやすやと寝てしまった。


ああ、驚いた。。。ガクリ


その後もトイレのサポートをしたり
体をさすったり
洗い物を手伝い
一日はあっという間に過ぎた。


最終日、Khalighatという末期の患者さんがいる施設を訪れた。
軽度の患者さんより寝たきりの方が多いようだ。


中には家族から意図的に火破りにあい重度の火傷を負ってしまったがために
体がほとんど機能していない女性もいる・・・


昨日同様、数時間かけて洗い物をし
施設に行くと薬の時間だった。


一人ひとりの薬をシスターが区分し、錠剤がのめない人の薬を
すり鉢で細かくすりつぶし水と一緒に渡して回る作業を行ったくすり


薬を飲みたくないと泣き始め
シスターになだめられている女性もいるぼー


食事の時間が来て食事を手伝い、
お昼寝の前に見回りをしていると
半分寝たきりの患者さんに呼ばれた。


近くに行くと横に座りなさいという。


歌を歌ってくれた。
なんの歌だろう。
すごーく心地いいキラキラ
ベットに頭をうなだれていると
頭をなでながら歌ってくれていた。


私がサポートしているというよりは
心も体もずーっと傷ついてきた彼女達から
私の方が彼女たちに癒されていて
何にかはわからないが、
謝罪と感謝の気持ちでいっぱいになった。


ボランティアから帰ると体はくたくたなのに、
心ではもっと長い間一緒にいたいと願っていた。


自分は彼女たちで

彼女たちは自分のような
不思議な感覚を覚えた。


マザーテレサは道端に飢えで横たわった人から
神の声を聴いたというが


彼女たちの中に神がいるということが
ほんの少しわかる気がした。



5月12日


今日はマザーベイビースクールという日本人ボランティアが2008年に設立した小学校を訪れ、ボランティア活動をすることになっている。


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ここは宿泊型のスクールになっていて、
バラナシに訪れた旅行者が2階のゲストハウスを利用した費用で
教材費やスタッフへのお給料などがまかなわれており、
旅行者もスクールを見学したり、一緒に授業に参加して教えることができる。


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ただ、現在は生徒が増えたたため2階のゲストハウスを教室に建て替えしており
それが終わるまでの期間、ゲストは別の場所に滞在し
朝8時に待ち合わせをして学校まで行くことになっているという。
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この期間学校は夏休みのため、ゲストは生徒の自宅訪問をして勉強や宿題の手伝いをするのだが
私は暑さで少しバテ気味だったため、学校残り、通ってくる生徒たちに
算数と英語を教える手伝いをすることになった。


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今までは教材がプリントで作られていたものが、最近教科書を導入して
使用しているとのこと。


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指導の仕方を教わり、8歳の男の子と6歳の女の子をスタッフの方と受け持つことになった。


まず男の子に英語の単語の練習。

プリントに野菜や果物、身の回りのものを中心とする絵が描かれておりその横にヒンズー教が示してある。


それを日本人でも読めるようカタカナがふってあり、私がそれを読むと男の子がその単語を
英語で発音し、自分のノートにスペルも英語で書き込むという具合に進める。


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1つ1つ丸付けをしてあげ、答えがあっていると

「アーッチャー(上手、正解)」といって褒めてあげるのがいいそうだ。


机(desk)、お皿(dish)、本(book)、リンゴ(apple)・・・
男の子はどんどん上手に自分のノートに書き込んでいく。

うんうん。いいわよ。あってるあってる。
アーッチャー、アーッチャー♪と順調に進めていく。

彼も嬉しそうに「次は?次は?」と聞いてくる。
よしよし次「スイカすいか。とヒンズー語でいうと


彼の手が止まった。


しばらく考え・・・


「ウォーター ・・・レモン(Water lemon)レモンと書いた。


うーん。惜しい!!


ウォーターレモンではなくウォーターメロンめろんね。
すっごく似てるよね。
君の気持ちわかるけどね、
っていうか私にはどっちでも同じだけどね汗


訂正すると彼はちょっとしょんぼりした。
間違った兄を見て、隣の6歳の妹が猛烈にバカにしたガーン


すると兄はますますしょげてしまい単語どころではなくなってしまった。
8歳の男の子のハートは結構センシティブである。


でも私は8歳の男の子のプライドを立て直す方法を知らない。
1分ほど様子をみていたが、どうしようもなさそうだったので


「あと10分で20問クリアできなかったら宿題増やしまーすばいちゃん
と言い捨て強引に問題を解かせることにした。


「宿題」が功を奏してか彼は真剣に問題を解き始め10分で25問解いた。


よく頑張ったじゃない♪とプリントいっぱいに
特大花丸はなまる(プリントの右上ににっこりマーク付き)
を書くと彼に輝く笑顔が戻ったエルモ


子供の勉強を見るのは大変なことなのだなと
たった45分間だったにもかかわらずぐったりしてしまった。
私の両親はどれだけの精神を削って私に勉強を教えていたことか・・・
改めて彼らの偉大さを想った。


その後女の子にはまた45分間簡単な足し算の問題を解いてもらい、
2人の授業後、飴玉を渡し元気に手を振って帰っていく彼らを見送った。


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スタッフの方々とインドの教育事情について
昼食を取りながら意見交換をした。


インドには月100ルピー(200円程度)の教育費・教材費等が払えず
勉強したくても学校にいけないでいる子供がいること。


カースト制度自体は廃止されて時間は経つが、
実質的にはまだまだ教育支援が出来ていない為
職業の選択が開けていなかったり、
夢をもつこと自体不可能でいる子供が圧倒的に多いことを知る。


私たちの国を含め先進国では夢やビジョンを持つこと、
日々向上していくことが何より大切なように言われるが
それを許されないインドの人たちは不幸なんだろうかと考える。


でもよく見ていると子供を含めみんなの目は
いつも好奇心でキラキラしているし
与えられた境遇を、悲観というより
すべてを受け入れてもなお楽観する余裕さえ感じられる。


この国では自分でコントロールできるものは少なく
職業だって結婚だって親が決めるから自由はないだろうが
そうあることが彼らの言う秩序であって、
人生とはどういうもであったかというのは
最後には神様が決めるものなので悩み事態が少ないのかもしれない。


現在が苦しいのは過去生の行いが悪いというカルマがあるからで
ここでは今を受け入れ正しく生きることが
来世でよいカーストに生まれ変われるという共通認識があり
この国全体の社会システムになっているのかもしれない。

だから今を精一杯楽しめる人が最強で


夢や自由がなくても日々ここに生かされていることが幸せ・・・。


今の日本とある意味対極のこの国で
自分が今まで当たり前だと思ってきた
「常識」を考えさせられる一日となった。