映画「時計じかけのオレンジ/マルコム・マクドウェル」
「第九」といえば私の場合この映画です。そう、ロックがお好きな方は見られた方も多いのではないだろうかと思うスタンリー・キューブリック監督作品1972年公開の「時計仕掛けのオレンジ」。「ドアーズ」に続き衝撃的な映画のレビューが続いておりますがお許し下さい。
現代の日本もいよいよ酷く治安の悪化が問題視されている中こういうレビューで良いのだろうかとも思うのですが投稿させて頂きます。映画及びアメリカ出版版は原作より最終章(第21章)がカットされている様です。1つの芸術作品としてまでに止めて頂けたなら幸いです。本編を見る限りそれも納得出来ます。
・・・最近は日本もかなり近い物が有るかと思います・・・
以下フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋
『時計じかけのオレンジ』(A Clockwork Orange)は、イギリスの小説家アンソニー・バージェスによるディストピア小説。1962年発表。又は、アンソニー・バージェスの原作からスタンリー・キューブリックにより映画化されたイギリス映画。1971年公開。日本での公開は1972年4月。本項では主に映画について記す。
暴力やセックスなど、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描いた、サタイア(風刺)的作品。説話上は近未来を舞台設定にしているが、あくまでも普遍的な社会をモチーフにしており、キューブリックの大胆さと繊細さによって、人間の持つ非人間性を悪の舞踊劇ともいうべき作品に昇華させている。原作同様、映画も主人公である不良少年の一人称の物語であり、ロシア語と英語のスラングで組み合わされた「ナッドサット言葉」が使用されている。
※本作品は皮肉の利いた鮮烈なサタイア(風刺)だが、ごく一部には暴力を誘発する作品であるという見解や、この作品に触発されて犯罪を起こした者と語る犯罪者もいる。
削除された章
第21章では元に戻ったアレックスが再び新しい仲間たちとつるむ生活に戻るが、ある日かつての仲間の一人と再会し結婚して子供も生まれたことを聞く。アレックスは自分も18歳になったことだしそろそろ女でもつくり落ち着こうと考え、暴力から卒業しようと決意する。しかし一方で、かつて犯した犯罪は全部若気の至りだと総括し、子供時代にはだれでも避けられない道だろう、おれの子供にもいつか若い頃の話をするだろうけど暴力の道に進むことを止めることはできないだろう、とうそぶく。