『彼女たち』







― PM 8:00 ―




辺りがキラキラと輝く。

空は暗いのに、街はとても明るい。


クリスマスも終わったというのに、街路樹は相変わらずピカピカと電飾がされたままだ。

青白い光の『小さな玉』が、木々を覆う。歩道に並んだその木々は、ずぅっと先の方まで長く続いている。


(どこまでも青…)


仕事を終え、足早に向かいながら『それ』に目をやり考えていた。


(そういえば…)


いつから青い光ばかりになったんだろう。少し前までは『オレンジ色』の光だった気がする。

オレンジ色と青色。それぞれなんとなく雰囲気が違う。


(まぁ…)


どうでもいいけど。


あたしはイルミネーションが好きじゃない。クリスマスやこの時期も好きじゃない。子供の頃は楽しみだったのに、いつからか好きではなくなった。


イルミネーションの『光』も、この時期の冷たい『空気』も、冬の『匂い』もすべてが嫌いだ。


胸の奥がモヤモヤとして、ギリギリとして、イライラとして、ぎゅうっと苦しくなって、なんとも言えない気持ちになる。


『さむ…』


吐き出す息がモクモクと白い煙のように広がり、そして消えていく。


(ブーツ履いてこればよかったな)


カツカツとヒールを鳴らし、あたしは目的地へと急いだ。






―*―*―*―


目的に着くと、薄暗い階段を上がって行く。

そして、黒い扉を開けた。


『ギィィィ…』


ゆっくりそぉっと開ける。中をキョロキョロと確認。『お客』がいない事を確認して、サッと中に入った。


出勤する『女の子』とお客、どちらも店に入る『入口』が同じだったから。なんで一緒なんだろう?っていつも不便に思っていた。


『モモちゃんおはよう』


あたしに気が付いて、黒いスーツを着た『ボーイ』のミヤタさんが声をかけてきた。ボーイさんは、女の子に指示の伝達をしたり、夕飯の手配やいろんなケアをしたりしてくれる。

あとは、店内にある『バー』のカウンターで、女の子を待っているお客の話相手をしたりと、結構『気遣い』と『話術』が必要な仕事だ。


『おはようございます』


ココでの挨拶は、夜でも『おはよう』だ。それが常識。最初は戸惑ったこの挨拶も今ではすっかり慣れた。


『モモちゃん。今日はとりあえず大部屋待機ね。あと来月の土曜日、雑誌の撮影だから忘れないでね』


あ。忘れていた。あたしが苦手なやつだ。


(メンドクサイ)


月に一度雑誌の撮影がある。『その手』の雑誌に載る為の撮影。


『はーい』



『大部屋』は、女の子たちが仕事を待つ部屋のコト。

トイレ、洗面所、ロッカー、ソファー、テーブル、化粧台、小さなテレビ、それらがある一部屋。

そこへ入ると、自分のロッカーをカシャンと鍵で開けた。


そして、着ていた服を脱いでいく。


『モモちゃんおはよう。今から?』


声をかけてきたのは『リサちゃん』だ。ひと仕事終え、大部屋に戻ってきた。たまに会うと少しだけ話をする程度の仲。彼女は、あたしより年下。初めて年齢を聞いた時にはビックリした。


(十九歳!?)


肌がピカピカ。サラサラの長い髪と長い手足が、なんだかリカちゃん人形みたい。そんな姿とはウラハラに、いつもソファーでプカプカと煙草を吸っている姿が印象的だ。


『リサちゃんおはよ。今出勤したところ』



下着姿になったあたしは、長袖の黒いベロア調のロングドレスに足を入れた。スルスルと上まで持っていき、両腕を通す。そして、背中にある『長いファスナー』を下からと上から二回にわけて閉める。


背中と胸元は大きく開き、太ももは半分出るくらいの深いスリットが入っている。ウェストラインが強調される『マーメイドライン』のような、下だけ見ると丈の長い『チャイナドレス』のようなカタチだ。


大きく開いた首回りには、細かいビーズやスパンコールが装飾されている。これが、ココでの『制服』だ。女の子たちは皆、同じ制服を着ている。



着替え終わると、あたしはソファーに座って携帯をいじり始めた。テレビをなんとなくボーッと見ているコトやお菓子を食べるコトもあるけれど、だいたいは携帯を触っている。他の子達もそう。



一人を除いては。


(またパソコン見てる)


彼女は『トモちゃん』だ。いつもソファの上であぐらをかいたり体操座りをしている。そして、いつもノート型パソコンを抱え『何か』を見ている。

大部屋で会うコトはあっても、隣に座ったコトがないから何を見ているのか分からない。いつも気になっていた。


『ねぇ?何見てるの?』


気になり過ぎて、あたしはとうとう聞いてみた。挨拶はしたコトあるけれど、話かけるのは初めて。

トモちゃんは一瞬驚いた顔をしていたけれど、すぐに答えてくれた。


『…ゲーム』


ゲーム!?あたしは、すぐにトモちゃんの隣に移動した。画面を覗くと、ドラクエみたいなロールプレイングゲームの画面が目に入った。


『あ!あたしもファイナルファンタジーとか大好き』


それを聞くと、トモちゃんはフッと笑い、そして、ゲームについて少し語ってくれた。やっているゲームは『オンライン』らしい。毎日しているみたい。

彼女は、髪の毛を無造作にアップにし、化粧っ気が無い。アッサリした顔だ。


お店にはいろんな女の子がいるけれど、なんとなく『異色』な気がする。年齢は不詳。


『へー。面白そうだね』


話をしていると、そこへコールが鳴った。壁に設置された受話器。それが鳴ると、誰かへの『指示』がある。受話器の一番近くに座っていた人が取るコトになっている。

リサちゃんが受話器を取った。



『モモちゃん?代わるね』


あたしへの指示だった。


『モモちゃん。お待たせ!個室に移動して待機お願いします』


個室での待機の連絡だ。


『はーい』


荷物を持ち、大部屋を出る準備をする。


『いってらっしゃい』


リサちゃんが声をかけてくれる。トモちゃんはゲームに夢中。なんだかつれないな。


『いってきます』


大部屋を出る時にロッカーの前を通る。そこで着替えながら電話をしている人がいた。いつもの人。


『お母さんまだ仕事だからね。早く寝るんだよ』


彼女は『アケミさん』だ。しっかりと巻かれた茶髪のセミロング、長く濃いまつげ。ガッツリされたメイク。見た目は『ギャバ嬢』ぽい。挨拶はしたコトあるけれど、話はしたコトがない。


たぶん、結構年上。若そうに見えるけれど、意外に三十後半とかだったりして。


『遅くなるからね。ごめんね』


いつも着替えながら誰かに電話をしている。『お母さん』と自分のコトを呼んでいるから、子供にでもかけているんだろう。


(また電話してる)


なんとなく大変そうだなーって。あたしは、ただ『それだけ』しか思わなかった。

そんなアケミさんを横目に、大部屋を出て個室に向かった。





―*―*―*―


『ガチャッ』


個室に入ると、独特の匂いが漂ってくる。シャワー室の『石鹸』の香りやら、消えきっていない『煙草』の香り、他にもいろいろ混ざった匂い。


個室はそんなに広くはない。『黒』を基調としていて、電気は薄暗いオレンジの光。明るさを全開にしてもなんとなく暗め。さっきまでいた明るい部屋とは大違いだ。


窓はなく、壁際に黒いベッド。その横には黒い丸い小さなテーブル。そこにはいつも『デジタルタイマー』と灰皿が乗っていた。時間を計るのに使うやつだ。


ベッドの上には、『濃い紫色』の大きなタオルが敷いてある。そして、ベッド側の壁は、一面『鏡』になっている。



『ふぅ…』


ヒールを脱ぐと個室へと足を踏み入れた。


個室は『仕事』をする部屋だ。でもお客がつくまでは、ベッドで寝ていたり、お弁当やお菓子を食べたり好きなようにしてていい。あたしは、大部屋よりも『個室待機』の方が好きだ。


(やっぱ一人の方が落ち着く)


お店が忙しい時は個室が埋まるので、大部屋での待機が多くなる。でも『指名』が多く取れた日や仕事が続く時は個室にずっといて、他の女の子とほぼ会わない日もある。


『眠い…』


あたしは荷物を片付けると、ベッドにごろんと横になった。ドレスのスリットが乱れ、足が出る。


『…』


ヒザを曲げ、人差し指でヒザから太ももをツーと撫でる。そしてつまむ。


『…太った』


寝たまま横を見ると、大きな鏡に『あたし』が映る。


赤い唇に濃い化粧、毛先だけ巻かれた長い髪。『私』が着るコトのないドレスに身を包んでいる。


(ダレ?)



コレハダレ?


時々、そんな錯覚に陥る。


(これは誰なんだろう?)


自分で『自分』を見つめる。

そのまま横向きになり、ヒザを曲げ小さくなる。


(…)


ここで働き始めて、何年が経っただろう。

ムリヤリ連れてこられた訳でもないし、自分で望んできた場所。でもいつまでいるんだろうか?


来年もあたしはココにいるんだろうか?



(たぶん…)


きっと、ずっといるんだろうな。窓もないこの薄暗い部屋に一生通うんだろう。


(そして…)


一生借金を返し続けて、一生『一人』で生きていくんだろう。そもそもこの仕事もいつまでも続けられる仕事じゃないけれど。


(そうしたら…)


そのうち返済できなくなって、借金取りに追われて殺されたりするのかな。コンクリート詰めにされて、海に投げ捨てられたり。

あとは、もしかしたら自ら命を絶つコトもあるかもしれない。


(…)


誰にも気づかれず、一人でひっそりと死ぬのかもしれない。自殺でも他殺でも病気でも、きっと一人。


『…』


明日のあたしは生きているんだろうか?

あさってのあたしは?

しあさってのあたしは?


十年後のあたしはどうだろう?


(…)


二十年後の…『私』と『あたし』は生きているんだろうか?

生きているとしたら、何をしているのだろう…?



そんなコトが頭の中でループする。



『プルルル!…プルルル!…』


部屋にコールが鳴り響いた。すぐに起き上がるコトができず、しばらく鳴ってから受話器を取った。


『はい…』


やる気のない声で出るあたし。


『あれ?モモちゃん寝てた?ご新規さん45分コースいける?大丈夫?』


やる気はないけれどやらないと。


『ごめん大丈夫。寝てないよ。お願いします』


受話器を切ると、バッグからミネラルウォーターを出しコクリと飲んだ。口紅を軽く塗り直す。どうせすぐに取れるけれど、『第一印象』て大事だ。

荷物をしまい、慌ててヒールを履く。


『スゥッ…』


深く息を吸い込み大きく吐く。深呼吸をしてからドアを出る。客の『出迎え』に向かう。


左右にドアが並んだ廊下を歩いて行くと、上から黒い幕が下りた場所に着く。廊下の入口だ。

幕の前に立つ。幕は上から『胸下』の位置くらいまで下りている。


『コツッ』


あたしの向かいに誰かが立った。幕でちょうどお互い顔が見えない。薄いグレーのスーツを着た人。下に目をやると、綺麗に手入れされた黒い革靴が見えた。


『これ、くぐっていいのかな?』


戸惑う低く優しい声。


『どうぞ』


あたしがそう言うと、幕に手がかかり、のれんの様にくぐってきた。そして、目が合う。


『はじめまして』


にっこりとあたしが微笑む。




さぁ、あたしの『仕事』が始まる。





―*―*―*―












そんな昔の思い出話。


他にもたくさん女の子はいたけれど、覚えているのは数人。

あと印象に残っているのは『ナナちゃん』という女の子。お店でナンバーワンになるコトが多かった。

色白で『栗色』のふんわりしたショートカット。大きく潤んだ瞳。

男は皆こういう子が好きなんだろうって、いつも思っていた。


仕事を終え、ボーイさんが車で自宅まで送ってくれる時に、たまに一緒になっていた。方面が同じだったから。


本当は『ココ』では働きたくなくて、キャバクラに転身したいって言っていたのを覚えている。




今になって思えば『気になるコト』はたくさんある。




アケミさんの子供はいくつくらいの子だったのだろう。働いている間、子供の面倒は誰が見ていたのだろうか。


彼女たちは皆、どんな『理由』であそこに居たのだろうか。どんな気持ちで働いていたのだろう。


お互いに本名さえも知らない彼女たち。


もっと話をしておけばよかった。


もっと話をしてみたかった。


気になるコトはたくさんあっても、今となっては『知る術』もないけれど。



ただ。


あたしは想う。



どうか…『彼女たち』が今、皆幸せでありますように…。





それと、『あの頃』のあたしに教えてあげたい。


未来には、想像さえもしていなかった『世界』が広がっているコトを。

あの頃とは違った意味でいろいろ大変だけれど、今は幸せだと伝えたい。





そして、今現在…『苦しい思い』をしていたり、『悲しみ』や『不安』の中にいる人たちが、十年後や…二十年後に、どうか笑って過ごせていますように…。




* モモ *








本日のモッピーはお休み。






昔撮った『プテラポゴン』


イシモチの仲間の海水魚。

和名は『アマノガワテンジクダイ』


白い斑点が星のように見える所からそういう名前がついたみたい。

ふわふわと浮かんで泳ぎ、同じ場所にいる事が多い。独特の存在感で、観賞用として人気がある魚らしい。



『ヒレ』が長いのが特徴。


そのヒレが長いが為に、他の魚からかじられる事が多く、『いつも傷を負った状態』なのだとか。



いつも体をかじられて傷を負っているのに、それでもめげずに生きているのがすごいなと思った記憶がある。


でも、少しかじられただけなら問題なく、しばらくすると再生するらしい。


たくましいな。



私もプテラポゴンみたいに生きていこうと思う。



でわ、どろん!


* 空 *


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