こんにちは
昨晩、結婚式に出席した話を書いたのですが、そこからの繋がりで今朝の記事を書きたいと思います。
1年ほど前から、「品性」について意識するようになりました。
私は今42歳なのですが、年齢を重ねると品性が必要だな、と思います。
私が品がいいと思うのは、次のような方です。
□「ありがとう」を上手に伝えられる
□話し方が穏やか
□ひとの話を遮らず聴ける
□姿勢がよい
□所作が綺麗
□さり気ない気配りができる
□ひとの気持ちに寄り添える
□ひとに譲ることができる
□私が私が、と前に出ない
□そのひとに合うお洒落を楽しんでいる
□趣味の時間を大切にしている
□自分の生き方、考え方を意識している
□他人を尊重できる
□優しい
□ユーモアのセンスがある
□前向きな言葉をたくさん持っている
□ひとの悪口を言わない
□自分を実際以上に大きく見せようとしない
□他人の意見を受け入れることができる
□自分の望むことを知っている
□物を丁寧に扱う
□自分の周りのひとに感謝の気持ちを持っていて、それを口に出せる
□後片付けができる
□自分の感情をうまく取り扱える
□自分の言葉に責任を持って使っている
まだまだある気はするのですが、ざっと思いつくものを挙げてみました
一緒にいると楽しくて、また会いたくなるというのも品のいい方の特徴だと思います。
上に挙げた「品の良さ」は、今まで私が出逢ってきたひと達を見て、「いいな」と思ったところを参考にさせていただいているものです。
以前に働いたリラクゼーションサロンや葬儀会社ではゆったりとした優雅な立ち振る舞いが求められるので、自分の立ち振る舞いを意識する機会になりました。
私は看護師で働いた年数が長いため、効率性やスピーディーさを意識しがちだったのですが、優雅な立ち振る舞いをされるスタッフの方を見て、自分と何が違うのかと比較検討する機会に恵まれました。
また、ディサービスや今の職場である有料老人ホームで、人生の先輩とも言える年配の方と接するなかで、歳を重ねて品の良い方にお会いする機会にも恵まれました。
こうした経験のなかで、だんだん自分の目指す「品のいいひと」が明確化してきました。
何かを目指すとき、目標となるようなモデルロールがあると自分が進む道が明確になりやすいです。
昨日の結婚式でも、「品良く見せる」ことを意識していました
どこまでできていたかは今はさておき、意識するのが大切かな、と思います
そんな風に思うなか、今日ご紹介する本が目に留まりました。
その時、彩ふ読書会のビジネス書・自己啓発本部の6月の課題本である「気遣いのキホン」を探していました。
気遣いの上手な方はすべからく品が良い、というのが私の印象で、気遣いを表面的なものだけにしないためにも先に今日ご紹介する本を読んでみようと思いました。
以下、本の内容です。
印象に残った箇所をいくつか引用していきます。
「人は、恥を知るほど、品のある人になれる」
「自分は何か足りないんじゃないか」「自分のここが劣っている」と意識を持っているからこそ、努力もできるし、自分以外の人のことも敬えるし、気遣えるということでしょう。そして、そういう姿勢を持っている人こそ、品格のある人ではないでしょうか。
飾らないからカッコいい、品がいい
所詮、自分は自分です。人と比較するからおかしなことになるのです。よりよい自分を装うほど、しんどいことはありません。
見栄やプライドを捨て、自分らしく生きること。
自分に自信を持つこと。
それが品格ある生き方だと私は思います。
「ポジティブ・ワード」が品のいい人をつくる。
また、気持ちがつい顔に出てしまうのは、要するに自分の感情を自分でコントロールできていないからでしょう。成熟しきっていない心が透けて見えるから、なかなか信用してもらえないし、信頼を得るのも難しくなるのです。
だいたい、暗い言葉を口にしたり、悲壮感を漂わせるような表情をしていたり、相手を威嚇するゆうな表情を露わにしたりすることは、決して“品”にはつながりません。
品のいい人は、本当に前向きで明るい人です。「どうしよう」「困ったな」とオロオロ口にする前に、「大丈夫」「なんとかなる」とプラスの言葉を発して、いつの間にか自分だけでなく、みんなの心も前向きにしてしまいます。
さらに言うなら、本当に品がある人は、相手の状況を慮る能力にも長けています。マイナス思考に陥り、攻撃的になったり、後ろ向きになっている人を前にしても、どうしてそうなっているのかを推測した上で、相手に寄り添っていくことができます。
まさに品のある人ならではの“神対応”です。
品がいい人のユーモアセンス
私は、いつでも泰然自若で穏やかな表情を浮かべている人、ネガティブな言葉を使わない人、そして周りを明るくする人こそ、“品格のある人”だと思います。
ただし、ときどき勘違いしている人がいます。自分ひとりで盛り上がり、はしゃいで「周りを明るくしている」と思い込んでいるのです。
その実態は、単に空気が読めていないだけ。表面上は明るくとも、やっていることは、自分の意見を一方的にまくしたてたり、無理に押しつけたりしているだけで、周囲の人からはむしろ敬遠されがちです。
本当に周りを明るくできる人というのは、実は相手に気遣いができる思慮深い人であり、タイミングよくしゃれたジョークも発することができる、ユーモアのセンスを持っている人です。
こうした素質は「人間力」と言い換えることもできます。
つまり、“人間力を培ってこそ、本当の意味でその場を明るくできる”ということであり、努力なくして「品格を備えた人」にはなれないということです。
上品な人の笑い方、下品な人の笑い方
「精神がより高く、健康に育っていくほど、その人はあまり突飛的な笑いや下品な高笑いをしなくなるものだ。軽率で破壊的な高笑いはほとんどなくなり、微笑みや喜びの表情が増えていく」(ニーチェの言葉)
好感を持たれる人の「ひと言添える」習慣
相手を思いやるひと言は、自分自身の心にゆとりがなければ出てこないものです。そして、かけたひと言に対して、返ってきた相手のひと言は、あなたにさらなる余裕を与えてくれることがあります。
気遣いも「引き際」が肝心
品よく見える人になるためには、気遣いが大切です。ただし、気遣いも過剰になるとかえって下品になるものです。
人に気を遣わせない気配りができる。
そういう人になってこそ、周りの人のあなたを見る目も自然と変わり、「あの人は品がある」と認めてもらえるようになるのです。
「奥ゆかしい人」になる五つのポイント
①常に周りの状況をよく見ていて、いろいろなことによく気がついて、細かく気配りができるひと
②常日頃から落ち着いていて、むやみにはしゃがないし、言葉遣いも丁寧なひと
③基本的に聞き上手で、自分の話はあまりせず、ましてや自慢話などしない人
④日頃は控えめだが、教養があり、必要とあれば知的で的を射た発言ができる人
⑤マナーや礼儀がしっかりしていて、必要以上に自分をアピールしなくても、洗練されたイメージを相手に与えられる人
ただし、奥ゆかしい人と思われるか、単におとなしい人と思われるかは紙一重です。
最終的に両者を分けるポイントは、凛とした自分らしさを持っていて、自分に自信があるかどうかではないでしょうか。
私は、「品のいいひと」になりたくて、「気遣いのできるひと」になりたいと思っています。
本を読みながら、自分はどこまでできていて、何ができていないだろうと振り返りました。
好きな人と一緒にいたり、心地よい場所にいると、リラックスできて、自然と品が良くなる気がします。
反面、不快な気持ちを抱く場面に出くわすと気持ちが揺れて、自分が大切にしたいと思っている「品のいい行動」から外れてしまう気がします。
外れることが悪いというわけではなく、外れている自分を不快に思うことが私にとって問題になります。
私はいまだに母が苦手で。
今日も祖父母の周年法要のために母の家に行き、その後二人でランチを食べたのですが、やっぱりモヤモヤしました。
私は事あるごとに、「あんたは育てにくい子だった」と言われていて、それはもう諦めていて慣れてきているのですが、今日は「兄は可愛かった」と言われて、やっぱり複雑な気分に…
私自身は娘を育てていて、「育てにくい」と感じたことはないのです。
魔の二歳児の時はたしかに大変でしたが、自分の思いを言語化できなかったイライラで娘はあの行動だったんだなあ、と思っています。
他に娘が苛立つときは私の仕事が立て込んでいるとか、学校がしんどいとか、何かしらの理由があったのです。
私が学校の先生から「ひとの顔色を伺う子だ」と言われたエピソードを母は今日話していましたが、その顔色を伺う相手が母であったことに母は気付いているのかなあ…、と思いました。
母のなかでは、いつまでも私は育てにくかった子のままで、今も「変わった子」だと思っているのが言葉や態度から伝わってきます。
「ブロック外し【他人に好かれたい】」の記事を書きました。
私が一番に好かれたかった相手は母でした。
どう振る舞えば母に好かれるのか、幼少期から思い悩んでいて、思うような愛情をもらえず反発してを繰り返し、今は「母に認められなくてもいい」と思うようにしています。
それでも時折、母に好かれたい、認めてもらいたいという思いが湧いてくることがあります。
アダルトチルドレンなんだろうなあ、と思います。
今日も母との会話でストレスが溜まり、母の言葉に苛立ち、つい口調や話す内容がきつくなりがちな自分に気付きました。
ランチの後にお茶も誘われたのですが自分をセーブするのも限界だったので、用があると伝えて別れました。
母に腹を立てるのも、母を悪く思うのも、私のなかでは品のいい行動ではなく、自分がそういう行動をとると後から落ち込むのもわかっているので、「お母さんはそう思うのね」と会話を終わらすか、その場から離れるという方法で最近は対処しています。
部屋に紫陽花を飾ったりするなど、母に対しても「品がいいな」と感じる箇所はあるし、親として尊敬する部分もあります。
ですが、良さを幾つ並べてもすべてを吹き飛ばすくらいの発言があるのですよね…
母はカウンセリングの勉強をしていて、ある施設でカウンセラー的な役割をしているのですが、大丈夫なのかなあ…、と思います
カウンセリングを勉強しているから「わかってるつもり」になっているのが一番怖い…。
ヘナは白髪染めとしても使っていますが、最大の効果はデトックス作用です。
ヘナの香りにまずは癒され、こもっていた頭皮の熱がとられていくのがわかりました
朝シャワーをする娘に、朝からヘナしないで〜と言われましたが、今日は母と二人で法事なので、デトックスしときたかったんだもの…
ヘナについてはこちら↓
「初めてのヘナ」
「オーガニックヘナお茶会in梅田」
そして、母と別れてすぐに本屋さんに飛び込みました。
今月はもう予定のお小遣いを使い果たしたので、来月のお楽しみです…
そして、お疲れ、自分とちょっと贅沢に一人コーヒータイムをしながらこの記事を書いていました
リセットしたので、次に行きます
それでは、また