自分が摂食障害だとか、人には言いにくいことを、大切な人に(彼氏や旦那さんに)話しますか?
話すとしたら、どのように話しますか?
私は、旦那と4年付き合って結婚しました。そして、本当に早い時期に摂食障害ってことを話しました。
会って3回目くらいの時に。
別に、“話すぞ!”って構えていたわけでもないんです。
私、20歳くらいの時、たくさんの人(男の人)と遊んでいて、ちょっと依存症気味でした。一人でいられないって感じで。
とにかく誰かに何かを求めていたんだと思います。
心が乱れれば誰かに電話をして「すぐに来て!」って言い、その人と嫌なことがあれば家に帰ってまたすぐに他の人に来てもらい…
だから自分の弱いめちゃくちゃな精神状態を人に(男の人に)見せることは全然抵抗ありませんでした。
もちろん、知り合う時はすごくまともな私です。
でも、一緒にいれば、ちょっとしたことで話がかみ合わなかったりってことありますよね。
私は自分の意見(考え・思うこと・気持ち)に全く自信がなかったので、すぐに否定されたとかそういう受け取り方をしてしまっていました。そんなことで気まづい雰囲気になり、相手はなんで私が不機嫌になったり泣いたりするのか分からなくて、「私はこういう病気で、こうで、ああで・・・」と話すことになるのです。
今思えば、私は、本当に私のことを支えてくれる人を見つけようとしていたのかもしれません。
だいたい反応で分かるでしょ。この人は自分を大切にしてくれるか、そうでないか。
私は、ただただ自分を大切にしてくれる人を探していました。だからちょっとでも“違う!この人じゃない!”と思うと、関わる意味はありませんでした。
初めて旦那に話した時、実はよく覚えていないんですが、旦那は特に驚く様子もなく、これは前にブログで書いたと思うんですが、そんなことよりも、私が私であるということを見てくれていたと感じます。
旦那はあの時のことを、「ちょっと普通よりも線が細い子、と思った」と言っていました。
自分の中では、摂食障害は生活の大部分を占めていたかもしれないけれど、彼にとっては一緒に過ごす時間の中で、2人で楽しく過ごせることの方が多かったんじゃないかな…
摂食障害の内容までは話しませんでした。(話したら一緒に食事する時、自分が変に意識してしまうから)
私は本当はあの時、「一緒に治そう!」とか言ってほしかったんですよ^^
でも、彼にとって、私が病気だとか治るとか、そういうことは超えて私のことを見てくれました。
結果的にそれこそが、今の私への道だったと思います。あの時に彼も治ることを見ていたら、私は、その時点での自分を受け入れられなくて、結局受け入れられないということは前に進めなかったように思います。
彼には何かと迷惑かけました。。
とことんまで話しても、気持ちを分かってもらえないことも多かったです。
なぜかというと、私自身はどんなに醜い辛い自分や感情だったとしても、それをそのまま受け入れることこそが大切だったのに(当時は自分でもそうは思えなかったけれど、今なら断言できます)、彼は、私を不幸にしないためかな…「そうじゃない!」と否定するようなこともありました。
ちなみに、こういう場合、何が正しいのか事実を追求することには実は何の意味もなく、ただただ本人がどう感じているかの方に意味があります。(私の中では、です。そんなの違う!っていう人もいっぱいいると思います)
私と彼の付き合いは、私が精神的に弱い子で、彼がそれを支えるって形が基本でした。
いっぱい喧嘩もしたし、困らせたし、めちゃくちゃだったけれど、私と彼の間では、今までたどってきた約10年間は完璧だったと思います。
それこそが今の私に導いてくれたし。(私がこの人生、今の自分に満足しているっていう意味です)
私たちの結婚までの4年間は本当に濃い時間でした。そこで、全ての基盤ができたのだと思います。
結婚してからは、本当に想像もつかないような色んな色んなことがあるし、危機を感じるようなこともあります。
でも、あの4年間があったから、乗り越えてこれたってことはいっぱいあります。
だから、色んなこと心配だろうけれど、歩んでいく道は、全て完璧だよ!
私の彼との今までの付き合いは、もう結果論だから、これでよかったと思うのが本心だけど、一つだけ気になることは…
もちろんあの頃の私にはそんなこと分からなかったけれど、もう少し自分の足で立っていられたらもうちょっと楽だったかなって…
他人に対しては、甘えがない分しっかりしていられるし、どことなく付き合いが楽って感じたりすることありませんか?
家族や大切な人との関係は、近すぎて甘えが出て、その結果自分がしんどくなってしまう。。
分からないんですよ、うちの旦那みたいなタイプの人は、もしかしたらとことんまで甘えてきてほしいって思っているかもしれないし、だから変に遠慮するとそこで距離ができてしまうかもしれない。
私は、もちろん今も旦那には色んなこと支えてもらっています。でも、やっぱり今はどんなに辛くても自分の足で立っている。自分の足に代わるものはないって分かっているから。
それは、人に求めないってことだし、すごく楽なことです。
人それぞれ、色んなことで、色んな在り方ってものがあると思います。
だからこうしなきゃいけないってものはなく、その都度その都度自分の心に問いかけていけばいいと思うんだけど、ひとつだけ、どんな時も自暴自棄にならず状況の一つ一つを自分のためだと思って、ていねいに経験していきたいですね^^