シロウは一人暮らしである。
親が死んで一人と言う事はない。
両親の元から通うのに彼の中学校は遠すぎただけである。
中学生が優雅に一人暮らしか、と怒りたくなる親御さんもきっといるだろう。
しかし彼には彼なりの事情があった。

学校も終わり何故かいるケンイチとユウコの三人でのんびりしていると家に電話がかかってきた。
彼の様子にケンイチとユウコは顔を合わせた。

「父さん?元気?えっ、何?聞えづらい。今回は一段と遠い。いま、どこにいるの?母さんは?」

一つは彼の両親は転勤が多いこと。
一ヶ月のうちに一回のペースで転勤をしている為だ。
そしてもう一つに。

「もしもし?やっと聞きやすくなった、今何処に?アフガニスタン?またあそこ?」

両親の仕事がワールドワイドに広がっていることに他ならない。
しかし世界中で活動する両親と共にいるよりもある程度一箇所にとどまり勉学に励みたい。
中学になった時に彼がそう願い出ると両親は一、二で承諾して自分達は飛び立ってしまった。

「うん、こっちは大丈夫。もう少しで文化祭だよ。ぇ?フェスティバル!お祭りのこと。」

そして一週間のうちに一度の電話と一ヶ月に一回あるかないかの会合がシロウと両親が話せる機会だった。
もしかしたら両親がシロウと喋りたいと書いたほうがいいかもしれない。

「今は大丈夫?え?隙を見てかけた?それで母さんは?仕事中なの?うん、よろしく言っておいて。じゃあね。」

シロウは受話器を置いた、
一週間前の電話は確かロンドン、
そして遡ること二週間前にあった時は中国の四川省から帰ってきたといっていた。
久しぶりの親との会話も一分程度で終わった。
もう少し話したい事もあったが隙を見てかけたといっていたこともあり長電話は避けた。

「おやからぁ?」


「うん、」
「あの人たちも大変よねぇ。電話も無いところに行ったりするんだから。」

ケンイチもユウコも電話の相手がシロウの親だと分かると漏れ聞える会話を聞き漏らすまいと耳を尖らしていた。

「アフガニスタンって大丈夫なの?」
「危険なところには行かないと思う。」
「っていうか親の仕事はなにぃ?」
「さぁ?わからないよ、」
「わからないって、シロウ。」

両親の仕事を具体的にはシロウは掴めていない。
ユウコとケンイチは彼の無関心さに少しあきれた。

「さて練習を再開しましょうか。」
「うん、」
「えぇぇぇぇ!今日は止めようよぉ。」
「アンタは練習に参加してないじゃない。」

ユウコがシロウ宅で劇の台詞合わせをしていた。
生真面目な彼女の要望にシロウは嫌な顔をせずに付き合った。
そしてケンイチはやはりただ飯を集りに来ていた。

「そういや、シロウの坊ちゃんよぉ。今日は夢の美女の話を聞いてないけどぉ?どうなの。」
「それは、その。」
「何回も同じ夢を見ただけでもおかしいのに、二日連続はありえないわよ。」
「そりゃぁ、そうかぁ。」
「当たり前でしょ?」

明るく笑うケンイチとユウコに合わせてぎこちなくも笑うシロウだった。
彼は夢の続きを二人に話していない。
同じ夢を、それも夢の続きを見たとなれば、
ケンイチは大いに笑い、ユウコは心配するだろう。
ケンイチにはどうでもよいが、ユウコに心配させるのは気が引けた。

「さっさと始めましょうか。いい?シロウ。」
「うん、もちろん。」
「お二人さんががんばれぇ。おやすみぃ。」
「アンタはさっさと帰りなさい。」

そしてシロウとユウコが練習を始めると。
ケンイチは鼾をかき始めていた。

シロウは再び夢の中、夕方の公園でブランコに乗っていた。

隣には深紅のドレスに着飾った美女が長い足を組んで優雅に座っていた。


「バンパイア?」

「そう、いわゆる吸血鬼。」

「吸血鬼?」

「あはは、そっちのほうが難しかったかな?」


シロウの頭を小突いて悪戯っ子のように笑う美女をシロウは見つめていた、その目には見つめていると引き込まれそうになる魅力があった。


「吸血鬼って何?」

「血をすうのが大好きな人たちよ。」

「ふぇ?」

「怖がらないで良いわよ。見境無しには吸わないから。」

「本当に?」

「うん、本当に。」


シロウの中で湧いた恐怖感も美女が微笑むと一瞬で消えてしまった。

そして彼の中に今度は吸血鬼に対しての好奇心が生まれた。


「吸血鬼の話、もっと教えて。」

「ふっ、興味が湧いた?」


シロウが大きく頷くと改めて美女は笑みを深めた。

そして美女はバンパイアについて話し始めたのだった。


夢は続く、見境なく。


シロウが目を冷めると視界を埋めていたのは明るくなりつつある見慣れた天井だった。

もう夢から現実に戻る時の浮遊感に慣れたシロウは体を起こした。

時は七時前、いつもより少し早起きだった。

彼がいるその部屋には彼以外の人間はいなかった。

さすがのケンイチも連泊を避けたのか、それとも何時もの気まぐれか家へと帰っていった。


「・・・少しだけ進んた?」


昨日の夜に連続して夢を見せられた時とは違って清々しい朝を迎えた。

その夢の内容もすべて鮮明に記憶されていた。

夢の内容は昨日の続き、ここまで来ると薄気味悪さを通り越して神の存在を疑い始める。


「でも、本当に。」


気持ち悪さは感じられない、これがシロウの感想だった。

むしろ彼を懐かしくさせるという点ではどんなアルバムも勝てなかった。

窓からの日は彼を照らす。


その朝日が異様に眩しい、彼はそう思った。

夜、シロウの家にユウコとケンイチが居座っていた。
ただケンイチは昨日と同じくご飯をせびりつづけていたがユウコは真面目な顔をして机に広げた台本を睨みつけていた。
家の主たるシロウも彼女と対面して台本を困ったような笑顔浮かべていた。

「まいった、」
「アサカのやつ、何がリアリティに欠けるぅ!よ。人事だと思って、」
「みゃあみゃあ、落ち着きゃんせぇ。舞台監督の命令には従うのが演者の常やしぃ。」
「だからって、」
「キスはないよね。」

シロウが言うとユウコは黙ってしまった。
三人の話に出てきたアサカとは彼等のクラスメイトの一人、井之上浅香という女生徒の事である。
この女生徒こそが文化祭実行委員であり、今回の劇である「白雪姫」の脚本を作った張本人である。

「確かにぃ、白雪姫の終わりがキスじゃないっていうのは締まらないもんねぇ。」
「いいじゃないの、新しくてアタシは好きよ。」
「そうだけど、流石にこの流れは無理矢理過ぎると思う。」

三人の前には二種の台本があった。
一つは昨日まで練習してきた台本と今日唐突に渡された改訂版の新しい台本である。
二つの台本には決定的な違いがある。
それはキスの場面があるかないかである。
旧台本にはその場面がなく、新台本にはそれがある。

「最初に台本見た時におかしいと思ってさぁ。」
「うん、白雪姫っていうからてっきりあると思ったのに無かったから安心したのにね?」
「・・・アタシだって王子様の目覚めのキスがないのは変だとは思ったけど、本当にキスしなきゃならないなんて、」

さて、白雪姫なのにキスがないのは不思議だと皆さんも思うだろう。
しかし脚本を書いたアサカ本人は原作ことグリム童話の白雪姫に忠実なだけなのだ。
白雪姫の原作、グリム童話内の白雪姫は王子様のキスでは目覚めなかった。
王子様の召し使いが彼女を手荒く扱い毒林檎を吐き出させて蘇るというグリム童話らしいシュールなオチになっている。

「皆に不評で彼女も嫌々変えたんだって、」
「そりゃぁ、あんな訳がわからねぇ終わり方はねぇよぉ。」

そんな裏事情を一般人が知るよしもなく、わかりづらいと批判を受けたアサカはなくなく脚本を書き換えたのであった。

「しかもキッチリとやらなきゃ許さねぇときたもんだぁ。大変だねぇお二人さん。」

ケンイチが茶化すとシロウとユウコは共に顔を真っ赤にした。
ただしアサカは決してタダでは起きなかった、脚本を書き換える条件にとシロウとユウコのキスには小細工無しにする事を挙げた。
つまり、ブチュッとやってしまえと言って来たのだ。
その提案を面白半分に学級委員は受け入れた。
当人達には一切を伝えず。

「頬とかじゃダメかな?」
「ダメ、アサカが許さないわ、多分やるまで幕を下ろさない気よ。」
「わかっているねぇ、さっすがユウコちゃん?」

何が面白いかわからないがケンイチはげらげらと笑っていた。
彼の発狂ぶりにシロウとユウコは大いに溜息をついた。


狂った笑い声をバックミュージックに月は躍る。
咳が治まりつつあるツバメです。
はてさて昨日、一昨日で随分と小説を更新してしまいました。
やらなければならない事があったのに。
ただ楽しかったの一言に尽きますけどね。

さて、今回話すのは「人間失格」というお話です。

私は小説を書いている間、多分一日前後。その間食いもせず、飲みもしなかったという生命体として間違った生活を送っていました。
お腹は空くのですがわざわざ食べに行く程ではなかったのですが。
その後体重計に乗ってみると標準体重と比べて

2㌔減。

ただこんなダイエットは間違っています。これは断言出来ます。

随分便利な食欲コントローラー、ただ使いすぎにはご注意を。

放課後、体育館の舞台でユウコが声高々に台詞を歌い上げていた。

今日は体育館での大切なリハーサルで、嫌がるケンイチをユウコは引き摺りながらも連れてきた。

まだ順番の来ないシロウとケンイチは舞台で動くユウコを眺めていた。

「んでぇ?その美女が自分の事をバンパイアって言ったわけだぁ?」

「うん、」

「変な夢ぇ。」

ケンイチが納得していないような声を出すがこれ以上はシロウでさえ説明できないのだから仕方ない。

昼休みに無理やり話させた二人は笑うこともなくシロウの言葉に耳を傾けた。

その話がリアリティを帯びているからか、もしくは心の中で笑っていたのかは分からないが真面目に聞いていた。

「もしかしたらぁ」

「ん?」

「その美女のバンパイアに呪われていたりしてぇ。」

「まさか、」

笑い合っていたシロウとケンイチだったが二人の脳裏にもしかしたら、という言葉が浮かぶと何故か背筋が寒くなって黙り込んでしまった。

すると、一人の男子生徒がケンイチを呼んだ。

助かったとばかりにケンイチはその男子生徒の下へ走り去ってしまった。

一人になると先ほどの寒気が増した気がしたシロウは自分自身を抱えるようにうずまってしまった。

「シロウ、大丈夫?」

「ユウコ?あれ、練習は?」

「今は七人の小人の場面だからアタシは関係ないの、体大丈夫?」

そういうとユウコはそのままシロウの隣へと座り込んだ。

「大丈夫。ただ、」

「ただ?」

「もしかしたら呪われていたりするかもって、ケンイチが。」

シロウが声を潜めていうと、ユウコは豆鉄砲を食らった鳩の様に目を真ん丸くした。

すると数秒たって彼女が大笑いし始めた。

「あははっはははは。」

「ユ、ユウコ?」

普段から沈着冷静で品行方正なユウコがこんなに大笑いしたのを見たことが無かったシロウは自分が鳩のように目を丸くした。

同じ様に突如起こった笑い声に振り向くクラスメイトも彼女の変貌ぶりに驚いている。

笑いすぎて涙が出たのか涙目になったユウコは声を抑えた。

「はははぁ、そ、そんなわけが無いじゃない。」

「へ?どうして?」

「あのね、この世にバンパイアなんている訳がないでしょう?おかしな事を言わないでよ。」

「そうなのかな、」

「そうよ。」

一人のクラスメイトがシロウとユウコの二人を呼んだ。

シロウの出番という事はリハーサルも最終段階に移ったという事だ。

「最期のもう一踏ん張りと行きましょう?」

「うん、」

そういうとユウコはシロウの手を取ると引っ張って舞台に立つクラスメイトへと走った。

もたつきながらもシロウは彼女に付いて行った。

走っている最中に彼女はシロウに囁いた。

「でもね、」

「なに?」

「いてもいいかもね、吸血鬼。」

ユウコは面白いといわんばかりに微笑んだ。