「考えていたことがある。」

老兵はただ語る。

「天国に行けないのはとっくに判っている。」
「なんでだ?」

老兵は弱々しく笑った、そして手に持つ銃を力強く握り絞めた。

「この銃で何人殺したと思うかね?目の前で殺したのだけで24人。もしかしたら他にもいるかもしれん。」
「これは戦争だ、神様だって分かってくれるさ。」

笑う俺とは対照的に老兵は顔を緩めない。

「ただ地獄にも行けないやもしれん。」
「むしろハッピーじゃねぇか?苦しまなくていいんだぜ?」
「そう。つまりは存在しなくてもいいのだ。」

俺が訳が解らず首を傾げると老兵は銃から手を離して神に祈りはじめた。

「神よ、私は懺悔いたします!いくらでも罪を償います!ですから私を消さないでください!私を存在させてください!」

俺は老兵の哀れな言葉を憐れに思った。
なぜなら老兵の神を祈るその手は血で汚れていたから。
あれでは神も天使も悪魔でさえ寄っては来ないだろう。

老兵はただ神に祈る。血に飢えた敵兵に見付かるまで。
自分の能力に限界を感じた時にすべき事は何だろうか?

「ダメ・・・だった。」
「そうか、」

バーのカウンターに俺と共にいるのは未だプロになることを諦めきれない俺の友人。

「コーチがいうには肉体的な能力よりも技術的な面に問題ありだってさ、」

俺はコーチの言葉の中身に気付いていた。否、友人も気付いていたのだろう。
ただ口にしたくなかった。
ただ耳に入れたくなかった。
ただ理解したくなかった。
自分がもう限界であるとは、

「どうしたい?」
「わからない、もうわからない・・・。」

友人はウィスキー片手に俯いてしまった。

自分の能力に限界を感じた時、
限界を超える為に醜く足掻くか、
夢も全て諦め人生を始まりからやり直すか、

友人は未だ結論を出せずにいる。

銃を片手に俺は戦場にいた。


「なぁ、この戦争が終わったらお前はどうおもう?」

「どうおもうって、早くそう終わればいいと思っているさ。」


隣にいるのは視線を共にした戦友、否、悪魔だった。


「おれぇあよぉ。この素晴しい時間が永遠に続けばいいだよぉ。」

「狂ってるぞ、おまえ。」


ひひひ、と笑うそいつはきっと戦争中毒者だろう。


「人ってのはよぉ、手の伸ばすところに死がねえと生が実感できないんだよぉ。」

「だから?」


人の叫びを聞く聴覚が狂っている。

人の死を目にする視覚が狂っている。

人を焼く臭いを嗅ぐ嗅覚が狂っている。

銃を持つこの手の触覚が狂っている。


「生を実感するために殺して殺されてたいんだよ。ひひひひひ、」


そして精神もまた戦いに狂っている。

とある学者が言ったそうだ。

「命とは現象であり、水が凍り融けて水になるのと同義である。」

ずいぶんと気取っているなと始めは気にしなかった。しかし次の言葉に俺の心は搦め捕られた。

「だからこそ、命単体では意味などなさない。命で何をするかに意味はある。」
つまるところ命は無意味って言いたいらしい。
何もしない人間に意味は無いといいたいらしい。
バカバカしい、命に意味が無いなら俺らが生きている意味も無い。だろ?

だって俺は何も造らず、何も考えず、何も関心を示さず、何も残せてない。

そんな俺の命は無意味なのか?

馬鹿馬鹿しい、馬鹿馬鹿しいさ。
その筈なのに、

なぜ、こんなに苦しい?
私は
化学者にも、俳優にも
政治家にも、小説家にも
普通のサラリーマンにも
悪党にも、聖人にも
なりたい。

あぁ、なんと強欲な人間か。

人生が百回、千回、数えきれないほどあればいい。
もしくは
一回の人生が未来永劫続けば良い。
私はその全てを謳歌してみせよう。

失うことを、
傷付くことを、
進むことを畏れないその人間にとって死すらも好奇心を満たす玩具に過ぎない。

私は
殺人犯にも、医者にも
軍人にも、テロリストにも
貧乏にも、金持ちにも
悪魔にも神にも、
私はなりたい。

強欲な人間はとめどなく欲する。
自分自身でさえ止められない衝動に駆られて。