洋の東西を問わず、近代になるまで緑色顔料は得難く貴重なものだった。自然界には植物などの緑が多く存在する一方で、鮮やかな緑の顔料があまりない。人は絵の具を用いて「真っ青」や「真っ赤」を描くことはできたが、「真緑」は絵の具がないので描けなかった。ツールが存在しなければ表現はできない。西洋においては伝統的な緑というのは緑土と緑青のみであった。
緑土(テールベルト、アースグリーン)は産出地は多くどこからでも取れるが、画用に適しているとされるものが得られる産地は限られる。ただし、どちらにせよ緑としての色はかなり弱いので、現在商品には他の緑で着色していたり、そもそもテールベルトが入ってなかったりする物もある。それゆえ、物によって色味はかなり違う。単体で油絵の具にするととにかく着色力が低く、昔は緑に変えがなくしぶしぶ使われ続けていたこともあり、力不足の絵の具の代名詞のようになってしまった。ただしこれはテールベルトがもともと優しい色だからで、強い仕事を求めるのが酷だったとも言えよう。
もう一つの昔からある緑は緑青で、これは銅の化合物というかサビである。鉱物として産する天然のもの(マラカイト)はふつう炭酸水酸化銅だが、人工的に塩基性酢酸銅とかを古代から作っていた。銅板を酢酸および酸性になった葡萄酒に浸すことによって得られたという。
緑青はやや青みがかった緑で、人工で作る場合比較的明るい色調から暗い色まで加工できたが、どうも耐酸性には乏しかったとされる。しかし何よりもこの銅化合物の画材としての大きな問題は、低い精製技術だとヒ素が残留して毒性を持つことである。
ゲームとかで毒が緑色で表現されることがあるのは、この緑青が毒物とみなされていたこと、また牛肉が腐敗すると緑色になることなどから「緑=毒」という印象が西洋ではあるかららしい。これが本当かどうかはわからないが、何を危険な色と見なすかについては文化圏によって違いがあるようだ。
1814年に「エメラルドグリーン」が合成・工業化に成功し、待望の鮮やかな緑として熱狂的に受け入れられたが、これは美術史上おそらく最も毒性が強い物であった。顔料名は酢酸亜ヒ酸銅。ヒ素化合物を含んでおり、猛毒である。これが塗られた壁紙やカーテン、これで染めたドレスが一時期上流社会を席巻していた。おおらかな時代があったものだ。
エメラルドグリーンで彩られた壁
エメラルドグリーンはその毒性が知られるようになってからは、殺虫剤、農薬としても活躍した。またイタリアが第二次世界大戦中にマラリア対策で空から大量に撒いたりもしていたようである。
そしてようやく1838年になって、安全で、耐光性、耐久性に優れ、鮮やかな緑が発明された。ビリジアンである。これは現在に至るまで標準的な緑として使用されている。
以降、化学的に高彩度、高耐久度の緑は多く出現した。
カドミウム系の色彩に緑もあるが、これは混色である。カドミウムは化合物によって鮮やかな黄・赤が得られるが、寒色は作れないので、カドミウムイエローにビリジアンなどを混色したものがカドミウムグリーンとして売られている。鮮やかかつ不透明なので使いやすいが、混色すると汚いと一部では言われており不評もある。
ビリジアン以降で最も画期的な顔料はフタロシアニン緑であろうか。フタロシアニンは葉緑素によく似た構造をしていて、その分子の基本の骨格に部品を付けたり外したりすることで色の調子を変えれるし、顔料にも染料にもなるといったサイボーグみたいな顔料なのだが、フタロシアニン緑は元となるフタロシアニン青に塩素をたくさんくっつけることで作られる。
(塩素は周期表で見ると17族(右から二行目)で、ハロゲンというグループになり、電子の配列の関係で原子そのものが色を持ってる)
現在、彩度の得られない色は存在しないと言っても過言ではない。今の絵の具はほとんどどんな色彩も再現することができる。しかしそれはこの200年くらいになってようやく達成されたことで、人間はずっと、銅を酸っぱくなったワインに浸けたりしながら緑色顔料を作ったりしてきた。
日本画では孔雀石を粉にした物が今も使われているが、西洋画では緑青は淘汰されてしまった。エメラルドグリーンも、色相はもったいないが危なすぎるので当然のように消えた。鉛白もその毒性を騒がれることがよくあるが、これはちょっと次元の違う危険度なので致し方なし。
余談だが、ナポレオンの死因がヒ素だとはよく言われているけれども、それはこのエメラルドグリーンを使用した壁紙の部屋にいたせいだったという説もある。これは色々と飛び交う説の一つに過ぎないが、なかなかお話としては面白い。毒ガスを出す美しい壁に殺された英雄……






