アクリル樹脂(アクリル絵の具) | てきとーな美術辞典

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 現在流通している、あるいは認知されている絵の具の中で、総合的に見て、最も優秀なものを選ぶとすれば何か。

 私はアクリル絵の具だと思う。それは絵の具の性能と、拡張性と、利便性によって判断される。

 

 アクリル絵の具にも大きく分けて透明なタイプと不透明なタイプがあって、それは顔料とアクリルの混ぜる比率で分類されている。顔料が多いと不透明なぱさっとした絵の具になり、アクリルエマルジョン(練り合わせ材)が多いとしっとりして強靭になるのだが、何れにせよアクリルを用いた絵具は水彩絵の具と同じく水で溶いて使えるので乾燥が早く、乾けば耐水性になり、変色せず、柔軟性を保ち、樹脂の耐久性は非常に高い。

 アクリルというのは合成樹脂、つまりプラスチックなので、油や膠、卵などの天然のメディウムに比べて圧倒的に安定しているのである。

 

 アクリルエマルジョンは水の中にアクリル樹脂が分散している。これは液体中にアクリル(固体)の破片が散っている状態で、見た目は牛乳のような白濁液である。ただし牛乳は水分の中に油が散っていて、液体に液体が分散しているもので、厳密に言うと分類の違うものだから分けて考えた方がいい。本当は牛乳のようなもの(液体に液体)こそをエマルジョンといい、アクリルエマルジョンのようなもの(液体に固体)はサスペンションという(古い文献ではディスペルジオンともいっている)。

 アクリル絵の具が乾燥すると、水分が抜けてアクリルの微粒子どうしが重合して固まり、耐水性になる。これはもともと分散剤の添加によって無理やり水の中に散らばされていたので、水がなくなると樹脂の状態に戻るのである。そして一度戻ったら、再び溶かすにはシンナーなどの有機溶剤が必要となる。

 

 アクリル絵の具は関連した周辺素材が充実しているようにも見える。つまり、絵の具に混ぜ合わせるプラスアルファの具材がたくさん商品化されている。たとえば、ゲル状のアクリルポリマーエマルジョン。透明なゲルで、ハードタイプからソフトタイプまである。また、砂やビーズを混ぜ込んだ漆喰のような地塗り材もある。その他乾燥の調整材、つやの調整材など枚挙にいとまがない。

 (油絵の具も砂などの異物を練り込むことはできなくもないが、本当は推奨されない。油絵の具はそういう風には設計されてない。そうするには、はっきりいって強度が足りないのである。油は薄い層が積み重なることで強くなる)

 こうして見ると、現代的なカスタマイズ、創意工夫の需要にメーカーも答えており、作家は制作の現場で自由に材料を選べてものを作れるようにも思われる。

 

 ただし、見方によればアクリルには不足もある。

 あまりに絵の具のつくりが技術的すぎるので、自作できないし、メーカー間の互換性に乏しく、併用が難しかったりするのだ。

 アクリル絵の具は工業的な生産力を背景に生み出されたので、素人が絵の具やメディウムを作ることは不可能と思った方がいい。油絵においては上級者は一番搾りの生のリンシードオイルを買ってきて自分で精製することもあるというけれど、アクリルに置き換えて、アトリエでアクリルエマルジョンを加工できるか、絵の具を練り上げられるかというと、難しいと思う。自作の意味は、メーカーが応えられないニッチな需要あるいは諸事情によって回避している品質を自分で得ることにあるのだが、そういった細かい対処がしづらいのだ。

 畢竟するに、油絵は錬金術の時代の技術が基礎としてあるからこそ、作家自身でのカスタマイズの余地が無限に残されているのであって、アクリルは技術的には高度に達してしまったから、作家は自身で素材に手を加える余地はなく、メーカーが周辺画材を開発して満たしているのである。

 

 しかし何はともあれ、これが非常に便利な画材であることには変わらない。筆とパレットがあれば、水のある場所なら描けるというのは非常な長所で、これは初期費用を下げることで入門の敷居を低くしている(比べると、油絵、日本画などは自分の道具を揃えるのに高価につく)。表現においてもかなり無茶のきく材料なので、熟練度を選ばずに使用できる。ただし、先述の通り耐水性かつ溶剤にもかなり強いので、服などを汚してしまった場合は非常に落ちづらい。児童などが使用する場合は気をつけたほうがいい。

 

 アクリルが絵の具として普及し始めたのは1960年代のことで、その歴史はまだ浅い。「水彩」や「油絵」などという言葉に比べて「アクリル画」というものが一般に認知度が低いのはその歴史のなさからだろうか。思うに、アクリルは器ではあるが、主役になれた時期がなかったように思える。油絵の具を駆逐する前に絵画自体が懐疑的な目に晒されてしまって(絵画の死というのが、もう何回目だろうか言われていた)、しかもほんの50年ほどしたのち、CGという劣化もしないし複製までできる絵が普及した。今はアクリルは最先端ではなくなり、かつて油絵がそうだった位置にはつけずに一つの画材として収まっている。これは才能はあってもタイミングや状況が悪いと花が開かないということであろうか。世の中そんなもんなのであろうか。