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てきとーな美術辞典

辞典とか言ってるけどよく調べないで適当に主観で書いてますので信用しないで、気になったら他の文献も当たってください。ネットの情報をうのみにしてはいけない(戒め)

 土。イエローオーカーは黄土、シェンナはいわゆる赤茶色である。シェンナは特に生のままの土と焼いて色味を変えたもの共によく使われる。それぞれローシェンナ、バーントシェンナという。

 

 黄土とシェンナは産地の優劣こそあれど、基本的に土を掘って取ってきたものなので、類似のものを使用した例は古今東西に存在し、それこそアルタミラの洞窟壁画もこうした土性顔料で描かれたものであった。手に入りやすい上、顔料としてはあらゆる絵画技法に適応がある。現在油絵の具のほか、テンペラ、フレスコ等、また黄土は日本画としても使われている(シェンナは伝統的に使われないが、使えなくもない)。

 

 イエローオーカーは絵の具としては最も優秀な色の一つと言っても差し支えないと思う。まずその色相が、明度・彩度共に中間のものであり、適度に透明であるので一番ニュートラルな色として選択しやすい。また、これはシェンナもそうであるが、耐光性、耐水性、耐アルカリ性が高く、非常に堅牢である(酸にだけ弱い)。かつ、土性顔料というのは安価なのだ。絵の具というのはいろいろ種類があって、簡単に合成できるものや掘って取ってこれる安いものから、高い金属を化合させて作るコストのかかるものまである。そうした価格帯と色のパフォーマンスの中にあって、オーカーは極めて良い位置を占めている。

 

 オーカー、シェンナの成分は単一ではなく、主に水酸化鉄、ケイ酸アルミニウムが含まれている混合物である。色目は鉄の含有量や、マンガンが入ってるかどうかなどのバランスで決まる。絵具はメーカーによって同じ色名でも色がまちまちであることが多いが、オーカーはかなり個性がある。大体の人はメーカーやブランドで絵具を統一して選んでいると思うけれど、こういった個性の出る絵具は色の好みで特別に選ぶこともあるようだ。

 イエローオーカーやローシェンナを焼くと色が変わり、レッドーオーカー、バーントシェンナにそれぞれなる。これは熱を加えることで水酸化鉄の中にあった水分子がぶっ飛んで酸化鉄(Ⅲ)に変化し、赤くなることにより変化する。赤さびの成分である。

 バーントシェンナは油彩ではかなり透明になるので、厚塗りには向かず、グレーズに用いた方がいい。またデルナーは、下層でこれを用いると「滲潤」状態になる、という。これは多分ブリード(にじみ)のことだろう。佐藤一郎氏の訳だが、いかんせん初出が40年近く前のことである。

 

 焼いたオーカー、シェンナについてラングレは耐久性を賞賛しているが、ローシェンナは人によって意見が割れている。油絵の具は顔料によって、絵の具になるのに必要な油の量が違う。ローシェンナは絵の具にするのに、その顔料に比してたくさんの油が必要となる。このことで乾燥がかなり遅くなったり、油が顔料の中の水分子に分解されて黒ずんだりと弊害が起こりうる。それがあって、ラングレはローシェンナは排除するべきだとしている。

 ただしデルナーは欠点には言及しつつも色自体が優秀であることから、今後も無くなることはないだろうとしている。

 何れにせよ、ローシェンナが乾きづらく、放置すると害もありうる絵の具ということを知ってさえいれば、もし使うという状況になった時、乾燥速度を調整したり本当に使うべきかの可否を判断することができるだろう。

 

 伝統的な古来よりの顔料というのは、そのいくつもが淘汰されてしまった。それは欠陥の判明によるものもあれば、科学技術の進歩が上位互換の顔料を出現させたことで必要なくなったものもある。その中で、これら水酸化鉄・酸化鉄系の土性顔料は最も古く、絵画の歴史のはじめからありつつ、今もなお必要な顔料として求められ続けている。

 ろうそくのろう。西洋画において助剤やワニスに使われる。

 

 ろうは色々なものから採取することができて、大きく分けて植物系と動物系が伝統的にあった。最近は石油から合成したものが主流である。石油から作ったろうをパラフィンと呼んだりもしているが、これはやや紛らわしい事情がある。画材、あるいはダンスの靴の滑り止めなどに用いるものを「パラフィンワックス」として慣習的に固有名のように扱っているけれど、もともとパラフィンとは特定の化合物の集団を指す。化学的な意味でのパラフィンだと灯油のような状態のものも含んでしまう(ケロシンという)ので、ケロシンと分ける意味でろうの状態をパラフィンと言って区別している。だから美術系・ダンサーの人間と、理系の人間が話していて、パラフィンが話題に出るとお互いが混乱する。

 

 西洋画に用いるろうは、蜜蜂から取る「蜜蠟(みつろう、ビーズワックス)」が主である。製法は、蜜蜂の巣を煮て、絞るという残酷な方式による。産地や抽出方法によって色合いや成分に違いが出るようである。絞ったままの状態を未晒し、脱色して白くしたものを晒し蜜蝋という。未晒しは家具の手入れなどに、画用に用いるのは晒し蜜蝋である。脱色の方法は活性白土という色を吸う土を使ったり、太陽に晒したりといくつか方法があるが、現在はオゾンで漂白する工業的な方法が主流である。

 蜜蝋は成分的には油の仲間で、高級脂肪酸と呼ばれるものである。ここでの高級とは値段が高いとか偉いという意味はなく、分子がでかいという意味である。脂肪酸は分子がだいたい一列に並んで繋がったヒモみたいな形をしている。油はグリセリンに脂肪酸というヒモが三つくっついている。ロウは、この油の脂肪酸よりずっと長いヒモである。(油脂の脂肪酸はだいたい高級脂肪酸だが)

 またロウは自然物を抽出したものなので、成分は複雑である。脂肪酸はアルコールと結合することで、ちゃんとした「油脂」になれるが、そうして「油脂」の状態で含まれてるものもいるし、結合してないでふらふらしている脂肪酸もいる。

 多く含まれているのはセロチン酸、パルチミン酸ミシリルなど。他パラフィンも含んでいることがある。安定性、酸化への耐性は非常に高く、有機物の中では最も安定しているものの一つ。

 

 油彩技法では、絵具を作る時に調整剤として混ぜられるのが一般的である。可塑性のある粘土のようなものなので、絵具に添加すると硬い絵具になる。現在出回っている油絵の具はこのタイプである。また顔料と油を均一に分散する効果があるので、安定剤としての作用もある。これらの長所は化粧品にも生かされていて、画材よりはるかに大きなシェアを持っている。

 画材におけるこうした助剤は、ステアリン酸アルミニウムという後継者が出てしまった。こちらは化学的に成分が単一で、油を保持する力も見かけの粘度も高い。しかしテレピンや石油エーテルに溶けやすいという弱点がある。テレピンで割った溶き油で絵の具をいじってたらぐちゃぐちゃになって嫌な感じになることがある、あれ。

 

 自作する場合、蜜蝋は画材店で買ってきたものを湯煎するか、あるいは直接油に入れてちょっと火にかけると溶けるので、そうしたら顔料と一緒にねりあわせる。分量は油に対して蜜蝋20分の1程度。ステアリン酸アルミニウムは、試薬を取り扱ってるところでしか売ってない(毒劇物ではない、念のため)。鹸化してない普通のステアリン酸は簡単に手入るようだけど、力が弱いと思う。もしステアリン酸アルミニウムを買いたいという人がいたならば、下のサイトを当たってみるといい。ちなみに絵具への混ぜ方は蜜蝋に準ずる。

 

 https://www.junsei.co.jp/

 

 

 蜜蝋は溶き油に加える描画用ワニスとしては、つや消し効果のあるものとして販売されている。つやを控えめにしたい場合、油を抑え気味に描いて、仕上げ層にこうしたろう分を多く含むメディウムを使うと、じんわりしたマットな光沢になる。あまり絵具層の中にろうが多すぎると不安定になるので、入れすぎに注意。蜜蝋やステアリン酸は適量なら絵具を安定させるけど、多いと害が出る。おいしいお菓子は食べると元気が出るけど、食べ過ぎると体に悪いのと同じである。

 それに、つやは2~3年ほっといたら引くから、無くす努力というのはあまりしなくてもいいと思う。絵の健康にも悪いし。

 完成ニス(コーティング)にも蜜蝋は使われる。やはりマットな光沢を望まれる。つや消し完成ニスの商品にはろうを使ったのとシリカを使ったのとがあるようだ。またダンマル樹脂など、他の樹脂と併用されていることもある。

 ただ、何にせよ少し気をつけたいのは、「つや消し効果」と名前にはあるけれど、塗ればつやがなくなるわけではないこと。ろうはつやを消す魔法の薬ではなく、つや自体もまた物理的な結果として起こる現象である。ろうは光を乱反射させやすいだけで、「光沢がない」というよりは「独特の物質感」を以って「つや消し」と表現しているに過ぎない。だから、つやが出てしまった部分を、これをして消すといった使い方には適してない。そうしてしまうと、全く不均一なつやムラが起こってしまう。ろうのマット感は、あくまでも「ろうのツヤ」と解釈した方が自然に使えると思う。

 

 

 ろうの黄金時代はむしろ古代で、西洋で、一時期絵といえば油絵であったように、絵といえばろう画(エンカウスティック)という時代があった。しかし、昔すぎて本人たちも一度忘れてしまい、どうやって描いていたのかわからなくなっていた。

 古代ギリシャ・ローマ時代の板絵は主にエンカウスティックだった。描き方は、火鉢でろうを熱し、熱いままヘラで顔料と混ぜ合わせそして塗る、というものらしい。仕上げには絵の前に火鉢を置いて温め、乾拭きをして磨くという。なんだか曖昧な説明だけど、本当のところどうだったのかはもう誰にもわからない。作品だけが大量に残されているのが事実であり、それについて言及された史料が断片的に残っているのである。一応はそこから推定される絵画技術としてあるが、半分ロストテクノロジーであり、なんだかやたらと手間のかかるめんどくさい技法ということになっている。

 18世紀半ば頃、西欧でエンカウスティックの技法の痕跡が史料から見つかって、ポンペイ発掘もあり考古学が流行ったので、ろう画ブームが起こった。この時古代の史料の追試や、現代的なアレンジなど様々なことが行われたようである。現在もエンカウスティックをやっている画家は存在し、創意工夫があるようだ。

 

 

 基本的には、ろうというものは画材として直接意識して触る機会は少ない方に当たると思う。もし油絵をやられているのなら、知らないうちに接してはいて実は馴染みの深いものではある可能性もある。だが実際に蜜蝋を手に取ったり、ましてやステアリン酸を扱ったりするのは、なかなかないのではないのだろうか。

 ろう自体が油絵に組み込まれたのも18世紀末くらいになってからのことで、忘れられたり思いつきで入れられたり、気づいてもらえなかったり、何かと不憫な子といえば不憫でもある。でも一回は絵の世界で覇権を取ったんだし、また蝋の時代が来てもいいんじゃないかな。黄化も酸化も収縮もしないし耐水性だし優秀なんだから。アクリル?

 ビチューメン、ミイラ、チャンとも呼ばれる。アスファルトは普段、舗装道路として我々の目に入る。道路にした場合、セメントコンクリートより敷きやすく水はけがいいが、脆い。また日照があるかないかで耐久が全然違ってくるので、日当たりがあるように建築基準法で町づくりが規制されている。海外ではどうなってるのかはよく知らない。

 

 発見と利用は相当歴史があり、大昔はミイラの防腐剤などに使われていた。16世紀以降からヨーロッパで絵画において使われ始めた。油溶性なので顔料よりは染料に近い。アスファルトはコロイドなので中間くらいである。色味は深い茶褐色で、薄塗りにしたとき味わい深い透明な層ができる。

 絵画においては乾燥させたものを粉末にして油に溶かして使われた。死海沿岸から湧く天然アスファルトを利用していたが、エジプトからかっぱらってきたミイラを粉末にして使ってもいた。黒魔術のようだ。しかし当時、ミイラを有効活用するのはヨーロッパの人たちにとって普通のことだった。例えば、ミイラは全く腐ることもなく何千年と姿を変えないので、神秘的な生命力があるとされ、畑に肥料として撒かれたりした。そのほか、薬にされたりインテリアにされたりしていたようだ。

 

 アスファルトの絵の具への利用は、現在は絶望的な不適格が判明してほぼ排除されているが、あまりに罪深い事故を起こしてきたので語り草になっている。

 

 この絵の具は、本質的には乾燥することはなく、一度固まったかのように見えても必ずふやける。これを「もどり」というが、必ずそうなる。絵の具は描き始めから描き終わりまでが層になっているので、きちんと固まってないと層どうしがずれたり引っ張られたりして、ひび、しわ、煩もんが発生する。(その最もひどい、ワニ皮のような亀裂をアリゲータリングと呼んだりもする)

 さらにはアスファルトには熱可塑性があり、温まったら緩くなって流れてしまう。実際に、アスファルトを絵の具として使用した絵画に、美術館の暖房や直射日光によって画面の滑り落ちが発生したという。

 現在、アスファルトの絵画での使用を勧めている者は存在しない。しかしその色相は非常に魅力的であったので、今も利用への努力は見られている。

 

 アスファルトは顔料番号としてはPBr6(ピグメントブラック6 顔料黒6番)。これはホルベイン画材の規格ではランプブラック(油の煤)となっているが、マイメリは同じ番号でギルソナイト(アスファルトの一種)としていて、分かりづらい。共通点は油由来であること、炭化水素であること。

 現在日本で手に入る絵の具では、マイメリから出ている「ビチューム」が本物のアスファルトである可能性がある。ただし、同じマイメリのルネッサンス油絵具シリーズにある「マミー」においては同じPBr6でありながら、組成・成分が全く異なるとしていて、耐候性があると言っている。

 オランダのメーカー、ターレンスからも「アスファルタム」の名前での商品が出ている。これは色を混ぜて作ったもので、事故の心配はない。

 

 ごく限られた場面で、絵の古びた感じを出したいとき、上層にアスファルトを薄く塗布することがあると聞く。染み込まないのかな……。ほか、「ビチューメンパティナ」というものがこれもマイメリから発売しているようだが、これは画用ではなく金属の錆だし加工塗料のようである。マイメリはアスファルトに何か特別な思いがあるのかな。

 

(松脂とベネチアテレピン )

 

 松脂は松の樹液から取れる樹脂である。バルサムは取れたての樹液の状態で、樹脂酸と揮発性油分が混じったどろっとしたものである。昆虫が木に集まって舐めているやつだと思えば想像しやすいかもしれない。ベネチアテレピンはそれの中のうち、ヨーロッパカラマツから取れるもので、主にベネチアで集配され交易されたことから名付けられた。揮発性のテレピンとは異なるので注意。

 

 松脂は広く一般的に使われている。野球のピッチャーやハンドボールの滑り止め、バレエのトゥシューズ、弦楽器の演奏家の弦の摩擦調整など粘着剤によく使われる。摩擦は分子間力(ファンデルワールス力)で起こってると言われてるが、実際のところ解明されてないようだ。なぜ松脂がべたべたするかは実は誰も説明できない。

 松脂の主成分はロジン(コロホニウムとも呼ばれる)で、塊状あるいは半練り状で売られている。比較的安価である。画材としては松脂として直接描画に用いることは少なく、目止めや絶縁に限定的に使用されることがある。

 

 同じ松由来の樹脂でも産地が限定されたものは油彩技法において使用される。バルサムは産地あるいは伝統的な取り扱い地によっていくつかの種類を持っている。こちらは松脂として売られているものに比べ、高価である。

 

 最も有名で使用されていることも多いのはベネチアテレピンで、蜂蜜状のとろっとした液状の松脂である。シュタイアーマルク地方、チロル地方などから産出する。成分構成は文献によってばらつきがあるが、おおよそ以下の通り。

70%ほどの樹脂酸

 (レボピマル酸、ピマル酸、アビエチン酸、デヒドロアビスチン酸など)

20%ほどのテルペン類

 (テレピン 、α-ピネン、β–ピネン、d-リモネンなど)

10%ほどの不鹸化物(アルカリに反応して石鹸とかにならないもの)

 (ポリプレノール類)

 

 古い処方ではテレピンで割っただけで使ってるようだが、大変に脆いので油も足した方がいい。「絵画材料辞典」には硬質樹脂も足しておいたほうがいいと書かれている。乾燥が遅いので、筆跡が消えて釉薬のような表情が出る。ルーベンスが使っていたと信じられていたが、近年の研究で否定された。何れにせよ古典技法向けの材料で、現在も使用はされているが限定的な場面に置かれている。

 佐藤一郎氏は、テレピン 、スタンドオイル、ベネチアテレピン 、ダンマルの調合油を推薦している(処方の比率は失念してしまった)。

 

 他に画用のバルサムとして、ストラスブルグテレピン というのがある。もはや入手不能とされていたが、最近若干量が出回り始めたようである。一般のベネチアテレピンより上等で、テレピン(揮発性油)で希釈した時、通常と異なり耐久性が増したという報告がある。この機序については全く想像もつかない。

 

 それ以外のバルサムは現在画用としては用いられてない。カナダバルサムは試薬、香料などとして用いられる。その他のバルサムも主に香料である。コパイババルサムに関しては、かつては古画の修復に関して積極的に用いられていたが、欠陥が判明して使われなくなった。このあたりの経緯はデルナー「絵画技術体系」p162「コパイババルサム」に詳しい。

 

 

 バルサムは一般に酸性なので、塩基に結合反応する。基本的に画材というのは安定した物質が選ばれているので、そうそう化学反応は起きないものだけれど、もしコンクリートに描くとかいう場合にこれを使っていると事故が起こる可能性がある。コンクリート、特に新築はアルカリである。しかしコンクリートに描くのにバルサムを使う状況というのは普通訪れないであろう。バルサムで通常多い事故はひび割れや黄変である。これはやはり耐久力に乏しいことから発生する。

 概して言うと、ベネチアテレピンは樹脂としては非常に弱く、油や、場合によっては他の樹脂とも併用することで初めて使用に耐えうる。そしてその配合比率も決して高めにしてはいけない。

 そんなことでどうして今も淘汰されないのかというと、やはり筆致や艶が非常に美しくなるからで、他の画材には変えられない地位を持っているからであろう。かくいう私もこの画材は好んでいる。低耐久力、光にも弱いが、とても美しい。病に伏せてベッドから起きれない深窓の令嬢。ロマサガ3のミューズ様のような樹脂。

 

 コーパルは硬質の半化石とされる樹脂の総称である。同じ天然樹脂で軟質なもの、例えばマスチックやダンマルは固有名詞であるが、コーパルは普通名詞である。なのでコーパルには色々と種類がある(ダンマルも色々な木から取れるけど、品質の差が少ないことと生産現場の状況から無視できる範囲に収まっている。産地は重要)。基本的には産地の名前をとって「ザンジバル・コーパル」とか「マニラ・コーパル」とか呼ばれる。ほとんどはアフリカ産であったが、今は店頭で見られるのはマニラ産である。

 

 軟質の天然樹脂は、木から樹脂を取って乾かしたものだが、硬質樹脂は化石化したものを掘り出したものだ。コーパルは半化石と言われている。これをもう数千万年か数億年寝かせておけば琥珀になる。琥珀は樹脂が化石になったものである。

 琥珀は猛烈に硬く、非常に安定している(溶けづらい)が、コーパルはものによってまちまちである。加熱しなくても溶剤に溶解するグループと、加熱しなければ溶解しないグループがある。以下、ラングレ「油彩画の技術」に上がっているものを引く。

 

加熱が必要ないグループ

 アンゴラ・コーパル

 ベングラ・コーパル 

 コンゴ・コーパル

 シエラ・レオン・コーパル

 

 紛らわしいことにシエラ・レオン・コーパルは全く化石化してすらいない。またコンゴ・コーパルは工業的にはワニスによく用いられていると「絵画材料辞典」には書いているが、もはや昔の話であろう。

 

 画用に用いられているのは基本的には、以下の加熱が必要なグループである。

 

要加熱のグループ

 ザンジバル・コーパル

 マダガスカル・コーパル

 デメララ・コーパル

 

 など。以上、アフリカのコーパルは、流通してないので憶える必要は特になかった。20世紀半ばまではコーパルといえばアフリカ産のようであったらしく、昔のどの本を見てもアフリカを中心に記述されている。現在、アフリカは農工業の生産指導者だった白人を追い出して技術がなくなってしまったのと、天然の樹脂の需要自体がそんなにないこととで工業的な出荷がない。

 これらコーパルは半化石とされていたが、最近は言うほど半化石でもない、若い植物性の石であることが分かってきつつある。

 

 現在手に入るマニラコーパルは生の木から採取するが、そのままではテレピンに溶解しないので加熱処理して使う。これをランニング処理という。(詳細な説明は項を改める)

 ランニングのやり方は、コーパルを鍋に入れ熱す。文献によって温度200ー350℃、時間數十分~長時間とばらつきがある。本格的にやる場合は400℃近くまで上げて乾留(空気を遮断して熱する)するともある。ともあれこれをやることで樹脂の分子をちぎる(ふつうこの現象は劣化と呼ばれる場合が多い)。ひも状の分子じたいもちぎれて低級脂肪酸ができて、これが可溶性のものとなる。

 ちなみに、この処理はものすごく悪臭を発するので、試みるのなら近所の迷惑にならないような場所でやるよう気をつけねばならない。

 

 さて、この処理を一度すればテレピンに溶かすことができ、普通に可溶性の樹脂として使用できるのだが、より強度を増す場合は乾性油で煮る必要がある。リンシードオイルなどでこのランニングコーパルを煮ることによって、バラバラになってた樹脂の分子が油の分子と結合する。これは化学的な結合であって、軟質樹脂のただ混ざり合ってるだけより強固なものである。そのまま画溶液やワニスとして使える。

 

 コーパルは湿気に強く、日本には風土的には向いている。ただし固まったら溶けづらいので完成ニスに適さなかったり、色が暗い、上に乗る絵の具を弾くなどある種の偏りはある樹脂ではある。ランニング処理する前は明るい黄色の塊状だが処理後は黒ずむので、昔からどうにかしてそのままで使用できないかと試行錯誤されていたようだ。メッケルによるとエーテルで溶かし、無水エタノールを添加して加熱沸騰させるとほぼ溶解するとしている。この後加熱したテレピンと、場合によってはリンシードオイルを加える、と。またヘレン・アレンによるとスパイクラベンダーオイルに溶解する。しかし澄明なワニス製品がいま出回ってないということは、彼らの試みは実を結ばなかったらしい。

 

 最近の実験によって、スパイクラベンダーへの溶解は確認されたが、油を滴下したところ樹脂分が析出して白濁したようだ。これはやはり分子量が大きすぎるからと思われる。溶液は混ざった状態が一番安定しているから混ざっていて、分離した液は分離した状態が安定しているからこそ分離する。それをエネルギー的に考えると、コーパル=スパイクラベンダー溶液は、その高い溶解力ゆえに大きな分子を泳がせるだけの高いエントロピーを持っている。そこに油が加わると、泳ぐのに邪魔になり、混ざろうとするエネルギーがそれに逆らうエネルギーに負けてしまうのだろう。メッケルが溶剤をいちいち熱してたのもエネルギーを稼ぐためだと思われる。以上は自分で実験したわけではないので、今のところ空想で言っている。

 

 市販品のワニスではルフラン・ブルジョアの「フレミッシュシッカチフメディウム」(みんなフラマンと呼んでいる)が有名。そのままだと濃すぎるので、ほかの油やテレピンなどで割って使う。また、ランニング処理済みの塊状のものも売っていて、それをテレピンに漬け込んでワニスを自作できる。

 

 ちなみに絵画材料としての琥珀に関しては、大昔に使った人がいるらしい、と噂では聞くものの、誰も溶解させられてないので、まあ錬金術師じゃないと使えないのでしょうね。現在は楽器などのニスとしては使用されていて、耐久性などにおいて優秀である。

 

 余談だが、現在もアフリカ産・アメリカ大陸産のコーパルは一応購入可能ではある。石屋、宝石店でアンバー、コパルなどの名で売っており、選べばそれなりに安価で手に入る。ただし、画用に流通していたものよりずっと年季の入った本物の半化石なので、ランニングしても溶けるかどうかは不明である。